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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第6章 始まりが終わるとき
138/144

118. 喪失

 この場にいた全員が、唖然とした。

 目を見開き、今目の前で起こった出来事が現実なのか否かを必死に確認しようとしている。


 けれど恐らく、感知能力に長けている者は皆、目で確認せずとも気付き、理解しているはずだ。

 白神竜に呑まれたフレッグラードの気配が、一切感じられなくなっている事を。

 それが意味するのは、フレッグラードの死。


 あまりにも呆気ない最期。



「……あ、あぁ……マスター……?」


 呻くように、サギリが声を上げた。


「嘘、だろ」


 信じられないという思いを込めて、シスイが掠れた声で呟いた。


「何故、白神竜がマスターを……」


 痛む身体を必死に起こしながら、ムツキがギリッと音を立てて歯を食いしばる。



 これは、フレッグラードが望んだ事なのだろうか?

 ムツキはフレッグラードの命を絶って欲しいと私に頼んできたけれど、こんな形での終わりを望んでいたのだろうか。


 そんな事を考えていると、ふと白神竜の前に立つ後ろ姿に気付く。

 一気に意識が現実に引き戻されて血の気が引き、私は全力で走り出した。

 白神竜のすぐ傍にはハルトがいる。

 フレッグラードの事はとりあえず一旦置いといて、今はハルトを守らないと!


 私の動きに気付いた白神竜がぐぐっと首を後ろに引いた。

 ブレス攻撃か!

 そう判断するなり私は古代魔術結界を二重で構築。ハルトの正面から私たちがいる側を覆うように展開する。

 間を空けずに白神竜がブレスを吐き出し、閃光が走った。

 白神竜のブレスはブライ同様、光線ブレスだ。細かな光の雨のように無数の光線が降り注いでくる。その様子はまるで神聖魔術の“光雨”のよう。


 これは、古代魔術結界2枚で耐え切れるかな……?

 そう危惧した瞬間、淡緑色の光が古代魔術結界に重なるようにして広がった。タツキの結界だ。これ以上ない安心感に包まれる。

 私はそのままハルトの許へと走りながらお返しとばかりに、


「光よ降り注げ!」


 結界の外に、“光雨”を思念発動で放った。

 白神竜の光線ブレスに負けないくらいの光の雨が降り注ぐ。

 すると間もなく白神竜のブレスが途切れた。

 続いて光雨が収まると、そこには不意を突かれて片目を光の雨に貫かれた白神竜が、痛む目に手を当てて呻いていた。


「“光雨”……? まさか、何故、この魔術の使い手がここにいるのです!?」


 白神竜は痛みに顔を歪めながら驚きの声を上げ、こちらを睨み据えてくる。

 駆け寄ってきたタツキやブライ、ムツキたちが私を隠すように白神竜との間に立った。


「兄さん、結界を壊してもいい?」

「どうぞ」


 白神竜の問いを無視して、ムツキとタツキがやり取りしている。

 タツキの返答を聞いたムツキは、右手を掲げると魔術破壊能力を行使した。

 途端、ガラスが砕け散るような音を立てて古代魔術結界ごとタツキの結界も破壊される。

 まさか、タツキの結界まで破壊できるだなんて……ムツキ、恐ろしい子。


「“光雨”は、テュストリアだけが使える魔術のはず……!」


 白神竜はいまだ混乱の中にあるようだった。

 その隙を突いて、ムツキ、シスイ、サギリが白神竜の頭部に向かって跳躍する。

 角を狙うつもりなのだろう。

 白神竜を前に恐れもせず、迷いなく向かっていくムツキたちの姿は気迫に満ちていた。

 その気迫からは白神竜がフレッグラードを呑み込み、命を奪った事が許せないという思いが目に見えるよう。

 やはりあのフレッグラードの最期は望まれていない形での最期だったのだろう。


 ……と、ついついムツキたちの勇姿に見入ってしまったけれど、私もぼんやりしていられない!

