110-2. 私のお姉ちゃん
* * * * * サラ * * * * *
私には自慢のお姉ちゃんがいる。
五歳年上のお姉ちゃんは私が物心つく頃には既に自立していて、両親がいない状況でも泣き言も言わずに妹である私を育ててくれた、ちょっとした超人だ。
私の記憶に残っているお母さんは、優しく柔らかに包み込むゆりかごのような存在だった。
けれど私はお母さんが命を落とした瞬間を覚えていない。顔すらも、今では思い出せない。
覚えているのは、どうしようもなく恐くて恐くて、泣き叫んでいる自分の声。
気がついた時にはお姉ちゃんに抱えられていて、お父さんの背中がどんどん遠ざかっていっていた。
まだ何も理解していなかった……いや、幼さ故にあまりの衝撃に現実から目を反らしてしまっていた私は、その光景を不思議な気持ちで眺めていたのを覚えている。
魔族領から逃走後、お姉ちゃんは自分と私に認識阻害魔術を施して外見を人族に見せかけ、人族領の国、オルテナ帝国の西部にある城塞都市アルトンで生活基盤を作り始めた。
あの時のお姉ちゃんはこれまで人族に関わる事なく育ってきたとは思えないような、見事な立ち居振る舞いをしていたのだなと、今ならわかる。
まず姿を偽ったのが大正解。
後から知った事だけど、オルテナ帝国では魔族は忌み嫌われる存在だから、もし姿を偽っていない状態でアーバルさんたちに発見されていたら、その時点で私たちの命はなかったかも知れない。
次に、すぐに大人の人族に頼ったのも大正解だった。
あの時まだ8歳で魔族として独り立ちするにもやや若い年齢だったお姉ちゃんは、割と早い段階で魔族領に戻る道は選ばずに人族領で生活する事を選んだようだった。
魔族領に戻ったらまた恐ろしい目に遭うかも知れない。そう思ったのかどうかはわからないけれど、魔族領に戻る選択肢を捨てて人族領で暮らす事に決めたのなら、当然の事ながら人族に生活の仕方を聞くのが近道だ。
……そう。今でこそ、それが当然の事だとわかる。
けれど、通常の魔族が……それも妖鬼が独り立ちした場合、誰かを頼るという選択肢は基本的に存在しない。ただただ生き延びて、種を繋ぐという道を選択する。
そして“生き延びる”という面に於いて妖鬼にとっては魔族領も人族領も危険な場所である事に変わりはなく、どちらかと言えば鬼人族が親切にしてくれる魔族領の方が生きやすい。結果的に、妖鬼が生きる場所として選ぶのは魔族領なのだ。
そもそも魔族領で生きてきた魔族が人族領で暮らそうなどと考える事自体が稀であるのに、更に輪をかけてお姉ちゃんは普通の妖鬼では思い付かないような……他人を頼るという判断を、アルトンに到着した時には下していたように思う。
お姉ちゃんはアーバルさんが親切な人だという確信を得ると、ひとつひとつ必要な情報を聞き出した。ふたりの会話の内容を詳細には覚えていないけれど、情報を聞き出すにも怪しまれないよう、お姉ちゃんは言葉を選んでいたように思う。
情報をある程度集めると、お姉ちゃんが一番最初に着手したのは、アルトンで生活していくための資金を得る事だった。
お金を手に入れるために冒険者ギルドに登録して地道に生活資金を稼ぎ、同時に周りに溶け込みながら安定して暮らして行ける場所を手に入れて……。
そうしてお姉ちゃんが努力して、ようやくアルトンで落ち着いて暮らして行ける状態になった頃。
イズンさんたちアールグラント王国の騎士たちが、ハルト様の手紙を持って城塞都市アルトンに現れた。
お姉ちゃんとタツキは何だか嬉しそうだったけれど、私はお姉ちゃんが作り上げてくれた“家”から離れ難かった。
アーバルさんたち家族とも、冒険者ギルドのみんなとも、離れるのが嫌で……。
だから私は「どこにも行きたくない!」と駄々をこねてしまった。
当時の私には、アルトンで暮らしていればずっとみんなが幸せでいられるのだという思い込みがあったような気がする。
結局タツキに怒られてしまって、私はみんなが私と同じく“アルトンで暮らしていれば幸せでいられる”と考えている訳ではない事に気付いた。
何故なら、タツキは怒っているのと同時に困っていたし、お姉ちゃんも困った顔をしていたからだ。
私はお姉ちゃんが大好きだ。
タツキの事も大好きだ。
だから最後はふたりが困るなら、ふたりと一緒にいられないなら、自分はアルトンにいられなくてもいいという結論を出した。
懐かしい思い出だ。
今ではもう、お姉ちゃんはハルト様と結婚して、セタという名の可愛い子供までいる。
