110. フォルニード王国建国
ルデストンへの転移が完了すると、眼前には元の形がわからないほど崩れ、黒ずんでいる巨大な瓦礫の山が現れた。
足下には目も向けたくないような、異形の亡骸も多数転がっている。
恐らく先行して亡骸の処理をしていた人たちは人族や魔族の亡骸は何とかしたものの、異形に関しては気味が悪くて近寄れなかったとか、どう対処したらいいのかわからなかったとかで放置してしまったのだろう。
これを片付けるのは、精神的にきついなぁ……。
単独でいいと言った事を軽く後悔しつつ、早速浄化作業に着手する事にした。
まずは目に付く亡骸をまとめて分解する。
これ、どうしても吸収するところまでがひとつの能力だからあまりやりたくないんだけど、無数の亡骸をひとつひとつ燃やすには時間も手間もかかるし、その分疫病の心配も出てくるから致し方ない。
流れ込んでくる知識や記憶は無視する。
その後はルデストン周辺をぐるりと回りながら、日頃あまり使う事のない星視術の探知魔術を広範囲に展開した。
生きている者の気配を感知するだけなら自分の感知能力で事足りるけれど、さすがに亡骸を感知するのは難しい。
一方で探知魔術は亡骸もしっかり拾い上げてくれるから、どの辺りに異形の亡骸が残されているのかがはっきりとわかるので助かる。
結構ばらついてはいるものの、亡骸処理をした人たちも人族や魔族に近い姿をしている異形はある程度まとめておいてくれたようだ。
そうして一通り探知魔術で見つけた異形の亡骸を分解すると、自分が移動してきた範囲を意識して浄化魔術でルデストン周辺を浄化する。
地面から純白の光が上って行き、しばらくして光が落ち着くと、地面に残されていた黒ずんだ染みが綺麗に消えていた。
けれどやはり地面に血が染み込んでから時間が経過しすぎていたので、地面に生えていた草花の大半は枯れてしまっていた。こればかりはどうしようもない。
浄化された大地がいつか再生するよう祈りながら、私は瓦礫の山と化した首都ルデストン内に足を踏み入れた。
見えない何かに誘われるかのように、城の跡地へと向かう。
私はひとつひとつゴルムアを通してコールが見てきた風景の記憶を掘り起こしながら、城の跡地を歩き始めた。
あの一際大きな崩れかけた塔が恐らく、ゴルムアが暮らしていた……囚われていた塔だろう。
城の脇には広場があり、ところどころに炭化した植物のアーチ等が見られる事から、そこがかつて庭園であった事がわかる。
恐らくここが、ローネリーが命を落とした場所だろう。確か、庭園で寛いでいる時に紛れ込んでいたレグルス配下に殺されてしまったという話だったはずだ。
私は庭園で足を止めると、瞑目してローネリーの姿を思い浮かべる。
私がここに足を運ばずにはいられないくらいゴルムアの中のローネリーの存在は大きく、同時にゴルムアを気にかけていたコールの中でも彼女の存在は大きかった。
ふわりと柔らかい風が頬を撫でていく。
ゆっくりと目を開け、目を閉じる前と何ら変わりのない、炭化した庭園を視界に収める。
ねぇ、ローネリー。
ゴルムアはあなたの事が好きだったんだよ。
それは身内としてとか友達としてとか……ましてや恋愛的な意味でもなくて、ただただ純粋に、ローネリーの事が大好きだった。
だからどうしても仇を討ちたかった。
けれどゴルムアは自我を壊され過ぎて、大好きなローネリーの事すらも思い出せないくらい壊れてしまって、誰かのために戦おうという気持ちすらも壊されて……。
けれどね、ローネリー。あなたには知っていて欲しかった。
ゴルムアは恐がらずに笑顔を向けてくれて、親しみを込めて「おじ様」と呼んでくれた小さな姫の事が、ただ純粋に好きだったのだという事を。
ここでそんな事を思っていてもローネリーに伝わらない事はわかっている。
けれど、そう語りかけずにはいられなかった。
多くの人々にとってゴルムアは“狂人”に他ならなかったけれど、ローネリーには優しい気持ちを持っていた事を、どうにかして伝えたかった。
実際にローネリーに伝えられないのは残念だけど、ここで思いを馳せた事で少しは何かを伝えられたような気がして、私は顔を上げた。
空は気持ちがいいくらい晴れ渡っていて、暖かな風が時折通り抜けていく。
