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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
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99. 在りし日の追憶 ─ソムグリフ⑤─

 白神竜に東大陸の魔族領と思われる地に置き去りにされてしばらくの間は、中央大陸での悲劇を悲しむ暇もないような、生きた心地のしない日々が続いた。

 中央大陸の比ではない数の魔物や、中央大陸では数少ない魔族が数多く闊歩している場所で、ろくに戦う力を持たない俺はただ物陰に隠れて彼らが去るのを待つ事しか出来ない。

 彼らは明らかに俺の存在に気付いていたようだが、何故か怯えた様子でそのまま通り過ぎてくれたのは幸いだった。


 俺にとって恐ろしいのは、魔物や魔族の存在だけではない。

 何とこの地には、植物らしい植物が存在しないのだ。

 白に近い灰色の草のような植物は触れれば刃物のように皮膚を切り裂き、しばらく血が止まらなくなる。

 同色の木らしき植物も似たり寄ったりだ。


 つまり、食べるものがない。

 死活問題だ。


 恐怖と緊張のせいか不思議と空腹感を覚えないものの、このまま飲まず食わずではいつか必ず限界がくる。

 むしろ、とっくに限界にきていてもおかしくない頃合いなんだが……。


「気っっっ持ち悪い気配がすると思ったら、人族か……?」


 ひとり思考の渦に身を沈めていると、不意に背後から軽快な声がかけられた。

 長い事絶望しかない状況に置かれていた俺は、悪意が全く感じられないその声にすらびくりと体を強張らせた。


「お? 何だ何だ、敵意のない我に怯えおって。こんな魔族領の奥地も奥地、竜峰ザークイレムの麓をうろついているくらいだから、相当屈強な戦士だと思ったのだが」


 ひょいっと目の前に、瞳孔が縦に割れている大きな金色の瞳が現れた……ように思った。

 反射的に身を引くと、瞳の主が人の姿をしている事に気付く。

 ぱっと見は少女の姿。

 金色の瞳は真っ直ぐ俺の目を覗き込み、首を傾げた際に肩までの長さに切り揃えた鳶色の髪が揺れた。


「ひ、人? いや、魔族……か?」


 最早何日飲み食い出来ていないのかわからないほどの日々をこの魔族領で過ごしていたが、思いの外しっかりとした声が自らの喉から発せられた。

 その事に驚いていると少女は金色の瞳を細めて笑った。


「お前は今自分がいる場所すらわからぬのか。先程も言った通り、ここは魔族領の奥地……魔族領の北西部にある竜峰ザークイレムの麓。竜峰、即ち、竜の棲み処である峰の事だ。そんな場所にいる者と言ったら命知らずの冒険者かここに住まう魔物、若しくはこの峰に暮らす竜のみ。つまり、我は竜である」


 竜。


 俺はその種族名を耳にして息を詰めた。知らず知らずの内に体が小刻みに震え始める。

 脳裏に浮かぶのは、純白の体表の竜。


「むっ、我は別にお前を脅そうとか命を奪おうとか考えておらぬから、そう怯えるでない。こう見えて竜にしては珍しい、他の種族との共生が可能な変わり者だぞ? お前のような意味がわからん力を持つ存在にだって興味をそそられこそすれ、警戒して命を取ろうなどとは考えぬから安心せよ」

「い、意味がわからない力……? そんなもの、持ってない」


 俺はただの人族、一介の行商人だ。

 護衛を雇わなければ道中に現れる魔物がどんなに弱い魔物であろうとも、無事に街から街へと渡り歩く事すら不可能なくらい非力だ。

 竜から警戒されたりするような力などあろうはずもない。


 こちらの心情を察したのか、少女の姿をした竜は腕を組んで小さなため息を吐いた。


「なるほど、無自覚か。我は親切だからな、教えてやろう。お前、空腹や喉の渇きを感じるか?」


 この問いに、俺は咄嗟に答えられなかった。

 中央大陸にいた頃は、当然のように空腹や喉の乾きを覚えていた。

 けれど。


 俺は視線を、震え始めた自らの手の平に落とす。


 けれど、この魔族領に置き去りにされてからはどうだろうか。

 そう考えた時、さっと血の気が引く思いがした。

 空腹や喉の乾きを感じた記憶がない。

 むしろ、やがて空腹や喉の乾きに限界がくるだろうからと必死に食べられる植物を探していたけれど、いまだにその空腹感や喉の乾きはやってこない。

 その事に気がついて、急に恐ろしくなった。


「お前は異常なまでの魔力をその身に宿している。その魔力がお前の生命維持を担っているが為に、空腹も喉の乾きも覚えないのであろう。見た目はただの人族のようだが、実は希少種だったりするのか?」


