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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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15.【ハルト】十歳 勇者ジル

 その光景を、ただただ呆然としながら眺めていた。




 俺はこの場を切り抜ける方法を考えながら、一旦成り行きを見守ることにした。

 目の前では盗賊たちの「誰だお前は!」とか「邪魔をするな!」といった叫び声と、「お前らに名乗る名などない」とか「邪魔するに決まってんだろ」という律儀に返答している男の言葉の応酬が暫く続いていた。何とも気が抜けるやり取りだ。


 この隙に逃げられそうな気はするものの、いまだ全方位を盗賊が囲んでいて微妙なライン。

 もう少し包囲網の穴が広がらないだろうか……なんてことを考えていたら盗賊のひとりが男に飛びかかった。それに反応して男が剣を一振りする。


 たった一振り。


 その剣圧が衝撃波を生み、飛びかかった盗賊もろともその背後にいた盗賊数人がまとめて吹き飛んでいった。

 比喩でもなんでもなく、本当に吹き飛ばされていた。


 その後も男の快進撃は止まらない。

 二十人近くいた盗賊たちが次々と男に襲いかかっては返り討ちにあって宙を舞う。これも比喩ではなく、本当に宙を舞っていた。

 男が片刃の剣をひと振りするたびに二、三人が吹き飛ぶ。一撃で命を刈り取られて白目を剥いて、次々と地面の上に積み重なっていく。


 盗賊たちの誰もが恐慌して俺には見向きもせず、必死に男に飛びかかっていく。しかし簡単にあしらわれ、嘘のように一瞬で命が刈り取られていった。

 それを目にして逃げようとした者もいたが、背中を見せた結果、仲間と同じ末路を辿った。


 そうして盗賊たちは、男に一太刀も浴びせることもできずに全滅した。


 あまりにも圧倒的すぎて俺は完全に硬直してしまっていた。

 目の前で次々と命が失われていくショックすら、どこか遠くに吹き飛ばされてしまった。現実に認識が全く追いついてこない。


 ああ、でも。仮にこの暴風みたいな人が敵なのだとしたら、どの道俺に待ってる末路はさっきまでと大差ないな。この人には絶対敵わない。

 それなりに戦う力があると思っていた自分が恥ずかしくなるレベルだ。


 そんなことを考えていると、剣を鞘に収めた男がこちらを振り返った。

 

「よう、ぼうず。大丈夫か? 怪我はなかったか?」


 ぼうず。俺のことだろうか。

 ……ほかにそれらしき人もいないし、俺のことなんだろうな。


 声をかけられたことで辛うじて頷き、一度深呼吸をして体の緊張を解いてから深く頭を下げた。


「おかげさまで傷ひとつありません。助けて頂き、ありがとうございました」


 礼を言うと男はきょとんとして、しばしこちらを凝視したあと、一気に破顔した。


「ぼうず、ちっさいのにしっかりしてんなぁ!」


 小さいか。まぁ十歳男子は確かに小さいな。

 これくらいの年代は男子より女子の方が背の高い子が多かった記憶がある。


「あー、でも本当にいたんだなぁ!」


 男は俺が反応を返さないうちに大声をあげて笑い出した。

 その迫力に圧されて若干後退りした俺の行動を気にした風もなく、ずいっと近づいてくる。

 そして俺にとって衝撃的な言葉を発した。



「ぼうず……お前、神位種だな?」



 その言葉に反射的に身構えてさらに後退り、男から距離を取る。


 まさか、追っ手か?

