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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
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98. 在りし日の追憶 ─ソムグリフ④─

 無我夢中で走っていた。

 城の前に押し寄せている過激派信徒たちを押しのけ、彼らを押し返そうとしている兵士の間をすり抜けて城門を潜る。

 一目散に王城に駆け込み、驚く城勤めの人々を横目に謁見の間を目指してひた走る。

 途中止めようとした兵士が俺の顔を見て、「こちらです!」と謁見の間とは違う方へと案内してくれた。

 普段は城内を走らないであろう兵士も、ほぼ全速力で走りながら王族の居住区へと俺を先導して駆け込んで行く。


 そうして案内された先。大きく立派な造りの扉の前に、俺は立っていた。

 明らかに他の部屋とは違う空気。国王の部屋なのだと察する。


 兵士は息を切らせながらも扉をノックする。走ってきたせいか力加減がうまくいかず思いの外強く叩いていたが、咎める者はいなかった。静かに室内側から扉が開かれる。

 扉の向こうから姿を見せたのは、いつも俺たち家族を街まで迎えに来てくれていた、例の護衛の男だった。彼は俺の姿を確認するなり小さく頷いて一歩下がる。部屋に入っていいという事だろう。

 俺は頷き返しながら一歩、室内に足を踏み入れた。



 部屋の中に入って最初に目を引いたのは、大きな天蓋付きのベッドだ。

 その横に置かれた椅子に、見覚えのある柔らかい金色の髪を持つ男性が座り、ベッドの上で眠る人物の手を握って俯いていた。


 ここまで無我夢中で走って来たものの、何と声をかけたらいいのかわからずに立ち尽くす。すると来訪者の気配に気付いた男性──フレッグラードが、緩慢な動きでこちらに顔を向けた。

 その目を見た瞬間、俺は足が竦みそうになった。

 出会った頃のキアシエに似た、暗く沈んだ瞳。

 凛々しくもどこか柔らかさを残していたフレッグラードの顔つきは、しばらく会わないうちに鋭くなっていて……まるで別人のように見えた。


「ソムグリフか……。最近、ひとりで街に滞在しているそうだな。家族は、どうした?」


 力を失った、低く響く声。

 現実から目を反らそうとしているのか、ベッドで眠ったまま二度と目覚める事の無いリュシェ様の話題には触れず、俺を心配するような言葉を投げかけてくる。


「家族は、遠い辺境の地に逃がした」


 辛うじてそれだけ答えると、「ははっ」とフレッグラードは乾いた笑い声を上げた。

 暗く沈んだ瞳のまま、自嘲気味に笑う。


「逃がした、か。そうだな、それがいい。お前も逃げろ。遠く遠く……そうだな、ルウが向かった東大陸がいいんじゃないか?」


 お前も逃げろ。

 その言葉を耳にした瞬間、俺は拳を握り締めた。

 あんなになっても尚、フレッグラードは人を気遣っている。俺を、逃がそうとしてくれている。


 だから俺は、更に決意を固くした。


「フレッグラード。俺は、逃げない」


 もうグードジアの人と形を自分の目で確かめる事は諦めた。

 確かめた所で、俺の中のグードジアの立ち位置が変わるはずが無い。

 グードジアは俺の中で既に、友人を裏切り、友人を貶め、友人の大切な家族を奪うという、これ以上評価を下げようがない程の人としてあるまじき存在であると認識されているのだから。


「教えてくれ、フレッグラード。グードジアは、一体どんな人物なんだ?」


 フレッグラードはグードジアという名に、びくりと体を硬直させた。

 その瞳に僅かに光が戻る。

 ただし、キアシエのような生きる希望を取り戻した時の光ではない。

 怒りと憎しみに暗く燃える炎のような光だ。


「グードジアか……。あいつは、どうやらこの国……どころか、この世界の人間ですらないらしいぞ」


 地の底を這うような低い声音で、フレッグラードが俺の問いに答え始める。

 無意識の内に込められた強烈な威圧感を含む声を聞いているだけで震え上がりそうになりながらも、俺は一言一句逃さぬように、フレッグラードの言葉に意識を傾けた。


「グードジアは私たちの知らない別の世界とやらで死に、この世界で生まれ変わった。その過程でリドフェル神と出会い、リドフェル神の眷属になったのだと言う。グードジアの言う言葉がどこまで本当なのかはわからないが、実際あいつは私の知らない不可思議な知識と強大な力を持っている。全てではなくとも、多少は本当の事を言っているのだろう」


