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魔王候補になりました。  作者: みぬま
エピローグ
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エピローグ 〜終わりから始まるもの〜

「もういいのか?」


 真っ白な空間。

 その空間に溶け込みそうなほどの純白の髪を揺らして、こちらを振り返る紅の瞳。


 自らの主である神様は、気遣わし気な様子でこちらを見ていた。


「もう十分でしょう」


 僕は静かに答え、瞑目する。


 長い年月をかけて、今日まで“あの世界”を見守ってきた。

 親しい人たちの死も、新たな命の誕生も、変遷して行く世界の様子も、全て。

 もう“あの世界”は大丈夫だろう。

 そう判断して、僕はイフィラ神の許に戻ってきた。


 そんな僕の気持ちを汲んでくれたのか、イフィラ神はそれ以上問いを重ねる事なく「そうか」とだけ返してきた。

 長い沈黙が降りる。

 その間、僕は“あの世界”に精霊として生まれ落ちてから今日までの日々を思い出し、けれどあまりにも眩しい思い出たちを直視できずに早々に思考を打ち切った。


「これでよかったのか?」


 唐突にイフィラ神から問いを投げかけられて、閉じていた瞳を開け、改めて自らの主に視線を向ける。

 イフィラ神は真剣な面持ちで僕を見ていた。

 何に対して「これでよかったのか」と問われたのだろう、と一瞬だけ考えて、すぐに思い至って微笑みを浮かべる。

 イフィラ神は、魔力暴走事故の犠牲者たちを前世の記憶を保持させたままあの世界に転生させた事を、その判断を、「これでよかったのか」と僕に問いかけているのだ。


「これでよかったんですよ」


 自分でも驚くほど穏やかな気持ちに満たされながら、僕は答えた。


 長い年月を過ごす間に多くを失い、見送ってきた寂しさは今や遠い思い出となって、幸せだった思い出ばかりが強い輝きを持って僕の中に存在している。

 そんな日々を過ごせたのは、イフィラ神が魔力暴走事故の犠牲者たちを“あの世界”に転生させてくれたからだ。リクの傍で、僕の新しい人生を始めさせてくれたからだ。

 確かに全員が全員、前世の記憶を持っていた事を受け入れられたわけではないだろう。

 けれど全ては既に起こってしまった事で、今更「駄目な判断でした」と言っても意味などなく、ましてやそれが総意とも言えないし、僕としても同意したくはない。

 それくらい、“あの世界”で過ごした日々は僕にとって大切なものなのだ。


 そんな気持ちのままに答えると、イフィラ神は再び「そうか」と小さな声で応じてきた。

 イフィラ神の、淡々としているようでどこか嬉しそうな様子が何だか可笑しくて、つい吹き出してしまう。

 怪訝そうな表情を浮かべたイフィラ神に、僕は心を無にしながら「何でもないです」と伝える。


 今、心を読まれてしまっては適わない。

 “どんどん人間臭くなってきてるな”なんて思っている事は知られてはならないのだ。

 何故なら、イフィラ神の感情が豊かになっていく事は僕やティーラといったイフィラ神の眷族からしたら喜ばしい事だからだ。

 このままどんどん無自覚に人間臭くなっていって貰いたい。

 人に近い感情を持つようになれば苦しむ事もあるだろうけど、寂しさを自覚する事も出来るようになるはずだ。

 そうなればきっと、ひとりで抱え込まずにもっと僕ら眷族を頼ってくれるだろう。


 同時に、魔力暴走事故の時のような間違った方向への配慮をしてしまう事も少なくなるはずだ。

 結果的に僕としては有り難かったし、前世の記憶があったからこそリクとハルトは“あの世界”で幸せな日々を過ごしていた。

 けれど、フレイラは時々前世の記憶を思い出しては沈痛な面持ちになっていた。

 その事を思うと、やはりあの判断は正解とは言い難かったのだろう。


 そんな思考と心を読まれないように、自らの心の声を曖昧にして隠すと、イフィラ神は顔をしかめた。


「む、読めぬとは……。ユハルドは随分と、心を隠すのが上手くなったものだな」

