11-3. 情報屋の考察②
ヨウトから依頼を受けてから半年近くが経過した。
思った以上にてこずっちまったが、何とか情報は得られた。
コネのコネのコネを使ってようやくかよ……。
ヨウトは依頼を出して以降、十日に一度くらいのペースで現れた。
急かしているわけではないと言いながら、他に客がいない時は他愛のない世間話をして帰っていった。世間話ったって、お貴族様が庶民の生活に興味があってあれこれ聞いてくるような感じだったが。
まぁ、ヨウトが庶民を見下してそういう話題を振ってきているわけじゃねぇってことはわかってるから、悪い気はしない。
むしろあれだな、ヨウトは庶民になりたいんじゃないかと思うくらい、細かくあれこれ聞いてきた。
情報料を取るような内容じゃなかったから答えたが、ヨウトにとっては対価を払いたいくらい価値のある話だったらしい。ヨウトが対価を払おうとしてくる度に俺が突っ返す……というやり取りを一体何回繰り返したんだか。
だが散々待たせていた情報がやっと手に入った。いち早くヨウトに伝えたかったが、これまでの流れだと次にヨウトが来るのは二日後だろう。
さて、ずっと欲しがっていた情報を手に入れたら、あの坊ちゃんはどんな反応をするのかね。
そもそもこんな情報を欲しがる時点で変わり者だからなぁ……。
……あ、いや、そうか。こんな情報でも欲しがる奴はいるのか。
最近噂の希少種の誘拐事件がふと脳裏を掠めた。誘拐される被害者の大半は魔族だが、ひとりだけ、神位種の子供が誘拐されたと神殿が発表してたっけか。
いやしかし、あいつは子供だぞ。しかもいいところの坊ちゃんだ。犯人とは思えないし、犯人の仲間とも考え難い。
それに……。
と、そこまで考えて自嘲する。
あぁ、いつの間に俺はあいつのことをこんなに気に入っちまったんかね。
自分で自分にびっくりするわ。
そうさ、あいつはそんな人間じゃない。
子供だけど下手な大人より賢くて、その辺をふらついている大人たちよりもよっぽど物事の善し悪しをきちんと判断できている。
身形や立ち居振る舞いから漏れ出ている気品はお貴族様っぽいけど、そこらの貴族と違って市井にも理解があるし、理解しようともしている。
そして、あの年ですでに何か確たる目的があるようだ。そのために必要な情報が「近々神位種の神託を受ける人物の存在確認」だったのだ。
その先に何を見ているのかはわからない。わからないが、あの真っ直ぐな目を見れば、誘拐なんてもんを企んでいないことくらいわかる。
ま、たまにあいつから悲壮な何かを感じることはあるけどな。
あいつも子供とは言え貴族だ。あれくらいの年になると貴族間のしがらみが見え始めたりするんだろうから、そんな気分の時もあるだろう。
俺は呑気に、そう断じていた。
二日後、予想通りヨウトが現れた。
最初は夕方頃に現れることが多かったが、最近は俺の行動が読まれているのか昼前に現れることがほとんどだ。
本当、侮れねぇな、この坊ちゃん。
「やぁ、調子はどうだ?」
まるで体調確認でもするかのような挨拶だが、これがヨウト流の情報が入ったか否かの確認方法だ。いつもなら「すこぶる悪いな」とか「芳しくねぇな」と返すところだが、今日は違う。
「絶好調だぜ」
そう答えると、ヨウトはあからさまに驚いた顔になった。
おぉ、こいつのびっくり顔は初めて見るかもしれないな。貴重だ。
普段からよく笑うが、怒りや悲しみ、不安や驚きといった感情は見たことがなかった。
まぁ、こいつも人間だしな。てか、子供だしな。そりゃ感情の起伏くらいあるだろう。
今まで見たことがなかったってのは偏にこいつの性格ゆえだろう。
「奥に行こう。マスター、いつもの借りるぜ」
「おう」
俺はヨウトを促して調理場の奥へと向かいつつ、店主に許可を得る。店主もいつものことなので気軽に許可をくれた。
……が、ヨウトはびっくり顔をいつの間にか不安顔に変えて、俺がさっきまで座っていた席の前で固まっていた。
不安顔。これも初めて見る。
「どうした?」