 フレッグラードは淡々と、恐らくグードジアから聞いたのであろう身の上話と、それを聞いて自らが感じた事を口にする。


「グードジアは、どうやらこちらで生まれる前の世界に帰りたいらしい。仮に帰れないのだとしても、せめて眷属というものからは解放されたいのだそうだ。ただ、眷属を辞めるにはどうやら主である神に会わねばならないらしい。そのために一度死なねばならないそうなのだが、神の眷属であるが故に、死ぬにも生半可な力ではどうにもならないんだとか」


 鼻の頭に皺を寄せて、フレッグラードは歯を食いしばった。


「何れにせよ、望みを叶える為に大量の魔力が必要なのだと言っていた。以前は地道に魔石を集めて行くと言っていたのに、最近になって急に大量の魔力を集めるにはこの大陸では手狭だと言って、外の大陸へ手を伸ばそうとし始めた。そして何故かそこに、この国を巻き込もうとしているらしい」


 ああ、だから他の大陸に国土を持つべきとか言い出したのか。


 けれど。だとするならば。

 グードジアは馬鹿なのだろうか。

 この国は他の大陸の国に比べ、かなり小さな国だ。

 更に言えばこの国は過去内紛はあれど他国との戦争などした事が無く、更に重ねて言えば、海越えで消耗している状態でまともに戦争なんて出来ようはずも無い。

 そんな事、戦争を経験した事がない俺にでもわかる。


「私は戦争など無意味だと、この国を滅ぼすつもりなのかとあいつを問いつめた。その結果が、これだ」


 ここでようやく、フレッグラードはベッドの上に横たわるリュシェ様に視線を向けた。


「リュシェを失って、私はもう、どうしたらいいのかわからなくなった。このままでは、私があいつに抗う事で失われる命が増えるだけではないのか? リュシェのみならず子供たち……ネチアやゼオセリスまで失ったら、私は自分が何をしてしまうかわからない……。私はもう、王として生きる意味など、ないのではないか?」


 ぎゅっと、リュシェ様の手を握るフレッグラードの手に力がこもる。

 周囲にいる誰もがフレッグラードの言葉を否定したいのに、フレッグラードが放つ威圧感がそれを許さない。


「今こうして、冷たくなってしまったリュシェに色々と問いかけていたところだ。後は私が、決断すれば……」


 フレッグラードの目に宿る、仄暗い炎が勢いを増した気がした。瞬間、俺はフレッグラードが一体何を考えているのかわかってしまった。

 フレッグラードは国王を辞め、グードジアを殺すつもりだ。例えそれが、どれだけ無謀な事であろうとも。自らの命を懸けてグードジアからこの国や子供たちを守り、リュシェ様の仇を討つつもりなのだ。


 俺は咄嗟に、フレッグラードに向かって一歩踏み出した。

 かける言葉があった訳じゃない。

 自分でも一体どうしたいのかわからない。

 けれど、フレッグラードをひとりにするつもりはなかった。




 なのに。




 突如、神殿の方角から異様な光が放たれた。

 青黒い、全てを呑み込むような光。


 誰も何も、反応出来なかった。

 フレッグラードはリュシェ様をじっと見つめたまま。

 俺はフレッグラードに向かって一歩踏み出した姿勢のまま。

 青黒いその光の中へと呑み込まれて行った。


 ただ、意識を失う間際。

 俺は、青黒い光に対抗するかのような純白の光を見た気がした。

 全てを包み込むような優しい光。


 その光に包まれながら、俺は意識を手放した。











 ぽつぽつと、何がか頬を叩く。

 冷たい。

 最近あまり眠れていないから、今はもう少し眠らせて欲しい。


 そう思うのに、頬を叩く冷たい何かは更に数を増していった。

 仕方なく閉じていた目をこじ開ける。


 目に飛び込んで来たのは、重く暗い灰色の世界。

 続いて、全身を打つ、冷たい雨。


 ここは、どこだろう。

 体を起こそうとするも、全身に痛みが走って呻く事しか出来なかった。

 打ち付ける雨が容赦なく体温を奪って行く。

 痛い。寒い……。

 このまま動けずに雨に打たれ続けたら、いずれは死に至るのでは──


 そう考えた瞬間、死への恐怖が全身を駆け巡った。


「だ……れ、か……!」


 掠れる声を何とか絞り出す。しかし応える者はいない。代わりに、温かい光が降り注いだ。

 一瞬にして体の痛みが消えていく。

 これは、治癒魔術……?


