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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
118/144

 102-2. アールグラント城にて(前編)

* * * * * ハルト * * * * *


 ムツキの協力が得られたおかげで、無事“研究所”を潰す事に成功した。

 思っていたよりもあっけなく“研究所”を制圧出来たのは、やはりムツキから得られた助力の賜物だろう。


 “研究所”内に生存している研究所員や異形がいない事はムツキやブライのお墨付きを貰っているので、後の事はゼレイクに常駐している騎士や兵士に任せ、俺たちは現在ブライに乗ってアールグラント城へと向かっている。

 早くフォルニード村に向かいたい所だけど、早急に“研究所”に関する報告を陛下にしなければならない。

 それと、今件について報告する際に、しばらくフォルニード村に滞在する許可も得たいと思っている。




「ムツキに来て貰えて、本当に助かった。ありがとう」


 アールレインに向かう道中で礼を言うと、ムツキはちょっと吃驚したように目を見開いてこちらを振り向いた。

 何度か目を瞬かせてから口を開く。


「いや、別に。元々はこちらに敵意がない事をわかって貰う為に同行したんだけど、結局はハルトさんの浄化魔術で解決したようなものなんだし、礼を言われるような事じゃ……」

「こういう時は素直に感謝の気持ちを受け取ってくれ。本当に感謝してるんだ。多分俺ひとりじゃどうにもならなかったし、フレイラに協力して貰った場合でも苦戦していたと思う。だから、ありがとう」


 俺は言いかけていたムツキの頭に手を伸ばして軽く小突くと、改めて礼を言う。

 するとムツキはさっきよりも大きく目を見開いて、言いかけた状態のまま、ぽかんと口を開けて固まってしまった。

 けれどすぐに気を取り直したようで、元の表情……無表情とも取れるような表情に戻る。


「なるほど。前世でご近所さんが言ってた噂は、こういうところを言っていたのか」


 小さく、けれどギリギリ俺にも聞き取れるくらいの声で呟くムツキ。

 ご近所さんでの噂って何だろうか。

 凄く気になる。


「噂って?」

「……何でもない、気にしないで」


 問いかけると、ムツキは一瞬間を空けてからそう答えた。


 気にしないでって言われてもなぁ。

 その噂って、リクの耳にも入ってた可能性があるよな。

 この話の流れでおかしな噂をされていたとは考え難いけど、自分の与り知らない所で自分への評価が触れ回られていたのかと思うと落ち着かない。

 まぁそれももう前世での事だから、今世には関係ないのかも知れないけれど。


 でもやっぱり前世の俺を知る転生者が周囲にこれだけいるんだから、無視出来るものでもないというか……。


 じっとブライの鱗を凝視しながらひとりでぐるぐると思考のループに嵌っていると、ふっと小さく吹き出す音がして視線を上げる。

 視線の先ではムツキが苦笑を浮かべていた。

 この数日行動を共にしていた間には見られなかった、完全に肩の力が抜けた表情。

 何となくタツキの笑顔に似ている表情だ。


「ハルトさんの噂に悪い噂はなかったから、気にしなくても大丈夫だよ。さっき思い出した噂話も、前世の俺が小さい頃にご近所のおばさんたちが話してた“望月さんちの息子さんはちゃんとお礼が言えて偉い”ってやつだし。姉さんもたまに言ってたよ。ハルトさんとクラスメイトだった頃に、ハルトさんの事を“あの人本当に小学生か。あれは最早保護者だろう”って」

「えっ」


 思わぬ前世のリクからの評価に、俺は面食らった。

 そんな風に思われてたのか?

 何だよ“あれは最早保護者”って。

 というか、誰の保護者だと思われてたんだろうか。


「そんな風に言ってたのか……」


 小学生らしくなかったって事は確かなんだろう。

 けどそれを言ったらリクだって、友人たちから“お姉さんみたいな存在”と評されてた程度には小学生らしくなかっただろうに。


 そんな感想を抱きながら口をへの字に曲げていると、ムツキが「あ、誤解しないで欲しいんだけど」と前置きした上でこう言った。


「姉さんは誉めてたんだからね? 前世の姉さんは仲良くしてた友達以外の話題ってあまり口にしなかったんだけど、ハルトさんの事はたまに話題に上げて誉めてたよ。よく俺に“あそこまでしっかり者にならなくてもいいけど、睦月も挨拶とお礼と謝罪くらいは素直に言えるような人になって”って言ってた」