それでもお姉ちゃんが無茶をするのは変わらないんだから、ハルト様の心配が絶えないのは妹としてちょっとだけ申し訳なく思う。
きっとお姉ちゃんは小さい頃から妹を守り育てなければとか、自分がどうにかしなくちゃとか、自分が頑張らなければいけない状況に置かれ続けていたから、ちょっと……いやかなり、感覚がズレてるんだと思う。
だからせめてお姉ちゃんが安心して飛び出して行けるように、私がしっかり補佐していこうと心に決めている。
どうせ誰もお姉ちゃんを止められないのだし、だったらいっその事、お姉ちゃんが少しでも早く帰ってこれるように手助けしてしまった方がいいと考えたのだ。
実際お姉ちゃんは魔王種だからなのか、お姉ちゃんだからこそ出来るという事も多くて、アールグラントの国王様もお姉ちゃんを危険な場所に送り出す事を渋りつつ頼りにもしている。
だから私はかつて自分を育てて貰った恩返しも兼ねて、お姉ちゃんが不在になる間のセタの世話役を引き受けた。
私の中にはかつてお姉ちゃんが私にしてくれた教育の仕方の記憶が残ってるから、それを思い出しながらセタの相手をする事にした。
まず絶対条件。一緒にいる時間を出来るだけ確保する事。
これは案外簡単に解決した。
国王様がお姉ちゃん不在の間、私の魔術師団の仕事を休みにしてくれたのだ。
更に城内の王族が生活する居住区画にセタの世話をするための部屋も用意して貰ったので、ハルト様の仕事が長引いてしまった時でも私がセタの傍にいられるから有り難かった。
次に、とにかくたくさん話しかける事。
私の記憶では何を話しかけて貰っていたのかまでは思い出せないけれど、幼い頃、お姉ちゃんとタツキは本当によく私に話しかけてくれていた。
それが嬉しかった事だけは、はっきりと覚えている。
なのでセタにも同じように話しかけ続けた。
最初こそ短い言葉しか話せなかったセタが、私の言葉を真似ているうちにみるみる言葉を覚えていく様子が楽しくて、ただ話しかけるだけではなく、本もたくさん読んであげた。
セタは冒険ものの物語が好きなようで、その系統の本を読んであげると特に目を輝かせていた。
そうして過ごしているうちにすっかりセタから懐かれて、私も完全に叔母馬鹿になっていた。
子供かぁ。可愛いな、子供。
私もいつか結婚して、子供が生まれたりするのだろうか。
そう考えた瞬間、一気に冷静になる。
私、そんな事今まで一度も考えた事なかったな、と今更ながらに気付いた。
もうとっくに独り立ちする年齢を越えて、更に言えば成人年齢になっているのにいまだに親元にいて、何となく、この国でずっと暮らしていくんだと思っていたけれど……。
あれ? あれれ?
私、ずっとここにいていいのかな? ずっとこのままなのかな??
一度疑問に思ってしまったらどうにも気になって、この日から私は頻繁に自分の未来について思いを馳せるようになった。
オルテナ・ランスロイド同盟軍とギニラック帝国の戦争が終わり、元オルテナ帝国領と元騎士国ランスロイド領の復興に向けた浄化作業も完了して、ようやくお姉ちゃんがフォルニード村に戻ってきた。
それから間もなくフォルニード同盟が解散。
同時にフォルニード王国が建国され、半月ほどが経過する中、フォルニード王国で受け入れた元ランスロイド国民への対応の関係でいまだにハルト様は帰国できず、それに伴って私やお姉ちゃんもフォルニード村に留まっていた。
そんなある日の事だった。
「ねぇ、サラ。何か私にして欲しい事とかない?」
唐突にお姉ちゃんがそんな事を問いかけてきた。
急な事だったし、何でそんな事を問いかけられたのかもわからず、私は首を傾げる。
「急にどうしたの? お姉ちゃん」
思わず問い返すと、お姉ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「そうだよね、急に言われても困るよね。……あのね。サラにはずっとセタの面倒を見てもらってたでしょう? サラがセタに色々な事を教えてくれたおかげでセタはたくさん言葉を覚えたし、ちょっと吃驚しちゃうくらいしっかり受け答えしてくれるようになったし、結構色々な事がひとりでもできるようになってたんだよね。だからそのお礼がしたくて」
そんな事! そもそも私自身がお姉ちゃんに育てて貰った恩返しのつもりでセタの世話を引き受けたのに、その恩返しをして貰ったら私の恩返しの意味がなくなっちゃう!
