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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第6章 始まりが終わるとき
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119. 再生と超越

「姉さん!」

「リク!」


 白神竜の口内で意識を失いかけていると、私が白神竜の喉に空けた穴からムツキとサギリが入ってきた。

 再生しようとする白神竜の傷口をファルジークが焼き、クランタリスが頑強な岩で固めていく。

 それを嫌がって暴れる白神竜を、外でハルトやタツキ、ブライ、シスイが押さえてくれているようだ。四方からそれぞれの声が聞こえてくる。


 白神竜の口内に入ってきたムツキとサギリは素早く私に駆け寄ると傍らに膝をつく。

 すぐにふたりは私が両角を失っている事に気がついて、深刻な表情を浮かべた。


「サギリ、頼める?」

「やってみる。リク、ちょっとだけ我慢してねぇ」


 まともな返事も出来ずに呻くだけの私を優しく抱き起こして、サギリが私の頭部に手を当てた。

 ぞわりと背筋に寒気が走って強い違和感を覚え、本能が拒絶を示す。

 しかしサギリから離れようと肩を押しても、力が入らないせいで大した抵抗にもならない。

 そうしている間に違和感が大きくなり、覚醒の時に似た、けれど感情や感覚が掻き乱されるあの不快感とは異なる、この身に宿る力の組成そのものを乱されているような不快感が襲い来る。


「気持ち悪いよねぇ。でも我慢してねぇ。イザヨイ、上顎に刺さってるリクの角を取ってちょうだい」

「はい」

「ありがとー」


 そんなやり取りが成されている間も足元が相変わらず揺れている事から、外では戦いが続いている事がわかる。

 すると、突然ふわりと足元が浮いた。

 ムツキが結界と風属性魔術を駆使して暴れる白神竜本体からの影響を軽減してくれたようだ。

 ぼんやりとその事を把握しながら、全身を駆け巡る不快感から気を紛らわそうと視線をムツキとサギリに向ける。

 ムツキとサギリの間には吃驚するくらい穏やかな空気が流れていた。

 その穏やかさが、私を不安にさせる。

 まるでこれが自分たちの最後の仕事だと、死を覚悟しているような……。


 何故そんなに落ち着いていられるのか問いたいけれど、全身を巡る気持ち悪さで喋れないどころか体を動かす事すらできない。

 そんな私の状態を理解しているのだろう、サギリが優しく背中を撫でてくれる。


「もうちょっとだからねぇ。あたしの力はあくまで“改変”だから角を元通りにする事はできないけど、角に残ってるリクの力を“角”というものから純粋な“力”に改変してリクの中に戻す事は出来るから、あと少し耐えてねぇ」


