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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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12.【ハルト】十歳 運命の日

 ついにこの日がやってきた。

 誕生日を迎えた今日、俺は十歳になった。



 さすが王族と言うべきか、今日は俺の生誕祝いのパーティが開かれている。

 参加者の多くが俺と同年代の娘を連れてきていて──ああ、そうか。思えば(イサラ)も十歳を期にお見合い三昧になっていったんだっけ。


 そう思ったのが顔に出ていたのか、隣にいる姉に脇を小突かれた。


「ハルト、笑顔ですわよ、笑顔!」

「はい、姉上」


 姉に促されて無理矢理笑顔を浮かべる。

 くっ……頬が引きつりそうだ。


 次々と挨拶にやってくる貴族たちと言葉を交わし、娘を紹介されては適当に回避して、はい次の方どうぞー ……という感じで流していく。

 この世界に生まれて早十年。最近ちょっとずつこういう場のさばき方がわかってきた気がする。


 それにしてもどの貴族もあからさまだなぁ……。


 そう思いながら周囲を改めて見回せば、まだまだ挨拶できていない貴族が一杯いた。みんな順番待ちをしている。

 これは終わりが見えないな。


 何とか抜け出したいけど今日のパーティのメインは俺だからそういうわけにもいかず。

 必死に笑顔を貼付けて対応していると、見かねた姉が俺の腕に自らの腕を絡めてきた。


「皆様、申し訳ございません。少しのあいだハルトをわたくしに貸して頂けません? わたくし喉が渇いてしまいましたわ。それに晴れの日を迎えた弟と、少しお話もしたいですわ!」


 わざとらしいが第一王女の鶴の一声に周囲の貴族たちは笑顔で譲った。相変わらず強引な姉だが本当に助かる。

 俺は姉をエスコートしながらホールの壁際まで移動した。


「はぁ……ハルトはまだまだですわね。もうちょっと上手くあしらえませんの?」

「返す言葉もありません、姉上。いつもありがとうございます」

「うふふっ」


 黒髪に空色の目をした姉は、齢十二歳にしてその優雅な仕草のせいかそこはかとなく妖艶さを醸し出している。しかし家族の前では普通の少女のように笑うのだ。

 そしてそれを見てしまったそこら辺の貴族男子たちがやられてしまうんだけども……本人無自覚だからなぁ。


 結果的にそうやって心臓を射抜かれた貴族たちがこぞって姉に縁談を申し込んでくる。

 相手も自分の家柄と王家との釣り合いを考慮して申し込んできてるんだろうけど、姉は自分の足で相手を見つけ出そうとしているので縁談は全てお断りだそうだ。


 そんな姉だけど、実は過去に一度だけ、その目に止まった相手がいた。相手はとある侯爵家の次男だった。

 しかし、ある日姉がもの凄く落ち込んでいたので話を聞いてみると、その相手には既に婚約者がいて、その人は婚約者と結婚すると心に決めている、と断言したそうだ。

 恋愛至上主義者の姉はお見合いから始まった彼の恋心を全力で応援すると決め、自らは玉砕した。


 引き際こそ見事だったけど、彼女が立ち直るのには結構時間がかかった。何と、初恋だったらしいので。


 そんな姉は今もさりげなく周囲に視線を走らせている。次なる理想の王子様を探しているらしい。

 俺は姉と並んで自然に見えるよう会話をしつつ、同じようにさりげなく周囲を見回した。


「なかなかあの方を超える殿方が見つかりませんわねぇ」

「姉上はちょっと理想が高すぎやしませんか? あの方、かなりのイケメ……かなり格好よかったですよね」

「あら、確かに外見も素敵でしたけど、やはり大事なのは内面ですわ! 且つ、わたくしが降嫁しても問題ない家柄でなければいけない……あぁ、家柄なんてしがらみ、消えてなくなればいいのに……!」

