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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
123/144

106. オルテナ帝国の滅亡と迫り来る危機

* * * * * タツキ * * * * *


 ついにオルテナ帝国の首都ルデストンが、レグルス率いるギニラック帝国軍に制圧された。


 オルテナ帝国が“研究所”で作り上げたものと思われる異形たちは、魔王からすれば敵ですらなかったようだ。

 異形に最後の望みを託していたオルテナ帝国は異形が全滅すると同時に首都が陥落し、皇帝やその家族、そして仕えていた家臣は城ごと炎に呑まれたらしい。


 一方、敗北色が濃厚になった時点で騎士国ランスロイドは撤退。

 すぐさま敗北宣言をして交渉を申し入れるも、ギニラック帝国側は聞き入れず。

 レグルス率いるギニラック帝国軍は、ルデストンからランスロイドに向けて南下を始めたそうだ。




 この知らせを受けた際、フレイラさんは酷くショックを受けた様子だった。

 それは当然の事なのかも知れない。

 例え本人にその気がなかったと言えども、婚約者であったマイス皇太子も亡くなったのだから。

 それに、ギニラック帝国は首都のみならずオルテナ帝国内の街や村をも蹂躙していっている。唯一無傷なのは、水竜のレスティが守護についている城塞都市アルトンだけだろう。

 縁が薄いとは言え親兄弟がいるはずの国が滅亡に追いやられたと聞いて、平常心ではいられないだろう。


 明らかに落ち込んでいる様子のフレイラさんの事は気になるけれど、僕には何と声をかけたらいいのかわからなかった。

 あれこれかけるべき言葉を探してみたものの、結論が出ず……。

 結局何ひとつ言葉をかけられないまま、そっと見守る事しか出来なかった。



 僕はブライにフレイラさんについているように伝えて、リクの眠っている部屋に向かった。

 リクがゴルムアを取り込んでから1ヶ月が経過しようとしているけれど、いまだに目覚める気配はない。

 人族領の戦況が思わしくない現状、ランスロイドの次はアールグラントにまでレグルスが攻め入る危険がある。そんな中で、リクが眠ったままというのは心許ない。


 正直なところ、現状この村に滞在している神位種と魔王種の中で最も強いのはリクだろう。

 近隣にレグルスという脅威が迫っている状況の中で、アールグラントを守るにしても、フォルニード同盟を守るにしても、リクが戦えるか否かが大きく影響するのは確かだ。

 間違いなく、払うべき犠牲の量や範囲が大幅に変わる。


 今やリクはゴルムアを取り込んだ事で神位種の力と特性を得、更にゴルムアが……正確にはソムグリフが保持していたのであろう膨大な魔力をもその身に取り込んでいる。

 その結果、他の魔王や神位種とは比較にならないほどの力を得ているはずだ。

 僕の見立てだと魂にも若干の変質が見られた。

 その変質した部分こそが、魔王種が神位種に勝てない、同時に神位種が魔王種に勝てる肝となる部分なのだ。

 リクがゴルムアを取り込んだ当初、反発しあっていた部分でもある。

 反発しあううちに変質して、融合した。

 うまく説明できないけれど、そんな印象だ。


 つまり、簡単に言ってしまえば。

 リクは魂が変質した事で、本来であれば神位種には勝てない運命にある魔王種でありながらその負の特性から解放され、同時に魔王種に勝てる特性をも手に入れたのだ。


 まぁそれも100パーセントの話ではないけれど。

 実際魔王に負けた神位種も存在するし、神位種が勝つか魔王種が勝つかに関しては、多少運も関わってくるように思える。

 だから一概には言えないけれど……それでも、リクがこの世界に於いて無視できないほどの力を得た事だけは間違いないのだ。