 ムツキたちに続けとばかりに走り出そうとすると、


「我の背に乗れ」


 正面に回り込んでいたブライがこちらに視線を振り向けてきた。

 その意図を汲んで、私、ハルト、タツキはブライの背に乗り込む。

 すぐにブライは翼をひとつ羽ばたかせ、上空へと飛び上がった。と言っても、白神竜の頭上から僅かに高い程度の高度だ。結界を張らずとも振り落とされる心配はない。


 ブライの背に乗り白神竜に迫ると、目の前で白神竜に肉薄していたムツキたちが地面に叩き落とされた。

 反射的に結界で守ろうとした私の手をタツキが掴み、私に代わってムツキたちの落下地点に結界を構築する。

 ムツキたちはクッションのように柔らかな結界の上に落ちて、怪我ひとつせずに済んだようだ。

 その事を確認すると、タツキは真っ直ぐ私とハルトの方へと向き直った。


「リク、ハルト。これまでふたりと共に戦ってきて、僕が前線に出てもふたりの足手纏いになってしまう事は理解してる。だからまたふたりに任せる形になっちゃうけど、僕が全力でサポートするから、思う存分戦ってきて。それで必ずみんなで生き残って、みんなで東大陸に帰ろう」


 そう告げながら、タツキは私とハルトにも結界を張ってくれた。

 淡緑色の光が一瞬、身体を包み込む。

 優しくて温かい、タツキの気配が守ってくれているような気がして、とても心強い。


「タツキが援護してくれるならこれほど心強い事はない。思い切り戦ってくる!」


 と、先にハルトがブライから飛び降りた。

 真っ直ぐ落下しながら剣を構え、白神竜の角目がけて振り下ろす。

 剣から魔力と練気が混ぜられた光が伸び、弧を描きながら角へと向かっていく。

 しかし白神竜は巨体に似合わない素早さで身を引き、首をぐっと引いた。光線ブレスが来る……!


「シーヴァル!」


 私やタツキが動くより先に、地上から声が響いた。この声は、シスイのものだ。

 見下ろせばシスイの声に応じて水の精霊が猛スピードでハルトと白神竜の間に躍り出て、「盾よ!」と叫んだ。

 どうやらシーヴァルというのはあの水の精霊の名前のようだ。

 白神竜から放たれた光線ブレスはシーヴァルが幾重にも展開した湾曲した水の盾に当たると屈折し、あらぬ方向へと飛んでいく。

 塀や館に幾筋かの光線が着弾して爆発が起こり、着弾点を起点としてガラガラと音を立てて崩れ始めた。


「クランタリス、お願いねぇ!」

「はいはーいっ!」


 続いてサギリの声が響く。

 すると黄金色の髪をなびかせた地の精霊が楽しげに返事をしながらその力を振るい、一瞬にして白神竜の足元の地面を隆起させ、白神竜のバランスを崩す。同時に、崩れ始めていた塀や館の崩壊を止めた。


 どちらの精霊も軽々と力を使っていたけれど、その力の強さから高位精霊である事は明らかだ。


「くっ……」


 まさかあの至近距離からの光線ブレスを防がれると思っていなかったのだろう白神竜が、悔しげに呻いた。

 流れは完全にこちら側にある……!


「タツキ、私もハルトと同じ気持ちだよ。タツキがサポートしてくれる以上の安心感なんてないと思ってる。だから援護、よろしくね!」


 ハルトが無事光線ブレスから守られたのを確認すると、私はタツキを振り返りニッと笑んだ。

 するとタツキは私と同じ笑みを返してきて、


「任せて!」


 力強く応じてくれた。

 私は「任せた!」と返すと、ハルトを追うようにブライの背から飛び降りる。

 その時には既にハルトも風属性魔術で体勢を整え直し、再度剣を振りかぶっていた。

 隙の大きい動作ではあるけれど、落下によって得られる力をそのまま最上段に構えた剣に乗せ、思い切り振り下ろす。

 良く力が乗っている光の剣は、今まで見た事がないくらい無駄のない美しい軌跡を描き──



 ──白神竜の右側の角を、切り落とした。



 やった! これで白神竜の力を大幅に削いだはず!

