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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第6章 始まりが終わるとき
137/144

117. 呑まれゆく灯火

「あの人が……」


 私が口にした名に、ハルトとタツキも反応する。

 フレッグラードの方もこちらの気配に気付いたようで、ムツキやシスイ、サギリの猛攻を歩く片手間のように剣で牽制し、流れるようにあしらいながら、こちらに視線を向けてきた。

 明らかに3人の手を知り尽くしている動き。

 しかしいくらフレッグラードがムツキたちの手を知り尽くしているのだとしても、3人が束になって立ち向かっているのにまるで太刀打ち出来ないだなんて……。

 本当にフレッグラードは人族なのかと疑いたくなる。


 けれど一方で、ムツキたちが全力を出せていない事にも気付く。

 以前シスイが言っていたように、そしてムツキやサギリ、ナギがその言動から滲ませていたように、彼らにとってフレッグラードは大恩人であると同時に、今世での親代わりのような存在だ。

 その動きからはフレッグラードを本気で止めようとしている事が伝わってくるのに、いざ隙を突けるチャンスが巡ってきても躊躇いが出てしまうようだった。


 とは言え、それでもムツキたちは充分強い。

 防戦一方ではあるものの、ムツキたちを軽くあしらっているフレッグラードに対して、何の対策もせずに向かっていくのは愚の骨頂だ。

 となれば、私が今すべき事は自ずと決まってくる。


「ハルト、思い切り身体強化魔術を使うから覚悟してね」

「ああ、頼む」


 力強く頷くハルトに頷き返すと、私はハルトの限界を見極めながら身体強化魔術と結界魔術を施す。感覚・知覚の強化も忘れない。

 次いで自らにも同様に身体強化魔術と結界魔術を施すと、全身を強烈な熱が駆け抜けた。

 ゴルムアを取込んで以降、限界まで身体強化魔術を使うのは初めてだから、どれほどの力が出るのか私自身にも想像がつかない。

 けれど最大限の力を出さなければ、ソムグリフに代わってフレッグラードを殴る事も、ムツキたちの加勢に入る事もできない。


 私は自らに身体強化魔術がかかった事を確認すると、地を蹴ってフレッグラードの許へと走った。

 思った以上に速度が出たけれど、おかげですぐに自らに施した身体強化魔術の効果がどの程度のものなのかを把握する。


「リク、ムツキたちの方は僕に任せて!」


 真っ直ぐフレッグラードを目指して走っていると、背後からタツキの声がした。

 フレッグラードとの戦いで負傷し始めているムツキたちが気掛かりだったけれど、それはタツキも同じだったようだ。

 有り難い申し出に「お願い!」と叫び返すと、ちょうど後退してきたムツキたちと入れ替わるような形でフレッグラードに肉薄し、拳を叩き付ける。

 我ながらなかなかいい軌道と速度のパンチだと思ったけれど、フレッグラードには紙一重で避けられてしまった。

 本当にこの人、人族なの!?


 改めて疑いの目を向けた時には、薄らとフレッグラードの身を包むように淡い光が顕現していた。

 まさかこれは、“神覚の加護”?

 嘘でしょう!?

 フレッグラードは神位種じゃないはずなのに!

 神位種でなければ、若しくは魔王種でなければ“神覚の加護”や最終覚醒は起こり得ないはずなのに……!


 そこまで考えたところで、不意にグードジアの記憶に引っかかりを覚えた。

 その引っかかりに刹那の間意識を傾け、愕然とする。

 まさか、そんな──


 信じられない事態に動揺しながらも、私も急ぎゴルムアの記憶を掘り起こして“神覚の加護”を纏う。

 そのまま流れるような動きで亜空間にしまっておいた魔剣を引っ張り出すと、魔力と練気を纏わせて光の剣を形成。フレッグラードに斬りかかった。

 しかし私の魔剣はあっさりとフレッグラードの剣に受け止められてしまい、辺りに甲高い金属音が響く。


 その後も私は小回りが利く短剣で素早く切り込んでいく……けれど、フレッグラードは長剣を巧みに操って最小限の動きでその全てを防ぎ切った。

 所詮私の剣技は素人に毛が生えた程度のもの。いくら腕力や速度があろうとも、剣の達人の域にいるフレッグラードには通用しないようだ。

 このままでは埒があかない……!