 リクのいる部屋に辿り着くなり扉をノックすると、すぐに内側から扉が開かれた。

 姿を現したのは、眠っているセタを抱えたサラだった。

 ハルトは午前中、マナやセンと共に本部の会議室に籠ってラーウルさんを交えながら話し合いをしたり、村の様子を見て復興計画の見直しや工程管理をしていて不在だ。

 午後は頻繁にリクの様子を見に来ながらも、借り受けている隣室で書類仕事をしている。

 その間、基本的にはサラがセタの面倒を見ながらリクの部屋で待機しているのだ。


「寝たばかり?」


 聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で問いかけると、サラはこくりと頷いて部屋を出た。

 ハルトとは反対側の隣室がサラの部屋になっていて、セタを自室の方で寝かせるつもりのようだ。

 僕はサラと入れ替わるようにリクの部屋に入り、ベッド横の椅子に腰掛けた。

 それからじっとリクの顔を見る。


 顔色は悪くない。むしろ血色がいいくらいだ。

 魂の状態も変質が完了するまでは不安定だったけれど、今はもうすっかり安定している。

 ゴルムアから獲得した力も、既にリクの魂に馴染んでいる。

 いつ目覚めてもおかしくない状態に思える。

 なのに、いまだに目覚めない。


「何か夢でも見てるのかな?」


 ぽつりと呟くと、不意にリクがゴルムアを取り込む前に、ルウが口にしていた言葉が思い出された。


『吸収能力者は吸収した者の特性と記憶を引き継ぐんだろ? そんなにゴルムアの事が知りたいなら、こいつから直接教えて貰えばいい』


 そう言えばリクは、吸収した相手の記憶が見れるって言ってたっけ。

 今まで吸収した相手は火竜や魔物たち、魔王ゾイ=エン、ゾイと同郷のゾル。そしてゴルムアだ。

 普通に考えれば、複数人の記憶をひとり分の脳内で保持するなんて不可能だろう。

 リクは一体どうやってその記憶を保持し、必要に応じて引き出しているのだろうか。

 もしかしたらその特殊な記憶保持能力も、リクの紫目の魔王種としての能力なのかも知れないな……。






「ランスロイドからアールグラントに救援要請が来たらしい」


 ハルトが眉間に皺を寄せながらそう告げたのは、オルテナ帝国が壊滅してから半月後の事だった。

 恐らくランスロイドはレグルスに降伏を受け入れて貰えず、更にレグルスが本気でランスロイドをオルテナ帝国同様に壊滅させるつもりである事を察したのだろう。

 大慌てで念話術師を経由して救援を求めてきたらしい。


 嫌な流れだ。

 救援要請そのものは断る事が出来る。

 元々アールグラント王国は今回の戦争には手を出さないどころか、ゴルムアがフォルニード村を襲った時点でオルテナ帝国とは国交そのものを断絶したような形になっていた。

 当然、オルテナ帝国と手を組んでいたランスロイドに対しても国境を閉鎖するなどして関わりを絶っている。

 ここでランスロイドを見捨てても、アールグラント以南の国々から非難される事はないだろう。

 アールグラント王国としてはこのまま見捨ててしまうのが正解だし、それで何の問題もないのだ。

 ……本来ならば。


 問題は、ハルトにある。



 ハルトが今世で最も尊敬している人は誰かと問われたら、恐らく「勇者ジル」と答えるだろう。

 僕は会った事がないからよくはわからないけれどジルはランスロイドに派遣されていた神位種で、ランスロイドの王家からは結構不当な扱いを受けていたそうだ。

 それでも戦う力を持たない民衆のために魔王ゼイン=ゼルを倒すべく、ひとりで奮闘していたらしい。

 その道中で、勇者になるのを嫌ってアールグラントから脱走した後、窮地に陥っていたハルトを助けたのだとか。


 以来、ハルトの人生の目標は「勇者ジルのような人間になる」事。

 かつてリクに「困っている人を見捨てず、迷わず手を差し伸べられる人間になりたい」と言っていたそうだ。



