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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
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95. 在りし日の追憶 ─ソムグリフ①─

 遠くで誰かが呼んでいる。

 ぼんやりとしていた意識が、重ねて名を呼ぶ声で明瞭になる。



 何度も呼びかけてくる声に振り返ると、限りなく黒に近い紺色の翼を持つ少年が朝焼け色の短髪を揺らし、目を瞠るほど美しい紫色の瞳をキラキラと輝かせながら駆け寄ってきた。


「ソムグリフ! 久しぶりだなぁ」


 屈託の無い、見た者が釣られて笑顔になってしまうような満面の笑みを向けられて、こちらからも微笑みを返した。


「ルウ、久しぶり。最近物騒で、なかなかこっちの地域に来れなかったんだ」


 目を細めながら少年・ルウに応じていると、横から父さんが手を伸ばしてルウの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「ルウ。元気だったか?」


 父さんからの問いに、ルウは「元気元気!」と、その声からでも十分元気である事が伝わるくらいの明るい声音で答える。


「この果物、美味しいから食べてみて」


 母さんもルウに遠方から仕入れてきた珍しい橙色の果物を差し出した。うちの両親はこの元気一杯の少年の事を心底気に入っていて、ルウに会う度に構いたがる。

 ルウは大喜びで果物を受け取って礼を言うと、早速果物の皮を剥ぎ取って口に放り込んだ。すぐに顔をくしゃっとさせて、


「んんん〜! うんまいっ!」


 心の底から叫ぶように感想を漏らす。


 いつものやり取りだ。

 その光景を目にして俺はほっと安堵の息を吐いた。


 今回の旅は本当に大変だった。

 魔物の大繁殖によって護衛をつけていても無事に街から街へと渡り歩くのは困難で、命懸けの旅路だった。

 そんな中でも衰えない行商人魂逞しい両親の鼓舞の下、先程ようやく全員揃ってこのアルスト国の首都テデリンに辿り着く事が出来たのだ。


 正直、この両親の行商人魂は俺には理解出来ない領域に達している。

 命がかかっているのに根拠の無い自信の下、必ず次の街に辿り着けると信じて疑わず、躊躇無く突き進んで行くのだから手に負えない。そして見事目的を達成してしまう。

 きっとうちの両親は強運の持ち主なのだろう。


「それにしても、よく無事だったなー。この前王様が腕っ節の強い兵士や志願兵を募って大繁殖している魔物の討伐隊を組んだけど、全滅だったって聞いたぞ」

「そりゃあ、俺たち行商人はお客様が必要としている商品をお客様の手元に届ける事が仕事だし、欲しい物が手に入った時のお客様の笑顔を見るのが生き甲斐だからなぁ! これしきの災害でへこたれていられんよ!」


 ルウが感心したように俺、父、母に視線を向けてから背後に控えている護衛の人たちを見遣ると、すかさず父さんがドンッと自らの胸を叩いた。

 父さんは道中もこの調子で家族を鼓舞し、「さぁさぁ、護衛の皆さんも沢山食べて、英気を養って下さい!」と、気前よく珍しい果物や美味しい食事を振る舞っていた。

 ちょっとやりすぎじゃないかとも思うけれど、結果的に護衛の人たちといい関係を築けているので、父さんのこういうところは見習いたいと思う。



 そんなやり取りをしていると、不意に視線を感じた。先に気付いていたらしいルウが、視線の主の方を見遣る。

 俺もルウが見ている方向に向き直り──目に飛び込んで来たのは、柔らかい陽射しのような金色の髪。光の加減で銀色のようにも見える、明るい灰色の瞳がこちらを見ていた。


「ルウ、知り合い?」

「ひりあいひゃない。へど、ふぁいふがだれなろかはひってるふぉ」


 もごもごと果物を口に入れたまま喋り、喋り難いと思ったのか口の中の果物を一気に飲み込む。

 そして、今発した言葉を改めて口にした。


「知り合いじゃないけど、あいつが誰なのかは知ってるぞ!」


 ぐいっと口許を拭い、いつも通り大きく声を張るルウに、金髪の子供がびくりと身を竦ませた。

 ルウと初対面の人は大抵同じ反応をする。ルウはこの大きな声のせいで相手を萎縮させてしまい、恐い人だと誤解されやすいのだ。


 俺はルウの大声で怯えてしまった子供の許へ向かうと、身を屈めて相手の目線の高さに自分の目線の高さを合わせた。


「どうしたの? 迷子かな?」

「あ、あのっ……いえ、違います!」


 まだ声変わり前の高い声。綺麗な外見のせいでぱっと見では男か女か判断がつかないけれど、服装からして男の子だろう。よく見れば凝った刺繍が施された、質のいい服を身に付けている。


「えぇと……じゃあ、俺たちに何か用事かな?」


 改めて問いかけると、金髪の少年は俯き加減で小さく「あの」とか「その」とかを繰り返した。

 人見知りかな?

