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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第6章 始まりが終わるとき
136/144

116. 綻び

 緩やかに意識が覚醒する。


 私はゆっくりと目を開け、薄暗い天井を見上げた。

 流れ込んで来たグードジアの膨大な記憶はどれも古ぼけていて、けれど唯一、フレッグラードと出会ってからの記憶だけが鮮明に残されていて……。

 自然と目尻から涙が零れ落ちた。


 深い後悔。

 消せない恨み。

 神の眷属という力ある存在でありながら、自分の事を自分ではどうする事もできない歯痒さ。

 何も手に入らない、もどかしさ。

 たった一度しか会わなかったのにどうしようもなくひとりの女性を愛してしまって、けれどその女性は友人の大切な人で、自らを御し切れずに壊れて行く心。


 痛いくらい強いそれらの感情が記憶を覗いただけの私にも刻み込まれたように感じられて、苦しくなる。

 グードジアの前世の記憶やリドフェル神に関する記憶は手に入らなかったけれど、グードジアが前世の世界に戻る事を切望していた気持ちや、最期は寄る辺をなくして残された望みに縋る他なくなっていた絶望が強く伝わってきた。



「リク……?」


 覗き見たグードジアの記憶の余韻でぼんやりしていると、すぐ傍で少し低い、耳に心地良い声に名前を呼ばれる。

 名前を呼ばれた事でようやく私は自分が誰であるのかを明瞭に思い出し、現実に意識を引き戻す事に成功した。

 涙を拭いながら声がした方へと視線を向けると、そこにはハルトの顔があった。

 恐らく私はグードジアを取り込んだ際に意識を失ったのだろう。ハルトが倒れかけた姿勢の私を支えてくれていた。

 私はハルトの支えから離れて自力で立つと、改めてハルトに視線を向ける。


「私、どれくらい気を失ってた?」

「ほんの少しだ。だからまだタツキには念話を送っていない」


 なるほど。

 私は改めて室内を見回す。

 グードジアを取込む前とほとんど変わらない光景。

 けれど部屋の中心にはもう、グードジアがいた証しは何ひとつ残されていない。


「何かわかったか?」


 私が室内に描かれている魔法陣に改めて視線を走らせていると、ハルトが気遣わし気に問いかけてきた。

 何かわかったかと問われたら、グードジアがどんな心境で魔力暴走事故を起こしたのかと、この魔法陣がどういう意図で組まれているのかくらいしか話せない。

 私が語るには、グードジアが自死を選ぶまでに辿った経緯とその間の心境は複雑過ぎた。

 あんなにこんがらがっている状態で、よくコールとゴルムアのように人格が分離しなかったものだと思う。


「とりあえず、グードジアが……魔力暴走事故を起こした張本人が、敢えてこの魔法陣を失敗するように作成したって事は間違いないよ。神の眷属である自らを殺すために、術式そのものは空間系魔術に沿ってはいるけれど、失敗と同時に逆流してくる反動が最大限術者に返ってくるように術式の一部が書き換えられてる」

「自らを殺すために……か」


 ハルトの呟きが薄暗い室内に響く。

 グードジアの望みについては、ソムグリフがフレッグラードから聞いた範囲でみんなにも伝えてある。

 だからグードジアが前世で暮らしていた世界に戻りたがっていた事、それが叶わずともせめて、神の眷属から外れるべく自らの死を望んでいた事は、ハルトも知っているところだ。

