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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
124/144

107. 魔王レグルス=ギニラックの誤算

* * * * * タツキ * * * * *


 レグルスは攻勢を維持したまま人族領を南下、着々とアールグラント王国に迫っていた。

 しかし、ランスロイドからの亡命者救助のために国境線まで出張っていたハルトから「マナやセンと共に魔王レグルスを迎え撃つ」と念話が送られてきたその翌日、状況が一変する。

 人族と友好関係を結んでいる魔王タラント=ディートロアが動いたのだ。


 魔王タラントは恐らく魔王ルウに次ぐ古参の魔王だ。

 いまだ若々しい姿をしているルウとは異なり、背筋こそ真っ直ぐなものの老人の姿をしている事から、「タラント老」と呼ばれている。

 僕もギルテッド王国にフィオを訪ねて行った際に、一度だけ会った事がある。

 ぱっと見は身形のいい好々爺に見えるし実際話してみると穏やかな人なんだけど、どことなくこの人には逆らってはいけない、怒らせてはいけないという印象を受ける。


 その魔王タラントが、「ギニラック帝国の戦争相手であったオルテナ帝国や騎士国ランスロイドをレグルスが攻め滅したのは仕方ないが、戦争相手でもないアールグラント王国に攻め入るのは見過ごせない」と声明を出し、配下を率いて国主不在のギニラック帝国へ侵攻。

 いくら人族と友好を結んでいるとは言え古参の魔王タラントが動くとは思っていなかったらしいレグルスは、慌てて魔族領の自国へと引き返した。

 しかしレグルスはランスロイドとアールグラントとの国境近くまで来ており、自国から余りにも遠く離れ過ぎていた。

 その結果、レグルスがランスロイドとオルテナ帝国との国境付近まで戻った所で、ギニラック帝国は魔王タラントの手に落ちた。


 レグルスは主立った配下の大半を引き連れてはいたけれど、自らの国を奪われた事に激怒。

 ルウのように配下がいても拠点を持たない魔王もいるけれど、やはり定住して国を作り上げた魔王にとって自らの国は守るべき場所。奪われれば怒りもするだろう。

 ……レグルスに関しては自業自得だけど。


 しかし最悪な事にレグルスはタラントから自国を取り戻す事を諦めたのか、どうやら新たな根城として城塞都市アルトンに目を付けたようだ。

 竜が護っている街に拘っている暇はないと判断して放置していたようだけど、意図せず新たな拠点として使えそうな都市を残していた事を思い出したのだろう。

 あからさまに進行方向を魔族領方面から城塞都市アルトンに変えたレグルスの動きに対し、魔王タラントは無反応。

 これ幸いと言わんばかりにレグルスは城塞都市アルトンに突撃をかけた。



 すると今度は魔王フィオ=ギルテッドが魔王レグルスの行いを非難し始めた。


「我がギルテッド王国の友好国であるアールグラント王国を侵そうとしただけに留まらず、アールグラントが庇護している城塞都市アルトンに危害を加える事は許されない」


 フィオはそう非難するだけに留まらず、今後も人族に仇成すであろう危険人物として魔王レグルス討伐を宣言。討伐隊を結成すべく準備を始めた。


 魔王タラントに続く魔王フィオの動きにも、魔王レグルスは慌てたようだった。

 恐らくレグルスにとってフィオは相性の悪い相手なのだろう。フィオと争うのは極力避けたい様子だ。

 その一方で、自らの足場となる拠点をどうしても手に入れたいようで……。

 最終的にレグルスは例えフィオと戦う事になろうとも、城塞都市アルトンを手に入れる事に決めたようだった。




 僕はその様子を、ギルテッド王国にいるレネと念話を交わしながら千里眼を駆使して確認していた。

 ひとりの視点よりも複数人の視点で見て、互いが受けた印象やそれぞれが拾い上げた情報を共有する事でより多くの解釈や情報を集め、より正確な状況を把握する……というこのやり方は、リクが考え出したものだ。

 リクが眠っている今、星視術を扱えるのは僕とレネなので、僕がリクに代わってレネと連絡を取り合いながら情報を共有している。

 一応ブライも星視術は使えるけれど、基本的には村の守りに集中して貰っている。


《レスティ殿が頑張っていらっしゃるみたいですが、このままではいつ限界が来てもおかしくないですね……》


 レネが懸念している通り、レスティは古代魔術の結界をアルトン全体を覆うように展開し、維持している。

 古代魔術は竜や金目魔王種クラスの魔力量と魔術への適正、そして古代魔術そのものへの理解がないと扱えないから、維持するだけでも疲労が蓄積するし、魔力もごっそり持って行かれる。