 そんなハルトだからこそ、今回の戦争は他の人々以上に精神的にきついものとなっている。

 城塞都市アルトンは早々に今回の戦争に反対である意志を示し、助けを求めてくれたから手を差しのべる事が出来た。

 けれど、オルテナ帝国の他の街や村に暮らす人々はどうにも出来なかった。

 仮に彼らが助けを求めてきたところで手の施しようがなかった事など、誰もが嫌でも理解している。


 けれどハルトは同じように理解してはいても、見捨ててしまった罪悪感のようなものを抱えてしまっているのだろう。

 救われたいと願う全ての人を救い出すなんて、それこそ神様にも出来ない事なのに。

 全てに目が行き届かず助ける事ができなかったからこそ、イフィラ神が後悔の念に苛まれながらも僕らをこの世界に転生させたのだという事を、僕はハルトに話したはずなんだけどな……。


 ……いや、ハルトはそれくらい理解してるか。

 理解していても、処理しきれない感情があるのだろう。

 リクがちらっと前世のハルトの性格について話してくれた事があったけど、なるほどね。

 正義感が強すぎるのも、考えものだな。

 まぁ多分その点に関しても、ハルト自身気付いているんだろうけど。

 だからこそ、オルテナ帝国に関しては何とか耐えたのだ。

 幸いオルテナ帝国はアールグラントに助けを求めてこなかったから。


 けれどランスロイドは違う。ランスロイドは助けを求めてきた。

 ここが厄介なのだ。

 最初こそ勇者ジルを目指していたのであろうハルトも今や元来の正義感も相俟って、状況や立場を鑑みて時には人を見捨てる必要がある事に苦痛を覚えるような性格が出来上がってしまっている。

 助けを求められているのに見捨てる事は、そう簡単には出来ないだろう。


 本来であれば、やがて国王になる立場にいたハルト。

 王太子という立場を弟に譲った今でも国王や王太子の補佐をしているけれど、こういうところは為政者には向かない性格だなと思う。

 それを承知の上で王族の末席に慰留したのは他でもない、アールグラント国王……ハルトの父王と、王太子となったノイス王太子殿下らしいけど。

 もしかしたら陛下や王太子殿下は、アールグラントの良心としてハルトを留めておきたかったのかも知れないな……。



 そんな事を僕が考えているとは露知らず。

 ハルトは眠っているリクの手を握って考え込んでいた。

 表情こそ冷静さを装っているけれど、強く引き結ばれた口許から心の葛藤が見え隠れしているように感じる。

 けれどここでもやはり、僕にはハルトにかけるべき言葉が見つからなかった。

 居たたまれず、そっとリクの部屋から出る。

 そのまま廊下を進み、階段を下りたところで立ち止まった。

 階段を下り切った先に、フレイラさんが佇んでいたからだ。


 俯いていたフレイラさんがこちらの気配に気付いて、はっとしたように顔を上げた。

 その目は赤く、涙で潤んでいる。

 日頃のフレイラさんからは想像もつかないほど、その姿が頼りなく見えた。


 僕はどうしたらいいのかわからず、その場で固まってしまった。

 えぇと、えぇと、ここは慰めるべき?

 でもわかったような事を言って余計に傷つけてしまったりはしないだろうか。

 ならせめて、泣いた理由を聞いてみる?

 恐らくオルテナ帝国の壊滅に伴って亡くなったと思われる今世の家族の事を想っていたのだとは思うけど、でももしフレイラさんが理由を話したくないと考えていたら、聞かれるのも苦痛だったりするんじゃないだろうか。


 ……何が正解かがわからない。

 けれど放って置く気にもなれず、どうしたらいいのか必死に考える。

 考えて考えて、けれど答えの欠片も掴めなくて困り果てていると、フレイラさんがぐっと眉尻をつり上げて口をへの字に曲げて怒ったような表情になった。かと思ったら、体当たりするような勢いで僕の懐に飛び込んできた。