「目覚めましたね、小さき者よ」


 どこか現実味のない、美しい声が降ってきた。

 反射的に声の方を見遣れば、少し離れた場所に、純白の、巨大な生物が鎮座していた。


 竜。

 竜だ。


 その生物を目にした瞬間、いまだにどこか夢現つを彷徨っていた意識が一気に覚醒した。

 もしかして、白神竜……!?


 がばっと起き上がるも、くらりと目眩がして再び雨に濡れた地面の上に倒れ込む。


「まだ起き上がるのは無理でしょう。そのまま横になっていなさい」


 優しい響きの声に、不意にキアシエの声を思い出す。

 俺は無理矢理体を起こして辺りを見回した。

 けれど目に映るのは雨に濡れ、深く抉られた広大な大地と、巨大な白神竜のみ。


「き、キアシエは……!? シフェーナは!? 父さん、母さんは……!」

「それは、あなたの知る人の名ですか?」

「家族です!」


 白神竜の問いに応じると、白神竜はゆっくりとその首をもたげて俺の顔を覗き込んだ。


「小さき者よ。あなたは何も覚えていないのですか?」


 重ねられた問いに、今度は答えられない。

 何も覚えていない?

 一体何を言っているんだ、この竜は……。


 そんな疑問が顔に出たのだろう。

 白神竜が悲し気に目を伏せ、「そうですか……」と呟く。


「では、お話ししましょうか。あなたが暮らしていたこのアルスト国は、数日前に滅んだのです。生き残ったのはあなたと……」


 と、白神竜は視線を俺から少し離れた場所に向ける。

 つられてそちらを見遣れば、そこにはフレッグラードが倒れていた。


「フレッグラード!」


 咄嗟に立ち上がれず、這うようにして友人の許へと移動する。


「あなたと、フレッグラードのみ。他は誰ひとりとして、助けられませんでした」


 背後から告げられた言葉に、フレッグラードを揺り起こそうと伸ばした手が止まる。

 頭が真っ白になった。恐る恐る、白神竜を振り返る。


「どういう、事ですか……?」


 声が震える。

 寒さのせいだけでなく、目に映る抉れた大地が底なしの穴のように見えて、歯がカチカチと音を立て始めた。


「グードジアという者をご存知ですか? 私も眠っていたのであの魔力の暴走が起こるまで彼が何をしようとしていたのか気付く事が出来なかったのですが……グードジアが未熟な魔術を、自らが制御しきれない程の魔力を用いて発動させた結果、この大陸は滅んでしまったのです」


 放たれた言葉に、視界が揺らいだ。

 現実味の無い話だ。けれど自分の中のどこかで予感していた内容に、俺の思考はゆっくりと白神竜の言葉を反芻し、噛み砕き始める。


 大陸が、滅ぶ……?

 この大陸といえば、存在する国はただひとつ。アルスト国のみだ。

 大陸が滅んだという事は、アルスト国が滅んだという事。

 そういえばさっき、白神竜もアルスト国は滅んだと言っていたっけ……。


 何故滅んだ?

 白神竜は、グードジアが未熟な魔術を自ら制御できない程の魔力を使って発動し、その結果魔力が暴走して大陸が滅んだと言っていたな……。


 つまり。

 グードジアはリュシェ様の命を奪うだけでは飽き足らず、この国そのものとそこに住まう全ての命を奪ったという事か……!

 キアシエの、シフェーナの、父さんの、母さんの……! 俺の大切な人たちの命を奪ったというのか!