「くっ……!」


 力や速度では負けていないはずなのに、技量の差なのか、フレッグラードと剣を打ち合わせている私の手に僅かに痺れが走る。このままではいずれ魔剣を取り落としてしまいそうだ。

 私は一旦バックステップでフレッグラードと距離を取った。

 すると、間髪を容れずにハルトが“神覚の加護”を纏いながら私に代わってフレッグラードに切りかかっていく。


 正面からぶつかり合う、ハルトの剣とフレッグラードの剣。

 光の剣を発動させた双方の剣から眩い光が散り、数瞬の間、剣を合わせたままふたりは互いを睨み合った。



 その様子を間近で見ていて気付く。

 フレッグラードの瞳には、ソムグリフやグードジアの記憶、そして関所で垣間見たムツキの記憶らしき夢の中に出てきたような、失意の底にあっても尚失われなかったどこか柔らかい光が、一片の欠片も残さずに消え去っている事に。

 今フレッグラードの瞳に宿っているのは、純粋な憎悪。

 サギリの言っていた「“マスター”はもう、壊れちゃったの」という言葉の意味が、ようやく理解できた。


 フレッグラードにはもう、グードジアへの復讐の念以外、何も残っていないのだ。

 ムツキたちが慕い、その願いを叶えるべく仕えてきた主は人格そのものが崩壊し、ただのひとつの感情の塊と化していた。



 私がその事を理解すると同時に、ハルトとフレッグラードの激しい鍔迫り合いが始まった。

 とても合間に手を出せるような状況ではない。

 私は更に数歩離れて、勝負の行方を固唾を飲んで見守る。

 ムツキたちですら三人掛かりでも軽く往なされていたのに、ハルトが単独でここまでフレッグラードと渡り合えている事が半ば信じられないような気分だ。


 けれど不意に、ゴルムアと戦った時の事を思い出す。

 “神覚の加護”を纏ったゴルムアに、魔王種である私やマナやセンでは防戦は出来ても互角に戦う事は出来なかった。

 そんな中、ゴルムアにまともなダメージを与え続けていたのは神位種であるフレイラさんだった。

 もしかしたら神位種と互角に渡り合えるのは、神位種だけなのかも知れない。

 だとしても、フレッグラードが長い年月をかけて蓄積してきた経験量や技量の差を埋めるほどの力がハルトにあるという事は、仮に身体強化魔術を施されている事を加味しても常軌を逸した状況なのだけど。