「……姉上、素が出てますよ、素が」

「あらやだ。忘れて下さいな」


 危ない危ない、危うくイケメンって言うところだった。というかほぼ言ってた。


 時々俺は前世の言い回しを口にしてしまうことがある。慌てて言い直すけど普通に挙動不審だ。けれど姉は気にせず会話してくれる。本当に出来た姉だと思う。

 見た目こそその美しい外見から近寄りがたさを感じるけど、俺が最も気兼ねなく話せる相手はこの姉なのだ。


「あら……あちらにいらっしゃるのはエルストン公爵家のミラーナ嬢ではなくて?」


 と、姉がひとりで周囲をきょろきょろと見回している少女を目で示す。

 見遣れば典型的な金髪、碧眼の少女が親とはぐれたらしく、ちょっと泣きそうな顔で立っていた。


「お困りのようですね。声をかけにいきましょうか」

「そうね」


 あらぬ誤解を招かないよう、俺は改めて姉をエスコートしながらミラーナ嬢に近づいた。

 どんなに善意で声をかけたのだとしても、親世代はすぐに見合い写真もとい、見合い肖像画を送ってくるからな……。


 その辺は姉も心得ているのでしっかりサポートしてくれる。本当に本当に助かる。


「ミラーナ様。どうされましたか?」


 声をかけるのも姉だ。

 姉の声は涼やかで耳に心地いい。その声を聞いただけでミラーナ嬢も少し冷静さを取り戻したようだった。


「あっ、イサラ殿下。ハルト殿下も……! あのっ、ハルト殿下。お誕生日おめでとうございます。私、エルストン家長女のミラーナ=フォルン=エルストンと申します。本日はお招き頂けて光栄ですわ」


 目に浮かんでいた涙を慌ててハンカチで押さえると、すっとドレスのスカートをつまんで優雅に一礼。さすが良家の令嬢。

 確かミラーナ嬢は今年で七歳じゃなかったっけ。しっかりしてるなぁ。


「ありがとう、ミラーナ嬢。エルストン公爵はご一緒ではないのですか?」


 笑顔で問うと、ミラーナ嬢は顔を赤らめて恥じらうように俯いた。


「恥ずかしながら、父とはぐれてしまいまして。このような盛大なパーティは初めてで……」


 わかるわかる。

 俺も初めてこの規模のパーティに出た時、周りをきょろきょろ見すぎて母に嗜められたのを覚えている。それくらいあらゆるものに目移りするのだ。


 ただ座っていただけの俺とは違って、父親に伴われて移動していたであろう彼女は多分、周囲に目を奪われている内にはぐれてしまったのだろう。


「あらぁ、それでしたら、わたくしたちと一緒に壁際でお食事しましょう? きっと公爵様もミラーナ様を探していらっしゃいますわ。父娘で互いに探し回るより、ミラーナ様は見つけて貰えるのを待った方がよろしいかと思いますわ」


 そうそう、迷子になったらその場を動かないのが一番だ。

 ……あれ? それって遭難した時だっけ?

 まぁいいか。


 姉の提案にミラーナ嬢はちらっとこちらを見てから「よろしいのですか……?」と問いかけてきた。

 よく分からないけど、俺の許可を取ろうとしてるのだろうか。


「もちろんです」


 笑顔で頷くと、ミラーナ嬢は嬉しそうに微笑んだ。



 三人で壁際に寄って軽食を摂っていると、間もなくエルストン公爵がやってきた。


「これはこれは、両殿下お揃いで……ハルト殿下、本日はお誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます。公爵もよくお越し下さいました。ちょうど今、ご息女とお話しさせて頂いていたところです」


 こんな子供にも律儀に臣下の礼を取ってくれるナイスミドルな公爵に俺は笑顔で答えた。


「それはありがたい。目を離した隙にはぐれてしまったのですが、両殿下とご一緒でしたのならミラーナも不安を忘れ、楽しく過ごせていたことでしょう。ミラーナ、両殿下にきちんとお礼を申し上げたかな?」

「あっ……ハルト殿下、イサラ殿下、ありがとうございます」


 慌てたように頭を下げるミラーナ嬢に、俺は首を振る。


「いえいえ。こちらこそ、楽しい時間をありがとうございます、ミラーナ嬢」

「そうね、わたくしも楽しかったですわ。また機会がありましたらお話しましょうね」


 俺、イサラの順で応じると、ミラーナ嬢は極上の笑顔を浮かべて改めて「ありがとうございます」と礼を言ってきた。

 その後はまたエルストン公爵含めた貴族方に囲まれての挨拶と娘紹介三昧になったのは言うまでもない。






 ようやくパーティが終わり、俺は電池切れギリギリの緩慢な動きで自室に戻って、何とか服だけ着替えてベッドに倒れ込む。

 じわじわと意識が沈み込んでいく中、そう遠くないうちに訪れるであろう日のことを思い、その時に自らが取る行動について考え……大きな罪悪感が覆い被さってくるように感じた。



 夢見は、最悪だった。






 ◆ ◇ ◆



 運命の日は、予想以上に早くやってきた。



 それは誕生パーティの二日後のこと。俺は父に呼ばれ、謁見の間に出向いていた。

 呼ばれた先が、謁見の間。ということは、そこには父以外にも誰かいる。


 普段通りの他愛ない用件なら執務室か王の私室に呼ばれるのが常だ。まだ成人していない俺が相手では、謁見の間を使ってまで伝えなくてはならないような仰々しいやり取りがなかったからだ。