 衝撃の余り空虚になりかけていた意識が、一気に怒りで満たされた。


「グードジアは、グードジアはどこにいますか!?」


 俺は白神竜に向き直り、必死に問いかけた。完全に頭に血が上っていた。もしグードジアが何らかの形で生き残っているならば、今すぐにでもこの手で殺してやりたいと思った。


 キアシエがもういない。

 シフェーナももういない。

 父さんも、母さんも、ジグも、誰も彼も。

 こんな悲しい事があるだろうか。

 こんな悔しい事があるだろうか。

 きっとリュシェ様を失った時のフレッグラードも、こんな気持ちだったに違いない。


 けれど、白神竜はゆっくりと首を左右に振った。


「グードジアは命を落としました」


 一言。

 その一言で、俺の中で燃え上がっていた怒りが一気に冷え込んだ。

 自分の中の何かが、音を立てて壊れた瞬間だった。

 それは生きる糧。もしくは生きる希望だったようにも思う。

 俺は全てを失ったのだと、真の意味で理解した瞬間でもあった。


「あれは神の眷属である者が命を落とすほどの、凄まじい事故でした。私が異変に気付いて護るべき主を見つけた時にはもう、主であるフレッグラードとその近くにいたあなたしか助けられませんでした」


 静かに語る白神竜の言葉は、ゆっくりとしみ込むように俺の中に入ってくる。

 けれどもう、俺には立ち上がる気力も残っていなかった。

 全てが遅かった。

 俺はフレッグラードを救えなかったばかりか、自らが守るべき家族すらも失った。

 これからどうやって生きて行けばいいと言うのか。


「うぅっ……」


 絶望に打ちひしがれている傍らで、呻き声が上がった。

 力なくそちらを見遣れば、フレッグラードが瞼を痙攣させながら薄らと目を開けたところだった。

 しかしすぐに、俺と同じく痛みと寒さで身を縮こませる。

 すると白神竜が治癒魔術をフレッグラードにも施した。

 優しい光がフレッグラードに降り注ぐ。


「目覚めましたか、我が主・フレッグラード」


 白神竜は俺が目覚めた時と同様に声をかける。

 痛みから解放されたフレッグラードは今度こそしっかりと目を開き、ゆっくりと起き上がった。


「こ、ここは……?」

「ここはアルスト国──その跡地です」


 偽らずに告げる白神竜の言葉に、フレッグラードは目を見開いた。

 そしてようやく、俺の存在に気付いて「ソムグリフ……?」と小さく呟いた。

 俺は応じる気力も無く、視線で白神竜の方を示す。

 詳しい話は白神竜から聞いて貰いたかった。

 俺にはとても、自分の口から説明できる気がしない。


 そんな心情まではわからなかっただろうが、俺が話す気力を失っている事くらいは伝わったのだろう。

 フレッグラードは白神竜に向き直る。


「あなたが……我が国の守護竜の白神竜、なのか?」

「はい。私はこのアルスト国建国の前よりこの地に住まう者。ひとり寂しくしていた私のためにこの地に国を作ってくれたアルスト国初代国王の願いで、アルスト国を守護していた神竜です」

「そうか……。ところで、ここは一体どこなんだ? 何故私はこんな場所にいるのだろうか」


 どうやらフレッグラードもあの瞬間の記憶がないようだ。

 混乱した様子で白神竜に問いかける。

 ちらりと白神竜は一度俺を見てから、躊躇いがちに俺に説明した内容と同じ内容をフレッグラードに告げる。

 俺に説明した時の白神竜は淡々と真実を告げてきたけれど、恐らく話を聞いた際の俺の反応を見て、人族からしたら相当衝撃的な内容なのだと気付いたようだ。

 慎重に、けれどはっきりと真実を伝える。


 そして案の定、フレッグラードも俺に負けず劣らず、怒り狂った。

 元々鍛え方が違うのかフレッグラードはすぐさま立ち上がって白神竜に詰め寄り、俺と同じようにグードジアの居場所を問い、その末路を知って愕然とした様子で地に膝を付く。

 相も変わらず降りしきる雨が冷たい。

 沈黙が下りる中、辺りにはただただ雨が降る音だけが響いた。


 どれくらい雨音を聞いていただろうか。

 沈黙を破ったのは、地の底から這い上がって来るような、フレッグラードの怨嗟の声だった。


「許さん……! グードジアめ、絶対に、絶対に、絶対に許さん! よくもリュシェを、ネチアを、ゼオセリスを、私の国を! 必ず、必ずや一矢報いてやる! 許さん、許さん! 許さんからな!!」