柄にもなく心配になって問うと、ヨウトはハッと我に返ってこちらを見て、「何でもない」そう言って俺に続いて奥の小部屋……まぁ、一部では情報屋の秘密部屋と呼ばれている、酒場に常設されている小部屋に入った。
心無しかヨウトは緊張の面持ちだ。
そんなにヨウトにとってこの情報は重大なものなのか。まるでこの内容によって人生そのものが揺らぐような悲壮感がその瞳に宿っている。
気にはなったが、追求は御法度だ。俺は俺の仕事をするしかない。
まず最初にこれまで話した世間話は情報が手に入るのに時間がかかって待たされたヨウトの損害分として考えてくれ、と前置きした。
どうもこの坊ちゃん、それをずっと気にしているようだったからな。するとヨウトは「わかった。ありがとう」と、緊張したまま応じた。
おいおい、本当に大丈夫か、これ。どんだけ神位種の情報が重いんだよ。
そうは思うが仕事は仕事だ。ついヨウトの緊張に釣られて唾を飲み込みながら、「……で、本題だが」と切り出した。
ぴくりとヨウトが反応して、居住まいを正した。とんでもない緊張感が空気すら張りつめさせる。
「あー……その、だなぁ。結論だけ言うな」
「あぁ」
「近々……というか、来年以降に、“神位種の神託が降りた”と発表される予定があることがわかった」
「……そうか」
ヨウトは視線をテーブルの上に落とし、テーブルに穴を開けかねないくらいの力の籠った目で木目を睨む。
その顔は望まぬ答えを必死に飲み込もうとしているような、どこか苦しそうな表情だった。相変わらず子供らしからぬ顔をする。
俺は気を取り直して続けた。
「一応、誰が神託を受けるのかも調べたが……聞くか?」
そう告げると、ヨウトはもの凄い速さで視線を俺に向け直した。その顔はまたもやびっくり顔だ。ヨウトの表情が「そんなことまで調べられるのか」という心情を言葉にせずとも伝えてくる。
どうせやるならとことんだ。
俺はちょっとだけ得意な気分になった。
誰が神託を受けるか。
まぁこの神託を受ける人物には正直俺もびっくりしたけどな……。
「教えてくれ」
ヨウトがきゅっと口を真一文字に結んで真剣な顔で先を促した。その顔を見て、本当にこの情報がヨウトにとって重大な何かなんだな……と、改めて確信する。だから俺も真面目顔で応じた。
一言一句、聞き逃されることのないように、噛んで含めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「次に神位種だと神託を受けるのは、この国の王太子、ハルト様らしい」
その言葉を聞いた瞬間、いつも強い意志を湛えていたヨウトの目がさっと陰った。まるで感情も何もかもを失くしたような、暗い瞳。
おいおい、そんな目、子供がするもんじゃないだろうが。
そうは思うが、同時にその反応から、ヨウトが知りたかったのは最初からハルト殿下が神位種なのかどうかだったのだと察した。
ヨウトとハルト殿下にどのような関係があるのかはわからない。だがどうやらヨウトはハルト殿下が神位種ではないことを期待していたようだ。
けれどその期待が外れて、絶望しているように見えた。
「そうか……うん、分かった。色々とありがとう」
が、ヨウトはすぐさま切り替えたようだ。いつもの笑顔を浮かべるとぺこりと頭を下げた。
「いや、俺は仕事をしただけだ。報酬も頂いてるしな」
てこずったせいで若干赤字だが、まぁ、これは勉強代だ。神位種の神託に関わる情報を得るには想像以上のコネとカネが必要だったってことだ。
今後の価格設定に生かさせて貰おう。
「そうだ、今日はもうひとつ依頼したいことがあるんだけど」
そう明るい声で言いながら、ヨウトはトパーズが嵌め込まれたピンを差し出してきた。
これはまた……半端なく品質のいいトパーズだな。一体どんな難題を言われるんだろうか。
しかし俺の戦々恐々とした心中とは裏腹に、ヨウトの要求はただのお使いだった。
「これで、俺のサイズに合う冒険者用の装備を用意してくれないか?」
冒険者用の装備……だとさ。
今度は一体何を始めるつもりなんだろうな?
