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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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 15-2. 父親の気持ち

「トロイです。陛下、ご報告に上がりました」


 国王の執務室に端的な呼びかけが届く。私は書類から視線を上げ、「入れ」と許可を出した。

 すると重用している密偵の男、トロイが静かに入室する。そして床に片膝を付き、右手を胸に当て頭を下げる臣下の礼を取った。


「で、何か変化はあったか?」

「はっ、ご報告いたします。やはりハルト殿下は気配に敏感なようで、一定距離以内に近付くことはできませんでした。ゆえにいつも通り遠目に確認しましたが、本日は例の扉を見つけ、しばらく試行錯誤されていたようです。しかし日が落ちてきたため諦め、先ほど自室にお戻りになりました」


 その報告に、私はため息をついた。


 息子であり王太子でもあるハルトは、どうも最近怪しい動きをしている。

 図書館に通い詰め時間が許す限り居座っていたかと思えば、赤い表紙の本(のちに調べさせたらそれは冒険者の手記だった)を熟読したりなにやら紙に書き出したり。


 一方で勉学や武術、魔術の訓練の時間になればそれらをきっちりこなしてもいる。

 むしろ最近はこれまで以上に真剣に取り組んでいると報告が上がっている。


 そういった行動──特に熱心に冒険者の手記を読んでいたことから推察した結果、ハルトは外の世界に、もしくは冒険者に憧れがあるのではないかという結論に至った。

 だとしたら城下街に下りたがるのも時間の問題だろうと考え、トロイに監視させていたのだ。


 しかしハルトはトロイが言うように人の気配や視線にやたらと敏感で、かなりの距離を取り、視線を向けすぎないといった配慮をしなければ監視するのも難しい。

 優秀だとは思っていたが、思った以上に常人離れしている。


 そのハルトが王族が内密に城下街へ下りる際に使用する仕掛け扉を見つけ、解錠に挑んでいるらしい。

 これはいよいよ、推察したことが現実味を帯びてきた。


「……そうか。ご苦労。引き続きハルトの動きを見ておいてくれ」

「はっ。では、失礼致します」


 報告を終えるとトロイは再度頭を下げてから立ち上がり、踵を返した。


「そうだ、最近マロウの姿を見ないが何か知っているか?」


 ふと思い出して問いかけると、トロイが足を止め、こちらを振り返った。

 そして律儀にも再び床に膝をつく臣下の礼を取る。


「……報告を怠っておりました。申し訳ございません。マロウは任務中、不慮の事故で命を落としました。十日ほど前のことになります」


 何と……。


「マロウほどの男が、事故だと? 確か国内の情報収集を依頼していたと思うのだが……」

「はい。あれは本当に、偶然、不運にも……としか言えない事故でした。任務で移動中、黒狼の群れに遭遇してしまったのです。同行していたエイナは辛うじて戻って参りましたが、重傷で休暇を頂いております」


 黒狼はその名の通り、黒い毛艶の狼の魔物だ。とにかく繁殖力が強く、数が多い上に群れで行動する。

 その大きさも平均的な大人の腰丈から倍以上まであり、大型の黒狼ともなると一口で大人の頭を噛み砕く。ゆえに小型から中型のうちに掃討しておかねばならない魔物だ。


「黒狼か……。最近数が増えているようだな」

「はい。しかし各街の騎士団が定期的に魔物掃討作戦を行っております。マロウを襲った群れも港湾都市アクラフォレスの騎士団が討伐済みです」

「そうか。しかし警戒を強めねばならんな。それと、マロウの家族に補償金の手配もせねば」


 仕事とは言え、大事な家族の命を奪ってしまったのだ。しっかり対応せねばならない。

 そう思ったのだが。


「それには及びません。今件はすでに大臣様に補償金含め対応して頂きました」

「そうか……」


 うむ……。どうやらトロイはマロウの件を大臣に報告済みだったがゆえに、大臣から私に報告が上がっていると思っていたようだ。

 一方、大臣は末端の不幸まで国王に知らせる必要はないと考え、こちらに情報を回してこなかったのだろう。

 これは一度、大臣と話し合う必要がありそうだな。


「では、ハルトの監視に戻ってくれ。それと、ロナに会ったらそろそろ報告に来るように伝えてくれ」

「はっ」


 今度こそトロイは退出し、ハルトの監視に戻った。


 ロナは私の娘、長女のイサラを監視している女密偵だ。

 イサラはハルト以上に行動の予測がつかず、いつの間にか引き合わせてもいない侯爵令息に熱を上げて堂々と正門を突破し、城下街へと繰り出していったことがある。

 それ以降、イサラには監視役のロナと護衛役のシェロをつけている。


 護衛のシェロは平時は気が弱く大人しいが、いざとなると持ち前の才能溢れる槍術で勇敢に戦う、実に頼りになる男だ。

 一方のロナは予想外にも早々にイサラに発見され、さらに予想外にもイサラと意気投合してしまい……今やイサラの意向を叶えるべく尽力しているらしい。主に、城外脱出の面で。