私は慌ててその事を伝えると、お姉ちゃんはきょとんとした顔で目を瞬かせた。
「何言ってるの。だってあの時は私しかサラの傍にいる家族がいなかったでしょ? だったら私がサラを育てるのは当たり前じゃない。けど今回は私がセタの傍にいようと思えばいられたのに離れて、サラにその間の事をお願いしてたんだから、状況が違うよ」
「そ……それはそうかも知れないけど、でもお姉ちゃんが動かなかったら今頃フォルニード村は無事じゃなかったはずだし、戦地の浄化作業だってもっと時間がかかって、取り返しのつかない事になってたかも知れないじゃない。やむを得ない事情があったんだもの、お姉ちゃんがそれを気にする必要はないよ」
私が反論すると、お姉ちゃんは困り顔で「でも、それじゃ私の気持ちが収まらないと言うか……」と呟く。
それは私の台詞でもあるんだけど……。
けれどお姉ちゃんの性格をよく知っていると自負している身としては、ここで押し問答をした所でお姉ちゃんが折れるはずがない事もよくわかっていた。
私はうーん、と唸りながら必死に考える。
ただお礼をされるだけじゃなくて、お姉ちゃんにも何か利点がありそうな妥協点はないだろうか……。
……そうだ!
「ねぇ、お姉ちゃん。随分前に、アルトン向けに保冷用の魔法陣か魔法道具を開発したいって言ってたよね。私、それ作りたいな! 久しぶりにお姉ちゃんと魔法道具開発がしたいの!」
ずいっと身を乗り出して訴えると、お姉ちゃんは目を見開いて私を真っ直ぐ見返してきた。
大好きな紫色の瞳に、目を輝かせている自分の姿が映る。
「よく覚えてたね! でも、サラはそれでいいの?」
「いいも何も、私がお姉ちゃんにして欲しい事を言っていいんでしょ? だったら私は一緒に魔法道具開発がしたいなぁと思って」
これは本音だ。
私はお姉ちゃんに何かを教えて貰ったり、一緒に何かを作ったりするのが好きなのだ。
お姉ちゃんが婚約してからはずっと忙しそうだったからなかなかそういう時間を持てなかったけれど、時間を割いて貰えるなら是非また昔のように一緒に過ごせる時間が欲しい。
そんな私の真意を探るようにしばらくお姉ちゃんは私の瞳を覗き込んでいたけれど、やがてにこりと微笑むと「わかった! ありがとうね、サラ」と、何故かお礼を言われてしまった。
これはわかってない、わかってないよ、お姉ちゃん!
絶対私が気を遣ったと思ってるでしょ。
確かにお姉ちゃんの利点についても考えたけど、私の希望の方が大半を占めてるんだから、お礼を言われるのはちょっと違うんだからね!
そんな流れで、私はお姉ちゃんと魔法道具開発をする事になった。
魔術や魔法陣、魔法道具関連の開発は事故を想定しなければならないので、基本的に厳重に結界が張られている場所で行うようにとどの国でも定められている。
なので今は湖から少し外れた場所にある木の伐採跡地に結界を張って、最初の手順である魔法道具に刻む魔法陣の設計をしているところだ。
お姉ちゃんが私と魔法道具開発をしている間、セタの事はハルト様が見ていてくれるらしい。
……と言うか。
「順調そうか?」
難民対応に関するやり取りもあって忙しいだろうに、ハルト様はセタを連れ、定期的に軽食を持って様子を見に来ていた。魔法道具の開発に興味があるらしい。
どうやらハルト様は魔術は使えても開発に関する知識は持ち合わせていないようで、一切口出しする事なく、私とお姉ちゃんで魔法陣の構造について意見を出し合っているのを面白そうに聞いている。
その横では、ハルト様に連れられてきたセタも興味深そうに魔法陣を見つめている。
さすがお姉ちゃんの息子。もしかしたら魔法道具開発に興味を惹かれているのかも知れない。
「リクたちが作りたいのはあれだろ? 倉庫が丸ごと冷凍庫になってるやつ」
「そうなの! アルトンでは冬の間に凄い量の雪が降るんだけど、雪解け直前に商人さんたちが地下の保管庫を冷すための雪を集めてたんだよね。あれはあれで昔ながらの手法でいいと思うんだけど、お年寄りの商人さんとか体のどこかを痛めてる商人さんにはつらい作業じゃない? それに降雪量も毎年一定じゃないだろうし。だったら、保冷用の魔法道具を作っていつかアルトンに売りに行こうと……あー、まぁ、もう売る必要はないんだけどね。あの頃はマイホームを建てるのが夢だったから、つい商売魂が出てて」
れいとうこ? 何だろう、それ。
言葉の響きと前後の会話から推察するに、保冷用の保管庫の事を言ってるのかな。
耳慣れない単語に首を傾げつつも、お姉ちゃんが口にしている内容は過去に私も耳にしていたので気にせず手元の魔法陣を凝視する。
あっ、ここはこっちと繋げた方がよさそう。
「へぇ。なるほど、そう繋げると短縮になるのか。サラは賢いなぁ。こうして見てると電子回路みたいで面白いな」
「あっ、サラ凄い! その繋げ方いいね!」
でんしかいろ?