 あぁ……そうか。以前ちらっと言ってたっけ。

 サギリは“改変”能力が使えるんだって。

 コールの記憶の中でもサギリはその力を使って、ゴルムアの意志を弱めてコールに体の主導権を取り戻させた事があった。

 その時どのような形で改変を行ったのかはわからないけれど、サギリの口振りからするに、改変能力はどうやら今あるものを別の何かに造り変える力のようだ。


 そんな事を考えている間に、唐突に痛みが引き始めた。

 サギリが手を当てている角があった場所から、染み込むように力が戻ってきているのがわかる。

 痛みが引くと、今度は力を失った喪失感による恐怖も和らいでいく。

 しばらくして完全に落ち着きを取り戻す頃には不快感も消え、私の力もほとんど元通りに近い状態にまで戻っていた。


「ごめんねぇ。あたしの力不足で、リクの持ってた力を全部戻す事ができなくて」


 サギリはしょぼんと落ち込んだ様子でそう告げると、私をその腕の中から解放した。申し訳なさそうにしているサギリを、今度は私の方から抱きしめる。


「ううん。助けてくれてありがとう、サギリ。全然力が出なくて、もう駄目かと思ってた。ムツキもありがとう」


 サギリの肩越しにムツキを見上げると、ムツキは優しい笑顔を浮かべて頷いた。


「それじゃあ、ふたりは外に……」

「あっ、ちょっと待ってぇ! リク、もうちょっと我慢してくれる? 奥の手があるの!」


 唐突に「良い事思い付いた!」と言わんばかりの様子でサギリはムツキの声を遮り、懐から何かを取り出す。

 何だろうと思いながらサギリの手元を覗き込むと、サギリの手には手のひら大の純白に輝く魔石が握られていた。


「これねぇ、さっきハルトさんが落とした白神竜の角を改変した魔石なの」


 得意げに魔石を掲げながらニヤリと笑みを浮かべるサギリ。


「そんな事してる暇あったっけ」


 これに困惑したのはムツキだ。

 確かに、白神竜は角を落とされてすぐに大暴れしていたから、角を回収する隙なんてなかったように思える。

 しかしサギリは「クランタリスに回収して貰ったの〜」と、事も無げに言う。

 すると今度はクランタリスが自慢げに胸を反らして腰に手を当てた。


「面白そうだったから!」


 ……この主にして、この精霊あり。

 似た者主従は「ねー!」と声を揃えた。

 き、緊張感の欠片もない。


 半ば呆れた視線をサギリとクランタリスに向ける、私とムツキとファルジーク。

 けれどすぐにサギリが表情を引き締めて私の頭をぐいっと自分に引き寄せた。


「まぁおかげでこんな事も出来るってわけなのぉ。時間がないから今度は一気に改変するわよぉ。覚悟してねぇ、リク」


 サギリがそう告げるなり、吐き気を覚えるほどの気持ち悪さと違和感が足元から這い上がってきた。

 反射的に口許を押さえる。


「ちょっと、サギリ。姉さんに何をするつもり?」


 さすがに時間をかけ過ぎているからだろう。外の様子を窺いながらムツキが焦りの声を上げる。

 いくら外にいるみんなが白神竜の動きを止めてくれているとは言え、本体への決定打を打てないまま相対するには白神竜は強すぎる。


「リクの角を戻すの! 魔石に改変した白神竜の角をリクの角に改変すれば、もしかしたらもしかするかも知れないじゃない?」


 もしかするって、一体何が……!?

 そう問いたくても先ほどの比ではないくらい強烈な違和感と不快感で、サギリに支えてもらっていないと座っている事すら出来ない。


「もしかするって……まさか、姉さんの角の代用になると思ってるの?」

「だってぇ、リクが元以上の強さに戻ってくれないと、勝ち目が見えないんだもの」


 サギリがかけてくる期待が重い!

 しかしムツキはしばし黙り込み、頷いた。


「そうだね。出来るだけ姉さんには万全でいて貰った方がいい。けど、そろそろ白神竜をこの場に留めておくのも限界みたいだよ」

「うわぁっ、ごめんねぇ、リク! スピードアップするよぉ!」


 ムツキの言葉に焦った様子で、サギリは更に改変速度を早めたようだ。

 あまりの気持ち悪さに意識が飛びそうになる。

 けれど、それも一瞬の事。

 一気に不快感が消え去る。改変が終わったようだ。


「終わったよぉ。調子はどう?」


 朦朧としかけていた意識が、サギリの問いかける声で現実に引き戻される。

 うぅ、改変されてる時の猛烈な気持ち悪さは消えたけど、気持ち悪かった感覚がなかなか消えないんですけど……。


「気持ち悪い……」


 思わず思った事をそのまま答えると、サギリがペシッと私の額に手を当てた。

 何かと思っている間に、気持ち悪い感覚が消えていく。

 そうして思考にかかっていた靄が晴れると、ようやく自分の状態を把握出来た。


 正直に言えば、ドン引きだ。

 最後にサギリが施してくれた、魔石化した白神竜の角を私の角に改変してくれた事が、想像を絶するほどに私の能力を引き上げているのが感覚的にわかる。

 神竜の力の一端とは言え、竜の力を司る気管の中でも重要な役割を持つ角ひとつ分の力がほぼそのままに、私の力として上乗せされたのだろう。

 自力で取込んだ力ではないからかまだうまく馴染んではいないけれど、付加された力が私の力として定着しつつある。

 サギリが私の力として改変してくれたからだろうか、不思議と違和感も感じない。


 ……と言うか。

 本当、何これ! ちょっと、こんな滅茶苦茶な力をコントロールする自信ないんだけど……!


「改変能力のいいところは、感覚の改変まで出来る事なのよぉ。さ、もう大丈夫でしょう!」


 なんて便利な能力!