 そして哀れにもシェロはそれに巻き込まれて苦労しているのだとか。


 私は再度ため息をつくと、書類に視線を戻した。

 仕事はいい。一時的とは言え、嫌なことを忘れさせてくれる……。


 私は半ば現実逃避するように、仕事に没頭した。




 半月後、ハルトが仕掛け扉を解錠したという報告が上がってきたが、監視を続けるようトロイに命じるに留めた。



 ◆ ◇ ◆



 ハルトは仕掛け扉を解錠した後、休息日を待って簡素に見える服装で城下街に下りた。注意深く周囲を警戒しながら城外に出ると、その後は堂々と、迷わず酒場街に向かったそうだ。

 そして酒場を一軒一軒覗き込んでは何かを探している様子だったとか。


 酒場で探し物か。何を探していたのだろうか。

 想像もつかないな……。


 その後も休息日の度にハルトは城下街へと繰り出し、酒場を一軒一軒覗き込む作業を延々と繰り返した。


 しかし、一ヶ月後。

 ついにハルトは酒場に入っていった。


 何のために酒場に入ったのか探るには、店内に入らざるを得ない。トロイは迷った挙げ句、酒場の外から様子を見ることにした。


 恐らくそれが正解だ。下手に酒場に入ってハルトに認識されてしまったら、今後の監視活動にも影響が出る。

 ハルトの監視役が勤まる人間がトロイ以外にいるとは思えないので、私はその判断を高く評価した。


 結局ハルトは数時間後、何事もなかったように酒場をあとにして城に戻った。

 その際トロイは店内を覗いてみたが、めぼしい何かがあるようには見えなかったと報告してきた。



 その後もハルトは定期的に酒場を一軒一軒覗いて回り、何かを見つけるとその酒場に入る……ということを繰り返した。

 酒場で一体何をしているのだろうか。どうにも気になる案件だ。



 ◆ ◇ ◆



 ハルトが九歳になって間もなくのこと。神殿から神官が派遣されてきた。

 神官というと曖昧か。彼らは枢機卿だ。

 だが神殿側としては彼らの位階を明らかにしたくないようで、司祭用の衣装を着用していた。


 彼らの目的はハルトの視察。事情は私と妃たち、大臣と要職の者たちだけに知らされた。

 曰く、ハルトが神位種である可能性が高いから、様子を見させて欲しいと。


 ハルトが神位種?

 あぁ、でもそうか。だとしたら納得だ。

 勉学はあくまでもあの子の才能だが、武術や魔術はあの子の努力以上としか思えないような年齢や体格に不相応の成果が上がっているし、気配の察知能力が異常に高いのもそれなら頷ける。


 しかし、神位種か……。

 王太子という立場にあるハルトの負担が増えるのは望ましくないが、外の世界や冒険者に憧れているのであればいっそ勇者として生きる方があの子にとって幸せなのかもしれない。

 ハルトがそれを望むなら、すでに王太子として扱ってはいるが王位継承権の順位を下げることも可能だ。過去にそのような前例もあるし、神位種ならばそれを理由にできる。揉めることもないだろう。


 幸い次男のノイスも優秀だ。性格的にはむしろノイスの方が為政者向きだと感じている。

 この辺はハルトが神位種であることが確定してから、それぞれの意向を訊いてみよう。



 ◆ ◇ ◆



 神殿から神官(と名乗る枢機卿)たちが定期的に城を訪れるようになって間もなく。ハルトは休息日以外でもある程度まとまった時間が取れると、城下街の商店街エリアや出店エリアを歩き回るようになった。

