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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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 11-4. 情報屋の考察③

 城下街で頻繁にヨウトの姿を見るようになっておよそ一年が経過しようとしていたある日。

 たまに世間話をしにくる程度だったヨウトが、久々に情報提供の依頼をしてきた。しかも、現金を持って。


 おいおい、まさか冒険者ギルドで依頼を受けてたのは情報料を現金で払うためか? だとしたらどんだけしっかりしてんだよ、この坊ちゃん!

 本当に貴族なのか? 実は違うのか……!?



 ヨウトの依頼はそう難しい内容ではなかった。むしろ、手持ちの情報で足りた。

 魔族領を含めた周辺国の現在の情報を知りたいのだそうだ。


「とりあえず地図は持ってるか?」

「ある!」


 意気揚々とヨウトは荷物から地図を引っ張り出した。

 おうおう、何だ何だ、子供らしくキラキラした顔しちゃってまぁ。

 でもま、男の子だしな。地図とか外の世界の情報ってのはテンション上がるよな。


 俺はヨウトに周辺国と言ってもどの辺の情報が欲しいのか問いかけた。

 ヨウトの返答を聞くに、どうやら東大陸内でアールグラントに隣接する国と、アールグラントより北側の国や魔族領について知りたいようだった。



「じゃあまずは東の聖国エルーンから。知っての通り、この東大陸で信仰されているイフィラ神教の本拠地だな。神殿もこの国にある。まぁ、知ってるか」


 と、地図上でアールグラントの東に隣接する国を指し示す。

 ヨウトは真剣な表情で頷いた。


「この国は今も昔もそう変わらないな。東大陸で最も信仰心が厚く、国民は敬虔な信者だらけだ。戦争はしない、関わらない。最近の動きに関しては、まぁ、アールグラントに頻繁に司祭を派遣してきていることくらいだな。平和なもんさ」

「なるほど」


 ヨウトは手元の紙に要点をまとめて書き込んでいる。

 今まで見られなかった行動だが、今回は証拠が残っても問題ない内容だからだろう。だから俺も咎めない。


 神殿関連の情報でこれをやられてたらきっと、二度とこいつに情報提供なんてしなかっただろうが……その辺はきっちり弁えていたんだな。感心感心。



「で、次はアールグラント北西にある騎士国ランスロイドな。ついでに、関連するからそのさらに北にあるオルテナ帝国についても話すぞ」


 俺はエルーンから真っ直ぐ北に指をスライドさせる。そこには魔族領を除けば東大陸で一二を争う規模の領土を持つ、騎士国ランスロイドがある。


 東大陸ではランスロイドとアールグラント、そして東大陸最南端のヤシュタート同盟国がほぼ同じ規模の領土を持っている。

 俺の見立てでは一番大きいのがヤシュタートで僅差でランスロイド、そのさらに僅差でアールグラントが領土としては広い。


 まぁ、それら三国を合わせても魔族領の規模には遠く及ばないが。


 続いて俺はランスロイドの北にあるオルテナ帝国を指差す。

 魔族領と国境を接しているのはオルテナ帝国とランスロイド、アールグラントだが、魔族領の最も危険な地域と接しているのがオルテナ帝国だ。


 ランスロイドとオルテナ帝国、さらに言えばアールグラントが高い軍事力を持つのも、偏に魔族領と接しているからだ。

 しかしほかの二国より厳しい環境にあるオルテナ帝国は、兵士ひとりひとりの能力が滅茶苦茶高い。


 極端な話、友好的な魔族が多い地域と接しているアールグラントの兵士と敵対心むき出しの魔族が多い地域と接しているオルテナ帝国の兵士とでは、その力量に倍以上の差があると言われている。


 幸い間にランスロイドがあるから、アールグラントとオルテナ帝国が戦争になる可能性は低いけどな。

 その代わりと言ってはなんだが、オルテナ帝国とランスロイドは互いに互いが仮想敵国になっていたりする。


「この両国も、今も昔もそう変わらないなぁ。両国共強い軍事力があって、双方で睨み合ってる。戦争こそしないが仲が良いわけでもない。ただ、ランスロイドは若干きな臭いかな。どうも獣魔王ゼイン=ゼルと戦争になりそうだという噂がでている。ランスロイド所属の勇者が魔族領に向かってるって話も聞いたな」

「魔王……」


 お、食いついた。やっぱり魔王は気になるのか。

 これはいよいよヨウトがハルト殿下の従者か騎士候補なんじゃないかっていう説が濃厚になってきたな。


「獣魔王ゼイン=ゼルは赤目の魔王種だ。あれだ、敵対する者を跡形もなく叩き潰すって種類の魔王だな」


 伝承を引き合いに出すと、ヨウトは「あぁ、馬鹿力の」と呟いた。

 これはまた独特な解釈だな……。


「ま、でもすでに勇者がそっちに向かってるんだ。こっちにまでとばっちりはこないだろう」


 おどけた調子で「まだ神託も受けていないハルト殿下に魔王討伐の依頼がくることはない」と言外に仄めかしてみると、ヨウトは一瞬きょとんとした顔になり、それから何とも苦い顔で笑った。


