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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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11.【ハルト】九歳 準備

 天歴2513年。

 俺はもうすぐ十歳になる。



 この二年、俺は情報収集をしつつ今まで以上に武術や魔術の訓練に真剣に取り組み、こっそり旅支度も進めていた。

 と言うのも情報収集と周辺の動きを観察した結果、昨年の内に自分が神位種であることが確定してしまったからだ。




 ◆ ◇ ◆


 俺が情報屋と初めて接触したのは八歳も半ばの頃。まず最初に情報を仕入れようと思ったのは自然な流れだった。


 俺が知りたい情報は本当に自分が神位種なのかということと、万が一神位種だった場合に備えて外の世界で生きていくために必要な知識を得ること。

 特に前者についてはできるだけ早く事実確認を済ませておきたかった。


 当初この世界に情報屋がいるとは知らなかったから、最初に向かったのは城内の図書館だった。そこで神位種……勇者について調べていたら、冒険者の手記に辿り着いた。

 その手記に書かれていたのだ。情報屋の存在が。


 それを見つけるなり手記の中から情報屋に関する記述を片っ端からピックアップしていった。その結果、アールグラント王国の首都であるこのアールレインにも情報屋がいることを突き止めた。


 続いて、手記が書かれたのはいつなのかを確認した。表紙に天歴2510年とあった。割と最近だ。だったらまだその情報屋が城下街にいるかもしれない。


 そう判断するなり手持ちから地味な服を探した。城下街に行くには普段着ている服装では目立ちすぎる。

 そうしてクローゼットを漁ってみたところ、訓練用の服が一番地味だった。これなら城下街に出ても目立たないだろう。


 次に、人目を避けて城外に出られる抜け道がないか城内を探索してみた。

 この抜け道は思いのほか簡単に見つかった。人目につかない城壁沿いを歩いていたら、庭木に隠れた小さな扉を発見したのだ。


 しかしこの扉には仕掛けがあって、何とか仕掛けを読み解いて解錠するまでに半月を要した。

 ほかに抜け道らしきものは見つからなかったし、扉の向こうはちゃんと城外だったし、用途不明とは言えこの扉を見つけられて本当によかった。



 こうして城の外へ出る手段を見つけた俺は一旦城に戻り、休息日を待った。十日に一度だけど自由に過ごしていい日が用意されていることに感謝しながら。



 そして迎えた休息日。

 俺は訓練服に身を包み、人に見つからないように黒いマントで体を隠しながら城壁に向かった。


 運良く情報屋と接触できた場合を想定して、現金を持っていない俺は罪悪感に苛まれながらも自分のために用意された装飾品に手を出した。

 足がつきそうなものは選ばないように、うっかり失くしても問題にならなそうな小物で、且つあまり細工が凝っていないものを選んできたつもりだけど……。


 審美眼もなければ鑑定眼も持っていない俺がぱっと見で判断しただけだから、正しい対価になるのかはよくわからない。

 けれど悩んでいる暇はない。何せ自由に動ける時間は限られているのだから。


 とりあえず必要そうな準備を整えて城外に出ると、俺は足早に酒場街へと向かった。城下街の地図は城内の図書館で確認してきたので迷わず進む。


 手記によれば情報屋は酒場の片隅で、黒い帽子を被って青い羽ペンで書きものをしている男だと記されていた。

 どの酒場かはわからないけど店内で黒い帽子を被っているだけでも目立つだろうから、しらみつぶしに探せばそのうち会えるだろう。



 そうして休息日の度に城下に通い続けてひと月。俺は無事、情報屋と接触した。

 情報屋と思しき男は手記にあったように黒い帽子を被って青い羽ペンで書きものをしていたから、彼で間違いないだろう。

 風貌はひょろっとした長身で、灰色のぼさぼさの髪が帽子から肩にかけて垂れている。


 俺は迷わず情報屋の傍まで歩み寄った。近づいてみると、その容貌が明らかになる。

 情報屋は面長で無精髭を生やし、榛色の目をしていた。年齢は判然としない。二十代後半と言われればそんな気もするし、四十代前半と言われればそんな気もする。