 ずいっと少女の姿をした竜が、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。

 またもや視界一杯に広がる金色の瞳。

 ……が、竜は思い出したように慌てて身を引くと、居住まいを正した。


「ごほんっ。んんっ、これは失礼。礼を失してしまったな。話をしたくば、先ずは名乗らねばならんのだった。我が名はワーグリナ。地竜だ」


 そう名乗る間に、少女の姿をした竜…ワーグリナの姿がみるみる膨れ上がるようにして形を変えて行く。

 変化が収まると、そこには白神竜よりも一回り小さな、けれど俺からしたら巨大な砂色の竜が現れ、俺を見下ろしていた。

 しかしその瞳の持つ好奇心に満ちた輝きは先程の少女と変わらない。


「小さき者よ。もしよければ、我にその名を教えてはくれないだろうか」


 声も先程より落ち着いた声音ではあるものの、少女の姿の時と同質の、通りのいい声だ。


「ソムグリフ……」


 俺はワーグリナの瞳を真っ直ぐ見上げながら、無意識のうちに名乗り返していた。

 目を見ればわかる。

 ワーグリナは純粋な好奇心のみで俺を見ている。

 そこに悪意のようなものは見当たらない。


 ワーグリナは俺の名を聞くと、嬉しそうに目を細めた。


「ソムグリフ。今この時より我とお前は友人だ。己の正体と魔族領を知らぬお前を我が守り、あらゆる知識を授けよう。その代わり、お前はお前の知る知識を我に教えてくれないか? そして、お前の力の正体を共に探ろうではないか」


 どうやらこの言葉こそがワーグリナの本心のようだ。

 表情、声音、仕草、発言。

 ワーグリナはそれら全てが一致していた。

 あの底の見えない闇のような、掴み所のない霧のような白神竜とは明らかに違う、素直な竜。


 俺はほっと安堵の息をつくと共に、脱力して地べたに座り込んだ。

 こんな風に力を抜くことが出来たのは何日振りだろうか。


 慌てて人型になって駆け寄ってくるワーグリナ。

 似ても似つかないのに、何故かその姿がキアシエやシフェーナの姿と重なって見えて、知らず知らずの内に涙が零れた……。




 その後、俺とワーグリナはワーグリナの棲み処で互いの事を語り合った。

 ワーグリナは竜族と関わる気はないけれど、魔族や人族には強い興味を抱いているらしい。

 竜としてはまだ若い方らしいが、その好奇心故か、ワーグリナの知識は底なしだった。

 正直、俺がワーグリナに教えられるような知識など全くないように思えた。

 しかしワーグリナは言う。


「ひとつの問いがあり、仮に答えもひとつなのだと仮定しようか。ひとつの入り口、ひとつの出口ならば当然、始まりは同じ場所から歩き出し、終わりには同じ場所に辿り着くだろう。しかし、そこに至るまでの道のりは幾千幾万とある。我はその道のりを知る事が、何よりの生き甲斐なのだよ」


 目を輝かせて実に楽しそうに話す彼女の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

 久しぶりに笑ったような気がする。


 そうして俺はワーグリナとの奇妙な共同生活をしつつ、中央大陸の動きに注視していた。

 ワーグリナは白神竜が口にした「過去の彼の許へ向かえばいい」という言葉がひっかかっているようだ。


「その方法がない訳ではない。ただし、過去に渡れるのは意識のみ。相手に一矢報いるには体ごと過去に渡る必要があるだろう。どうにもその白神竜の言葉は、後者のように聞こえる。もしそんな術式を組み、使おうと思ったら、莫大な魔力が必要になるだろう。それこそ、我や他の竜であろうとも補う事は出来ないくらいの、とんでもない魔力量が」

「莫大な魔力……」


 その言葉に、俺はフレッグラードが口にしたグードジアの話を思い出す。

 グードジアはこの世界で生まれ変わる前、前世で暮らしていた世界に帰りたいと言っていたそうだ。

 もしその願いが叶わないのであれば、せめてリドフェル神の眷属という立場から解放されたいとも。

 そのどちらの願いを叶えるにも、大量の魔力が必要だと言う話だった。


 俺は小さく身震いした。

 思い出されるのは、青黒い光。

 それに続く、純白の光。

 あの時は純白の光に優しさを感じたけれど、今となってはそのどちらも不吉で、恐れの対象でしかない。


「気付いたか。そう、我が言いたかったのは、恐らく中央大陸を滅ぼしたリドフェル神の代行者…いや、眷属か。そやつが引き起こした失敗が、白神竜の言う過去に向かう方法…恐らくその為に編み出すのであろう魔術にも起こりうると言う事だ」