そうは思うが、やはり追求はしない。
「りょーかい。次に来るまでに用意しておこう。また十日後だろう?」
「ああ、また十日後に来る。よろしく」
これまで地味な服装とは言え、ヨウトは素材のいい服を着ていた。なら、求められているのは市井に溶け込めるような服装だろう。
しかしヨウトは容姿と立ち居振る舞いが目立つからな……。できるだけ姿が隠れるようなフード付きマントも必要だろう。
などと必要そうな物を思い浮かべていると、向かいの席からヨウトが立ち上がった。俺も後に続いて酒場に戻る。
そこでヨウトを見送り、その後数人の客をさばくと少し早めに切り上げて夕方の商店を回った。
情報屋なんて特殊な商売をしているが、ひとたび仕事から離れれば普通に生活する一般市民でもある。馴染みの店を数店回って、必要そうな物に目星をつけておく。
それにしても……。
ポケットに手を突っ込んで、指先に当たる感触にため息が出る。
相変わらず、ヨウトはものの価値がわかってねぇなぁ。これ、一体いくらすると思ってるんだよ。てか、恐くて換金できねぇんだよ……!!
実は半年前に報酬として受け取ったルビーのカフスボタンも、換金できずに自宅の隠し部屋の隠し金庫に厳重にしまってある。
ヨウトから渡された報酬はどれも換金しないと収入とは呼べないんだが、あれを換金することでヨウトの親が息子の装飾品を換金した男がいるという情報を得て、俺を盗人扱いして衛兵に通報する……なんて、あり得そうな話だ。
つまり、ヨウトへの情報提供はほぼ無償で行っていることになる。
幸い俺はヨウトからの報酬がなくても生活できるくらいには稼いでいるからいいんだが……ホントに俺、何でこんなにあの坊ちゃんを気に入ってるんかねぇ。
まぁ、無償提供なのは今だけで、いつかヨウトが現金払いできるようになったらその時にでもあれらを返してその分の報酬を現金で頂く算段を立てているんだが。つまり先行投資だ。
それが一番安全だし、俺も気分良くヨウトと付き合っていける。
だからまぁ、今は立て替えておいてやるよ。これでヨウトが姿を消したとしても、それは俺に見る目がなかったってことだ。
その時はその時。俺は勉強代だと思って、改めて人を見る目を養えばいい。
十日後、ヨウトは約束通り姿を現した。
俺は購入しておいた衣類を含めた冒険者用の装備品と、必要だろうからと思って追加した茶色の地味なフード付きマントを渡した。
ヨウトはいつも通り礼を言って、去っていった……が、その後かなりの頻度で城下街をうろついているのを見かけるようになった。
幸いマントとフードのおかげで目立ってはいないが、ヨウトの装備品を買った俺からしたらそれを身につけている人物がヨウトであることは一目瞭然だった。
最初の頃は商店や出店を見て回って、何やらメモを取っている姿が目についた。
市場調査か?
そのうち、冒険者ギルドに出入りするようになった。まさかと思って一度後をつけてみたら、採取系の依頼を受けて黙々と仕事をしていた。
一体何をやってるんだ、あの坊ちゃんは……。
あ、もしかして、家から勘当されたとか。それとも、自ら家を飛び出したのか。
しかしあの年でそこまでするかね。
でももしそうでなかったとして。ヨウトが冒険者ギルドで仕事をしている理由として、もうひとつだけ考えられることがある。
それは、ハルト殿下の存在だ。
ヨウトはハルト殿下と同年代だ。となると、ヨウトは貴族だし、ハルト殿下の従者とか騎士とかになってもおかしくない。
さらに言うなら、ハルト殿下が神位種なら将来的に殿下とともに魔王と戦う場面が出てくるかも知れない。そのための予行演習的な感じで冒険者ギルドに登録したのかも。
で、まずは初心者向けの採取依頼で慣らして、その内魔物討伐依頼も受けて実戦経験を積もうとか考えている可能性がある。
あり得る。ヨウトならそれくらい先を見据えていてもおかしくない。
本当、あの坊ちゃん、抜け目がねぇな。
いや、まだ俺の予測の範囲の話だけどさぁ。