 俺はこちらを面白そうに眺めている情報屋に、早速欲しい情報の内容を伝えた。

 神位種の神託が近々降りるか知っていたら教えて欲しい、知らないなら調べて欲しい、と。


 対価はルビーのついたカフスボタン。

 この世界でもルビーは高価なはずだ。そう判断して、最初から情報の重要性を知っている客だと信頼して貰うために大盤振る舞いのつもりで出した。


 それを見た情報屋は一瞬目を丸くして、次に苦笑しながら軽く口笛を吹くと、一言。


「坊ちゃん、ものの価値が分からないと損するぜ」


 親切にも忠告してくれた上で話が込み入ったものだからだろうか、酒場の主人に断って調理場の奥へと入っていく。

 情報屋に促されてついていくと調理場の奥には扉付きの小さな部屋があり、その部屋に通された。


 どうやら普段から情報屋が重要な案件でやり取りする時はこういう部屋を使うらしい。

 情報屋を使うならこれくらい知っておくといいと、情報屋本人が教えてくれた。


 何だかこの人、やたら親切だな。嫌みがないから不審に思うまではいかないけど、一体どんな思惑があるのかと勘ぐってしまいそうになる。



 小部屋に移動すると、早速情報屋はこちらの依頼について話し始めた。

 どうやら現時点で神位種の神託が降りるという情報は持っていないらしい。なのでこれから調べると約束してくれた。


 さらに対価として渡したルビーのカフスボタンが高価すぎると言って、神位種について一般的にはあまり知られていない情報を教えてくれた。


 その話によると、どうやら神位種には“覚醒”というものが存在するらしい。そしてその“覚醒”は十歳になって一年以内に起こるそうだ。

 それまでは同年代よりもちょっと強いくらいの力しかないけど、“覚醒”を経ると一挙に能力が開花するのだとか。


 同年代よりちょっと強い……。

 判断基準が曖昧だけど、同世代と一線を画すくらいの強さを手にしつつある自分の異質さが正にそれにあてはまると思った。



 情報屋は超過した報酬分として、もうひとつ情報を提供してくれた。

 神位種……勇者と神殿の関係性についてだ。


 これまで勇者として神託を受けた人々は、十歳の誕生日を迎えて間もなく神託を受け、神殿でニ年程暮らして勇者としての力を磨きつつ、勇者としての立ち居振る舞いとやらを教え込まれるらしい。

 そうして世に出てきた勇者たちは、神殿に移る前とは別人のように強くなっているという。


 つまり、神殿は神託を受けた勇者を覚醒する期間を含めて二年間預かり、覚醒後の勇者を世に送り出すことで「神殿での特別な儀式を受けて真の勇者が誕生する」というシナリオを世間に浸透させ、その権威を維持しているのだ。


 実にせこい。せこいが、神殿が何らかの方法で覚醒前の神位種の存在を感知しているのは間違いないようだ。その方法は不明らしいけど、この大陸にいる限りほぼ確実に感知されるとのこと。

 そして神託が降りたと言って神位種を引き取り、覚醒後に世に送り出す。それが神殿のやり口なのだという。


 そう考えると神殿がちょっと不気味な存在に思えるな……。




 情報を集めている傍らで、状況も動いていた。


 一年ほど前……俺が九歳になった頃から、頻繁に神殿から神官が派遣されてくるようになった。

 彼らは王都内の教会に派遣されてくるのではなく、俺と会うために王城に派遣されてくるのだ。


 一通り俺に面接染みた質問をして、俺の武術や魔術の訓練の様子を視察し、何やら父王と話をしては神殿に帰って行く。

 それが二ヶ月に一度。


 ちょうどこの頃に情報屋も近々神位種の神託が降りる人間がいることを調べ上げてきて、「次に神位種の神託を受けるのはこの国の王太子、ハルト様らしい」と教えてくれた。

 どうやら神殿ではすでに俺が神位種であるという神託が降りているそうだ。


 そんな情報まで調べ上げてくる彼に若干戦きつつ、対価を払ってあるものを揃えて貰った。

 ついに自分が神位種であると確定してしまったから、本格的に出奔する準備を始めたのだ。



 そうして情報屋に揃えて貰ったもの。それは一般的な冒険者の装備品だ。

 まだまだ成長期だけど、一旦その時点の俺に合うように一式揃えて貰った。そして訓練などが早く終わって時間が多めに取れる日はその都度揃えてもらった装備を身につけ、城下町に下りるようになった。