 しっかりフォローを入れるムツキ。

 うん、ムツキもあれか、生粋のお姉ちゃん子だったのか。

 どうもリクの弟妹は揃って姉好きに育つらしい。

 タツキ然り、サラ然り。

 姉好きになる理由を理解できなくもないのは、リクがどんな風にタツキやサラに接しているのかを見てきたからだろうか。


 ともあれ、段々とムツキがどんな人間なのかわかってきた気がする。

 あまり顔に出ないだけで、口にする言葉からであれば今どんな感情を抱いているのか推測することができる。

 今も落ち着いているように見えるけれど、誤解されないようにと内心焦っているのが何となくわかった。

 なので俺は苦笑しながら「そうだったのか。」と返し、ムツキが言わんとしている事を理解した旨を伝える。

 すると、何故かムツキはちょっと複雑な表情を浮かべて眉尻を下げた。

 そして、ぽつりと呟く。


「今世の姉さんが幸せなら、もういいか……」


 聞かせるつもりがあるのか判断し難いほど、小さな声。

 その言葉に、俺はどう返したらいいのかわからず黙り込んでしまった。

 すると聞こえなかったと思ったのだろう、ムツキは視線を前方へと戻した。

 そして目を見開く。


「ハルトさんっ! もしかして城に寄るって、あの城の事……!?」


 ぱっと見の表情こそ変わらないものの、ちょっとだけその表情を輝かせ、ちょっとだけ弾んだ声でムツキが前方に見えてきたアールグラント城を指差し振り返った。

 そこはかとなく期待の込もった目。

 思わず俺は笑ってしまった。


「そうそう。あの城の事だよ。城が珍しいのか? ゼレイクに向かう時にも見えてただろう?」

「異形への対処の事で頭が一杯で、全く気付かなかった! ゴート・ギャレスとか魔族領にある城は王様のいる城と言うよりも巨大な岩の要塞って感じだったけど、アールグラントの城は白亜の城なんだ……」


 意外にも感動している様子のムツキ。

 そうか、ムツキは前世でテーマパークにあったような城をこの世界で見るのは初めてなのか。

 長い事生きていると聞いていたけれど、もしかしたらあまり人族領に足を踏み入れた事がないのかも知れない。


 ムツキが言うように魔族領にある城は岩を積み上げたようなゴツい城ばかりだけど、人族領の王城と言えばそのほとんどがアールグラント城と同じ、白壁に青や緑、赤と言った鮮やかな色合いの屋根が映える城だ。

 少なくともこの東大陸であればアールグラントの他にもランスロイド、エルーン、セレン辺りの王城は屋根や形状こそ違うものの、似たような外観をしている。



 その後もムツキはただただ、段々と近付いてくるアールグラント城をじっと眺めていた。

 俺にはムツキが目を輝かせて城を見ているように思えて、ブライが着陸するまで黙ってその様子を見守っていた。


 ブライが着陸して俺とムツキが地面に降り立つと、すぐにブライの姿が手乗りサイズにまで縮み始める。ムツキはその様子すらも興味深そうに凝視していた。

 やがて縮み切ると、ブライは当然のように俺の肩に乗る。その様子すらも目で追っているムツキに、ブライはやや気まずそうに身を竦めた。


「……白神種の青年よ、何か聞きたい事があるなら言ってみるがいい」


 どうやらブライもムツキの考えている事が多少は読み取れるようだ。

 恐らく竜ならではの感覚器官の性能の高さ故に、敏感にムツキが抱く感情を読み取っているのだろう。

 ブライに声をかけられたムツキはぱっと表情を輝かせた……ように見えた。あくまで俺の見立てでは、だが。


「じゃあ、お言葉に甘えて……あ、そうか、黒神竜に名乗ってなかったっけ。俺の名はイザヨイ。黒神竜、何故君の体は伸縮自在なの?」

「我が名はブライ。我が(あるじ)の前世の弟君・イザヨイよ、その問いに答えよう。我の身は主の手によって再構成されている。最早一般的な竜とはかけ離れた生態に変化しているが故に、魔力素の凝縮や膨張によって形状変更が容易なのだ」


 あ、それバラしちゃっていいのか?