 レグルスがアルトンに攻撃を加え始めて既に10日ほど経過しているけれど、休み無く結界を張り続けているレスティの魔力も蓄積されているであろう疲労も、いくら竜とは言え限界が近いだろう。

 魔力の維持には魔石を使うのが手っ取り早いし、実際レスティの魔力はアールグラントの物資転送施設経由でアルトンに送られている魔石を使っているからまだ保つだろうけど、問題は蓄積しているはずの疲労の方だ。


《既にレスティの疲労も相当なものだと思う。レスティ自身がどれだけ保つかが一番心配なところかな》

《そうですね……。私に何か出来たらいいのですが、正直今の状況では何の役にも立てそうにないので、歯がゆいです》


 レネの気持ちは恐らく、ギルテッド王国にいる“飛竜の翼”のメンバー全員の気持ちだろう。

 もしかしたらギルテッド王国にいる他の人族の冒険者たちも同じ思いを抱えているかも知れない。

 フィオが編成した魔王レグルスの討伐隊には、レネが口にした通りの理由で人族は組み込まれていない。

 魔王を含む魔王直属の配下が複数名いる場所に神位種でもない人族を連れて行くのはつまり、連れて行く人族の命を捨てに行かせるようなものだからだ。

 それくらいの力量差がある。

 そしてレネを含むギルテッド王国にいる人族の冒険者たちは皆、フィオのその気遣いに気付いている。

 だから状況を見守る事しか出来ない事を歯がゆく思いながらも、フィオの方針に従っているのだ。



 その後もしばらく様子を見ていたけれど、僕やレネも魔術による疲労や魔力切れ回避のために交替で休憩を入れた。

 僕には基本的に魔力切れや魔術行使による疲労はないんだけど、僕が休まないとレネに休みにくくなりそうだから敢えて休憩を取るようにしている。

 現在は僕が休憩を取る時間帯なので、リクの様子を見に行く事にした。



 リクの部屋に入るとサラがいて、居眠りをしていた。

 連日リクの様子を見ながらセタの面倒を見ていて、サラも疲れが溜まっているのかも知れない。

 近くに置かれていた薄手の毛布をサラにかけ、リクに変わった様子がない事を確認して、僕はそっと部屋を後にした。

 そのまま気分転換に本部の外に出る。

 伸びをしながらざっと村の様子に目を走らせると、村の中央広場では昨日国境線から戻ってきたばかりのハルトがセタの相手をしていた。

 結局ハルトたちがレグルスと戦う事はなく、レグルスが充分に北上したのを確認してから村に戻ってきたのだ。


 ハルトたちの向こうではマナと、マナに何やら話しかけているセンの姿も見える。

 ふたりの様子を見ていると、どうやら仕事の話をしているようだ。

 センはフォルニード村に来て以降、マナに積極的に迫ったりせず、マナが魔王になってからはひたすらマナのサポートに徹しているようだった。

 センはもうマナの事を何とも思っていないのかと思ってしまうくらい、自然体でマナの隣にいる。

 一方で今度はマナが、時折じっとセンを見つめている事がある。

 あの姿を見ていると、かつてのリクを思い出してしまうのは気のせいだろうか。


 リクも無意識にハルトの姿を目で追っていた時期があった。

 ハルトは忙しい人だから何日も姿を見ない事もあったし、執務室の外で見かける事自体が珍しいというような事も時々あった。

 けれど黒髪を持つ人がそれなりに多いあの城内で、ハルトが特別目立っていたわけでもなく。

 僕もリクが見ていなかったら、ハルトが通り過ぎた事に気付かなかったくらいだ。


 あの頃の事を思い出して、つい口許に笑みが浮かんでしまう。

 マナはセンが振り返ると僅かに視線をずらしてみたりと、端から見ると不自然な動きをしている。

 幸いセンからは気付かれていないようで、そのままいつもの調子で会話を進めていく様子が見える。

 そんなふたりを微笑ましく思いながら、僕は湖の方へと歩き出した。



 湖ではブライが元来の竜の姿で、日だまりの多い場所に伏せていた。

 その傍らではフレイラさんが、ブライと話をしながら剣を素振りしている。

 ふたりは僕の気配に気付くと、ほぼ同時にこちらを振り向いた。


「休憩か? 主よ」

「うん。休憩がてら、気分転換に散歩でもしようと思って」


 ブライの問いに答えると、ブライはちらりとフレイラさんの方へ視線を差し向けた。

 フレイラさんはタオル代わりの布で汗を拭いながら、ブライの視線にたじろいでいる。

 何だろう、この微妙な空気。


「……主よ。戦況がどうなっているか教えて貰えないだろうか」


 と、ブライは改めてこちらに向き直ってそんな事を問いかけてきた。

 戦況。

 アルトンの状況の事だろう。


「正直芳しくないと思う。現状としては今から僕らがアルトンに向かうより、今日明日にもギルテッド王国を出発するフィオの結成した討伐隊がアルトンに着く方が早そうだから、今は討伐隊に賭けるのが最善で最速なんじゃないかな」


 ブライに乗ってひとっ飛びすれば僕らの方が早く着きそうだけど、フォルニード同盟の盟主たるマナ、マナの守りのためのセンを残すと考えると、動けるのは僕とハルトとフレイラさん、そしてブライだろう。

 けれど正直なところ、個人的にはハルトにはリクやセタの近くにいて欲しいし、そうなると僕とフレイラさんとブライで向かう他ない。

 それの何が駄目って、僕が表立って戦えない事だ。

 そうなるとフレイラさんの守りとレグルスとの戦いの大半をブライ頼みにしなければならない。


 ただ、僕としてはブライが消耗するのは極力避けたい。

 ブライには契約を交わした際に、ある事をお願いをしている。

 リドフェル教の状況を鑑みつつその件の事を考えるとブライの力は温存しておきたいし、ブライを失うような事態は全力で回避したい。

 僕にとってブライは最大の切り札であり、僕がこの世界で成すべき事を達成するのに必要不可欠な相棒でもあるのだ。


 かと言ってアルトンを見捨てる事も出来ない。

 今回は幸いな事にフィオがレグルス討伐隊を率いてアルトンに向かってくれるようだし、それならばフィオに何とかして貰うのが、先々起こり得る事態を含めて考えれば現状では最善策だと思う。