 熱心に何かを書き留めてはときどき道の端でそれを睨みながら考え込み、たまに酒場にも立ち寄る。


 そんなことを繰り返し、満足したのか今度は冒険者ギルドに通うようになった。そこでは“ヨウト”という名で登録し、採取依頼ばかり受けているようだ。


 しばらくするとハルトは採取専門なのによく稼ぐ奴がいると噂されるようになる。

 気付けば二つ名まで付いていて、その二つ名が『採取錬金術師』。ちょっと穿った方の二つ名は『採取富豪』。


 情報収集はトロイたち密偵の十八番(おはこ)だが、冒険者としてのハルトの情報は実に簡単に入手できたと珍しく喜んでいた。

 その様子から察するに、トロイにはハルトの監視で相当な苦労をかけているようだ。これは特別報賞を用意しなければならないな。



 ハルトはギルドで稼ぐ傍ら、道具屋や武具屋、魔法道具屋で少しずつ何かを買い込んでいた。

 こっそり自室に持ち帰っているのは確認されているのだが、ハルトの部屋を掃除しているメイドによれば変わった物品はどこにも見当たらなかったそうだ。

 恐らくうまいこと人目に付かないよう隠しているのだろう。



 しかし道具屋、武具屋、魔法道具屋か。

 ハルトは本気で冒険者になるつもりなのだろうか。


 もう少しでハルトの十歳の誕生日がやってくる。

 先日神官(と名乗る枢機卿)が度重なる視察の結果、ハルトが神位種であることが確定したと言ってきた。

 恐らく十歳を迎えて間もなくハルトも神託の話を聞くことになるはずだ。


 その後二年間は神殿に拘束されるが、勇者になればハルトの派遣先が我が国になるよう働きかけることができる。

 無事我が国に派遣されてくれば、自由にさせてやれるのだが。



 しかしハルトは城ではいつも通りに振る舞っていた。

 王太子らしく、落ち着いた様子で日々を過ごしていた。



 だから私は、息子の真意を量りかねていたのだ。



 ◆ ◇ ◆



 そして、ハルトは十歳になった。



 アールグラントの王族にとっての十歳は将来の伴侶を本格的に探し始める年齢でもある。ゆえに慣例に従って盛大に誕生パーティが開かれ、有力者とその子供たちが招かれた。

 今回はハルトと年齢の近い令嬢も多く招かれている。


 ハルトは年齢にそぐわず、上手く貴族たちを相手にしていた。あからさまではないが、まだ相手を選ぶつもりはないと言わんばかりに、自らの娘や縁戚の娘を紹介する貴族たちをひらりひらりと躱していく。