 まぁブライ本人が教えたのだから、いいんだろうけど……。


「あるじ? あぁ、そう言えばフォルニード村でブライに指示を出していたのは兄さんだったっけ。ブライの主って、兄さんの事だよね?」


 俺が考え込む一方で、ムツキは再構成という点よりもブライの主についての方に興味を引かれたようだ。

 ブライが「そうだ」と肯定すると、ムツキは思案顔になる。


「なるほどね。それで、再構成なのか……。生態そのものを造り変えるなんて、さすがイフィラ神の眷属という事か。やっぱり兄さんは敵に回したくない相手だな。気をつけないと」


 小さな声だけど、やはりこれもこちらが辛うじて聞き取れるような声量。

 俺たちが聞いても問題ない内容だと判断していいのだろうか。

 思わずブライに視線を向けると、肩に乗っているブライも複雑な表情を浮かべてこちらを見ていた。

 まぁ、とりあえず敵対する事を避けようと考えてくれているのは確かなようなので、今はそれで良しとしよう。




 気を取り直して俺はムツキを連れて街に入る為の検問を顔パスで通過し、検問の兵士が用意してくれた馬車に乗って王城へと向かう。

 馬車の中でもムツキは何気ない表情を浮かべながらも、その視線は豪華な馬車の内装や窓外の城下街の賑わいに忙しなく向けられている。

 油断ならない相手ではあるけれど、こういう所は微笑ましい。


 やがて王城に到着すると、出迎えてくれたのはクレイとシタンだった。

 俺は馬車から下りるなり陛下へ謁見を申し込みたい旨を伝えると、すぐさまシタンが「では、私が申請して参ります」と略式の臣下の礼を取って城内へと戻って行った。

 それを見送るなり、クレイが俺の前まで歩み出てシタン同様略式の臣下の礼を取る。


「改めまして、お帰りなさいませ。ハルト様。フォルニード村に向かった足でそのままゼレイクに向かうと聞いた時は肝を冷しましたが、無事お戻りになられて臣下一同、ようやく生きた心地を取り戻したところです。……ところで、ブライ殿は存じ上げておりますが、そちらの御仁についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 しっかりと俺に対する苦言を添えながらも、クレイは鋭い視線を俺の後ろに立つムツキに向けた。