 そう思った時、ばっと少年が顔を上げた。そして意を決した様子で、半ば叫ぶようにしてこう言った。


「そ、その……! その果物、あるだけ僕に売って下さい!」


 この言葉に、俺たちは顔を見合わせる。「その果物」とは、ルウに渡した果物の事だろうか。

 困惑して反応出来ずにいると、少年はみるみる顔を赤くして視線を地面へと落とした。


「あの、僕……僕の婚約者のリュシェが、体調を崩してしまいまして。お見舞いに行って何か欲しい物はないかと聞いてみたら、美味しい果物が食べたいって……。さっきそちらのお兄さんがとても美味しそうに食べていらしたから、きっとその果物はさぞかし美味しいのだろうと思ったのです」


 婚約者。

 俺とルウ、両親はまじまじと少年を凝視する。こちらからの視線を受けて、少年は再び俯いてしまった。

 しばし沈黙が流れたが、その沈黙を破って最初に口を開いたのはルウだった。


「さすが、王子様! もうその年で婚約者がいるんだなぁ!」


 この言葉に、俺と両親は息を呑んだ。

 王子様だって!? まずい、あんな礼を失した対応をして、不敬罪になるかも……!


 肝を冷やしたこちらの内心など何のその、ルウは先程父さんにされたのと同じように、少年──王子様の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 ひぃっ! 何やってんだ、ルウ!

 止めたいのに、不敬罪を恐れる余り一歩も動けない。

 しかし当の滅茶苦茶に髪を乱されている王子様はおどおどしていた様子を一変させ、嬉しそうに微笑んだ。どうやらこの王子様、ルウの乱暴な振る舞いにも動じず、それを許す寛容な心の持ち主のようだ。


 ……まだ子供だから、遊びだと思ってただ無邪気に笑っているだけなのかも知れないけれど。

 思っても口には出さず。こういう考えこそが不敬罪の最たるものだと自分に言い聞かせ、そっと心の底に沈めておいた。



 その後、すっかり打ち解けた王子様は言葉通りルウが食した果物をありったけ買い込み、婚約者の許へと笑顔のまま戻っていった。


 そして翌朝。

 どうやって調べたのか、俺たち家族が泊まっていた宿を訪ねてきて、わざわざ「リュシェがとても美味しいと喜んでいました。またあの果物を仕入れたら、僕にも売って下さい」と伝えにきた。




 これが、後にこのアルスト国の国王となるフレッグラードとの出会いだった。




 年齢や身分の差はあれど、俺たちが友人関係を築くのにそう時間はかからなかった。

 あの一件以来フレッグラードはすっかりルウに懐いたらしく、俺が首都を離れている間も定期的にルウの許を訪れていたようだ。俺が首都に立ち寄った時もフレッグラードは城から抜け出してきて、三人で城下街を歩き回った。

 “三人で”とは言っても、少し距離を置きながら王子の護衛がついてきていたけれど。


「リュシェはとても可愛いんだ。小さくて、ふわふわしてて、キラキラした大きな目をして、いつもにこにこ微笑んでいて」


 フレッグラードの婚約者は、大臣のひとり娘でリュシェという名前なのだそうだ。

 どうやらフレッグラードはまだ12歳にも拘わらず既にひとつ年下の婚約者に首ったけなようで、定期的にのろけ話しをする。よくわかっていないルウは「そうかそうか! よかったな!」と笑っているけれど、俺としては何とも複雑な気分だ。