 一瞬そう思ったものの、それはちょっと考え難い。付与魔術のスクロールで脚力強化をおこなった人間の後を、相手に気付かれずに追い続けるなんて常軌を逸している。

 そもそも、もし追っ手でその気配をこちらに感じさせずにいたのなら、さらにあれだけの戦闘能力を持っているならば、もっと早い段階で俺を捕らえるなり何なりしていたはずだ。


 そう考えてみれば、追っ手の可能性は無に等しい。

 だとしたら、この人は一体何なんだ。

 俺に対して神位種かと半ば確信を持って問いかけてくる、二十人近くいた盗賊をたったひとりで片付けてしまうような、この人は。


 得体の知れなさに、ぞっとする。


 全身で警戒を露わにすると、


「あ、別に取って食おうってわけじゃないからな! ただお仲間の気配がしたから、こんなとこで何してんだろうと思ってきたら盗賊に囲まれてるわ、見たことない顔のお仲間だわで、こっちも混乱してんだ」


 男は慌てて弁明する。けれど、何が言いたいのかがわからない。


「……仲間?」

「そうだ、神位種仲間だ。俺も神位種なんだよ。ほら、わかんねぇかな」


 男はよく見ろと言わんばかりに両腕を広げた。

 そう言われてもなぁ。


「それともあれか、ぼうず。お前、まだ覚醒前なのか」

「え? えぇ。まだ覚醒はしてません」


 反射的にそう答えつつ、相手の発言に聞き捨てならないものがあったことに遅れて気付く。


 さっき、自分も神位種だと言ってたな。

 そうか、この人は神位種なのか。ってことは、現役勇者か。尋常じゃない強さを見せつけられたあとだから妙に納得できてしまう。

 しかし、だとしたら。今の返答は不味かったんじゃないか?


「そうか。でも自分が神位種だってことは知っているのか。てことはアレか、神託を受けて逃げてきた口か」

「…………」


 その問いには答えられない。

 というか、答えていいのかもわからない。


 本来神位種は神位種であることを神殿から告げられて間もなく、降臨式典で各国の王やその代理人にお披露目され、覚醒したあとは勇者として神殿が指定した国に属するのが習わしだ。

 てことは、この人は神殿や各国の王、もしくはその代理人足る人物たちにも面識があるってことだ。


 覚醒していないにもかかわらず自分が神位種であることを知っている。

 そんな子供がこんな場所にいたら、覚醒済みの神位種はどんな行動を取るのか。


 神殿に通報する?

 可能性はあるな。

 近隣の国へ通報する、ということも考えられる。



 …………詰んだ。



 うわっ、嘘だろ。

 逃走わずか二日目にして詰むとか冗談にしても笑えないし、今後自分がどうなってしまうのか考えるもの恐ろしい。

 そんな心情が顔に出てしまったのだろうか。


「だから、取って食いやしないって。逃げ出そうって気持ちは俺にだってわかるしな。てか、俺も一度は逃げた口だしな」


 ニヤリと笑みを浮かべて、男は言い放った。

 しかし俺としては素直にその言葉を信用することはできない。警戒を解かないまま無言で男を見上げていると。


「とりあえずここから離れようぜ。俺はジル。ジル=ネスだ」


 男……ジルはそう名乗り、右手を差し出してきた。

 握手を求められているのだとはわかるけれど、ついその手を凝視してしまう。

 剣ダコがある、分厚くて大きな手だ。よく見ると無数の細かな傷跡も見受けられる。


 俺は改めてジルの顔を見上げた。

 先ほどの鋭い眼光は形を潜め、好奇心と活力に満ち溢れた目をしている。


 信用、してもいいのだろうか。

 半信半疑ながら、おずおずとその手を取る。


「……ハルトです」


 そう名乗る以外、このときの俺にできることはなかった。



 ◆ ◇ ◆



 その後ジルは火属性魔術で盗賊たちの死体を焼き払い、骨は地面に埋めた。疫病対策および魔物対策だ。

 それらがひと段落したところで二人で状況の擦り合わせをしながら東へ移動した。

 聞けばジルはランスロイド所属の勇者で、今は魔王ゼイン=ゼルと戦っているのだとか。この情報はハインツから聞いた情報と一致するな……。


 ジルは一度は魔族領に入ったものの、ゼイン=ゼルの手下が手強くて逃げてきたんだとか。


「一応幹部クラスのやつは半分くらい仕留めたんだけどよぉ。とにかくあいつは手下が多種多様で数も多いから、一挙にこられると対処しきれねぇんだよな。だからどっかの国の勇者に手助けして貰おうかと思ったんだが、ランスロイドのお偉いさんはプライドが高くてなぁ。そんなこと許さん! だってさ。俺の命はどうでもいいんかよっての」