 その結果が、あの魔力暴走事故。


 最大の不幸は、彼に膨大な魔力を暴走させるほどの力と知識があった事だろうか。

 しかしグードジアが神の眷属として得ていたものはその力と知識だけではない。神の眷属であったからこそ長い年月を生き、その末にフレッグラードやリュシェと出会ったのだ。

 その事を思えば、グードジアがリドフェル神の眷属としてこの世界に生まれた時点で、魔力暴走事故が起こる事は避けられなかったのかも知れない。



 私は背後を振り返ってゆっくりと閉じられた扉に近付き、分解能力を行使した。

 重く閉ざされていた扉はあっけなく魔力素に分解されて、私の中へと流れ込んでくる。

 扉が取り除かれた事で、扉の向こうで対峙していたタツキとブライ、ムツキとナギとファルジークの姿が見えた。

 全員が驚いた表情でこちらを振り返る。


「グードジアは貰ったから」


 私は一言そう告げて、視線で全員儀式の間に入るように促した。

 双方共に身構えて一触即発だった場が崩れ、私が言わんとしている事を察して気まずそうな様子で儀式の間に入ってくる。

 全員が室内に入るのを確認すると、私は改めて室内に描かれている魔法陣に視線を走らせた。


「ここに描かれているのは、敢えて失敗するように組まれた、空間を操るための魔法陣だったよ。多分、グードジアが前世の世界に戻るために開発していた魔法陣を、そのまま転用したんだと思う」


 私の言葉に、全員が魔法陣に目を向けた。

 沈黙が続いているのはそれぞれが真剣にこの魔法陣の術式を追っているからだろう。


「グードジアは自らの命を絶つために、この魔法陣を描き上げた。敢えて失敗して、その反動が自らに返ってくるように術式を書き換えてる。ほら、あそこ」


 みんなの目を引くべく、私は術式の一部を指差す。示した箇所は、魔法陣を形成する基礎となる術式がある場所だ。

 魔法陣の術式を目で追っていた全員が、吸い寄せられるように私が示した一点に注目した。

 「本当だ」と呟いたのはタツキだ。

 タツキは私と同じくイフィラ神から空間魔術の理論や知識を授けられているから、すぐにその術式がおかしい事に気付いたようだ。

 しかし他の面々は術式の前後を見ても、そこが何故おかしいのかまでは判断できない様子だった。

 まぁ、そこは別にわからなくても話をする上では全く問題ないからいいか。


「グードジアは確実に失敗するように術式の基礎から誤った術式を仕込んでいたから、まさか組んである空間魔術用の術式が、一部とは言え機能するとは思ってなかったんだろうね。この空間を操る魔法陣を選んだのだって、ただこの魔法陣が一番失敗した時の反動が大きくて、確実に自分の命を絶てるものだっていう理由だけで選んでたみたいだし。ただ、この魔法陣を描いている頃には既にグードジアは精神的に疲弊しきっていて、まともな判断が下せていなかったようにも感じた」


 あの身を切り、心を削り取られていくような複雑で激しい感情の渦が、再び湧き上がってきたように感じた。

 強く相反する感情の波に翻弄されて自らを見失っていくグードジアの感覚が、記憶を越えて私にも襲いかかってきているかのよう……。

 私は自らの体を抱きしめて、グードジアの記憶に引きずられないように耐える。


「つまりこの魔法陣は基礎からして失敗作って事?」


 ムツキが、僅かに焦りを混ぜた声を上げた。

 振り返ればムツキのみならず、ナギの様子もおかしい。


「まぁ、そうなるかな。失敗するように組まれてるんだから、完成品ではないよ」

「ファルジーク」

「了解」


 私が首を傾げながら答えると、すぐにムツキはファルジークに声をかけた。

 ファルジークは指示を聞かずとも指示内容を察した様子で、すぐさま姿を消した。気配も消えたから、この場を離れて行ったのであろう事だけはわかる。


「どうしたの?」


 ただならぬ雰囲気に嫌な予感が湧き上がってくる。

 背筋に氷を落とされたような悪寒が走って身震いした。

 そっとハルトが私の両肩に手を置いてくれなかったら悪寒に意識ごと呑まれて、思考も体の感覚も完全に凍り付いてしまったのではないかと思うくらいの寒気だ。


「……実は俺たち、ここの魔法陣がある程度完成されているという前提の下で、この魔法陣の基礎部分の術式を流用して別の魔法陣を組み上げたんだ」


 ぽつりと、ムツキが私の問いに答える。


「実際この魔法陣が発動したから中央大陸の一部……この旧神殿を中心とした地面が前世の僕らが住んでいた町に落ちてきたんだし、そういう意味ではこの魔法陣はある一定の成果を出している。グードジア本人の体がここに残っていたのは、魔法陣の一部に問題があって転移させる対象の指定に失敗したからじゃないかと推測してて……」