とても戦場跡地にいる気がしなくて、私は緩みかけていた気を引き締め直すつもりで崩落した城を見上げた。
ベルネクス。オルテナ帝国の、最後の皇帝。
ゴルムアはベルネクスにも信頼を寄せていた。
きっとベルネクスはその事に気付いていたのだろう。だからローネリー亡き後、ゴルムアに戦う事を強要するのを止めたのだと思う。
それくらいの良心は持っていたという事か。
私はコールの記憶を手に入れたからそう思えるようになったけれど、ベルネクスがどのような人物であったのか知らない人たちからしたら、独裁的で、恐ろしい国主に見えていたんだろうな。
そしてそれを、ベルネクスも望んでいた。そんな気がする。
私は視線を城から外し、南方の空に向けた。
結局、騎士国ランスロイドについてはどんな国だったのか知る機会がなかった上に、その機会も永遠に失われてしまったなと思う。
一度オルテナ帝国からアールグラントまでを繋ぐ街道を通り抜けただけで、どんな国なのか、実際に自分の目で見る事は適わなかった。
ただ、騎士国ランスロイドについては戦争から逃れてアールグラント王国やフォルニード同盟に保護された人たちが数多くいる。
いつか彼らが故郷を再生して、平和な国として国を建て直してくれる事に期待しよう。
よし。それじゃあ、次の街に行きますか!
思う存分今回の戦争に思いを馳せると、私は気合いを入れ直して転移魔術を展開。
計画に沿って、次の街へと転移した。
元オルテナ帝国領の浄化作業は二ヶ月ほどで完了した。
私の転移魔術を使えば移動時間が大幅に短縮されてもっと早くに終わったかも知れないけれど、急務とは言え移動に関しては各自で何とかして貰った。
何せ転移魔術、基本的に自分含めふたりしか対象にしてないからほいほい使ってるけど、人数が増えれば増えるほど必要な魔力量も膨大になるしね。
それを往復で使うとなると、魔力がいくらあっても足りない。
それでも何とか元オルテナ帝国領側の浄化作業を終えた一方で、元騎士国ランスロイド領側の浄化作業はどうやら当初の元オルテナ帝国領側と同じく計画からして杜撰で、進行管理にも手間取っているらしい。
そこで元オルテナ帝国領側の浄化作業メンバーと教団員さんをひとり連れて、元騎士国ランスロイド領の浄化作業を手伝いに行く事になった。
教団員さんをひとり連れて行った理由は当然、計画の不備をチェックして貰うためだ。
お願いしたら快く引き受けてくれた。
えぇ、そりゃあもう快くね!
私たちは名残惜しそうな城塞都市アルトンの領主様を筆頭とした人々と、もうしばらくアルトンに留まるつもりでいるらしいシグリルとレスティに見送られて、馬車に分乗して元騎士国ランスロイド領を目指した。
使う経路は、かつて私が城塞都市アルトンからアールグラント王国に向かった際に使用した街道の大半をなぞる。
街道は半壊しかけていたけれど道無き道を使うよりかはましだったので、私とフレイラさんが先行して障害となる倒木などを片付けたり、崩壊して馬車が通るには厳しそうな箇所をフレイラさんの土属性魔術で整えたりしながら道として使えるようにしていった。
そうして馬車を走らせる事およそ2ヶ月。
私たちは目的地である、元騎士国ランスロイド領での浄化作業拠点に到着した。
元騎士国ランスロイド領はまともな形で残った街が少なく、辛うじて雨風を避ける事ができそうな、比較的原形に近い形を残している街の外に天幕を張って浄化作業の拠点としていた。
位置的にはアールグラント王国に近い国境付近。オルテナ帝国からここに来るには大分距離があったけれど、アールグラント含む人族の国から支援しやすい位置なので、なかなかいい場所に拠点を作ったように思う。
恐らくレグルスたちに攻め入られはしたものの、魔王タラントが行動を起こしてくれたお陰でレグルスが引き返し、さほど被害を受けずに済んだ街なのかも知れない。
ちなみに街中の方は、エルーン聖国の王子を復興の指揮者として呼ぶために急ピッチで建物の修繕作業が進められている。
これは元オルテナ帝国側でも同様で、城塞都市アルトンに併設する形で復興人員が生活する街を建設中だ。エルーン聖国の王子はアルトンの領主様の館に滞在する予定らしいけど、修繕で済む元ランスロイド側と違って向こうは街そのものを作る形なので、相当な作業量になっているはずだ。