また耳慣れない言葉が出てきたけれど、ふたりに揃って誉められてちょっと照れる。
でも私も我ながら名案だと思っていたから賛同して貰えて嬉しい。
自然と表情が緩んでしまう。
するとがばっとお姉ちゃんが抱きついてきた。
「もう本当にサラが説明不可能なくらい可愛いんですけど、どうしたらいいと思う!?」
「どうしたらって……」
昔からお姉ちゃんはこういう……身内が好きすぎるところがある。
私もハルト様も慣れたものだけど、問われたハルト様の方は苦笑するしか反応のしようがなさそうだ。
……と思ったら。
「そんなに可愛いなら手元に置いとけばいいと思うけど、サラにはサラの将来の展望があるだろうし、聞いてみたらどうだ?」
急に水を向けられて、私は目を瞬かせた。
まさかそんな、正に最近思い悩んでいる事に関する話題がここで出てくるとは思わなかったのだ。
この場にいる全員の視線が私に集まる。
私はどう答えたものかと視線を彷徨わせて、考えて考えて……けれど結局出てきた言葉は。
「……わからないんです。ずっとこのままでいいのかも、自分がどうしたいのかも、今は何もわからなくて……」
ひとりで悩み続けて、けれどもう自分だけでは抱え切れなくなってしまって、つい私は本音を口にしてしまった。
お姉ちゃんは何も言わずに、少しだけ私を抱きしめる腕に力を込めた。
ハルト様は優しい眼差しでこちらを見ながら微笑みを浮かべる。
「そうか。俺を含むアールグラント王国側としたら、サラにはこのままアールグラントにいて貰えた方が嬉しいから、もしサラがアールグラントに残りたいと思うなら大歓迎だ。けれど、それを気にして無理にアールグラントに留まろうとしなくてもいい。サラが決めていいんだ。まぁ、どうしても決められなくて困ったら、遠慮なく相談してくれ。ちなみに俺に相談してきた場合は、全力でアールグラントに残ってくれってお願いするんだけども」
「な? セタ」と、ハルト様はセタに問い、セタは何を問われたのかよくわからなそうな顔をしながらも「おねがいするっ!」と声を上げた。
もうその言葉だけでも、気持ちは大きくアールグラントに残る方へと傾く。
「じゃあ、そろそろセタが昼寝の時間だから戻るな。完成したら教えてくれ」
そう言うとハルト様はひょいとセタを抱え上げて村の方へと戻って行った。
気を遣われたのがわかる。
何だか申し訳ない気持ちになるけれど、お姉ちゃんが私から離れて正面から向き合うように立ったので、意識を目の前へと切り替えた。
視線の先ではお姉ちゃんが、常にない真剣な目で私を見ていた。
「気付かなくてごめんね、サラ。ずっと悩んでたんだね」
少し悲しそうな表情を浮かべるお姉ちゃんに、私は慌てて首を左右に振った。
お姉ちゃんは私が悩んでいる事に気付けなかったのを気にしているようだけど、これはお姉ちゃんが気にするようなものではない。
だって私はもうとっくに独り立ちする年齢になっていて、これは私が、自分で決断しなきゃいけない事なのだ。
だから、お姉ちゃんが気に病む必要なんてないのに。
いや、まぁ、今回は私がぽろっと零してしまったのがいけないんだけども。
本当にもう、過保護なんだから……。
いつまでも大事に思って貰えている事が嬉しいと思う反面、こうして気に病まれてしまうのはつらい。
だから思い切って言ってみる事にした。
「あのね、お姉ちゃん。私はもうとっくに独り立ちしてる年なんだし、人族の年齢と照らし合わせても成人年齢になってるんだよ。だからこれから先の事は、私が自分で考えて決めなきゃいけないと思ってる。今はちょっと考え過ぎてて、答えが見つからなくてついあんな事を言っちゃったけど……でもお姉ちゃんがそんな風に悲しい顔をする必要はないんだよ」
ちょっと突き放した言い方になってしまっただろうか。
けれどお姉ちゃんが優しいからって、私もいつまでも甘えてばかりはいられない。
何故なら、私はお姉ちゃんのような大人になる事を目標にしてるのだから。
自分の事は自分で決めて、自分が守りたいものは自分が守って、大切な人たちをちゃんと大切にし続けられる人に。
妹の欲目もあるかも知れないけれど、私の中のお姉ちゃんはそれくらい凄い人で、私にとっては誰よりも尊敬している人なのだ。
少しでも追いつきたいと思うからこそ、自分のこれからは自分で決めなければ。
そんな私の決意が伝わったのか、お姉ちゃんは悲しそうな表情を、今度はちょっと寂しそうな表情に変えた。
けれど最後には仕方なさそうに微笑を向けてくれる。
「そうだね、もうサラも大人だもんね。でも何か困った事があったら言ってね。絶対力になるから! ……って、何か最近似たような事を言われたような……あっ、マナから言われたのか。何だか受け売りみたいになっちゃった」
マナさん?