 そう思ってフィオに任せるという結論を出したんだけど……。


「タツキくんは、アルトンを助けたくないの?」


 不意にフレイラさんから投げかけられた言葉に、僕は身を固くする。


 助けたくないわけじゃない。

 けれど、フレイラさんにブライの役割を話すのは避けたかった。

 話を聞けば絶対、その時が来たらついて来ようとするに決まってる。

 それは何としても阻止したい。


 黙っていると、フレイラさんはブライの方へ顔を向けた。

 視線を受けてブライもフレイラさんを見返す。


「どうしても話してくれないの?」

「駄目だな。主が話さないのであれば、我も話さぬ。だが、主がアルトンを見捨てたいわけではない事は理解して欲しい」

「……わかってるわよ、そんな事」


 問いに応じたブライの念を押すような言葉に顔をしかめながら、フレイラさんはこちらに向かって歩いてきた。

 そして僕の腕を掴み、「タツキくん、散歩に付き合うわ!」と言って、ぐいぐいと腕を引きながら先に歩き出す。

 半ば引きずられるようにしてフレイラさんの後に続くと、背後からくっくっと喉を鳴らすような抑えた笑い声が聞こえた。

 顔だけ振り向けるとブライがフレイラさんとはまた違った印象の金色の瞳を細めていたけれど、僕と目が合うと小さく頷いてみせる。

 その頷きの意味を察して、ちくりと心が痛んだ。



 僕がブライと契約した際にお願いした事……正しくは、了承させた事。

 それは、今後再び魔力暴走が起こりうる事態に陥った時、ブライが自らを犠牲にして暴走する可能性のある魔力をその身に取り込む事。

 そのような事態に陥った際に膨大な魔力をブライの身ひとつで抑え込めるようにするために、僕はブライの体を再構築した。

 ただ、もしブライにその役割を果たして貰う必要が発生した場合、ブライが命を落とす可能性は極めて高い。


 そして今、再び魔力暴走が起こる可能性が高まっている。

 リクがサギリから聞いた話によると、リドフェル教は魔王レグルスを手に入れたらもう魔力集めのために希少種を狩る事はないと言っていたそうだ。

 この言葉が示しているのは恐らく、必要としていた膨大な魔力が目的を達するのに充分なくらい集まっているという事だろう。


 つまりブライのあの頷きは、覚悟は出来ていると言う意思表示だ。

 ブライと契約した時はここまで情が湧くとは思っていなかったし、ブライがこんなにも忠実に従ってくれるなんて考えもしなかったから切り出せた話。

 それが実際必要になりつつある状況になって今更気が進まないだなんて、とてもじゃないけれど口に出来ない。


 だから僕はブライに小さく頷き返してから、フレイラさんに続いて湖を後にした。

 もしそうなった場合は生命を司る神・イフィリア=イフィラの眷属として手を尽くせるだけ尽くし、ブライの命は意地でも救い出そうと決意して。




 結局散歩と称してフォルニード村をぐるりと一周する間、フレイラさんは無言だった。

 ただ手を繋いで歩いていただけ。

 けれど休憩の時間が終わりに近付いたので本部の裏手まで来たところで部屋に戻る旨を伝えた時、フレイラさんは満足そうに微笑んでいた。

 何かいい事でもあったのかと思って聞いてみたら、「タツキくんと一緒にいられたから、嬉しかったのよ」とはっきり言われて反応に困った。

 自分でも顔が赤くなっているのがわかるくらい熱い。

 本当、フレイラさんはあまり感情を隠さない人だなと思う。

 それはフレイラさんのいいところでもあるけれど……真っ正面から言われるこっちの身にもなって欲しい。


 僕は周囲の気配を探って人がいない事を確認すると、そっとフレイラさんの小さな体を抱きしめた。

 フレイラさんから預けられてくる重みが心地いい。

 さっきブライに対して抱いた罪悪感が沈み込ませていた気持ちが、ふわりと軽くなったように感じた。

 そのままゆっくり離れると、フレイラさんは少し離れ難そうにしながらも離れてくれる。


「それじゃあ、また後で」

「えぇ。また後で」


 短く言葉を交わして、僕は本部の表側に回って建物内に足を踏み入れた。


 ほんの一瞬。

 正体不明の違和感を覚えた。

 言葉では説明出来ない、僅かな違和感。


 外を見遣れば、いまだにハルトはセタの相手をしている。

 何かに気付いて反応している様子はない。

 視線を巡らせてみれば、湖に向かう前とは違う場所でマナとセンが休憩しながら歓談していた。

 あのふたりも特に何かに気付いた様子はなかった。


 気のせいかな?