 続く言葉は音としては捉えられたものの、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。

 引っかかった言葉はただ一点のみ。


 この魔法陣の基礎部分の術式を流用して、別の魔法陣を組み上げた……?

 まさか……!


「フレッグラードを過去に送るための魔法陣を、この術式を基にして作ったの!?」


 寒気どころの話ではなかった。

 半ば確信に近い感覚でムツキを問いつめると、ムツキは沈痛な面持ちで、けれどしっかり私の目を見ながら頷いた。

 なんて事を!


「この魔法陣の術式で失敗するように誘導している場所は基礎術式だけでも複数箇所あるんだよ! あっちの術式も、その端の術式も、他にも何箇所も、敢えて失敗するように、けれど魔法陣がしっかり発動するように組まれてる!」


 ムツキが認めた内容と私が声を荒げている理由に気付いてハルトやタツキがさっと青ざめ、ブライまでもが目を見開いた。


「つまり、失敗する事が前提の術式が組み込まれた魔法陣が、既に出来上がってるって事?」

「そう……なる」


 タツキの問いに、ムツキは苦しそうな声を上げた。

 これまで長い時間をかけてこの魔法陣を解読して、ようやく組み上げた魔法陣が失敗する事を前提にしたものだったとわかって悔しいのだろう。

 それくらいグードジアは巧妙に、この魔法陣の中に失敗するための術式を紛れ込ませていたのだ。


 いずれにせよ、既に魔法陣が出来上がっているならばここで悠長に話している時間なんて無い。


「ムツキ、魔法陣が作ってあるのはわかったけど、いつ使うつもりでいるの?」

「いつとは決めていないけど、近日中に使うつもりでいたから準備は整ってる。ファルジークに止めに行かせてるから大丈夫だとは思うけど……」


 なまじこの規模の魔法陣が失敗した時の衝撃をソムグリフとグードジア、両人の記憶で知っているからこそ、絶望で目の前が真っ暗になった。

 僅かに後ろによろめいたところを、肩に置かれたままのハルトの手が支えてくれる。


「大丈夫か、リク」

「……正直に言うと、全然大丈夫じゃない。だけど、ここでのんびりもしてられない! ムツキ、すぐにその魔法陣がある場所に案内して!」


 私は気遣ってくれたハルトから離れてずいっとムツキに詰め寄った。

 ムツキとナギは互いに問うような視線を向け合い、頷くと、ムツキが先行して部屋を出る。


「ついてきて」


 そう告げて旧神殿の出口へと向かうムツキの後を、私たちは追いかけた。




 水中を抜け、ムツキは来た時とは違う方向へと走った。

 このクレーターに来る時と同様に、またどこかで空間が歪んでいて、そこを通るつもりなのかも知れない。

 私たちは極力ムツキが通った足跡から外れないように走り、後を追う。

 ナギは既に空高く舞い上がり、空から目的地に向かうようだった。

 ちなみにブライは小型化して、今はタツキの肩に乗っている。


「この岩の間を通って」


 ムツキは目の前に現れたふたつの岩を示して、率先してその間に飛び込んでいった。

 そのまま真っ直ぐ走って行く後ろ姿を見ながら私たちも岩の間を抜けると、周囲の景色が一変する。

 岩が消え、乾いた地面とは異なる、少し湿度の高い場所に出た。

 ひたすら固かった地面が突然湿気を含んだ土に変わって、その感触の差に顔をしかめてしまう。

 けれど走る速度は落とさずにムツキの後を追った。


「次はこの枯れ木の横」


「次はこっち」


 次々とムツキは目印らしき物を示しながら進んで行く。

 その都度景色が変わって、最早ここがどこなのかもわからない。

 そんな事を何度となく繰り返していると、やがてムツキが「ここが最後」と呟いて、少しだけ周囲より迫り上がっている丘から飛び降りた。

 私たちもムツキの後を追って丘から飛び降り──




 地面に着地すると、目の前に古ぼけてはいるものの、立派な館が鎮座していた。

 周囲には枯れた大地が広がるばかりで他の建物などはなく、崩れた門と塀が申し訳程度に館を囲っている。

 ふと気配を感じて上空を見上げると、ナギが館の向こう側に降り立つところだった。


「館の裏庭に、魔法陣があるんだ」


 淡々と告げて、ゆっくりと館へ向かって歩き出すムツキ。

 その横顔に、僅かに汗が浮かんでいた。心無しか顔色も悪い。

 というか、息遣いが徐々に荒くなっているような……。


「ムツキ?」


 私が問いかけようとすると、すぐにタツキに肩を掴まれた。

 振り返るとタツキはムツキの方を見たまま目を細め、無言で首を左右に振った。

 タツキが首を振った理由がわからず、私は改めてムツキの方と顔を向けた……その時。

 ムツキが崩れる落ちるように地面に膝をついた。


「ムツキ!?」


 慌てて駆け寄ると、ムツキは自らの胸をきつく押さえ、額から大量の汗を流し、真っ白な顔色になっていた。

 深く刻まれた眉間の皺と痛みに耐えるような表情から、ただ事ではないと察する。


「タツキ、どういう事!?」


 さっき首を振った理由を問うと、タツキは見ていられないとばかりにムツキから目を反らす。

 そして、僅かに震える声で私の問いに答えた。 


「ムツキは体も魂も、もう限界なんだよ。命も、どうやったのかわからないけど、無理矢理長らえてきたんだと思う。魂が見た事もないくらいボロボロだ。そんな状態じゃイフィラ神の許へ行ってももう、生まれ変わる事も出来ない」