浄化作業拠点に到着すると、早速私たちは指令本部となっている一際大きな天幕に向かい、現状の把握と計画書の見直しを行った。
進捗状況としてはまさかの、全体量の半分程度。
あまりの進捗の遅さに元オルテナ帝国領の浄化作業をしてきた面々からざわめきが起こった。
計画書に関しては同行して貰ったアルトンの教団員さんが見直しながら、ランスロイドの教団員さんにまずい点を指摘した。
次々と不備を指摘されて不満そうなランスロイドの教団員さんに対し、私の顔色を窺って青ざめたアルトンの教団員さんが半ギレ状態で「いくらランスロイドの領土面積がオルテナの領土より広いとは言え、我々が二ヶ月で終わらせた作業を何故四ヶ月経っても半分しか終わらせられていないのですか!」と叫んだ。
しかしランスロイドの教団員さんたちはちらりと私を見遣ってから言い難そうに、「それは大規模な浄化魔術を使えるリク様がそちらにいらっしゃったからでは……」と呟く。
ほほぉ……そういう心構えなのね。
私が浮かべていた笑顔を一層深めると、自分では説得不可であると判断したらしいアルトンの教団員さんが手にした計画書を静かに私へと差し出した。
私は差し出された計画書を受け取るとさっと目を走らせる。
速読はあまり得意じゃないけど、手渡された計画書は時間をかけて読むほどの量でもなかったので割とすぐに読み終えた。
うん、正にこれは当初の元オルテナ帝国領側の計画書と瓜二つだ。
イフィラ教団の教育ってどうなってるんだろう?
私はわざとらしくパシンッと音を立てて計画書を自らに手の平に打ち付けた。
びくりとランスロイドの教団員さんが身を竦ませる。
「申し訳ありませんがこちらの計画書、破棄させて頂いても?」
私は微笑みを崩さずに首を傾げ、問いかけた。
ざわめくランスロイドの教団員さんたち。どうやら彼らは自分たちが作った計画書が、破棄されるほど酷いものだとは思っていないようだ。
仕方がない。
「この計画書は計画そのものを成立させる根拠からして破綻しています」
そう切り出した後は、アルトンの教会で交わされたやり取りと全く同じ流れになった。
教団員さんたちが計画に関わる人員についてどれだけ把握しているか、分担はどうなっているか、計画のあらゆる根拠の提示を要求。
返ってくる答えは既視感を覚えるものばかり。
そうなればもう、不備指摘の嵐だ。と言っても内容はさっきアルトンの教団員さんが指摘した内容とほとんど同じだ。
まだ作業が半分しか終わっていない現状を踏まえ、思い切って計画そのものを見直すように提案。
慌てて計画を見直すランスロイドの教団員さんたちを、アルトンの教団員さんが補助する。
そのお陰で修正案を出させては不備を指摘して突き返すという流れは三回程度で終った。
そして翌日、各地に散っている浄化作業をしている人たちへの連絡を兼ねて、フレイラさんを含むアルトンから来た浄化作業員の面々が拠点から出発した。
彼らを見送ると私も早々に転移魔術を使い──元騎士国ランスロイド領での浄化作業は、一ヶ月後に終了した。
浄化作業は終わったものの、元オルテナ帝国領と元騎士国ランスロイド領では本格的な冬に突入する前にと急ピッチで復興の拠点作りが進められていた。
聖国エルーンの王子たちが円滑に復興の指揮を執れるように、職人さんたちが必死に拠点の環境作りに取り組む。
浄化作業が完了した時点で既に冬に差し掛かっていたので、本当にギリギリの進行状況だった。
そうして職人さんたちの努力が実を結んで各拠点が完成し、雪が降り始める直前に聖国エルーンの王子たちは自らが受け持つ領土へと移り住んだ。
その知らせを、私はフォルニード村で耳にしていた。
浄化作業を終えて早々にフォルニード村に戻ってきていたのだ。
フレイラさんは神殿への報告に向かう教団員さんに同行しているので、まだフォルニード村に戻ってきていない。
本当は私も神殿に同行しようと思っていたのだけど、フレイラさんに「子供が小さいうちはあっという間に成長しちゃうから、傍で見ていないと損するわよ」と言われ、先に戻ってきた……のだけど。
「おかあさま、みてっ!」
私が浄化作業で不在だった間に見違えて滑舌がよくなったセタが、実に眩しい笑顔で何かを差し出してきた。
いや、もう、何この進化の早さ!