 そう思った時。


「兄さん」

「わぁっ!?」


 唐突に背後から声をかけられて、驚きのあまり跳ね上がりそうになった。

 声と僕への呼び方で誰だかはわかるけど、全く気配を感知出来なかった。


「む、ムツキ……気配を消して背後から急に話しかけないでよ」


 そう言いながら振り返ると案の定、背後にはフォルニード村で購入した衣服を纏ったムツキがいた。

 ムツキはリクが目覚めるまで待つと言って、長期的にフォルニード村に滞在している。

 時々サギリが様子を見に来るけれど、基本的にひとり。

 しかも日頃その姿を見かける事はなく、常に神出鬼没で村の中にいるのかどうかも把握できない有様だ。


 そのムツキは僕の言葉に眉尻を下げて「そう言われても」と困ったような表情を浮かべる。

 どうもムツキを含むリドフェル教の白神種たちは、長い年月を生きている間に常人離れした能力を身に付けてきたようだ。

 気配を消す事すらも呼吸をするのと同じくらい当たり前になってしまっている様子だ。


「それより、今何か変な気配がしなかった? ハルトさんとかは気付いてないみたいだけど」


 と、ムツキから切り出されて、先程の違和感が気のせいではなかった事を知る。

 僕がムツキに視線を向けると、こちらの様子から答えを察したムツキは「よかった、気のせいじゃなかったんだ」と呟く。


「この建物の中だと思うんだけど、本当に一瞬だったから特定出来なかったんだよね」

「この建物の中……?」


 首を傾げつつ階段を見遣るムツキにつられて、僕も階段に視線を向け……。

 僕とムツキは同時に目配せをするとすぐさま階段を駆け上がった。

 階段を上る途中で、再び先程と同じ違和感が通り過ぎる。

 階段を上りきる頃には違和感を断続的に感知し始めて、その根源がどこであるのかを確信する。

 僕とムツキはひとつの扉の前で顔を見合わせ、頷き合った。

 どうやら僕もムツキも同じ答えに辿り着いたようだ。


 コンコン、と目の前の扉をノックする。

 反応はない。

 困った顔でこちらを見てくるムツキに、僕は大丈夫だと言葉の代わりに笑顔を向け、そっと扉を押し開いた。


 開いた先。

 先ず最初に視界に入ったのは、椅子に座って熟睡しているサラの姿。

 その奥へと視線を向ける。


「リク……」

「姉さん」


 僕とムツキが同時に声をかけた。

 すると、ベッドの上でぼんやり天井を見上げていたリクが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


 僕が感知した違和感の正体。ムツキが感知した気配の正体。

 それは、目覚めかけていたリクが発していたものだった。

 眠りにつく前のリクとは異質な気配が、今のリクを取り巻いている。

 まるで巨大な力の渦が、リクの目覚めと共に顕現したかのように感じる。


 僕とムツキがその異様さに圧倒されて立ち尽くしていると、リクの目覚めと共に現れた気配に、さすがに外にいた面々も気付いたようだ。

 階下からバタバタと駆け込んでくる足音が近付いてくる。

 僕はムツキと共に室内に入ると、間もなく部屋に駆け込んで来るであろう人物に道を譲った。


「リク!?」


 最初に駆け込んで来たのは、一番近くにいたハルトだ。

 セタを抱えて、悪い想像でもしていたのか顔面蒼白になりながら駆け込んでくる。