「センスの塊なんだね、ハルトさんは」


 と、私の隣にムツキが並んだ。

 タツキに治して貰ったようで、先程まで傷だらけだったのが嘘のように傷痕ひとつ見当たらない。


「センス……か。なるほど」


 センス。

 一言で言ってしまえば短い単語なのに、それがあるか否かで大きく差が出るもの。

 確かにハルトは感覚的に発揮される能力が高い気がする。直感力に優れている、と言う方がしっくりくるだろうか。

 それに加えて自らの思考や感覚から導き出した答えを行動に移す決断力も備わっているから、それらがうまく戦いの場でも機能しているのだろう。



 目にも止まらぬ速さで展開される剣と剣の戦いの合間に、互いの魔術も混ざり始める。

 時には間合いが開く事もいとわずに回避し、時には相殺する事で激しい戦いは継続されていく。

 これはもう、私のような剣の素人では手の出しようがない。



 そう思った時。



「い、イザヨイ……シスイ……サギリ……」


 背後から、苦しげな声があがった。

 振り返れば地面に横たわっていたナギが虚ろな目で周囲を見回している。


「ナギ!」


 慌てて駆け寄るムツキ、シスイ、サギリ。

 じわりと、嫌な気配がナギの……白神竜の体から滲み出てきたように感じた。


「リク、まずい。ナギの魂が崩壊し始めてる」


 タツキの焦りが混ざった声に、ムツキたちもさっと青ざめた。


「もう限界が……!?」


 シスイがナギに問うと、ナギは声を追うようにしてシスイの方へと頭を向けた。


「白神竜の意識が目覚めたんだ……。今にも内側から押し出されそう」


 それはつまり、ナギの力が弱まっているという事。

 力が弱まっているということは、ナギ自身が弱っているという事と同義だ。

 さっきまであんなに溌剌としていたのに、先程急に苦しみ出したムツキと同様、終わりも唐突にやってくるようだった。


「ナギ、頑張ってよぉ!」

「サギリ……ごめんね」


 涙を溜めた目で声を震わせるサギリに、ナギは弱々しい声で謝罪しながら目を閉じる。

 そして細く長く、息を吐き出した。

 吐き出された息と共に、ナギの魂も白神竜の身体から追い出されているように思えた。

 実際に白神竜から感じ取れていたナギ特有の温かい気配が、急激に薄れていく──


「あぁ。もう、限界……。イザヨイ……あとの事は、よろしく」


 ムツキは消え入るようなナギの言葉を静かに聞いて、頷いた。

 その気配が伝わったのだろうか。

 ナギが小さく笑った……ように感じた。

 けれどそれも一瞬の事。

 すぐに嫌な気配が膨れ上がる。


 反射的に私、ムツキ、シスイ、サギリがその場から飛び退いた。

 代わるようにして前に出たのはタツキ。

 すぐにブライも地に降り立ち、元の姿に戻る。

 巨大な白神竜に比べてまだいくらか小さいものの、白神竜の八割程度の大きさのブライが白神竜に並ぶと割と広い裏庭も半分が埋まってしまったように感じる。


「リク、ハルトの方へ! こっちは僕らに任せて!」


 タツキが叫ぶ間にも、白神竜はゆっくりと地面に横たえていた身体を起こし始めていた。

 私はその気配の禍々しさとソムグリフの記憶に刻み込まれた恐怖で足が竦み、半ば思考が停止した状態で白神竜を見上げる。

 力の気配は清浄さの塊のようなのに、白神竜という存在そのものから滲み出す不気味さと不穏さが、見る者を怖気付かせるような嫌な気配を醸し出している。

 恐ろしさの余り、目を反らす事すら出来ない。

 まるで地面に縫い止められたかのように、体が硬直して──


「姉さん、しっかりして!」


 白神竜が完全に立ち上がっても尚、動けずにいる私の両肩を、隣にいたムツキが強く掴んだ。

 恐怖の中に囚われていた私は、辛うじてムツキに焦点を合わせる。

 するとムツキは安堵のため息を吐いた。

 けれどすぐにつらそうな表情を浮かべて何かを言いかけ、言い難そうな様子で再び口を閉ざす。

 沈黙が流れ、ハルトとフレッグラードが激しく打ち鳴らしている金属音だけが聞こえてくる。

 白神竜と対峙しているタツキたちは、白神竜と睨み合ったまま動かない。

 ……正確には、動けない。


 そんな中、しばしの逡巡の後、ムツキは意を決したように口を開いた。


「姉さん、お願いだ。マスターを、フレッグラード様の命を絶って欲しい」

「……え?」


 耳を疑いたくなるようなムツキの言葉に、私は目を見開いた。

 この言葉に驚いたのは私だけではない。

 振り向きこそしなかったものの、タツキやブライ、白神竜すらも驚きの感情を露にしている。

 そんな周囲には構わず、ムツキは言葉を続けた。


「俺は……俺たちは、フレッグラード様と約束したんだ。フレッグラード様にとっての最善はグードジアへの復讐を成し遂げる事。だけどもしフレッグラード様が憎しみに囚われて、自分を御し切れずにリドフェル教の神官服を着た俺たちに手を出したら、その時は迷わず自分の命を絶てって……まだ正気を保っていた頃のフレッグラード様から頼まれて、俺たちはその願いを叶えると約束した」


 ……それはつまり。

 フレッグラードはいずれ自分が憎しみのあまり壊れてしまう事を予測していたという事だろうか。

 私は口を噤み、ムツキの言葉に耳を傾けながら思考する。

 一方ムツキは苦しそうな声音で、尚も切実に訴えてくる。


「なのに、俺たちじゃフレッグラード様の願いを叶えられない。恩人の……血の繋がりがなくても父親のように思ってきた人の命を奪うなんて出来ない! でもこのままじゃ、フレッグラード様が望まない結果を生んでしまう」