 勝手に能力を付加して来た事への文句のひとつも言いたかったけれど、文句を言う前にサギリの言葉に感心してしまい、意識が反らされる。

 きっとその“感覚の改変”に近い方法で、ゴルムアからコールへの体の主導権移行を実現したんだろうな……と、ひとりで納得していると、ムツキが手を差し出してきた。

 反射的にムツキの手を取り、手を引いて貰って立ち上がる。


「イザヨイ、あたしはぁ?」


 そんなこちらの様子を見ていたサギリが、じっとムツキを見上げた。


「自分で立てるでしょ」

「冷たーい!」


 あっさり断られて不満そうにしながらもサギリは自力で立ち上がった。


「姉さんとサギリはすぐに外に出て。サギリ、姉さんをお願い」

「……うん」


 ムツキの言葉に頷き返すサギリの表情が曇る。

 先ほど感じた不安が蘇ってきた。


「ムツキはどうするの?」

「俺は……もう限界だから」


 ムツキの表情は相変わらず穏やかだった。

 けれど何かを諦めているような様子はない。


「だから、俺は白神竜の内側から手を尽くしてみるから、姉さんたちは外へ」


 促すように白神竜の喉に開けた穴を示す。

 神竜の再生能力のせいか、その穴も再び小さくなり始めていた。


 ここを出たらもう二度とムツキには会えないだろう。

 けれどここで躊躇っている時間がない事も、わかっている。

 実際ムツキはもう限界なのだろうし、最後に一矢報いようとしている決意の光がその瞳にはある。


「ムツキ」


 私はムツキを壊さない程度に柔らかく抱きしめた。

 感じ取れるムツキの体温が既に、人族よりも低い私の体温と同程度しかない事に気付いて、ムツキが限界に近い事を改めて認識する。

 親しい人の命の終わりを実感してしまって、心臓が押しつぶされそうなくらい苦しい。つらい。

 けれどムツキ本人は既に死を受け入れている。

 死を受け入れながらも、最後まで戦い続ける決意をしている。

 ならば私が涙を見せるわけにはいかない。


「私、今世でムツキと再会出来てよかった。最初は敵同士だったけど、前世と変わらず接してくれて嬉しかったよ」

「……うん。俺も、姉さんに会えてよかった。姉さんが幸せを手に入れている姿が見られて、本当によかった」


 互いに言葉を交わして、そっと離れる。

 今私はちゃんと笑えているだろうか。

 今にも泣きそうな気持ちになりながら、それでもムツキの決意と覚悟、その意志を尊重する。

 何故なら私は魔族だからだ。

 そして私は魔族であると同時に、妖鬼なのだ。

 自分が生き延びる道を模索し続けなければならない。


 私は穏やかに淡く微笑むムツキの姿を目に焼き付けると、目一杯の笑顔をムツキに返して外へと飛び出した。

 すぐにサギリも後に続く。


「リク!」


 外に出るなり私の姿を見つけたハルトが声を上げた。

 振り返ればハルトもタツキもシスイも無事な姿で、タツキが形成したと思われる結界の上に立っている。

 ブライは、と探せば、白神竜と正面から手を組み合い、威嚇しあっていた。

 神竜2体分の強烈な威圧感が辺りを包んでいる。

 本来なら白神竜の方がブライよりも圧倒的に強いのだろうけど、白神竜は片角を失い、片翼を失い、再生能力が追いつかないくらいの負傷もしている。

 タツキが対処してくれるおかげでほぼ万全の状態のブライに、力が半減している白神竜では向かい合うのが限界なのだろう。


「リク、いい? 力が変質して今までとは感触が違うと思うから、力を使う時は気をつけるのよぉ?」


 空中に結界を展開して足場にする私に、風属性魔術で空中に留まっているサギリが念を押してくる。

 視界の端では、白神竜の喉に空いた穴が完全に塞がりつつあり、残されている小さな隙間からクランタリスが飛び出してきた。


「あるじー! 準備できたよっ!」


 軽い口調でクランタリスが叫ぶと、サギリは手に持っていた杖を構えて白神竜の方へと向き直った。


「それじゃあ最後の仕上げ、頑張っちゃうよぉ! シスイ!」


 サギリが鋭く呼びかけると、向こう側にいたシスイはこちらに視線を向けて頷いた。

 どうやらムツキとシスイとサギリの間で何かしらの作戦を立てていたようだ。