 ぼんやりしていたリクの表情が、少し動いた。

 まだ寝ぼけているような様子だけど、しっかりと自分の家族の顔を認識しているようだ。


 そしてハルトに続いてマナとセン、少し遅れてフレイラさんも駆け込んで来た。

 後から来た三人は室内にいる面々を見て、部屋の入り口で立ち止まる。


「リク、目覚めたの?」


 他のふたりを代表するかのように、若干息を切らせながらマナが問いかけてきた。

 僕が頷くと、ぱぁっとその表情が明るくなる。


「よかったぁ……」


 脱力して座り込むセン。

 その後ろで嬉しそうに、しかしどこか羨ましそうにリクたち家族を見守っているフレイラさん。

 周りの騒ぎで目を覚ましたサラも、目覚めたリクを見て驚いた表情を浮かべた後に目に涙を溜めて嬉しそうに微笑んだ。


 そんな面々が見守る中、リクはゆっくり身を起こす。

 まだぼんやりしながらも、ベッドから下りるとセタを抱えているハルトに抱きついた。

 全員が安堵の息を吐いて、その光景を微笑ましく見ていた。


 けれど。


「魔王レグルスが、城塞都市アルトンに危害を加えているんだよね?」


 目覚めて最初の第一声。

 リクのその言葉に全員が固まった。

 今目覚めたばかりのリクが、どうしてそれを知っているのか。

 誰も返事もできない内にリクはハルトから離れると、部屋に集まったひとりひとりにゆっくりと視線を向けて行った。

 まるで自分の問いの答えが僕たちの顔に書いてあって、それを確認するかのように。

 そうして確信を得たようにひとつ頷くと、まっすぐハルトとセタに視線を向けた。


「ごめんね、ハルト。セタ。私、ちょっと行ってくる」


 どこに、と思った。

 ハルトとセタ以外の全員がそう思った事だろう。

 けれどハルトは仕方が無さそうに微笑んで、セタはよくわかっていなそうな様子でリクに手を振った。


「気をつけて」

「おかーさ、いってらっさい」


 僕はこのふたりの言葉でようやくリクがどこに行こうとしているのかを察する。

 恐らく他のみんなも同様だろう。

 まさかと言わんばかりの表情を浮かべ、リクに視線を向けている。

 そんな視線を受けながらもリクはにこりと微笑むと、


「みんなも心配かけてごめんね! 多分すぐ戻ってくるから!」


 そう告げて、窓を開け放った。

 慌てて僕とムツキが後を追う。


「タツキ、ムツキ。リクを頼む」


 背後からかけられたハルトの声に振り返る。

 自分はきっと追えないから。

 そんな、言外に込められた言葉が聞こえた気がした。

 なので僕は「任せて!」と、ハルトの頼みを迷わず請け合った。



 窓から飛び出したリクは既に、自らが編み出した転移魔術を発動させていた。

 あっという間に展開された魔法陣が凝縮されて、リクの姿が消える。

 後を追って窓から出たムツキも、独自の転移魔術を持っているようだ。

 僕は僕で何とかしようと考えているとムツキがこちらに手を伸ばしてきた。

 反射的にその手を取ると、一瞬にして視界が切り替わる。


 瞬きほどの刹那の暗闇。

 その後に眼前に広がったのは、魔王レグルス率いるギニラック軍に囲まれている、城塞都市アルトンの姿だった。

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