 そのままフレイラさんは、一瞬にしてパニックに陥った僕の事などお構いなしに僕の胸に頭をぐりぐりと押し付けると、「慰めてよ……!」と涙声で要求してきた。


「へっ!? わっ、わかった……けど、えぇと……僕はどうしたらいいの?」


 正式にイフィラ神の眷属になるまでは同じくらいの目線だったフレイラさんも、今では頭ひとつ分以上小さい。

 僕がフレイラさんを見下ろして問いかけると、僕の胸に頭を押し付けていたフレイラさんがこちらを見上げてきた。

 金色の虹彩が真っ直ぐ僕に向けられる。

 その瞳を見返していると強烈に惹き付けられて、吸い込まれそうな気分に陥った。


「……ってして」

「え?」


 フレイラさんの瞳に囚われている間に、フレイラさんが何かを言った。

 聞き返すと不機嫌そうに口を尖らせて、そのまま僕の胸に頭突きしてくる。

 地味に痛い。


「ぎゅってして! あと、私がいいって言うまで、傍にいて……!」


 今度はこちらを見ずに再び頭をぐりぐりと僕の胸に押し付けながら、けれどさっきよりも明瞭な声で要求を口にしてきた。

 思ってもみなかった言葉を向けられて、言葉の意味を理解するのが一瞬遅れる。

 けれどその言葉の意味を理解した瞬間、僕の心臓がおかしくなった。

 否応無しに心拍数が上がる。

 あまりの鼓動の早さにそのまま心臓が破裂するかと思った。


 自分の気持ちは自覚していたけれど、フレイラさんにどう思われているかまでは考えた事がなかった。

 何故なら僕はイフィラ神の眷属であって正確にはもうこの世界の住人ではなく、魔力暴走事故の原因を調べ終えてしまえばいつまでこの世界に留まっていられるのかもわからないからだ。

 だからこの世界にいられる間は親しい人たちと、そして僕の中で特別な存在になったフレイラさんを見守ろうと決めて、一歩引いた場所からそれ以上近付かないように気をつけてきた。

 ルウがフレイラさんに対して真剣に向き合っているのを見て羨ましさを覚えながらも、一方でルウであればフレイラさんをきっと守ってくれるから安心だなんて考えていて……。



 いいのだろうか。

 僕も、望んでいいのだろうか。


 宙を彷徨っていた手で、恐る恐るフレイラさんの背中に触れる。

 するとフレイラさんは更に力を込めて抱きついてきた。

 涙がこみ上げてくる。

 僕も誰かに寄り添って歩んでいいのだと、他でもない、誰よりも一緒に歩みたいと思う相手から肯定されたように感じて、知らず知らずのうちにフレイラさんを強く抱きしめていた。


 フレイラさんが小さく言葉を零す。

 今度は聞き逃さなかった。

 僕は溢れる涙をそのままにして、フレイラさんにだけ聞こえるように「僕も」と囁いた。






 翌日リクの部屋に顔を出すと、先にリクの部屋を訪れていたハルトがすっきりした表情で、けれど少しだけ苦い笑みを浮かべながら「気を遣わせて悪かったな。」と言ってきた。

 何の事かと思ったらどうやら昨日、苦悩しているハルトにかける言葉が見つからなくてリクの部屋から出て行った時の事を言っているようだった。

 あれは気を遣ったのではなくて、何て言葉をかけたらいいのかわからなかったからだと正直に話したら、ハルトは小さく吹き出して笑った。


「タツキでもどうしたらいいかわからなくなって困る事があるんだなぁ」

「そりゃあるよ。僕はみんなより人生経験が少ないし、状況を打破する方法が思い付かなかったらお手上げだし」

「だよな。でも申し訳ない事に、俺は今までタツキなら難なく何にでも、どんな状況にでも対処出来ると思ってたし、タツキがいれば何があっても大丈夫だって勝手に思って頼ってた。重荷だったよな。ごめん」


 急にハルトに頭を下げられて、吃驚する。

 そんな風に謝られるような事じゃないと思いながらも、真剣な表情で顔を上げたハルトを見て言葉を飲みんだ。

 それから少し考えて、小さく微笑む。


 そうか、僕はハルトに頼られてたのか。

 何だかちょっと嬉しいな。


「そんな風に思ってくれてたなんて気付いてなかったから、重荷ではなかったよ。僕もごめんね。今までハルトの事、かなり頼ってたと思う。特にリクに関しては、ハルトさえいれば大丈夫だろうと思って、守護精霊の役目を放棄してた」