 真剣な表情で、ワーグリナは考察を述べる。


「問題は、その規模だ。ソムグリフの話からすると、どうやらそのグードジアとやらは己の持つ魔力と集めた魔石に内包された魔力を制御しきれず、暴走させたと推測される。神の眷属がどれほどの魔力量を持っているのかはわからぬが、仮に竜10体分としようか。それで、この世界にある大陸の中では最も小さいとは言え、中央大陸が滅んだ。神竜に守られなければ、恐らく誰ひとりとして生き残ってはいなかっただろう」


 ワーグリナは地面に魔力操作で文字と図を刻んで行く。

 俺はじっとその魔力操作の光を凝視した。


「神竜は我ら通常の竜と比べ、やはり竜十体ほどの魔力量差がある。まぁ、これもあくまで予測の範囲に過ぎないが、大体そんなものだろう」


 更に地面に文字と図が加えられる。


 ……ワーグリナに、正直に言っていいものだろうか。

 どうやらワーグリナは口にする言語こそ俺に合わせて人族語で話してくれているが、文字は全く見た事がない文字を扱っている。

 何を書いているのか、さっぱりわからない。

 あまり他種族の言語や魔術文字には詳しくないけれど、文字の持つ雰囲気からして古代魔術文字だろうか?


「そう言えば、お前の友人は白神竜と命の契約をしたと言っていたな」

「ああ……多分、間違いないだろう」


 あの青白い光……。

 恐らくあの光が契約が成立した事を示しているのだろうと思い、肯定する。


「そうか。竜との命の契約とは即ち、ただの主従の契約を通り越え、竜の命を共有する契約の事だ。その相手が神竜というのは、過去聞いた事がないのだが……。何れにせよ、お前の友人はもう人から外れた存在となった。白神竜が生き続ける限りそやつも生き続ける。膨大な魔力を集める時間など、いくらでもある、と言う事だな。それだけ時間をかけて集める魔力量となると、恐らくそのグードジアとやらが扱った以上の量の魔力が集められるはずで、それに比例して失敗した時の被害も大きくなる」