 少しだけ、ムツキからクレイを警戒するような気配が感じ取れる。

 さすが元天才騎士と言うべきか。希少種ではない人族でありながら、強者であるムツキに警戒心を抱かせるとは。


 ピリピリとし始めた空気を絶つべく、俺は手を一振りしてクレイとムツキを制した。


「こちらはイザヨイ。今回、ゼレイクの例の件(・・・)を片付けるのに協力してくれた恩人だ。丁重にもてなすように」


 ムツキとイザヨイ、どちらの名で紹介すべきか一瞬悩んだものの、この世界でのムツキの名はイザヨイなのでイザヨイの名の方で紹介する事にした。

 俺がムツキを紹介しつつクレイに釘を刺すと、クレイは見極めるようにもう一度ムツキに鋭い視線を送ってからこくりと頷く。


「左様でございましたか。大変失礼致しました、イザヨイ様」

「いえ」


 深々と頭を下げるクレイに、ムツキも警戒の気配を収める。

 ピリピリした空気が霧散してほっと一息ついた所で、クレイが先導して城内へと歩き出した。

 クレイの後ろからついて行くと、謁見の間へと続く階段の横に見慣れた顔触れが揃っていた。

 窓から差し込む陽光を受けて輝く、白銀色の髪。

 セタを連れたサラとイム、ミアさんが笑顔を浮かべて待ち構えていた。


「ハルト様! お帰りなさいませ!」


 元気よくサラが声を上げると、セタも両手を目一杯こちらに伸ばしながら「おとーさ、おあえりなさーまえ!」と、サラを真似て声を上げた。

 まだ滑舌はよくないけれど大分言葉の意味を掴んで来ているようで、ちゃんと俺の事を“お父さん”と呼ぼうとしてくれているのが嬉しい。


 俺はこちらに手を伸ばしているセタをサラから引き取り、抱き上げた。

 肩に乗っていたブライが気を利かせて肩から飛び立ち、ムツキの肩に移動する。

 ムツキはまさか自分の方に来るとは思わなかったのだろう。誰の目から見てもわかるくらい驚いた表情でブライを見ていた。


「ただいま、セタ。サラ、イム、ミアさん、留守中セタの面倒を見ててくれてありがとう」

「ふふ。セタはいい子なので、何の問題もないですよ」


 サラがそう言いながらセタに「ね?」と同意を求めると、セタも「ねー!」と返す。このふたりはすっかり仲良しだ。


「お帰り、ハルト。陛下への謁見はこれから?」

「ただいま。謁見は、今シタンが申請しに行ってくれてるところなんだ」

「そうか」


 イムが柔らかい微笑みで迎えてくれる。

 しかしふと視線をムツキに向けると口を噤み、身を固くした。

 妖鬼ならではの警戒心が顔を覗かせているようだ。

 あぁ、この親子にもムツキを紹介しないとな。


「こちらはイザヨイ。今回ゼレイクの件を片付けるのに協力して貰ったんだ。ムツ……イザヨイ、こちらの妖鬼の親子はリクの父親のイム……イムサフィートと、再婚相手のミアヴィスラさん、リクの妹のサラフェティナだ」


 紹介されてぺこりと軽く頭を下げたムツキは、続いて俺がイムたちを紹介するとぴたりとその動きを止めた。

 そのままじっとリクの今世の家族を凝視する。

 その間にイムが警戒を解いて「そうか、君がハルトの力になってくれたのか。ありがとう」と手を差し出すと、はっと我に返った様子で慌ててその手を取る。

 そしてイムの手を取ったまま、改めてじっとイム、ミアさん、サラの順で視線を向け、ふっと笑った。


「あぁ、なるほど。うん、わかった」


 そう呟いてイムの手を放し、今度はイムたちに向けていた視線をセタに移す。


「その子が?」


 何を問いたいのか、その一言でわかる。

 俺が抱き上げている子供……セタが、俺とリクの子供なのかと問いたいのだろう。

 俺は柔らかい表情を浮かべているムツキに微笑みと共に頷きを返すと、半ば押し付けるようにしてセタをムツキに渡す。

 反射的にムツキがセタを受け取り、ブライが再び俺の肩の方へと移動してきた。


 セタを受け取ったムツキはどことなく慣れた手つきでセタを抱え直し、セタの目を覗き込む。

 割と人見知りするセタも何か感じる所があるのだろうか。ムツキの腕の中で大人しくしているだけでなく、ムツキの目を真っ直ぐ見返していた。

 しばらくそうしていたけれど、やがてムツキがセタの頭をそっと撫でた。


「……うん、いい子だ。でも、ひとつだけ覚えておいて。君のお母さんはね、いい子でいてくれるのも勿論嬉しいだろうけど、ちょっとくらい我が侭を言って貰える方がもっと嬉しいんだよ。だから我慢して、自分の中で勝手に完結させちゃ駄目だよ。ちゃんと伝える努力もしなくちゃ駄目だ。わかった?」