サラの成長を見てきたからフレイラさんの言う事ももっともだと思って村に戻ってきたけれど、既に4ヶ月のブランクがとんでもない事になっていただなんて!
しかもサラの教育の賜物なのか、私が教え続けてきた「お母さん」呼びじゃなくて「お母様」呼びになってるし……!
私はセタが差し出してきた物を受け取って、しげしげと眺める。
何コレ、うちの子天才すぎない!?
手渡された物は、木の葉と地面に落ちている枝を使って作られたフォルニード村特有の置物の工芸品だった。
フォルニード村には人属領でも有名な工芸品として木製の細工物があるけれど、どうやら村の職人さんが作業の傍ら気分転換に作っている小さな置物の作り方をセタに教えてくれたようだ。
木の葉はいずれ枯れてしまうのでこの工芸品は村の外には出回っておらず、村の中ではちょっとした飾り物として室内に置かれている事が多い。
セタの作った置物は私のような素人目から見ても子供ならではの感性がよく出ていて、なかなかの出来映えだ。
……まぁこれを親の欲目だと言われたら、返す言葉もないのだけど。
「凄いね、セタ。よく出来てる! これ、お母さんの部屋に飾ってもいい?」
とびっきりの笑顔を向けてセタの髪を撫でると、セタは照れくさそうに微笑む。
「じゃあおとうさまとサラおばさまにみせたら、あげるね」
そう言って私から置物を受け取ると、嬉しそうに部屋を出て行った。
きっとこれからハルトとサラに見せに行くのだろう。
……と言うか。
一番に私に見せに来てくれたのか! やだっ、何この優越感っ!
最近私はハルトやサラに比べたら圧倒的にセタと一緒にいられる時間が短かったから、その分セタの中での優先順位も低くなってるんだろうなと思っていただけに、これは嬉しい。
喜びの余りひとりベッドの上で転げ回っていると、部屋のドアが慌ただしくノックされた。
急いでベッドから起き上がり、気配で相手を感知してから応じると、セタを抱えたハルトが飛び込んで来る。
「ちょっ、リク、ヤバい、セタが天才だ!」
おぉ、「ヤバい」とかいう単語、久しぶりに聞いたよ!
けれどその気持ちは凄くよくわかる。
……わかるけど、傍から見てちょっとだけ冷静になった。これはとんだ親バカだ。
いや、セタは本当に器用だし、置物の出来映えはとても三歳未満とは思えないくらいなんだけどさ……!
一度冷静にはなったものの、結局その後はハルトと一緒にセタを褒めちぎりながら過ごした。
ハルトもこの後特に予定がなかったのか、久しぶりの家族団らんだ。
セタも嬉しそうににこにこしていて……本当にもう、うちの子可愛すぎる!