 何故なら……。


「そういえば、ソムグリフはそろそろお見合いとかしないの?」


 ぐさっと刺さる言葉を、幼さ故かさらりと口にするフレッグラード。

 わかってる、もう自分が嫁を娶るべき年齢になっている事くらい。


「ソムグリフは今いくつだったっけか」

「……18だよ」

「何だ! 俺様とたったふたつしか違わないじゃないか!」

「そうだよ。前にもそう言っただろ」

「じゃあまだ気にする事もないだろう!」


 がっはっは、と豪快に笑うルウ。

 俺は深い深いため息を吐いた。


 ルウは魔王種だ。いずれはルウも魔王となるのだろう。

 魔王種は魔王にならない限りは生まれた種族の寿命に縛られているけれど、魔王になった途端に長命になるというのは割と有名な話だ。

 そんなルウと年齢がふたつ差だというだけで気にしなくていい程には、人族の寿命は長くない。


 少なくとも俺は、両親が今の俺の年齢の時に生まれた子供だからな……。

 焦ってどうにかなるものだとは思っていないけれど、同年代の人たちが次々と結婚していく様を見て……それのみならず、身分が大きく違うとは言え6つも年下のフレッグラードに婚約者がいるのだと思うと、焦ってしまうのも仕方ない。


 しかし行商人の息子の嫁なんて、そう簡単に見つかるものなのだろうか。噂によると行商人って、この大陸の中でも五本の指に入る過酷な職業らしいんだけど。




 そんな懸念を抱いていたある日の事。突然、両親がひとりの少女を連れてきた。

 薄汚れた服、ぱさぱさの髪。フレッグラードと同じくらいの年なのに、その瞳は絶望の淵を覗き込んでいるように暗かった。


「奴隷商に売られそうになっていたのを偶然見かけてなぁ。日頃から王子の姿を見ていたせいか、どうしても見過ごせなくて」


 詳しく話を聞いてみれば、父さんと母さんはこの少女を奴隷商に売ろうとしていた少女の親から、ほぼ言い値で少女を買い取ったのだそうだ。


「あまり人身売買は好きではないんだが……」


 父さんは複雑な表情を浮かべながらも、少女の髪をそっと撫でる。しかし少女はまるで魂を失っているかのように、一切反応を示さなかった。

 よく見ればその手足には、人為的につけられたものと思われる傷や痣がたくさんあった。あまりにも痛々しい姿だ。正義漢ぶるつもりはないけれど、俺もこの子が奴隷商に売られようとしている現場に居合わせたら黙ってはいられなかったかも知れない。


「これもひとつの縁だろう。商人としての教育を施しながら、この子が自立できるようになるまでうちで預かろうと思うんだ。ソムグリフ、この子の面倒をお前に任せたいんだが、どうだろうか」


 どうだろうか、と言われても。

 俺はそっと身を屈めて少女の顔を覗き込んだ。

 両親の「相手の目を見れば、相手がどんな人間なのかは大体わかる」という教えの賜物で、俺はまず相手の目を見る癖がついている。実際俺自身も相手の目を見るのが一番相手がどんな人間なのかがわかるような気がしているのだけど──少女は全く無反応。

 目を合わせているはずなのに、本当に目が合っているのかもわからなくなるくらい、微動だにしなかった。


 となれば、次なる手段だ。


「こんにちは。俺はソムグリフ。君を引き取った人たちの息子だ。君の名前を教えて貰ってもいいかな?」


 相手を判断する材料として重要なもの。それはまず最初に相手の目を見る事。その次は会話だ。

 相手の言葉選びと声音、話している間の相手の仕草を見る。


 けれど、やはり少女は無反応だった。

 困り果てて両親に視線を向け直す。恐らく俺がやったような事は既に両親とも試していたのだろう。両親も困り果てた表情を浮かべて少女を見ていた。

 そんな時。


「よーう、ソムグリフ! こんな所で会うなんて珍しいな」


 背後から聞き慣れた大きな声をかけられた。驚き振り返れば、朝焼け色の鮮やかな髪を揺らしながらルウがこちらに駆け寄ってくるところだった。

 ここは首都ではないのに、どうしてルウが……。


 その事に気を取られていると、とん、と何かがひっついてきた。何だと思って見遣れば、少女が無表情のまま、ルウから隠れるようにして俺にくっついていた。さっきまで全く反応がなかったのに、この少女にとってもルウの大声は恐かったようだ。