 私はハルトに続けとばかりに魔剣に魔力と練気を流し、剣を振るおうとした……けれど。


「ギィァァアアアッ!!」


 一拍遅れて凄まじい絶叫が響き渡り、聴力が奪われかける。

 白神竜の叫び声は強烈で、脳内で殷々とその絶叫がこだましているような感覚に陥った。


 角を失った痛みでのたうち、滅茶苦茶に暴れ回る白神竜。

 その凄まじさは黒牛魔の比ではない。

 今近寄るのは危険だ。


 私は空中に足場となる結界を構築すると、その上に着地した。

 風属性魔術を駆使して空中に留まっていたハルトも、私の隣、結界の上に着地する。


「ムツキたちは?」

「大丈夫、ちゃんと退避してる」


 ハルトの問いに、私は冷静に答えた。

 ハルトが白神竜の角を捉えた瞬間に、ムツキたちは館の屋根の上に転移していた。やはりムツキたちは転移魔術か転移魔術と同種の能力を持っているのだろう。



 ……それにしても。

 とんでもない暴れようだ。しばらく収まる気配がない。

 サギリが契約精霊のクランタリスに塀の崩壊を止めて貰っていたけれど、その塀も暴れる白神竜の手で粉々に砕かれ、辺りに粉塵が舞い上がった。

 乾いた地面も与えられる衝撃でひび割れ始めている。

 とてもじゃないけれど、手を出せそうにもない。


「リク、ハルト! そこから動かないでね!」


 手を出しあぐねていると、上空からタツキの声が聞こえた。

 ほぼ同時に私とハルト、そしてムツキたちのいる館を、淡緑色の光の膜が覆う。

 既に結界を張って貰っている私やハルトにまで改めて結界を張ったという事は、相当危険な攻撃を行うつもりなのだろう。

 思わず上空を見上げると、空中で体を縦に起こした姿勢のブライが思い切り体を反らして首を引いていた。

 光線ブレスを撃つのか……!


「シスイ、君の精霊の技を借りるね!」


 ブライの横、宙に浮いているタツキが叫ぶなり力を放つ。

 ブライと白神竜の間に分厚く巨大な水の膜が現れ、湾曲した形状へと変化する。

 そこに向かってブライが最大限まで力を集めた光線ブレスを吐き出した。


 タツキの意図を理解した私とハルトは、固唾を飲んで状況を見守る。

 水で作ったレンズの大きさ、湾曲の具合、そして出現させた位置。

 全てが計算され尽くされているのだろう。

 先ほどシーヴァルが白神竜の光線ブレスを拡散させたその逆を、タツキとブライは狙っていた。


 水のレンズによってひとつに束ねられた光線ブレスが、真っ直ぐに白神竜へと錐状になって襲いかかる。

 過たず白神竜に焦点が絞られたそれは、のたうち、暴れ回る白神竜を捉えた……ように思えた。


 唐突に、白神竜が素早く動いた。

 危険を察知して痛みを抑え込み、回避行動を取ったのだ。

 しかし完全には回避できず。白神竜の左の翼が吹き飛んだ。


「ギャァァア!!」


 白神竜が絶叫する。

 しかし今度は先ほどのように我を忘れて痛みにのたうち回る事はなかった。

 気力のみで痛みに耐え、ギロリと上空のブライとタツキを睨み据える。


「ぐぅっ、よくも、よくも私の翼を……!」


 美しい声が、(いびつ)に響く。

 強烈な敵意と憎悪が威圧となって放たれ、一瞬身が竦んだ。

 その隙を突かれた。


 白神竜が片翼を失っているとは思えないような、目にも止まらぬ早さで跳躍する。

 一瞬にして、私の目の前に白神竜の顔が現れた。


「リク! ハルト!」


 タツキの悲痛な叫び声が聞こえる。

 いくらタツキの結界があろうとも、この至近距離で白神竜ほどの力の持ち主から攻撃を受けたらひとたまりもない。

 間違いなく結界は砕かれ、私もハルトも命を落とすだろう。


 油断はあったかも知れない。

 けれど神の眷属であるタツキどころか、この場にいる誰よりも感知能力と素早さに自信がある私ですら反応出来なかった刹那の出来事に、一体誰が対応できたと言うのだろうか。


 ここで終わるのか。


 瞬きにも満たない間に、思考だけは様々な事を目まぐるしく考え続けている。


 ここで終わって、その後どうなるのだろう?

 こんな人知を超えた存在がこの世界に残されて、一体誰にこの白神竜を止められると言うのだろう?


 脳裏にセタを始め、サラ、フレイラさん、マナ、セン、アールグラント国王、王妃様たち、ハルトの弟妹たち……たくさんの人の顔が過る。

 彼らは一体どうなってしまうのか。



 ──そもそも。

 白神竜の目的は何なのだろう?