 僕もハルトに倣い、頭を下げて謝罪する。

 そして顔を上げるとハルトはきょとんとした表情で目をぱちくりさせていた。

 身に覚えがない、と言わんばかりの表情だ。

 しかしやがて自分が僕に抱いていたものと僕がハルトに抱いていたものが同じものであった事に気付いたようで、苦笑を浮かべる。


 僕もハルトも表には出していなかったけれど、互いにどこかで頼り合っていた。

 つまり、お互い様だったと言う事だ。


「ところでハルト。考えはまとまったの?」


 これ以上は語らずともいいだろう。

 そう判断して、ハルトに決断の結果を問いかけた。

 するとハルトは表情を引き締め、力強く頷く。


「昨日の夜、マナとラーウル殿を交えてアールグラント城側と念話で話し合いをしたんだ。結論としては、アールグラント王国の国民やフォルニード同盟を守るためにもランスロイドは見捨てる事になった。けれど、関所から逃げ込んで来た人たちはアールグラントとフォルニード同盟で保護する。そのために俺は今からマナとセンと共に、ランスロイドと魔族領の間にある関所に向かう」


 なるほど。

 その方針ならば、自らの意志に関係なく国の判断で戦に巻き込まれたランスロイド国民をひとりも救えないという状況は回避出来る。更にハルトやマナやセンが国境まで出張る事で、国境まで逃げてきた人々を追っ手から救い出す事も可能だ。

 結果的に、救われたい人たちに最大限の救いの手を差しのべる事が出来る。

 ハルトの表情は何も出来ないと思い詰めていた昨日の様子から一変して、自らに出来る事、すべき事に対してのやる気に満ちている。


「俺やマナやセンが不在の間、リクやセタ、サラ、それとフォルニード同盟の守りはタツキに任せて大丈夫か?」

「うん、いいよ。まぁ僕は裏方でしか動けないからブライに前面に出て貰う事になるけど、きっとブライも快く引き受けてくれるよ」


 何せブライはフォルニード村を相当気に入っているようだし。

 特に村の北東にある湖畔がお気に入りのようで、姿が見えないと思うと大体湖周辺にいるのだ。

 その事はフォルニード村に滞在するようになって日の浅いハルトも気付いているようで、「それは心強いな」と微笑んでいた。






 ハルトとマナとセンを送り出すと、マナがこなしていたフォルニード同盟の仕事が必然的にラーウルさんの手元に回された。

 それをフォルニード村の村民の中から選ばれた頭脳派の村民や他の集落の代表者、もしくは代表者代理が補佐している。

 なんやかんやでフォルニード同盟もうまく回り始めているように思える。

 ……というか、フォルニード同盟はただの同盟ではなく、いつの間にか国の様相を呈してきているように感じる。


 そんな様子を、セタの相手をしているサラやフレイラさんの傍らで観察していると、ととと、とセタが駆け寄ってきた。

 僕の目の前で立ち止まり、後ろ手に何かを隠しながらじっと琥珀色の瞳を向けてくる。

 僕が小首を傾げてセタの目を見返すと、


「たつきおじさま、あげる!」


 そう言って後ろ手に隠していた草花の束を、ぐいっと差し出された。

 えっ!? 今っ、何て言った……!?


「お、おじさま!?」


 吃驚しながら受け取ると、セタはにこぉと笑って「さらおばさま、わたした!」と叫びながらサラの方へと走って行く。

 えぇっ、ちょっとセタ、いつの間にあんなに喋るようになったの!?

 というか僕、今世ではリクと血の繋がりないんだけど、おじさまって呼ばれちゃっていいの!?