 フレッグラードは狂ったように「許さん」と繰り返し、雨に濡れた大地を泥が跳ねるのも構わずに殴り始めた。

 その肩が震えている。泣いているのだろうか。


 俺はかける言葉が見つからず、ただただ、地面を叩き続けるフレッグラードの姿を見ている事しか出来なかった。

 そんな俺に反して、白神竜は慟哭に似た叫びを繰り返すフレッグラードに落ち着いた声音で語りかける。


「主よ。もしあなたの許しを得られるなら、あなたがその望みを叶える手伝いをさせて貰えないでしょうか?」


 この言葉にフレッグラードは動きを止めて白神竜を見上げた。

 白神竜は改めて治癒魔術をフレッグラードに施すとフレッグラードを正面から覗き込む。


「私と命の契約をしませんか、フレッグラード。そうすれば私が生きている間はあなたも生き続ける事ができる。その間に、グードジアに一矢報いる手段を探し、用意し、実行しましょう。私も許せないのです。大切な大切なアルスト国を私から奪ったグードジアが。初代国王……アルストとの約束を果たせず、最後の王であるあなた以外の全てを失ってしまった私には、もうあなたを護る事以外、生きる意味も希望もない」


 そう囁く白神竜の声が、俺には何故か恐ろしい世界へ誘う声のように聞こえた。

 フレッグラードをあの竜に引き渡してはならないと、本能が叫ぶ。

 今度こそフレッグラードを助けなければと思い、失っていた気力を奮い立たせる。


「フレッグラード! 駄目だ!」


 全力で叫ぶ。

 しかしまるで俺の声など聞こえていないかのように、フレッグラードは白神竜へと手を伸ばした。


「白神竜。グードジアに一矢報いるのに、何かいい方法はあるか?」

「あります。グードジアは今はもう過去の人間。ならば、過去の彼の許へ向かえばいいのです」

「なるほど、それは名案だな」


 フレッグラードが笑い、その後は俺には聞こえないくらいの小さな声で、フレッグラードと白神竜が何事かを話し始める。

 かと思ったら、フレッグラードと白神竜の間で一瞬だけ青白い光が舞い散った。


 嫌な予感がした。

 俺は動かない体を必死に引きずって、フレッグラードの許へと向かう。

 しかしフレッグラードの許に辿り着く前に、白神竜と目が合った。

 たったそれだけで体が強張り、それ以上白神竜の近くにいるフレッグラードに近寄れなくなる。


「ああ、小さき者……ソムグリフ、でしたか。あなたはどうしますか?」

「どうするって……?」


 俺の存在を今思い出したような様子で、白神竜がこちらに視線を向けてくる。

 その視線からは、先程まで感じていた温かみは感じられない。

 まるで邪魔者を見るような目をしていた。


「我々に協力するか、否か」


 ぞっとするような声だった。

 咄嗟に白神竜の隣にいるフレッグラードを見遣る。

 フレッグラードは生きる気力を取り戻し、復讐に目をぎらつかせていた。

 俺はこの時初めて、心の底からフレッグラードに対して恐ろしいという感情を抱いた。

 知らず知らずの内に、一歩後ずさる。


「俺は……」

「……どうやら、我々とは相容れないようですね」


 俺が言葉にする前に白神竜は断定し、のそりとこちらに近付いてきた。

 恐怖で足が竦む。


「白神竜。ソムグリフは私の友人だ。殺さないでくれ。せめて、東大陸の魔族領まで送り届けてくれないか?」

「わかりました、我が主よ」


 のそり。

 更に白神竜がこちらへと近付く。

 思わず見上げた純白の竜は、その手を伸ばし、俺を掴んだ。

 そして翼を広げ、羽ばたきひとつ。

 もの凄い勢いで高空へと飛び上がり──




 ──あまりの衝撃に気を失い、次に目覚めた時には俺は見知らぬ土地にひとり、置き去りにされていた。

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