 ムツキの言葉にセタは首を傾げた。

 けれど代わりに、何故かサラが両手を口許に当ててぽろぽろと涙を流し始める。

 それに気付いて俺のみならず、イムまでもがぎょっとする。


「ちょ、ちょっとサラ、どうしたの!?」


 慌ててイムがサラの顔を覗き込む。

 けれどサラは涙で声が詰まってうまく返事が出来ないようだった。

 困り果てた様子のイムに代わってミアさんがサラをふわりと抱きしめると、サラは縋り付くようにミアさんに抱きついて泣き始めてしまった。


「本当にどうしちゃったんだろう……。リクもだけどサラもあまり涙を見せないから、たまに泣かれるとどうしたらいいのかわからなくなるんだよね」


 おろおろした様子のままイムがぼやくと、ムツキがふっと吹き出す。

 何故笑われたのかわからずにイムがムツキに訝し気な視線を向けたちょうどそのタイミングで、シタンが戻ってきた。

 俺の前まで来ると跪き、正式な臣下の礼を取る。


「ハルト様、陛下より伝言を承りました。今すぐ謁見の間に来て報告をするようにとの事です」

「わかった。……セタ」


 シタンの言葉を受けて俺はムツキからセタを引き取る。

 そっと抱きしめると、セタも何かを察したのかぎゅっと掴まってきた。


「ごめんな。もうちょっとだけ待っててくれ」

「う……」


 ぽんぽんとその背中を優しく叩きながら謝罪する。

 俺の言葉の意味を理解しているのかは判然としないけれど、セタは小さく頷き……。


「ほら、また我慢する」


 すかさずムツキが咎めるような声を上げた。

 きょとんとした表情でムツキを振り返るセタ。きっと俺もセタと似たような顔になっているだろう。

 そんな父子の反応に、ムツキは小さく息を吐いた。


「セタが親から離れたくないって思ってるなら、ハルトさんはその気持ちを汲んであげるべきなんじゃないの? それに姉さ……セタのお母さんだって目が覚めた時、家族が傍にいた方が嬉しいだろうし、もしそう出来ない理由があるなら、言ってみてよ。俺にどうにか出来るような理由なら、何とかするから」


 どうやらムツキは、俺がこの後セタを城に残してフォルニード村に戻るつもりでいる事に気が付いているようだ。

 ムツキの言葉に俺は返す言葉もなく沈黙し、一方で泣いていたサラがぴたりと泣き止んで視線をムツキに向けた。

 その視線に気付いたムツキも、サラを見遣る。


「君も姉さんの所に行きたいなら行けばいいじゃないか。全く、どこに行っても立場だ何だと雁字搦めで面倒くさい事この上ないな」

「……ふっ、はははっ!」


 ムツキのあまりの言いように俺は思わず城内、それも謁見の間へと続く階段前にいるにも関わらず、声を上げて笑ってしまった。

 何かを決意したような表情のサラを除いた周囲の面々は、呆気に取られてる。


 「どこに行っても」というのは、前世も含めて言っているのだろう。

 本当にそうだ。その通りだ。

 とは言え、自由を得るにはそれ相応の努力や覚悟が必要で、責任も当然付き纏う。

 俺なんかは生まれた場所が場所だ。この身に流れる血にすら責任や立場、役割が定められている。

 それを簡単に投げ出す事は出来ない。

 けれどそれに縛られて、大切なものを蔑ろにしていいはずがない。


 俺はひとしきり笑った後、改めてムツキに向き直った。

 その時。


「その青年の言う通りだ。ハルト、セタを連れてフォルニード村に行ってもいいのだからな。サラもリクが心配だろう。こちらの心配はしなくていい。リクの所に行ってあげなさい」


 不意に階段の上から声がして、声の主を振り仰ぐ。

 階段上には、ノイスを引き連れた父王が立っていた。

 すぐにムツキを除く全員が臣下の礼を取る。


「皆、楽にしてくれ。自由な発言も許可する」


 早々に国王の前で各人が自由に振る舞えるように許可を出すと、陛下は「ハルト」と、やや厳しい調子の声音で俺の名を呼んだ。

 クレイから苦言を呈されて何となくそんな気はしてたけど、やっぱりここは怒られる流れなんだろうか。

 俺は気まずい気持ちそのままに、おずおずと顔を上げた。

 そしてばっちりと、声音に負けないくらい厳しい表情を浮かべた父と目が合った。

 うわ、こういう顔の父上は久々に見るな……。


「ハルトよ、無事に戻ったから良かったものの、また随分と無茶をしてくれたな。確かに今件に関してはお前に任せていたが、事前に周囲への相談もなしに己のみで決め、念話で報告を寄越してそのままゼレイクに向かうとは、無謀にもほどがある! 全く……少しは周りで心配している者の事も考えてくれ」

「申し訳ございません」


 すぐさま頭を垂れて謝罪すると、深く長いため息が聞こえてきた。

 同時に、横からくすくすと笑う声。


「お前というやつは本当に、何年経っても──それこそ子が生まれ、親となっても変わらんのだな。少しはお前という子を持った私の身にもなってくれ。かつてお前が城から脱走して行方をくらました時と同じくらい、こちらは肝を冷していたのだからな」