 目を丸くして呆然としていると、くすくすと笑いながらフレイラさんがこちらにやってきた。


「子供ってあっという間に成長しちゃうのよね。セタは特に成長が早いみたい」


 隣に立ったフレイラさんを見遣れば、慈愛に満ちた眼差しでセタを見ている。

 その表情はどこか、セタを見ている時のリクと似ていた。

 何となくそうかなとは思っていたけれど、やっぱりそうなのかな。

 でも聞いてもいいものなんだろうか。

 少し迷っていると、僕の視線に気付いたのだろう。フレイラさんがこちらを見上げて微笑んだ。


「前世でね、私には子供がいたの。女の子で、美しい雨って書いて美雨(みう)っていう名前。あの時、まだ3歳だったわ」


 まるで僕の考えを見透かしたかのように語り出すフレイラさん。

 やはりフレイラさんには前世の時に子供がいたのだと知って、予想通りだったと思うのと同時に少しだけ衝撃を受ける。

 いや、まぁ、でもそうか。

 前世で理玖(りく)は結婚してなかったけど、結婚して子供がいてもおかしくない年齢だったもんね。


「結婚しないで産んだから所謂シングルマザーだったんだけど、とても幸せだったわ。だからこちらの世界で前世の記憶を取り戻した時、凄く絶望した。あの子はどうなってしまったんだろうって。もう二度と美雨に会えないって思ったら、全てがどうでも良くなっちゃって。……けどね」


 フレイラさんの視線がセタに向く。つられて僕もセタを見た。

 セタはとても楽しそうに草花を摘み、リクの部屋に飾るための花束を作っている。


「今世でハルトとリクさんに出会って、考え方を変えたの。あと、タツキくんから聞いたリクさんの幼少時の話にもかなり影響を受けたかも。前世の記憶に引っ張られ続けていたら、この世界では生きていけないって気付く事が出来た。確かに私には前世の記憶があるけれど、今世の私はもう五十嵐(いがらし) 灯子(とうこ)ではなくて、前世の記憶を持っているだけのフレイラ=ソーヴィスなんだって考えられるようになったの。こんなに鮮明に前世の記憶があったらどうしても色々と今の自分と前の自分を混同しちゃうけど、灯子も美雨も、もう死んだ人間なのよ」


 強烈な言葉だった。

 思わずフレイラさんを見下ろすと、そこには決意に満ちた表情があった。

 まるで過去の……前世の自分と決別するかのような表情だった。


「前世の記憶を忘れたりはしない。けれど私は私で、フレイラとしてしっかりと生きていかなきゃ。じゃないと灯子にも美雨にも顔向けが出来ないわ」


 改めて僕を見上げてきたフレイラさんは、いつの間にか晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 猫のような瞳を細めて愛しそうに見つめられると、どうにも落ち着かなくなる。


「だから約束は守ってね、タツキくん。私結構執念深いから、約束した事は絶対に忘れないわよ」

「うん。それは大丈夫。約束は守るよ」


 約束した事に関して疑われるのは心外だ。

 なのでしっかり断言しておく。

 それから少しだけ、イフィラ神をどう説得したものかと考えた。

 寂しがりやの癖に自分の事をそっちのけにしてしまう僕の(あるじ)

 フレイラさんとの約束を守る以上に、イフィラ神をうまく説得する方が骨だなと、内心でため息を吐いた。






 オルテナ帝国が壊滅したひと月後。

 逃げ腰だった騎士国ランスロイドはあっさりと魔王レグルス=ギニラックの手によって滅ぼされた。


 幸い国民のうち何割かはアールグラント王国、もしくは魔族領南部のフォルニード同盟へと亡命に成功し、生き延びた。

 アールグラント王国とフォルニード同盟が、命からがら逃げてきた彼らを快く受け入れ、保護したからだ。



 しかしランスロイドが壊滅したこの時、またひとつ問題が発生していた。

 それは正に僕らが懸念していた通りの事。


 つまり。


 魔王レグルス=ギニラックがランスロイドを壊滅させたその足で南下を続け、アールグラント王国にまで攻め入ろうとしていたのだ。

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