 ただ不気味だと感じただけで、白神竜が何を考えてフレッグラードに誘いをかけ、膨大な魔力を集めようとしたのか、私は知らない。

 知ろうともしなかった。

 ソムグリフの記憶の中ではアルスト王国を奪ったグードジアの事が許せないと言っていたけれど、本当にそれだけの理由で長い年月をかけて念入りに、グードジアに一矢報いる為の準備をしてきたのだろうか……。



 急激に頭が冴えてくる。

 恐怖も何もかもが吹き飛ばされ、意識が、認識される全てが明瞭になる。

 大きく口を開けて私とハルトを呑み込もうとしている白神竜。

 状況からして、私とハルト、両方が逃れるのは困難だ。

 ではどうする?


 結論はすぐに出た。


「解けろ!」


 私はハルトを後方へと強く突き飛ばし、ハルトを突き飛ばした反動を利用して自ら白神竜の口内に飛び込みながら、分解能力を行使する。

 抵抗されるかと思いきや、あっさりと目前の空間が魔力素に分解された。

 分解した魔力素が私の中へと流れ込んでくる頃には、私の体は完全に白神竜の口内に収まっていた。

 自ら飛び込んだおかげで鋭い牙に噛み砕かれる事もなく無傷だ。

 さっと身辺の状況を確認してみれば、さすがに存在そのものを分解するには至らなかったけれど、白神竜の舌と喉の一部が消え失せ、正面にぽっかりと穴が空いている。

 これなら脱出できる……!


 そう安堵したのも束の間。


 白神竜の口が完全に閉じられ、上顎で強く圧迫された。

 咄嗟に身を屈めようとしたものの、間に合わず。



 ボキンッ、と、自らの頭部で音がした。



 視界が揺れ、一拍遅れて全身に寒気が走る。

 寒気が通り抜けると、後を追うようにして強烈な痛みが爆発的に広がって行く。


「あぁぁぁっ!!」


 叫ばずにはいられなかった。

 あまりの痛みに頭を抱え込み、その場に倒れ込む。

 痛みに耐えるために体を丸め、けれど耐え切れずに叫びながら転げ回る事しか出来なくなる。


 嘘っ、まさか、こんな……!

 頭の中がその言葉で一杯になった。


「あぁぁっ! うぅぅぅ……!!」


 言葉にならない痛みはどんなに耐えようとしても耐え切れず。体中の神経の全てが痛みを訴え、延々と私を苦しめ続ける。

 目からは涙が零れ、そうこうしているうちに涙で滲む視界の中で、白神竜の喉に空けた穴が神竜の再生能力によって塞がれていくのが見えた。

 今すぐにでも逃げなきゃいけないのに、痛みに勝つ事が出来ない。僅かな間であろうとも耐える事すら不可能だ。

 足元が揺れ、白神竜が動いた事に気付いても、どうする事も出来ない。

 何とかハルトは助けられたけど、このままじゃ──



 絶望に襲われた瞬間、急激に体から力が抜けた。

 言葉では言い表し難い大きな喪失感に、全身が恐怖で満たされていく。


 私は痛みと恐怖に震えながら恐る恐る手を動かし、こめかみの上に手を当てた。

 嘘であって欲しい。

 けれど全身に走る耐え難い痛みや急激な力の喪失から、自分の身に何が起こったのかは誤摩化しようがないくらいよく理解していた。

 それでも実際に自らの手で確認せずにはいられなかった。


 そんな思いで触れた先。

 そこには予想通り、当たり前のようにあったはずのものがなくなっていた。

 本来なら天に向かって伸びていた、妖鬼の証し。

 しかし今は根元近くで折れ、歪な断面を晒している……私の、角。



 角が失われた事を確認すると、更なる脱力感に襲われた。

 白神竜の口内で、神竜の再生力で着実に閉じてゆく脱出路を目にしながら、絶望を通り越した空虚な感覚に包まれる。

 急激な力の喪失の反動だろうか。立ち上がる力すら湧いてこない。

 全身を覆うように広がる倦怠感にも抗えない……。


 私はその場で体を横たえたまま、諦めという闇に意識を塗りつぶされ、ゆっくりと目を閉じた。

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