 が、まだまだ十歳だ。疲れが顔に出始めた頃、イサラが助け舟を出した。そして気付けば、エルストン公爵家のミラーナ嬢と三人で壁際で楽しそうに歓談していた。


 ミラーナ嬢か。身分も年齢も申し分ない。容姿も愛らしく、所作を見ても将来に期待が持てる。

 しかしミラーナ嬢がハルトに釘付けである一方で、当のハルトはどこか仮面のような笑顔を浮かべるばかり。ハルトとしてはまだ相手を見つける気がないということなのだろう。


 それにしてもイサラと言いハルトと言い、どうしてうちの長女と長男はこうも伴侶を持つこと……その責務への意識が薄いのだろうか。

 私は周囲に気付かれぬよう、この件に関してはもう何度目になるかわからないため息をつくのだった。






 その二日後。

 ハルトに神託を告げるべく、神殿から教皇がやってきた。


 私はハルトを謁見の間へ呼び出し、妃たちを伴って玉座に座る。

 すでにこの国の上流貴族、各部門の責任者や代理人たち、神殿から派遣されている高位聖職者たち、そして勲章持ちの騎士たちが勢揃いしていた。


 やがてハルトが姿を現す。珍しく緊張の面持ちだ。

 だがその表情にはこの状況を理解している気配がある。そのせいかどこか頼もしさが感じられて、知らず私の顔は綻んでいた。


 入室したハルトと教皇がつつがなく挨拶を交わす。

 教皇は余計な話題などは振らず、単刀直入に、と前置きすると、朗々と神託を告げた。



「先日、神託を授かりました。アールグラント王国第一王子、ハルト=イール=アールグラント様。貴方様が新たに神より遣わされた神位種……勇者であると!」



 おぉっ、と周囲から声が上がる。恐らく私も無意識に同調していただろう。

 事前に知らされていたとはいえ、やはり教皇の口から改めて告げられるとそれが真実であると強く認識させられる。


 どよめく周囲に反して教皇は相変わらずにこやかな笑みを崩さず、ハルトも僅かに口許に力を込めたくらいで表情を変えなかった。

 しかしハルトの目には強い決意のようなものが湛えられており──私はそれを、神位種であることを受け入れた証だと思ってしまった。






 翌朝。


 廊下がにわかに騒がしくなり目を覚ました。外を見ればいつも目覚める時間とそう変わりない時間のようだったのでそのまま身を起こし、窓辺に寄る。

 すると、


「陛下、ご就寝中失礼いたします!」


 慌ただしく扉がノックされた。緊迫した声音に嫌な予感を覚え、自ら扉を開ける。

 そこには、顔面蒼白になった大臣とトロイが立っていた。



 そして知る。

 ハルトの決断を。

 その決断の末の、行動を。



 私は椅子に背を預け、力なく項垂れた。

 そして思う。

 ハルトには、未来の王となる義務と責務、そこに勇者となる義務と責務が積み上がることが負担だったのだと。


 ……いや、違うか。

 こうなってしまえばハルトがなぜ城下街に下りて冒険者ギルドに通っていたのか、その理由に思い至る。



 ハルトは王になるのが嫌だったのではない。

 外の世界に憧れていたわけでも、冒険者になるつもりだったわけでもない。


 ただ、勇者になりたくなかったのだ。



 どの段階でハルトが自らが神位種であると気付いたのかは判然としないが、恐らく城下に下りるようになった頃には薄々気付いていたのだろう。


 もっと早く話せばよかった。

 もっと時間を割いて、ハルトの気持ちを知ろうとすればよかった。

 もし勇者になるのが嫌なのであれば、私は全力でハルトの意志を守ると、そう伝えればよかった……。



 トロイによるとハルトは夜中に自室を抜け出し、三階奥のバルコニーから城壁を飛び越えて出奔したらしい。

 その際にスクロールらしきものを持っていたのを確認したそうだ。恐らく魔法道具屋で買い込んでいたものだろう。


 トロイは見つかるのも覚悟の上で追おうとしたが、城壁を越えることはできず。そのまま見失ってしまったらしい。

 その後は大急ぎで大臣に連絡を取り、ほかの密偵や城下に詳しい兵などを使って城下街をくまなく探し、王都の外へ抜けられる門や下水も見張ったが──結局ハルトを見つることはできなかったそうだ。



 早い時点で報告しなかったことを平謝りする大臣とトロイに、私は力なく笑いかけた。


「よい。恐らく城から出た時点でもう、ハルトを捕まえることなどできなかっただろう。それよりも、城内に滞在している教皇猊下に会わねばならんな。降臨式典を中止して貰わねばならぬ」

「かしこまりました。それで、陛下。ハルト殿下の捜索はいかがいたしますか?」


 大臣が恐る恐る問いかけてくる。


 捜索……捜索、か。

 本心としてはこのまま行かせてやりたい気持ちもあるが、音信不通になってしまうのも受け入れ難い。

 一度顔を合わせてたまには連絡を寄越せと伝え、また外へ逃がしてやるのが最善だろうか。


 ……いや、最善ではないな。それは家族としての最善であって、国王としては取ってはならない選択だ。

 だが私は王である前に父親なのだ。家族に関しては父親としての考えを優先したい。そう思いながらもそのように動けない私は結局、父である前に王であるということなのだろう。


「では早馬で国内各地の街や村に知らせを出し、道中でハルトの捜索をしてくれ。とは言っても、くれぐれも危険な区域には近づかぬように。厄介な魔物に出くわして命を落とす者が出ぬよう、重々気をつけてくれ」

「はっ」


 指示を出すとすぐさま大臣はトロイと共に退出した。

 その背中を見送りながら、私は深く深く息を吐き出した。






* * * * * 同腹の姉弟 * * * * *



「行きました?」

「行ったみたい」

「そう。じゃあ、わたくしたちはノイスのところに行きましょうか」

「はい、姉様」


 騒がしい城内を眺めながら、少女はまだ小さな弟の手を引いて廊下を歩いていく。


「でもマリク、よくハルトがどう動くかわかりましたわね?」


 少女が弟・マリクに問うと、マリクは表情を変えずに姉を見上げた。


「イサラ姉様だって、ハルト兄様の考えてることを結構理解してるよね」

「そうかしら?」

「ハルト兄様言ってたよ。イサラ姉様は困っていると何も言ってないのにいつも助けにきてくれるって」

「あらあら〜。ハルトったら、可愛いんだから」

「姉様、素が出てますよ、素が」

「あらやだ。忘れて下さいな」


 もはや兄弟内では定型句となったやり取りを交わしてふたりは楽しげに笑い声を上げると、二人にとって異腹の兄弟でありこの国の第二王子であるノイスの許へと向かった。

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