「ふふふ。あなたの眷族として無駄に時間を過ごしてきた訳じゃない、という事ですよ」


 そう返すと、ふとイフィラ神も笑みを浮かべた。

 ここ最近、イフィラ神は表情も豊かになりつつある。

 この調子なら、“あの世界”であればイフィラ神がその辺を歩いていてもやたら美形の白神種がいると思われるだけで、見咎められる事もなさそうだ。


 “あの世界”を歩いているイフィラ神の姿を想像して、僕は笑いそうになるのを堪えた。

 いつかイフィラ神に直接“あの世界”を歩いて貰おうというのも、ティーラと共に密かに画策している事だ。

 なのでこれもイフィラ神には知られないようにしなければならない。


「それで、これから僕は何をすればいいですか?」


 思考を切り替えるべく、僕は主に問うた。

 するとイフィラ神はどことなくわざとらしさを感じる平坦な声で、


「ふむ、そうだな。何もこの先ずっと私の我が侭に付き合う必要はない。既に十分巻き込んでおいて今更ではあるが、もし眷族をやめたければすぐにでも……」


 と言いかける。


「やめませんから」

「……そうか」


 間髪入れずに返せば、イフィラ神は困り果てた様子で眉間に皺を寄せ、真剣に考え始めた。

 そうしてしばし考え込んでいたけれど、イフィラ神は小さく息を吐く仕草を挟み、口を開く。


「今は特に思い付かぬ。とりあえずしばらくは私と共に、魂の循環と各世界の見守りをして貰おうか」

「はい」


 すぐに返事をした僕に、イフィラ神が微かな笑みを向けながら歩き出す。

 イフィラ神が歩き出すと、今までその辺を自由に飛んでいた小さな光たちが寄って来て、イフィラ神の歩みに追従して行く。

 ひとつの魂の形へと戻りつつあるその光たちを見ていると、自然と笑みが漏れる。


「少々遠くまで移動する。はぐれぬよう、気をつけるように」


 自らの周囲を飛ぶ光たちにそう語りかけるイフィラ神の口調が優しい。

 長い年月を共に過ごすうちに、親心のようなものが芽生えてきたのかも知れない。

 光たちもイフィラ神の言葉を受けてはぐれないよう、その肩に乗る。

 そんな微笑ましい光景を眺めていると、ふとイフィラ神が振り返った。


「そなたにも言っているのだがな、ユハルド」

「あっ、はい。はぐれないように気をつけます」


 あの光たち同様、僕とイフィラ神の間にもどことなく似た空気が流れていた。

 何かと気にかけてくれる主に、僕は駆け寄る。

 僕が傍に来た事を確認して満足そうに頷くと、イフィラ神は真っ白な世界の天頂を見上げた。

 つられて視線を上げれば、目に映る色が白から紫紺、濃紺へと移り変わっていく。

 そして天頂に至れば、そこに広がるのは夜闇の色。その中を流れて行く大量の光……魂たちが見える。


「では行こうか」


 その言葉と共に、イフィラ神が再び歩き出す。

 僕も慌てて後を追い、遠い遠い、見た事もない世界へと向かって歩き出した──。






ここまでお読み頂きまして、ありがとうございます!

「魔王候補になりました。」はこれにて完結となります。


実はリクやハルトのエピローグは「122. 去った者、残された者」の後半部分でした。

「エピローグ 〜小さな伝承〜」でその後の世界と最後のリクの姿を補足して、この「エピローグ 〜終わりから始まるもの〜」でようやくタツキの物語も一区切りとなります。


物語としてはここで終了ですが、折を見て、増えに増えてしまった人物紹介のようなものを作るつもりでおりますので、ご興味がありましたらまたお付き合い下さいませ!

他、内容に触れる点などに関しても、番外編などで上げさせて頂きます。

小話とか、あの人はその後こんな道を歩いていますとか、構想はあっても作中に入れられなかったことを書けたらいいなと思っております。

こちらもご興味がありましたら是非、お立ち寄り下さいませ。



それでは改めまして、ここまでお読み頂きましてありがとうございました!

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