 私の両肩を掴むムツキの手に、ぐっと力が込められる。

 微かに震えるその手から、複雑なムツキの心境が感じ取れるような気がした。

 自分たちの手で、慕っている人の願いを叶えられない悔しさ。

 その願いを叶えてしまえば、二度と会えなくなってしまう寂しさ。

 そうせざるを得ない状況にまで追い込まれている悲しさ。


 真っ直ぐ私の目を見ているムツキの表情が痛々しくて、無理しなくていいよ、私がその役目を請け合うよ、と伝えようとした瞬間。ムツキが勢いよく頭を下げた。


「だからお願い、姉さん! フレッグラード様を……!」


 ムツキの悲痛な声が真っ直ぐ私に届く。

 頭を下げているムツキの表情は見えないけれど、乾いた地面に落とされた雫が、いくつかの小さな染みを作った。



 それを目にした瞬間。


 私の中でソムグリフの記憶が、グードジアの記憶が、まるで意志を持ったかのように気配を伴って大きくなり、ムツキの想いに同調した。

 強く強く、フレッグラードを止めてくれと叫び始める。

 もしかしたら取込んだ魔力素の中に、彼らの魂の欠片が残っていたのかも知れない。


 ソムグリフは救えなかった親友を、今度こそ救いたいと願って。

 グードジアは唯一友と呼べる人物に、感情に囚われて望まぬ方へと進んだ結果、自分と同じ後悔をさせたくないと訴えて。


 恐らくグードジアは本来であれば魔力暴走事故の時点で命を落としていたはずのフレッグラードが生き残り、その結果、自分のせいでフレッグラードが壊れてしまった事を悔いているのだろう。

 自分を恨めばいいとは思っていたけれど、まさかこのような結果を生み出してしまうとは思いも寄らなかったはずだ。



 そんなソムグリフとグードジア、そしてムツキの強い想いが、私が白神竜に抱いていた恐怖心を打ち砕いた。

 体の芯から冷え込むような感覚が一気に遠のく。

 体の奥底から、まるで自分の感情であるかのように「フレッグラードを止めなければ」という気持ちが湧き起こってきた。


 その思いに背を押され、私は肩に置かれたムツキの手に自らの手を重ねて握りしめる。


「わかった。必ず止めてみせるから! だからムツキたちはタツキを助けてあげて!」


 力強く頷くと、タツキとブライを睨み据えている白神竜に視線を遣る。

 一触即発の状態のせいか、空気がピリピリと痛いくらい張りつめている。

 私は視線を改めてムツキへと戻した。

 するとムツキの表情は先程のつらそうなものから一変し、頼もしさすら感じられる、力強い笑顔に変わっていた。


「ありがとう、姉さん。シスイ、サギリ!」

「わかってる!」

「リク、よろしくねぇ!」


 シスイとサギリに呼びかけながらムツキはブライの横に並んだ。

 呼ばれたふたりもムツキに続いて、それぞれこちらに視線を送ってきたり手を振ってきたりして、フレッグラードの方を私に任せるという意志を伝えてくる。

 私はそんなふたりに頷く事で応じると、すぐさま身体を反転させてハルトの許へと向かった。




 ハルトとフレッグラードの戦いは熾烈さを増していた。

 今まで見た事がないほどの速度で展開されている激しい剣戟。

 響き渡る金属音が、まるで警鐘のように間断なく打ち鳴らされている。

 ちらっと確認してみれば、どちらも大分消耗している様子だけど、特にハルトの疲労の方が顕著だった。

 その証拠に、ハルトがやや押され始めている。


 ハルトを休ませなければ。

 そう考えて、何とかふたりを引き離せないものかと頭をフル回転させる。そしてすぐにひとつの方法に思い当たった。

 私ではこのふたりの間に割って入る事は出来ないけれど援護役ならそれなりに自信があるし、あまり使わない魔術だけど、私にとって最も得意で成功率の高い魔術はこれを置いて他にはない。