私が首を傾げるとお姉ちゃんは「何でもない。でもいつでも相談してね」とだけ言って、魔法道具に組み込む魔法陣の方へと向き直った。
私も気を取り直して魔法陣の隅から隅まで見直すように目を通す。
そうしてふたりで魔法道具の開発に取り組む事半月ほど。
無事、保冷用の魔法道具が完成した。
完成した魔法道具は早速フォルニード村の中で試験的に導入された。
魔法道具の所定の箇所に魔石を設置して、保管庫の中心部に置く。
設計上、それだけで1年は室内を保冷してくれるように作ってある。
魔石は高価だけど魔石ひとつで1年動き続ける事を考えれば、商人と言う立場からすれば相当有り難い魔法道具となるはずだ。
実際、試験に協力してくれたフォルニード村で食料を扱っている商人さんは大喜びだった。
冷せる範囲も一般的な保管庫ひとつ分。充分な広さがある。
その効果のほどは、設置からひと月ほど様子を見ていたフォルニード村の商人たちがこぞってこの魔法道具購入の交渉を持ちかけてくるくらい。
お姉ちゃんはそんなフォルニード村の商人さんたちの反応を見て、生き生きした様子で商売を始めた。
商売を始める少し前に私にこの魔法道具の作り方をマナさんに譲渡していいか聞きにきたので、私はふたつ返事で頷いた。
お姉ちゃんの考えはわかっている。
この魔法道具をフォルニード王国産の商品として売り出して、出た利益をそのままフォルニード王国の収入に繋げる算段なのだろう。
お姉ちゃんが言うには、魔石を使う関係上一般に出回らせるには難しい面もあるけれど、少し裕福な家庭なら手を出せる範囲でもあるから、商人だけでなく裕福層も狙えるとそれはそれは楽しそうに話していた。
私もこのフォルニード村……もとい、フォルニード王国の住み心地は気に入っているし、マナさんたちが頑張って国として成立させようとしている姿も見てきたので、その役に立てるならと喜んで魔法道具の作り方と作る権利を譲った。
こういう形で人の役に立てるという事が、自分でも吃驚するくらい嬉しくて──
後日マナさんから何度も何度も感謝の言葉を伝えられてどう対応したらいいのかわからなくなったりもしたけれど、この出来事がきっかけで、私の最終的な将来像が確定した事は間違いない。
「決めたのか」
「はい」
日を改めて私はハルト様の許に結論を伝えに行った。
その場にはお姉ちゃんもセタもいて、家族揃っているところに割り込むのはちょっと気が引けたけれど、決断した今、すぐにでも伝えたくて居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。
ハルト様は私の顔を見ただけで何を言いに来たのかわかったようだった。
そして、もしかしたら私が出した結論も何となく察しているのではないかと思えてしまうような、ちょっと残念そうな笑みを浮かべていた。
「私、アールグラント王国から出ます。ここで、フォルニード王国で、新しい国を作ろうと頑張っているマナさんたちの力になりたいです!」
はっきりとそう告げると、ハルト様はやっぱりかという表情を浮かべた。
お姉ちゃんは驚いた顔をしていたけれど、すぐに嬉しそうに微笑んで飛びついてきた。
セタは状況がよくわかっていないようだったので、近々ちゃんとわかって貰えるように説明しないとな、と思いながら、私もお姉ちゃんを抱きしめ返す。
優しいお姉ちゃん。
頼もしいお姉ちゃん。
私もお姉ちゃんみたいな人になれるように、ここで頑張るよ。
そんな思いを込めながら。