 呆れたため息をつきながら、ジルは眉間に寄った皺を指で揉む。


「そんなんだから、とりあえずフォルニード村経由で知り合いの魔王に助力を依頼しようかと思ったんだよ。また許さん! とか言われそうだけど、今のところランスロイドのお偉いさんが許さんって言ってるのは勇者に助力を依頼することだから、魔王の方に助力を頼むんなら問題ねぇだろってな」


 ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべるジル。

 まぁ確かに、魔王への助力依頼は現時点で不許可とされている勇者への助力依頼ではないから、事後報告で済ませるのはありかもしれないけど……。

 思っていた以上に勇者は所属する国に縛られるようだ。ジルのような性格だとさぞ窮屈だろう。


 それにしても、本当に包み隠さず話してくれるなぁ。


 これまでの話やジルの様子から、俺はジルが信用できる人間だと認識を改めていた。

 ジルには裏表がなく、ジルの安全を考慮しない人間がいる国であろうとも、困っている人がいるなら放っておけないタイプのようだ。

 まさに正義の人。逃げ出してきた自分がちょっと恥ずかしくなった。



 俺はジルに隠す意味はないと考え、身分を明かした上で数日前に神託を受け、勇者になりたくなくて逃げ出してきたことを話した。


「へぇ! 何だ、ハルトは王子さんなのか! でも勇者になりたくなくて身分まで捨てちまったのかぁ。何だかもったいねぇ話だなぁ」


 本当にそう思っているのだろうか。言葉とは裏腹にジルは豪快に笑った。


「城にいたら神殿から逃げられませんからね。一応、自分は神位種なんじゃないかと薄々疑っていたので、早い段階で逃げる準備はしていたのですが……実戦経験がないせいか先ほどは足が竦んでしまって、何もできませんでした」


 そう言って肩を落とす。本当に反省しきりだ。


「ほぉん。でもま、みんな最初はそんなもんだって。俺も人の命を取るようなことは最初は恐くてできなかったしなぁ。本気で殺気を出してくるやつとか、すげぇ恐かったし」

「そうなんですか?」


 思わず問えば、ジルは笑みを収めて目を閉じる。


「まぁな。でも、考え方を変えたんだよ。例えばさっきの盗賊たちだがな、あいつらは平気で人の命を奪う。貶める。放っておけばどんどん人を殺す。でも今俺が手を汚せば、死ぬのはその盗賊だけで済む……そう思うことにしたんだ」


 そこで一度言葉を切り、目を開けた。


「まぁ、一応相手の(たち)の悪さとかいろいろ考えて対応を決めてはいるんだが。さっきやつらはどう見ても物品を盗むだけじゃなく常習的に人攫いもやってたみたいだし、俺を殺す気で殺気を向けてきたからな」


 小さなため息が落ちる。しかしすぐに気を取り直したのか言葉が続く。


「人攫いや命を取るようなことをしでかす奴らでなきゃ、街の近くだったら役所に突き出すって手もある。何も必ず殺さなきゃいけないってわけじゃない。つうわけで、ハルトがどうしても手を下せないと思うなら、相手を気絶させるくらいの技量を身につけりゃいいってこった」