「陛下、そこはもう諦めましょう。何せ相手はハルトなのですから」


 ため息の主は父上、笑い声の主はイムだった。

 ふたりは互いに顔を見合わせ、その目に諦めの色を浮かべている。

 ひどい言われようだが、自分でもちょっと冷静さを欠いていた自覚があるので反論はせず。


 それにしても父上、謁見の間に来るようにとシタンに伝言をしておきながらも、俺たちがシタンから伝言を聞いて間もなく現れたな。

 ムツキの発言を聞いていた風だった事を思えばむしろ、伝言をしてすぐにシタンの後を追ってきたようなタイミングだったような……。


 そんな事を考えつつ父王に視線を向けると、イムと共に達観したような表情を浮かべていた父王と目が合った。

 俺が何を思って視線を向けたのかまでは伝わらなかっただろうが、訝しんでいる事は伝わったようだ。

 父は何故そんな風に見られているのかわからず数度目を瞬かせ、代わりにその隣にいたノイスが俺の心境を察してくすくすと笑い始めた。


「兄上、陛下とて人の親という事ですよ。兄上がゼレイクに向かうと聞いてからこっち、ずっと落ち着きを失っていたのです。謁見の間にすぐに報告しに来るようシタンに伝言をしたものの、結局は一刻も早く自分の目で兄上の無事を確認したくて、いても立ってもいられずに自ら足を運ばれたのですよ」


 なるほど、そういう事だったのか。

 得心して父上に視線を差し向ければ、ネタばらしをされた父上は俺から顔を反らし、少しだけ不機嫌そうに口をへの字に曲げた。

 その様子に俺は思わず苦笑を浮かべる。


「それはご心配をおかけしてしまい、挙げ句に陛下御自らご足労頂いてしまいまして申し訳ございません。ご覧の通り、こちらにいるイザヨイ殿の多大なる助力のおかげで私はぴんぴんしておりますので、ご安心下さい」


 わざとらしいほど恭しく述べると、父上がちらりと視線だけをこちらに向けてきた。


「うむ、うむ……。まぁ反省しているようであるし、良しとしよう」


 大仰に頷くと、今度は改まった姿勢でムツキの方へと体ごと向きを変える。

 その表情は父上がたまに見せる、国王としての顔と父親としての顔、その中間のような表情だった。


「イザヨイ殿。此度は息子が世話になったようだ。同時に、我が国に潜んでいた害悪を排除する事ができた。父親として、この国の王として、礼を言わせてくれ。ありがとう」


 決して深くはないけれど、父上が小さく頭を下げた。

 僅かとは言え国王が頭を下げるというのは、異例の出来事だ。

 ただ幸いな事に、この場にいる人間はその行為に過剰反応する事なく静かに見守っていた。


 全員の視線が、自然とムツキに集まる。

 当のムツキは目を細め、そうとわかるほどはっきりと笑みを浮かべて父上と俺を交互に見た。


「ふふ……なるほど。今世の姉さんがどうして今の姉さんになったのか、どうしてハルトさんを選んだのか、わかった気がする」


 小さな、とても小さなささやき。

 恐らくその言葉を聞き取れたのは、すぐ横にいた俺やブライくらいだろう。

 ムツキは自分の言葉を俺が拾った事に気付いているようで、ちらっとこちらに視線を投げてから笑みを深めた。

 それから改めて顔を階段上にいる父上の方へと向ける。


「ご丁寧にどうも。失礼だとは思うけど、俺には俺の絶対的な主がいるから貴方が一国の王であろうとも必要以上に敬意を表するつもりはないし、殊勝な態度を取るつもりもないよ」

「構わん。そなたは我が国の恩人なのだから、誰にも文句は言わせん」


 父上へのムツキの態度は臣下の目からしたら傍若無人なようにも映ってしまうが、父上的には好ましく感じているようだ。

 相好を崩して応じる様子に、今にも不敬だとムツキに食ってかかりそうな気迫を放っていたシタンも引き下がる。


「何か礼ができたらと思っているのだが、望みはあるか? 何でもとは言えないが、出来る限りそなたの希望を叶えよう」


 父上の問いに、ムツキの表情がぱっと明るくなった。「ならば」と身を乗り出さんばかりに告げられた望みは。


「城の中を見学したいな。こういうお城、一度ゆっくりじっくり見学してみたかったんだよね」

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