そんな思考の無限ループにハマりかけていたら。
コンコンと部屋の扉がノックされた。
気配で来訪者を感知して「どうぞー」と応じると、ゆっくりと扉が開かれる。
姿を現したのはマナだった。
「折角家族でいるところにごめんね。ちょっとリクに相談したい事があって」
申し訳なさそうな表情で室内に入ったマナは、少し言いづらそうに後半の声量を落とす。
これは他の人に聞かれたくない話なのかな?と思って私は立ち上がり、「ちょっと出てくるね」とハルトにセタを任せて部屋を出た。
マナを伴って湖まで来ると、反対側の岸でブライが眠っていた。
竜も魔力で生命維持をしている生物だから眠っている事自体が珍しいのだけど、違和感を覚えないのは自分やタツキ、サラのような例外がブライの周辺にいるせいだろうか。
そんな事を考えつつ視線をマナの方へ向けると、マナはどう話を切り出そうか悩んでいる様子だった。
一体どんな相談なのかはわからないけれど、話をしに来た時の様子から結構深刻な内容なのではないかと予測して、ちょっとだけ身構えながらマナが話し始めるのを待った。
そうして待つ事しばし。
マナはようやく重い口を開いた。
「あのね……実は戦争が終わってからずっと、フォルニード同盟の今後についてみんなと話し合っていたんだ」
「うん」
あ、やっぱりそうなんだ。
そりゃそうだよね。大事な事だもの。
「一応、リクが戻ってくるちょっと前くらいに、フォルニード同盟全体としての結論が出て。けれどボクが決断出来なかったから、ずっと保留にして貰ってるんだけど……」
「うん」
マナの瞳が揺れる。
迷いがありありと見える様子で、マナは湖面に視線を落とした。
今マナは必死に考えている。
何を考えているのかはわからないけれど、とても重要な事であるのは間違いないだろう。
再び下りた沈黙の中、対岸で眠っていたブライが目を覚まし、ふと顔を上げた。
そのまま手乗りサイズに姿を変えて、村の方へと飛び去って行く。
それを見計らったかのように、マナは続きを口にした。
「みんなはフォルニード同盟をこのまま国にしようって言うんだ。それで、ボクに国王になってくれって言ってきてて……」
おぉ、何と。そりゃ迷うよね。
凄く重大な決断になるし、マナ自身にかかる責任や期待が大きくなるのは必然だ。
簡単には決断出来ない。
「ボクはたくさんの人の期待に応えたり、向かうべき先を導いたりは出来ない。同盟を組んだ時のような明確な目的がない状態で、ボクに何か出来るとは思えない。……自信がないから、恐い」
けれど寄せられている期待を跳ね返すほどの強い拒絶の意志が、マナにはないのだろう。
だから迷っている。
迷って考えて、考え過ぎて困って、私を頼ってきたのだろう。
つまり、私がすべき事はひとつだ。
「マナは忘れちゃったかな。マナがフォルニード同盟の盟主になるって決めた時、自分がなんて言ってたか覚えてる?」
問いかけると、マナは私の方に向き直る。
しかしどうやら忘れてしまったようで、そのまま小首を傾げた。
ならば思い出させてあげよう。
「マナはあの時、“フィオに出来て、ボクにできないはずがない”って言ってたんだよ」
私が答えを提示すると、マナは僅かに頬を赤くして「あっ」と声を漏らした。
どうやら思い出したようだ。
「フィオはちゃんと国王様として国を守ってるよ。それにね、マナは独裁者になるつもりはないんでしょう?」
「もちろん!」
「……だったらマナが考えている国王様像って、ちょっと違うんだよね」
即答してきたマナに気圧されながらも、やはりマナはちゃんと自分が国王になる事について考えているんだと理解する。
今はまだ心が決まらなくて不安定なだけで、もしかしたら既に断ると言う選択肢はマナの中にはないのかも知れない。
最後の一押しが欲しいだけなのかも知れない。
「王様って確かに国民の代表者ではあるけど、ひとりで何でも決めてる訳じゃないし、ひとりで国を支えている訳でもないんだよ。王様の下には王様と一緒に国の事を考えて、王様と一緒に国を支えようとしている人たちがたくさんいる。確かに最後の決断は王様がしなきゃいけない事が多いし、話し合って出された結論は王様の責任のもとで実行されるから重荷に感じる事もあるんだろうけど、私から見たらもうフォルニード同盟もひとつの国みたいな組織になってるし、マナが不安に思うような事は何もないと思う。今までフォルニード同盟の盟主としてやって来た事を、今度は肩書きだけ王様に変えてやればいいんじゃないかな」