 ふむふむと頷きながら、ワーグリナは腕を組んで自らが書き込んだ文字と図を眺めた。

 それからふと、棲み処の入り口に視線を向けた。

 つられてそちらを見遣れば、水色の体表をした人族の赤子程度の大きさの竜が、棲み処の入り口からこちらを覗いていた。


「むっ、お前の親の棲み処はここではないぞ」


 すぐさま不機嫌そうに顔をしかめるワーグリナ。

 理由はわからないが、ワーグリナは同族である竜族が無条件で嫌い……というか、苦手なようだ。

 しかし相手は小さな竜。

 少し抑えた調子で注意する。


 一方の子竜は、それでも興味深そうにこちらを見ていた。

 あの目、ワーグリナが知的好奇心に満ちている時の目にそっくりだ。

 俺は立ち上がり、子竜に近付いた。

 小竜は警戒した様子もなく、じっと俺を見上げてくる。


「竜にもこんなに小さい頃があるんだな」

「当然だ。そやつは恐らく隣の水竜の子だろう。確か昨年生まれたばかりだったはず」

「隣……ねぇ」


 俺はワーグリナの棲み処から顔を出して左右を見た。

 竜が出入り出来そうな洞の入り口は見つけられない。

 恐らく互いが干渉しないくらい離れた場所に、この子竜の親の棲み処があるのだろう。


 俺はひょいっと子竜を抱きかかえ、ワーグリナの棲み処から一歩出た。


「おい。どうするつもりだ、ソムグリフ」

「親のところに送って行く。きっと心配しているはずだ」


 俺だって、もしシフェーナが目を離した隙に姿を消して見つからなかったら心配……どころか、死に物狂いで探しまわるだろう。

 シフェーナ……。

 不意に娘の事を思い出して胸が痛む。

 こみ上げてくるものを何とか抑え込んでいると、ぐいっと袖を引っ張られた。

 見遣れば、人化したワーグリナがじっと俺を見上げていた。


「仕方がない。我が護衛してやるから、さっさと連れて行くぞ」


 目が合うなりため息ひとつ。

 そう告げて、ワーグリナは先導するように歩き出した。

 俺も慌てて子竜を抱えたまま後を追う。


 道中は無言だった。

 時々魔物が姿を現すけれど、ワーグリナの威圧であっさり去って行く。

 こういう所を見ていると、ワーグリナも竜なのだなと改めて実感する。

 日頃からワーグリナの竜の姿を見てはいるものの、あの好奇心の塊のような瞳がまるで子供のように純粋で、ついつい強大な力を持つ生物である事を忘れてしまいがちなのだ。


 そうして歩く事半日ほど。

 ようやく目的地に到着した。

 水竜の夫婦はワーグリナや俺の姿にあからさまに警戒したけれど、ワーグリナの棲み処に迷い込んで来た子竜を差し出すと、すぐさま父竜が人化して感謝の言葉を述べ始めた。

 残念ながら彼らの発している言葉は俺にはわからなかった。けれど、感謝されている事だけは理解できた。

 母竜は最後までこちらを警戒していたようだけど……。



 帰りの道すがら、心無しかワーグリナの様子がおかしかった。

 顔を覗き込むと、ふいっと反らされる。

 どうしたのだろう。


「……我は、親を知らぬ。だから親とはああいうものなのだなと思っただけだ」


 まるでこちらの心を読んだかのように、ワーグリナはそう呟いて俯いた。

 なるほど。


「じゃあ俺がワーグリナの親代わりになろうか?」


 これまで幾度となく、ワーグリナにシフェーナの姿が重なって見えていた。

 それ故の言葉だったのだが、ワーグリナには拒否されてしまった。

 ワーグリナはぶんぶんと頭を左右に振ると、


「ソムグリフは我の友人だ! 父ではない!」


 はっきりと、そう告げてくる。

 相も変わらず真っ直ぐ射抜くように視線を合わせてくるワーグリナに、俺は少したじろいだ。

 どうやらワーグリナが引いた線を越える事は許されないらしい。


 その後の帰路は、何だか気まずい空気と沈黙が流れていた。

 俺もワーグリナも黙々と歩く。

 そんな耐え難い道のりもあと少し。


 そんな時だった。


「あーはっはぁ! 久しぶりに遊びにきてやったぞ、竜ども! 今日こそ俺様の相手をして貰おうか!」


 遥か上方から、声が降ってきた。

 あからさまに嫌そうな顔になるワーグリナ。

 けれど。


 俺は目を見開き、声が聞こえてきた方向を見上げた。

 遠くてよく見えない。

 でも俺がこの声を聞き間違えるはずがない。

 それは、とても懐かしい声だった。


「ルウ!」


 声の限り、その名を叫んだ。

 思わず涙腺が緩む。

 背後からはワーグリナの「ばっ……ん? 知り合いか?」という声が聞こえる。

 そう言えば、ワーグリナにはルウの事は話していなかったか。

 上方からも「おぉ? 何だ、聞いた事ある声だなぁ?」という言葉と共に、声の主が近付いてきた。



 そうして目の前に現れたのは。


 限りなく黒に近い紺色の翼。

 朝焼け色の髪。

 目を瞠るほど美しい紫色の瞳。


 紛れもなく、俺の良く知る相手。

 ルウだった。


「ん? おぉ? おぉぉ? お前、ソムグリフか!?」


 ルウは驚きながらも地面に着地するなり駆け寄ってきた。

 何故かワーグリナは俺の背中に隠れるようにして、駆け寄ってくるルウの様子を窺っている。

 ちょっとキアシエを彷彿とさせる仕草。

 そこに懐かしさと苦しさを覚えながらも、俺はルウを迎え入れるように両手を広げた。


「ルウ! 良かった、生きてたのか!」

「本当にソムグリフか! 老けたなぁ!」


 開口一番がそれか!

 でも腹が立つという事もなく、むしろ相変わらずなルウの言動に安堵する気持ちの方が大きかった。

 どしんっと体当たりする勢いで飛び込んで来たルウは、中央大陸から去って行ったあの頃に比べて格段に身長が伸び、体格も良くなっていた。当然、非力な俺では受け止め切れずに後ろに倒れかかったけれど、背後にいたワーグリナが支えてくれたおかげで転倒を免れる。