 何を言われたのか理解出来なかった。

 けれど思考が停止していたのは本当に一瞬だけ。

 再び思考が働き出すとタツキの言葉がはっきりと認識されて、ムツキの命が消えかけている事が嫌でも理解できてしまった。

 視界の中に映るハルトの表情も険しい。

 私の解釈が間違っていない事を、その表情が肯定しているように思えた。


「俺は、いい。俺よりも問題なのは、ナギの方なんだ。ナギも、もう終わりが近い。もしナギが死んで、白神竜が目覚めたらどうなるか……」


 苦しそうに荒い息を吐きながらもムツキがゆっくりと立ち上がり、何度か深呼吸を繰り返して呼吸を落ち着かせる。

 ムツキの呼吸が整う頃にはムツキの傍らに、ファルジークも戻ってきていた。


「ファルジーク。もし俺が保たなかったら、あとの事は頼んだよ」

「わかっている」


 ムツキの頼みに仏頂面で応じるファルジークに、ムツキは「ふふっ」と笑い声を漏らした。


「ありがとう、ファルジーク」

「礼なら聞き飽きたぞ、我が主」


 軽妙なやり取りを交わして契約精霊と笑い合うと、ムツキは気を取り直して館の方へと向き直った。


「シスイとサギリには魔法陣は失敗する術式が紛れているから使わないようにと伝えてきた。ダンたちはマスターの様子を見に行ったようだな。裏庭にはいなかった」

「そう。それじゃあとりあえず、裏庭に向かおう。まずは魔法陣を破棄しないと」


 ファルジークの報告に頷いて、ムツキが館へと歩き出す。

 先程の苦しみようが嘘のようにしっかりとした足取りで進むムツキに続いて、私たちも館の庭に足を踏み入れた。

 館には入らず、館の横を通って裏庭に向かう。


 そんな中、私は裏庭に向かうに連れて急激に嫌な予感が膨れ上がってくるようで、段々と足取りが重くなってきていた。

 ブライも同様の感覚なのだろう。タツキの肩から私の肩に移動してくると、私の様子を窺いながら小さく頷いた。

 自分も嫌な予感がする、と、言外に言っているようだった。


「どうかしたか?」


 明らかに歩く速度が落ちている私に、ハルトが問いかけてくる。

 心配しているというよりは、私が何かを感じ取っている事に気付いて問いかけてきているようだった。


「何だか、もの凄く嫌な予感がする」


 そうとしか言いようがなかった。

 私の言葉にタツキはブライに問うような視線を向け、ブライは「我も同感だ」と私に同意した。

 前を行くムツキも立ち止まってこちらを振り返る。


「姉さんや黒神竜もそう感じているなら、この予感は当たりかもね。でも、行かないと」


 どうやら白神種であるムツキも同じ感覚でいたようだ。

 嫌な予感がほぼ確実に的中するという状況でも、ムツキは冷静な声音で私たちを先へと促す。