 ニッとジルの口元に笑みが戻る。

 元気付けようとしてくれているのだろうか。そんなに俺、悩んでいそうな顔してたかな。してたんだろうな。


 でもジルと話していたら段々気持ちに変化が現れた。

 今まではただひたすら逃げようと考えていたはずなのに、この人のように当たり前に誰かを助けられる人間になりたいという気持ちが膨れ上がってきた。

 実際に自分がそうして助けられたからこそ、そう思ったのかもしれない。


 けれど、何だろう……俺はこの世界に生まれて、この人生はこの人生として歩んでいこうと思ってはいたけれど、ちゃんとした人生の目標のようなものを持ったことがなかった。

 それを言ったら前世もそうだったけど、前世は目標を持つ以前に生きるため、生活するために日々をやり過ごすことで精一杯だったからな……。


 今世もまだ十年とはいえ、似たようなものだった。

 次期国王として頑張ろうとは思っていたけれど、それは自分の意志で決めたというよりも、そういうレールの上に生まれたから受け入れていただけだった。

 俺がこの世界で生きるのに必要な家も食事も衣類も何もかもが国民に支えられていたから、将来それに応えられるようになろうと思っただけだ。

 自分の意志というよりも、状況に流されていたような……。


 だけど、俺は結局それらを捨ててきてしまった。

 そして今はただ逃げることだけを考えて、その先に何の目標も目的も持っていない。


 だけど今、俺はジルのような人物になりたいと思った。心の底からそうなりたいと願ってしまった。

 だから了承して貰えるかわからないけど、言うだけ言ってみようと決意して口を開く。


「あの、ジルさん」

「んあ?」


 ジルは間の抜けた声で返事をした。

 真面目な話をしようとしていた俺は、内心脱力しそうになるのを気合いで耐える。


「もしよかったら、ですけど。ジルさんの旅に同行させてもらえませんか? 俺、ジルさんから学ぶことが一杯ありそうな気がするんです。それでもし役に立つくらい戦えるようになったら、ジルさんのお手伝いをさせてください。もし足手まといだと思ったら、その場に置いていってくれて構いませんから」


 まずは弟子入りだ。

 思い切ってそう切り出すと、ジルはぽかんとした顔でこちらを見ていた。

 しかししばしの間を置くと、照れくさそうに後頭部を掻く。


「いや、俺みたいな荒くれ者から学ぶことなんてねぇだろ? ハルトはしっかりしてるし、神位種としての技量もあるんだ。冒険者ギルドで地道に討伐依頼を受けていれば自然と戦えるようになるさ」

「……あのですね」


 勘違いして貰っては困る。


「俺が学びたいのはその気概です。精神的なものです。技量だって当然大事でしょうけど、俺はジルさんの他人を思いやれる精神に感銘を受けたんです。だから、同行させて下さい。一緒にいたら俺にも移るかも知れないでしょう? ジルさんの男気が」


 真剣な顔から一転、笑みを浮かべて見せると、ジルは相変わらず照れながらも苦笑を浮かべた。


「ま、勝手についてくるぶんには何も言わねぇよ。俺も一人旅で退屈してたんだ。よろしくな、ハルト」


 バシンッと背中を叩かれる。

 痛いっ!


 ハインツと言いジルと言い、全力で相手の背中を叩くのが親愛の印だとでも思ってるのかね。

 悔しいので俺もジルの背中をバシンッと叩く。「うおっ!?」と、ジルが前のめりになるけれど気にしない。


「こちらこそよろしくお願いします。ジルさん」






「あ」


 翌朝、魔族領に向かいながら歩いていると不意にあることを思い出してしまった。


「どうした、何か忘れもんでもしたか?」

「いや、あの、ジルさん。ジルさんは神位種でしょう。俺のこと、神殿に通報しなくていいんですか?」


 そう問いかけるとジルは心底嫌そうな顔をした。


「はぁ? なんでそんなことしなきゃなんねぇんだよ。しねぇよ。てか、そもそも神殿に行く意味もねぇよ。二年もあんなところで無駄に過ごすくらいなら、逃げた方がよっぽど有意義だよ」


 何という言い草。

 そんなに神殿で過ごす二年間って酷いのだろうか。


「そこまで言いますか」

「言うね。無駄だよ無駄無駄。俺の二年を返してもらいてぇくらいだ」

「あはは。じゃあ俺は逃げてきて正解だったんですね」

「おうよ。お前は賢い選択をした。是非今後神託前の神位種と出会ったら逃亡することを勧めといてくれ」

「あははははは!」


 鼻息荒く豪語するジルが何だかおかしくて、俺は久しぶりにお腹を抱えて笑った。

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