ちょっと無責任な言い方になっちゃったかな。
でも恐らくマナなら充分王様としてもやっていけるはずだ。マナにはその素質があると、私は常々思っていた。
そしてマナを支えるべくセンもラーウルさんも、各集落の代表者たちも尽力してくれるだろう。
彼らも自分たちでマナを助け、支えていくつもりがあるからこそ、マナに国王になって欲しいと持ちかけたのだと思う。
長い沈黙が下りた。
マナは私の言葉を聞いて再度考えに沈み込んでしまったようで、風で波紋を作っている湖面をじっと見つめている。
どれくらいそうしていただろうか。
ゆっくりと、マナが顔を上げた。
その表情はこれまでにも何度も目にしてきた、凛とした空気を纏った表情に変わっていた。
迷いが消え、澄み切った金色の瞳を真っ直ぐ正面に向けている。
何度見ても神々しいまでの姿。その姿からは威厳のようなものすら感じられる。
そんなマナの瞳が、こちらに向けられた。
反射的に背筋が伸びる。
「ありがとう、リク。確かにリクが言う通り、ボクが知っている王様も決してひとりで国を支えている訳じゃない。ちゃんと周りに支えてくれる人たちがいて、そんな人たちと一緒に国を作っているように思う。けれど同時に、最も強き者として、みんなを守ろうとしているようにも感じた。ボクもそんな王様になればいいんだね。みんなと一緒に悩んだり、意見を出し合いながら方針を決めるのだって今まで散々やってきた事なんだし、今までと同じでいいなら、できないはずがない」
マナが知っている王様が誰を指すのかは考えるまでもないけれど、どうやらマナの中で確固たる国王像が出来上がりつつあるようだった。
目指すものが決まれば、あとはそこを目指して突き進むのみ。
マナは自分の中に定めた目標を見据えて、ただひたすらに真っ直ぐ、全てを貫いて進む決意をしたようだった。
「いつも難しい悩みにつきあってくれてありがとう、リク。ボク、リクがいなかったらきっと逃げ出していたと思う。本当に本当に、感謝してる。だからリク。何か困った事があったら、ボクにも相談してね。絶対力になるから!」
そう言ってマナは私の手を取り、両手で包んで固く握り締めた。
本当に感謝されている事、心の底から力になろうとしてくれている事が、その目と手に込められた力から伝わってくる。
そんな風に思って貰えている事が嬉しくて、私はちょっと照れながら微笑む。
「ありがとう、マナ。そうしたらお言葉に甘えて、何か困った事があったら相談に乗ってね。頼りにしてる」
私の言葉を受けて、マナは纏っていた凛とした雰囲気を吹き飛ばし、ぱっと表情を輝かせる。
そして何度も頷きながら、「任せてよ!」と請け負ってくれた。
そうして翌日、マナはラーウルさん含むフォルニード同盟参加集落の代表者たちに自分の決意を伝えに行った。
更にその3日後、魔族領の国と人族領の国に知らせが出された。
その知らせの内容は次の通り。
『本日をもってフォルニード同盟は解散する。同時に、新たにフォルニード王国を建国する。フォルニード王国の国王は同盟の盟主であった魔王マナ=フォルニードとし、人族・魔族共に分け隔てなく友好を結び、共存する道を探る国家を目指す。先達である各国の皆様方には、是非ともご指導、ご鞭撻を賜りたい所存。一度直接ご挨拶に伺いたく、後日改めてご連絡申し上げる』
この文面はラーウルさんが作成して各方面へと念話で通達された。
肝心のマナはと言うと、これまでと変わらず会議の時間以外は復興の指揮を執っていた。
そのマナの傍らではセンがサポートに付きつつ、あれこれとマナの世話を焼いている。
カリスマ性こそあるものの色々と無頓着なマナに対して、案外細かいところにも気がついて手を回そうとする性格のセン。
なかなかにバランスの取れたコンビだと思う。
今、フォルニード同盟改めフォルニード王国では、国内の復興と同時進行でランスロイドから受け入れた人々の住まいの建設も急いでいた。
ランスロイドからの難民。