 私たちも警戒を強めつつ、改めて歩き出したムツキに続いて歩き始めた。


 しかし。

 突如、空気が一変した。


「リムエッタ!」

「ダン、下がってください! リムエッタはもう駄目です! ルオース、結界を!!」

「ぐぁぁっ!」

「シャルキリ! くそっ、駄目か……!」


 向かう先。

 館の裏手側から、怒号のような声の嵐が巻き起こった。

 すぐに爆発音のような音が響いて、地面が僅かに揺れる。


「ちょっと様子を見てくるから、ここで待ってて!」


 ムツキが顔だけこちらに振り向けて告げるなり、ファルジークを伴って走り出す。

 ここで待っててって言われても……。


「行こう」


 真っ先にムツキに続いて走り出したのはタツキだった。

 私やハルトもすぐにその後に続く。

 先行しているムツキが一度ちらりとこちらに視線を遣ってきたけれど、困ったような顔をしながらも前に向き直って更に走る速度を上げた。


 そうして走っていく間にも、悲鳴や怒号が聞こえてくる。

 着実に聞こえてくる声が減っていく中、唐突に視界が開けた。ようやく裏庭に出たようだ。


 裏庭に出て最初に目に飛び込んで来たのは、地面に横たわる女性……確か、リムエッタという名前の、魔術師らしき女性の亡骸。

 体があらぬ方向にねじ曲がり、血の海に沈んでいた。

 その亡骸の向こう側に、一度だけ目にした事がある、けれど忘れたくても忘れられない男の亡骸も転がっていた。間違いない、あの男はアイラお母さんが殺された時にいた、曲刀の男……!

 曲刀の男の周辺には、曲刀の男と同様にアイラお母さんが殺された時にいた魔術師の男、剣士の男、盾の男。そしてセンザの森で見かけた剣士の女が、ぴくりとも動かずに地面に横たわっていた。


 あまりの惨状に足が止まる。

 けれどムツキはそのまま裏庭に駆け込み、勢いを殺さずに何かに飛びかかった。

 そんなムツキを視線で追った事で、裏庭全体の様子が視界に入る。

 ムツキの近くには満身創痍のシスイとサギリの姿があり、その更に向こうではナギが、先ほどのムツキの様子を彷彿とさせるような苦しげな表情で地面に倒れ込んでいた。



 そして。

 私はムツキが向かっていった相手を目にして、体を硬直させた。



 裏庭の中央に佇み、ムツキを軽く往なしている人物。

 上等な服を身に纏い、銀色にも見える明るい灰色の瞳に鋭い光を宿し、かつて柔らかい陽射しのような金色だった髪に白髪を混ぜた、初老の男。

 私の中に取込んだ、ソムグリフとグードジアの記憶が間違いないと叫ぶ。


「フレッグラード……!!」


 私の静かな叫びが、自らの鼓膜を震わせた。

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