「そりゃ老けるって。一体何年会ってないと思ってるんだ。ルウと最後に会った時は18だったけど、俺、もう40だからな」


 ルウを押し返して離れながら応じる俺の言葉に、背後から「40!?」という声が聞こえた。

 どういう意味での驚きなのだろう。

 思わず視線をワーグリナに向けると、何やら指折り計算し始めていた。


「お、何だソムグリフ。その竜とは知り合いか?」


 ルウが俺の視線の先を覗き込む。

 するとワーグリナはびくりと体を震わせ、すぐさまルウの視界から消えるべく俺の背中に張り付いた。

 本当に、キアシエそっくりの反応。

 小さな胸の痛みを隠すように、俺は微笑みを浮かべてルウに向き直る。


「この竜は地竜のワーグリナ。色々あって魔族領に置き去りにされた俺を、助けてくれたんだ。俺にとって恩人であり、友人だよ」

「かっ、勝手に我の名を教えるな!」

「あ、ごめんごめん」

「軽いっ! 心がこもっていない!」


 わぁわぁと背中に張り付いたまま騒ぐワーグリナに、ルウは興味を引かれたようだ。

 ルウらしくもなく相手の視線の高さに合わせるようにしゃがみ込み、喚いているワーグリナをじっと見つめる。


「なぁ、ワーグリナ。お前がもしソムグリフの友達だって言うなら、それはつまり、俺様とも友達だって事だからな」


 何やら強引な持論を押し付けるルウに、ワーグリナも反射的にルウと視線を合わせてしまったようだ。

 ルウもワーグリナも、どちらも相手の目をよく見る癖がある。

 まぁ、それは俺も同じだけど。

 故に、ふたりはばっちり目を合わせたまま。ルウは楽しそうに歯を見せて笑い、ワーグリナは半泣き状態で唇を戦慄かせ……。


「わっ、我はソムグリフとは友人だがっ! だが、戦闘狂の魔王ルウ=アロメスと友人になった覚えはない!」


 力の限り叫んだ。


 戦闘狂。

 どうやら東大陸でルウがそのように呼ばれている事を、俺はこの時初めて知った。






 ワーグリナの棲み処での共同生活に、仲間が増えた。

 ……増えたと言うか、強引に加わってきたと言うか。


 俺は背中にワーグリナを貼付けたまま、竜族が扱う言葉と文字をワーグリナから教えて貰っていた。

 以前ワーグリナが魔力操作で書いた文字が読めなかったのを切っ掛けに湧いたちょっとした興味から始めた事だけど、意外と面白い。

 文字と図の間のような不思議な形をしているんだな、とワーグリナに伝えると「どの文字も道は違えど同じような経路を辿って今日の文字や言語に至っている。人族の文字も、かつては竜族の文字に似ていたのだぞ」と言われた。


 今度古い人族の文字についても教えてやる、と目をキラキラさせながら話すワーグリナ。

 そんなこちらの様子を楽しそうに眺めているのがルウだ。

 ルウが少しでも身じろぎしようものなら、ワーグリナは俺を盾にしてその身を隠す。

 どうやらルウはそんなワーグリナの反応を楽しんでいるようだ。

 あまりルウの行動が行き過ぎる時は注意するけれど、俺からしたらワーグリナがあそこまでルウを恐れている理由がわからない。

 そんなにルウは恐いだろうか?



 竜族の言語を習う傍ら、俺はルウに中央大陸で起きた出来事を伝えた。

 ルウは俺がこれまでに見た事もないような真剣な面持ちで話を聞き、理知的に見えなくもないような納得表情で「なるほどなぁ」と呟いた。

 本当にわかっているのだろうか。

 ちょっと心配になったが、仮にフレッグラードや白神竜が今度どのような動きをするにせよ、白神竜が相手では手も足も出ないだろう事だけは確かなので、事実を伝えるに留めておいた。


 本心としては、フレッグラードを白神竜から引き離したい所だ。最後に見たフレッグラードの復讐に燃える目が、気掛かりでならない。

 俺はあの時、国王としてのフレッグラードを破滅させまいと必死だった。

 けれど今のフレッグラードは、人として破滅への道に向か行っているのではないかと思えてならなくて……。



 嫌な予感が全身を駆け巡り、眠れない日が続くようになった。

 たまに眠る事が出来ても、夢の中に白神竜を伴ったフレッグラードが現れ、俺に向かって剣を振り下ろしてくる夢ばかりを繰り返し見るようになった。

 幸いこの身に宿る魔力のおかげで眠らずとも支障はないが、精神的に参ってくる。


 どうかこの嫌な予感が、嫌な夢が、ただの予感であり、ただの夢でありますようにと願わずにはいられなかった。



 しかし現実は残酷だ。

 俺の嫌な予感は、夢は、悪夢のような現実となって襲いかかってきた。

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