 でも今回は謁見の間に呼ばれた。他にも誰かいる。

 そう考えた時、このタイミングであればどのような用件なのかは予想できた。

 ただ、こんなに早いのは想定外だ。



 目の前で開いていく謁見の間へと続く扉。

 俺は視線を正面に向けたまま、視界が開けていくにつれて見えてきた扉の向こうの景色を、そこにいる人々を、静かに見据えた。


 正面に伸びる赤い絨毯。

 精緻な細工の入った柱。壁。調度品。


 それらが計算して配置されている謁見の間の奥、中央の大きな椅子に座すのは父王だ。そしてその左右に正妃である母と二人の側室たち。


 他にも、上流貴族、各政務部門の責任者やその代理たち、この国に派遣されている高位神官たち、そして壁際に並ぶ勲章持ちの数名の騎士たちといった、この国の重鎮中の重鎮が勢揃いしていた。

 騎士たちの中には武術の師であるクレイとシタンの姿もある。


 それだけだったら時々目にしてきた光景だ。国外の貴人を迎える際にも同様の面子が揃い、俺も王太子としてあちら側に立っていたことが何度かある。


 しかし今日は父王の近くに、凝った意匠の神官服を着た初老の男が立っていた。中肉中背のちょっと冴えない顔の、眼鏡をかけた男だ。

 背中はピンと伸びていて、口髭と顎髭を蓄えている。


 初めて見るけど、たぶん間違いない。イフィラ神教の頂点……教皇だ。

 その初老の男は人の良さそうな笑みを湛え、真っ直ぐこちらを見ている。



 扉が開き切った。



 誰もがにこやかで、誇らしげな気配を発していた。

 一方で、それに反比例するように俺は嫌な汗を浮かべ、表情を硬くしていった。


「王太子ハルト殿下、ご入室!!」


 衛兵が高らかに宣言する。

 仕方なく、けれどそれを表に出さずに御前まで歩き、片膝を床につき、右手を胸に当て、頭を下げる。臣下の礼だ。王の息子とは言えこの国に住む者は王以外、皆が王の臣下なのだ。


「召喚に応じ、ハルト=イール=アールグラント、参りました」


 声変わり前の幼い声が謁見の間に響き渡る。


「ご苦労。面を上げよ」


 父王の声に従って頭を上げ、父を見上げた。

 びっくりするくらいの笑顔がそこにあった。


「さて、ハルトも少しは察しておろう。本日は教皇猊下よりお話がある。では、猊下」


 父王に促されて、案の定、豪華な神官服の男が一歩前に出た。

 彼はまず父王に深々と一礼する。臣下の礼をとらないのは、教会の、さらに言うならそのトップであるからだ。


 教会は国の下に付くものではない。全く別の組織だ。

 ゆえに彼は我が国の臣下ではなく、当然、臣下の礼はとらない。


 父王に礼をしたあと、教皇はこちらに向き直った。


「初めまして、ハルト殿下。国王陛下よりご紹介頂きました、イフィラ教団の教皇をしております、ゲオルグ=フレッド=ゼスティスと申します。以後、お見知り置きを」

「……アールグラント王国第一王子、ハルト=イール=アールグラントです。初めまして、猊下。お会いできて光栄です」


 通常、教皇と直接会うなんてそうあることではない。

 そもそも教皇が神殿から異国の地にまで出張っていること自体が、今件がいかに大事であるかを示している。


 挨拶を交わす間、ゲオルグはにこやかな顔を崩さなかった。俺も必死に外面を取り繕って笑顔を浮かべる。

 ひきつるなよ、俺の顔……!!


「これはこれは……こちらこそ、お会いできて光栄です。ところで陛下。ハルト殿下にお立ち頂いてもよろしいでしょうか」


 と、ゲオルグは一旦父の方へ向き直り、俺を立たせる許可を取る。

 ここはあくまでもアールグラント王国。王太子である俺を跪かせた姿勢のまま話を進めたら、周りから白い目で見られるからな。賢明な判断だろう。


 父王から許可を取り付けて俺を立たせると、ゲオルグは咳払いひとつ。話を切り出した。


「さて、本題に入りましょう。単刀直入に申し上げます」


 一瞬、ゲオルグは品定めするように俺を見たが、すぐさま元のにこやかな顔に戻った。


 うわ、何か嫌な感じの人だな。

 だけど、用件をさっさと済ませようとしてくれるのは有り難い。


 ゲオルグは一度周囲をゆっくりと見回し、改めて俺を正面から見た。

 そして大きく息を吸い、良く通る声で、朗々と宣言した。



「先日、神託を授かりました。アールグラント王国第一王子、ハルト=イール=アールグラント様。貴方様が新たに神より遣わされた神位種……勇者であると!」



 おぉっ、と周囲から声が上がる。


 半ば確信されていたこと。それが明言され、教皇と俺を除く人々がどよめいた。


 俺は内心半笑いになりながらもぐっと堪えて真面目顔を維持する。

 同時に、覚悟を決めて決断した。


 今夜、この城を出よう、と。

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