 サギリは素早く白神竜の残されたもう一方の角へと向かって行った。

 シスイも白神竜の気を引くべく敢えて白神竜の視界に収まる場所、ブライの前に飛び降りる。


「邪魔をするなぁっ!」


 美しい声を荒げて白神竜が吼え、その口を大きく開いた。

 するとシスイは何かに目を留めて不敵な笑みを浮かべ、両手を正面に突き出す。

 そこに見た事もないような魔法陣が浮かび上がり、魔法陣を介して巨大な魔獣が飛び出した。

 飛び出した魔獣は1体ではない。

 次々と、どこから湧き出してくるのかと思うほどの数の大きな体格の魔獣が、白神竜の顔面に向かって行き、その顔に食らいつく。


「ハルトさーん、もしあたしが落とせなかったらお願いねぇ!」


 視界を奪われて頭を振っている白神竜の頭上に、サギリが到達する。

 そしてハルトに声をかけると杖を振りかぶり、残されている白神竜の角を目掛けて斜めに振り下ろした。

 振り下ろす間に杖の先端が巨大な鎌の形へと変貌する。

 見遣れば少し離れた場所からクランタリスがサギリの杖に向けて力を放っていた。

 恐らく地の精霊の手によって、杖に刃が付加されたのだろう。

 しかし白神竜が暴れているせいで、鎌は僅かに角の表面を削り取っただけだった。


 それを確認する間もなくハルトが結界から飛び降り、風属性魔術を駆使して速度を上げながら白神竜の角へと向かって行く。

 白神竜は気配でハルトの接近を察知すると、顔に纏わり付いている魔獣を手で払い、僅かに首を引いた。

 光線ブレスか、と思いきや、膨大な魔力が白神竜から滲み出している事に気付く。

 白神竜は光線ブレスを使うと見せかけて、魔術を使うつもりなのだ。

 その事に気付けるのは、魔力の流れが見える私とブライのみ。

 もしかしたら感知能力の高い白神種であれば、魔力の気配に多少は気付いているかも知れない。


 私が咄嗟に白神竜の魔力を魔力操作で横取りすべく手を伸ばすと、突如、白神竜が纏っていた魔力が砕け散った。

 そうとしか表現しようがない形で、白神竜から滲み出ていた魔力が消え去る。

 この能力は……ムツキの魔術破壊能力!


 気配は大分弱まっているけど、ムツキはまだ生きている。

 その事を嬉しく思う反面、覚悟を決めたムツキの顔を思い出して私は気を引き締め直した。


 視界の中で、ハルトの光の剣が白神竜の角を捉える。

 しかし白神竜も両角を失う事は命を失うに等しいが故に、その姿に見合う優雅さの欠片もなく必死の形相で剣の軌道から逃れて反撃に出た。

 けれど白神竜の反撃は、シスイやサギリの妨害によって未遂に終わる。


 一旦前線をブライに任せて後退したハルト、シスイ、サギリは疲労の色濃い表情で白神竜を睨み据えていた。

 ここまでの戦いで、人族であるハルトたちの疲労感は回復魔術では補い切れないほどの領域に達しているようだった。

 このままではやがて限界を迎え、力尽きてしまう。


 私は自らの力を改めて確認しながら、肺を満たすようにゆっくりと息を吸い込んだ。


 今の私には魔王種としての力に加えて、ゴルムアを取込んだ事で得た神位種の力、更にはサギリの手によって付加された神竜の力の一端がある。

 これだけの力があるのだ。使いこなせさえすれば、例え古の神竜が相手だろうとそう簡単に負けるはずがない。


 そう何度も自分に言い聞かせると、一度息を止め、白神竜を真っ直ぐ見据えた。

 そして自らの手を思い切り打ち鳴らし、白神竜の注意を背後にいる自分の方へと向ける。


 振り返った白神竜は、まるで別人……別の竜かと思うくらい血走った目でこちらを振り返った。

 私は再び大きく空気を吸い込むと、ひたりとその血走った目に視線を定める。

 そして自分の中で出した結論を、白神竜に告げた。


「白神竜。あなたの目的が一体なんなのかは知らないけれど、この世界にとってあなたが危険な存在である事だけは嫌でもわかる。だから、ごめんね?」


 一度言葉を切る。

 訝しげにこちらを見てくる白神竜に、私は研ぎ澄ました刃のように鋭く、続く言葉を突きつけた。


「この世界から、消えて貰うよ」

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