「とばっちりって……でも、本当にそうかなぁ。勇者だって、魔王に負けることはあるかも知れないんだろ?」

「まぁな、ないとは言えない。でも勝率で言えば勇者の方が勝つ確率が高いぞ。代わりに、神位種の数に対して魔王になり得る魔王種は数が多いみたいだからな。油断はできないんだろうが」


 実際勇者は七割くらいの確率で魔王に勝つ。魔王が弱いわけではないんだろうが、何故か勇者の方が勝率が高い。


 最近だと十年前にヤシュタート同盟国所属の勇者ゲイル=ルイト=ライアドが、十七年前にセレン共和国所属の勇者マトラ=リエンテが魔王を倒してるから、現状は二連勝中だ。

 連勝なんて言い方をしたら不敬罪になりそうだから口には出さないが。


 まぁでもこの二人はまた特別だ。何せ人族に友好的な魔王たちからの支援を受けていたのだから。

 そう考えると魔王や魔族って何なんだろうなぁ。敵だったり味方だったり……。



 おっと、思考が横道に逸れちまった。


「で、まぁ、そんな魔王が住んでるのが魔族領だな。魔王ゼイン=ゼルは魔族領の中部地域に国を構えているらしいからアールグラント側からその被害を実感することはなさそうだが、ランスロイドでは大分被害が出てるらしい」


 ランスロイドでは国境近くの砦や村が襲われて、かなりの数の死者が出ていると耳にしている。


「幸いアールグラントに接する魔族領は平和そのものだ。アールグラントとの国境近くには人型魔族が多く暮らすフォルニード村ってのがあるんだが、そことはこれまでと変わらず交易が続いてる。それに、フォルニード村の連中からも戦争が南部に飛び火するような話も入ってきていない」


 フォルニード村。あれほど壮観な村もない。

 人型魔族が一同に会して作った集落で、暮らしている種族の多さが半端ない。


 そして何より、フォルニード村は魔族領の中でも比較的安全な集落らしく、定住は難しいだろうと言われている希少種の翼人も暮らしている。

 さらに言えば鬼人族の希少種中の希少種、妖鬼の姿も稀に見ることがあるらしい。


 妖鬼すら現れる。それはすなわち、フォルニード村が本当に安全である証だ。

 何せ妖鬼は魔族からも人族からも狙われているせいで警戒心が強く、滅多に姿を現さないからな。


「フォルニード村……そこには人族も住んでいるのか?」

「あぁ、いるいる。十人くらい住んでるんだったかな? 中には人型魔族と結婚したやつもいるぞ」


 そう、フォルニード村関連で最も驚くのはこれだ。

 異種族婚。それも、人族と魔族の。


 これにはヨウトも目を丸くしていた。

 そうだろう、そうだろう。いくら友好的とはいえ、人族と魔族はかつての敵同士だからな。意識の根底に根付いているその認識は、そう簡単に覆せるものではない。


「そうか。それはちょっと行ってみたいなぁ」


 ついぽろっと。

 そんな感じだった。ヨウトがそんなことを言った。


 今度は俺がびっくりする番だった。


 貴族が、魔族領に行ってみたいだと……?


 そんな心中が顔に出てしまったのか、ヨウトは慌てて「ちょっと思っただけだから!」と否定した。


 だよな、そうだよな。

 でもま、フォルニード村くらいだったら安全だから行けなくもないとは思うけどな?

 ただ、自ら魔族領に行こうと考える貴族っていうのが、どうも俺の知る貴族連中とかけ離れていてびっくりしたというか。


 そうは思うが口には出さず。

 俺の貴族に対する認識なんてヨウトに話しても気分を害するだけだろうしな。


「さてと……とりあえず、知りたい情報はこんなもんで大丈夫か?」

「ああ、助かった。これで大分見識が広まったかな」


 今度は見識を広めようとしてたのかよ。

 本当、お前一体何歳なんだよ。


「で、この情報料は幾らくらいになるんだ?」


 ヨウトは財布を取り出した。茶色の革製品だ。

 使い込めば使い込むほど味が出る革製品チョイス。なかなかいい趣味をしている。


「あー、まぁ、これくらいなら銀貨十枚かな。元々情報持ってたし。でも前回貰いすぎてるから現金払いするならその分値引きするぜ。てことで、今回は銀三枚で」


 正直今回は金を取らなくてもよかったんだが、まぁ、社会勉強だと思って軽く払って貰おう。

 そう思って金額を提示すると、ヨウトはがくりと項垂れた。


「やっぱり俺、ものの価値がまだよくわかってないみたいだ……装備整えるならあれくらいだと思ったんだけどなぁ」


 ぼやきながら落ち込むヨウトの姿が、何とも言えない哀愁を漂わせている。その様子が何故か妙にツボに入って、つい吹き出してしまった。


「ぶくくっ。そう思うなら早くものの価値を把握しろよ。現金を使うんなら絶対必要な知識だぞ……ぶははっ!」


 必死に笑いを堪えたが、だめだった。


 その後も笑う俺にヨウトはじとっとした視線を投げ掛けていたが、やがて深いため息をつくと「わかった。もっと勉強しとく」とぼやくように言った。



 あーあ、あれだけ市場調査してたのに抜けてんなぁ。

 そう考えるとやっぱり、こいつはまだまだお子様なんだな。




 そんな呑気なことを考えていた俺にヨウトが大きな衝撃を残していったのは、それからおよそ半月後のことだった。

次はハルトのターンに戻ります。

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