 私はフレッグラードにどれほどの効果があるかわからない、けれど今この場と状況に於いて最も適しているであろう魔術を念入りに準備した。

 頭の中で発動させる魔術のイメージを強く持ち、魔力操作を行って、魔術を形にしていく。

 そして、充分に練り上げた魔術をフレッグラードに向けて放った。


「惑え!」


 言葉を引き金として放たれた魔術に反応して、フレッグラードの気が逸れた。

 その隙にハルトが深く切り込む。

 横薙ぎに振るわれたハルトの剣が、フレッグラードの脇腹に食い込んだ。

 しかしすぐにフレッグラードは剣の動きに合わせて横に飛び、致命傷を回避する。けれど、私の放った魔術は避け切れず。


 私が放った魔術……幻術が発動する際に発生する霧が、フレッグラードを包んだ。

 ついでとばかりに込めた弱体化の魔術は効かなかったようだけど、私が最も得意とする幻術だけはフレッグラードにも効いたらしい。

 ぴたりと、フレッグラードの動きが止まった。

 ハルトがすかさず切りかかったけれど、フレッグラードはまるで機械のように、無意識ながらも反射動作のみでハルトの剣を弾き飛ばした。

 弾かれた反動でハルトは大きく後方へと飛び退り、体勢を立て直しながら私の前に着地する。


「幻術か?」


 苦しそうに息を切らし、額に汗を浮かべながらハルトが問いかけてきた。

 気休め程度とは言え疲労回復効果もある回復魔術を、自らに施している。


「うん。今、フレッグラードには家族の幻覚が見えているはずだよ。ちょっと卑怯かとは思ったんだけど、フレッグラードの動きを止めるなら、これしかないと思ったの」


 フレッグラードが幼き日より想いを寄せ、愛していたリュシェ。

 そんなリュシェとの間に生まれた、愛娘のネチアと愛息子のゼオセリス。


 幻術は、見ている幻覚に違和感を覚えた瞬間に術を破る突破口が開けてしまう事がある。

 けれどもし、自分が望む幻覚が目の前に現れたら……?

 これほど突破する事が難しい幻術はないだろう。


 卑怯なのはわかっている。

 けれど、私がフレッグラードに見せたい幻覚は、家族の姿だけではない。


「……ぁ……あぁ……ソム、グリフ……」


 きっと今頃、幻覚の中でソムグリフがフレッグラードを殴り飛ばしている頃だろう。

 恨み言は口にせず、ただ一発殴ってフレッグラードを抱きしめて、アルスト国が滅んだあの日、フレッグラードを白神竜の手に渡してしまった事に対する謝罪の言葉を口にしているだろう。


「ぅ……あ、グード……ジア」


 続いて幻覚の中に、グードジアが登場するように仕向けてある。

 幻覚の中でグードジアは、フレッグラードに告げられなかった己のリュシェへの想いやその後の葛藤を全て吐き出しているはずだ。

 ただし、死の間際にグードジア本人が誓っていた通り、フレッグラードへの謝罪の言葉は口にせずに。


 すっと、フレッグラードの瞳に光が宿ったように思えた。

 先程までの憎悪に囚われていた険しい表情も幾分か和らいでいる。


「そ、うか。そう、だったのか……グードジア……。知らなかった。気付かなかった……。だが、私は。お前の事を、許す事など……」


 うわごとのように呟くフレッグラードの目尻から、涙が零れ落ちた。




「何をしているのです、我が主よ」




 不意に、ぞっとするほど美しい声が響いた。

 つい先程までは明るさを伴っていて恐ろしいとは感じられなかったその声が、今は何よりも恐ろしい音として認識される。

 同時に、フレッグラードの足元から純白の光が立ち昇った。

 浄化魔術!

 幻術を無効化するつもりか……!


 急いで声の方へと振り返れば、地面にムツキとサギリが倒れていた。

 辛うじてタツキとブライとシスイが立っているけれど、タツキすらも満身創痍だった。

 私がハルトとフレッグラードの戦いの場の方へ来てからまだ僅かな時間しか経過していないのに、何故そんな惨状になっているのか、全く理解出来ない。


 呆然としかけていると、トンと、ハルトが私の背中に自分の背中を合わせてきた。


「リク、フレッグラードの幻術が解けかけてる……!」


 ハルトの言葉を耳にしながらも、私はフレッグラードの方へと振り向く気にはなれなかった。

 フレッグラードの方を見ているはずの白神竜の目が、まるで私の事も見ているように思えて、目を反らすのは危険なような気がした。


「もう一度幻術をかけるのは無理だと思う。ハルト、まだ戦える?」


 背後に問いかければ、苦笑する気配が伝わってくる。


「正直相手が強過ぎて厳しいけど、まぁ、やってやるさ」


 そう告げるなり、ハルトの背中が離れていった。

 その意気に鼓舞されて、ハルトを追おうと前進した白神竜を睨み上げる。


「行かせない!」


 ムツキの願いを聞き届け、確実にフレッグラードを止めようと考えるなら、唯一フレッグラードに対抗出来るハルトが存分に戦えるように場を整えるのが最も確実な方法だろう。

 ならば今は、フレッグラードの助けになり得る白神竜をフレッグラードの許へ行かせるわけにはいかない!


 そう思って身構えた時。

 白神竜が跳躍した。

 とても巨体とは思えない素早さに反応が遅れる。

 まずいと思って振り返った時には既に、白神竜はフレッグラードの背後に着地していた。




 そして。




 バクリと。




 白神竜に呑み込まれた。











 ──フレッグラードが。

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