センの話では、ランスロイドの人口のおよそ1割弱に当たる人々が、戦争から逃れてフォルニード同盟とアールグラント王国になだれ込んで来ているのだそうだ。
アールグラント王国側でもある程度の人数は受け入れたものの、ランスロイドに戻りたがらない人々の大半を最終的に受け入れたのは、フォルニード同盟……現フォルニード王国だった。
比較的安全な魔族領南部とは言え魔族領に住む事に不安を抱いていた彼らも、フォルニード同盟側の真摯な態度と積極的な交流によって、およそ千人程度の人々がフォルニード同盟側で暮らす事に決めた。
残り人たちは親類や知人を頼って他の国々に移住したり、ランスロイドに戻って復興に従事する事にしたようだ。
移住に関しても各国がすんなり受け入れた事で元ランスロイドの人々も安心感を覚えたようで、戦争で負った心の傷を癒しながらの移住先での生活に、段々と馴染み始めているという話だ。
そんな経緯で受け入れたフォルニード王国の新たな国民となる人族の住まいを、急ピッチで建設している。
けれど千人という人数は国という規模で考えれば少ないように思えるものの、実際目の前にすると相当な人数だ。
今現在は住める場所がほとんどないので、出来上がった家には病人やお年寄り、幼い子供を連れた家族を優先的に住まわせ、他の人たちには天幕で暮らして貰っている。
幸いな事に魔族領は気候の変化が人族領ほど大きくないから、冬とは言え、外で寝泊まりした所で凍え死ぬような事は無い。
かと言ってぞんざいに扱っているわけではなく、ありったけの毛布を提供し、魔術が得意な面々が天幕を囲うようにして張った結界に火属性を付与して寒さを軽減させているので、割と快適に過ごせる環境にはなっているはずだ。
難があるとすれば、柔らかいベッドで眠れない、と言う点だろうか。
そうして難民に住む場所を提供する一方で、早急に解決しなければならない大きな問題も抱えている。
それは、フォルニード王国全体が復興途中であり、物資に乏しいという問題だ。
国として名乗りを上げたものの、今現在は実質ギルテッド王国とアールグラント王国の支援を受けて生活を成り立たせている状況だ。
難民に対する食料や衣料についても人族領の各国が支援してくれているけれど、どうやらマナは一刻も早くこの状況を脱して、国として自立したいようだ。
そのためにマナが国王として最初に取り組んだのが、フォルニード王国内の集落の特産品の把握だ。
特に食べ物に着目して、今支援して貰っている食料面に関しては早い段階で自給自足に切り替えられるようにしようと考えているようだ。
確かに食料はその年の気候などに左右されてしまう面があり、食料支援をしてくれている各国もいつまで支援し続けられるかわからない。
早い段階で食料問題に着手するのはいい考えだと思う。
次にマナが考えたのが、フォルニード村の特産品である木製の細工物と染め物をより広める事。
作り手を増やすために職人さんに働きかけて弟子を取るように促し、他の集落からも広く職人候補を募った。
続いて取引先も増やそうと、今まで交流のなかった国とも積極的に交流を持とうと必死になっているようだ。
経済面にも着手するとなると、これはいよいよ国の形作りが動き出す予感。
……なんて、素人が評価しても妥当な評価なのか微妙なところだけど。
けれど国民の心理としては衣食住が整う事と、経済的に豊かになる事はとても重要だ。
意見を出した人物も凄いけれど、それをしっかり採用しているマナは結構いい王様になるんじゃないだろうか?
あとは、あんなにぼんやりしていて各国の国王を相手に腹芸が出来るかどうか、と言うところだろうか。
私もあまり得意な分野じゃないからなぁ……。
ハルトも得意とは言えない分野だし、ノイス王太子殿下がお手本としては最適だろうか。
まぁ、魔族領側での取引に関しては、いまだにマナの父親代わりの立ち位置から抜け出せずにいるフィオが何とかしてくれるだろう。
人族領側でもきっとアールグラント国王がある程度補助してくれるだろうし、現状、人族領と魔族領の間に立って橋渡しが出来るのはフォルニード王国だけだという点を考えると、フォルニード王国をぞんざいに扱える国などほとんどないように思える。
フォルニード王国の出だしは順調。
そんな気がした。