 情報屋が気を利かせて用意してくれた地味な茶色のマントを羽織ってフードを被る。

 服装が城下街に馴染んでいることを確認すると、まず最初に王都内の散策……をしながらの、貨幣価値と物価の調査をした。


 この世界の通貨は大陸毎に異なる。つまりこの大陸内であればこの国で使われている通貨が通用する。

 どうやらこの大陸では金属が豊富に取れるため、金貨、銀貨、銅貨が使われているようだ。


 貨幣価値については食料品であれば前世日本と変わらない価値感であると想定して、食料品の価格を基に日本の価格に換算してみた。

 すると、こんな感じになる。


 銅貨が十円くらい。

 銀貨が千円くらい。

 金貨が十万円くらい。


 各種硬貨には丸型の通常硬貨と長方形の角硬貨があって、角硬貨は通常硬貨十枚をまとめるためのものだ。

 なので値段表記は「銅貨10枚」と表記され、「角銅貨1枚」と表記されることはない。

 そして銅貨十枚のものを買うのに銀貨一枚で支払ったら、おつりは角銅貨九枚で返される……と。


 貨幣についてはそんな感じだ。


 まぁ貨幣価値の日本円換算がこれで正しいのかは怪しいけど、大体こんなもんだと思う。



 次に冒険者ギルドの観察を行った。冒険者ギルドは予想通りというか……イメージ通りの場所だった。


 ギルド内は受付のエリアと情報交換ができる食堂兼酒場が併設されていて、活気に溢れていた。当然のように荒くれ者もいたけど、目に余る行為があれば周囲の猛者たちが黙らせていた。

 思ったより秩序のある場所のようだ。


 次に冒険者ギルドへの登録を偽名でおこなった。

 これまで情報屋に支払った対価は、罪悪感に苛まれながらも身につけていたもので賄っていた。なのでこれ以降にかかる費用は自力で稼ごうと思ったのだ。


 そうして冒険者ギルドで依頼を受け、金銭を稼ぎつつ旅支度を始めた。


 受ける依頼は全て採取系を選択した。

 討伐系を選ばなかったのは魔物を相手に戦うのにひとりでは心許なかったのもあったけど、もし戦って同世代の子供たちと比べられ、異質であることが露見したら……と思うと恐かったというのが一番の理由だ。


 ちなみに手伝いやお使い系の依頼もあったけど、万が一城に出入りしている商人に遭遇して、その商人が俺の顔を知っていたら厄介なことになりかねないと思って避けた。



 そんなこんなで現在、旅支度による出費をしながらもコツコツ貯めた手持ちのお金が金貨一枚と角銀貨二枚……十二万円になった。


 およそ一年かけて城を抜け出して稼いでは必要そうなものを買ってこっそり城に持ち帰り、クローゼットを魔術で改造して購入したものを底板の下にしまい込む……ということを繰り返し、そんな中で手元に残ったお金だ。十分だろう。


 同年代の冒険者たちはそれを生活費に充てていたけど、俺には生活費の出費がなかった。それが丸々手元に残ったのは有り難い。

 これだけあれば逃亡先の街まで保つだろうし、足りなくなったらまた近隣の冒険者ギルドで稼げばいいだろう。



 こうして、俺は着々と準備を進めてきた。


 冒険者ギルドではほかの冒険者から野宿の知識や周辺の魔物の情報を教えて貰い、討伐依頼を受けた場合の魔物との戦い方も教えて貰った。

 時には図書館へ出向いて逃走経路を調べ上げ、魔族領を含めた周辺国の最近の情勢なども情報屋から仕入れた。


 ……この時の情報屋の情報料は、格安だった。

 情報屋が言うには前回貰いすぎていたから現金払いするならその分値引きする、とのことだった。


 やっぱり俺はものの価値がわかっていないらしい。

 がっかりしながらそう言うと、情報屋は大笑いしながら「ものの価値は早いところ覚えた方がいい」と、再度価値を知る大切さを説いてくれた。



 そんな親切な情報屋の忠告を聞きながら思った。

 いつか支払いに使ってしまった装飾品を、違う形になったとしても必ず国に返還しよう、と。

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