 俺は宥めるように少女のぱさぱさの髪を撫でながら少女の肩に手を置いてルウから隠すように姿勢を変えると、顔だけルウに向け直した。


「ルウこそ、こんな所にいるなんて珍しいな。この街に用事?」

「用事ってぇか、あれだ! 引っ越しだ!」

「引っ越し?」


 想定外の言葉に目を瞠る。

 するとルウにしては珍しく少し表情を翳らせて、声のトーンを落とした。


「ついに俺様も、二次覚醒したからな。例の決まりに従って、東大陸の魔族領に引っ越しだ」

「東大陸……」


 例の決まりとは、アルスト国における魔王種特有の決まり事を示す。

 曰く、魔王種は二次覚醒と共に強大な力を有す為、争いの種とならぬよう二次覚醒を経て眠りから覚めてのち、十日以内に中央大陸を去るべし……というものだ。


 天歴が始まる以前の、東大陸で発生した始まりの魔王と勇者の壮絶な戦いとそれがもたらした結果は、この中央大陸でもよく知られている。

 故に、この国では魔王という存在が危険視されている。できる事なら魔王となり得る存在をこの大陸に置いておきたくないというのが、アルスト国の意向なのだ。


 ただ、魔王種と言えど一次覚醒した程度では他の大陸で生き延びる事が難しいという話もあるため、二次覚醒を迎えるまではその力を振るわない事を前提に、この大陸にいる事が許可されている。


 これまで二次覚醒がなかなか来なかったおかげでルウは16年この中央大陸にいられたけれど、ついに旅立つ時が来てしまったようだ。

 行商をしている関係上、俺たち一家は首都から遠く離れた地域を回っている事も多く、下手をしたら知らぬ間にルウがこの国を去っていたところだった。それを思えば、ここで会えたのは僥倖とも言える。


 けれど。


「……寂しくなるな」


 一所に留まらない生活を送っているが故に、友人と呼べるほど互いを知る相手はルウしかいなかった俺からしたら、この別れはつらい。

 東大陸の魔族領なんて、行こうと思って行けるような場所ではない危険地帯だ。恐らく、これが今生の別れになるだろう。


 しかしルウはそんなこちらの心情を吹き飛ばすように、


「まぁ寂しくはなるが、気が向いたらいつでも遊びにこいよ!」


 などといつもの調子で宣い、うちの両親にもみくちゃにされながら激励を受けると、拍子抜けするほどあっさりと、「じゃあなー!」と大きく手を振りながら去って行った。



 半ば呆然とルウを見送っていると何かにぐいぐいと押されて、自分が例の少女を抱え込んでいた事を思い出して慌てて手を離す。


「ごめんごめん。ルウがあんな事言うからちょっと力が入ってたかな。痛かった?」


 肩を掴む手に力が入ってしまっていたかも知れない。そう思って謝罪すると、少女はぶんぶんと首を左右に振った。初めて反応らしい反応が返ってきた事に目を丸くしていると、


「……キアシエ」


 ぽつりと、掠れながらも柔らかい声が耳に届いた。

 これは、もしかして。


「君の名前?」


 問いかけると、少女はこくりと頷く。

 どうやらルウから遠ざけた事で、彼女からの信頼を得られたようだ。


 この件以降、少女──キアシエは俺たち家族に対して急速に心を開き、必死に商人としての勉強に取り組んだ。

 驚くべき事にキアシエは才能の塊だったようで、あっという間に読み書きと計算を覚え、彼女が俺たち家族にとって無くてはならない存在となるまでに、そう時間を要さなかった。




「ソムグリフ! ルウには会えたか?」


 ルウを見送った翌年。久々に首都テデリンを訪れると、どこから情報を仕入れたのか、早々にフレッグラードがやってきた。

 次期国王としての威厳を身に付け始めているフレッグラードのその立ち居振る舞いや声の持つ力強さは、出会った当初のあの弱々しさを一切感じさせない。すっかり頼もしくなってきた。


「ああ。幸運にも、東大陸に渡る前に会えたよ」

「そうか、良かった」


 ほっとした様子で目を細めるフレッグラードは、その外見のせいもあってやたらと周囲の視線を集めていた。

 けれどどうやら城下街の人々はこの王子様が城を抜け出してくる事に慣れている様子で、その容姿に振り返る人はいても騒ぐ人はいない。

 この国は本当に穏やかな国だな、と心底思う。他の国がどうなのかは知らないけれど。


「ん? 見慣れない子だな」


 ふと、フレッグラードが俺の隣にぴったりとくっついているキアシエに気付いた。

 キアシエは出会った当初のぼろぼろの服ではなく旅に向いた、けれど娘らしい服装で身形を整え、痛んでいた髪も思い切り短く切って伸ばし直している。

 いまだに表情こそあまり動かないものの目にも生気が戻り、「初めまして、フレッグラード様。私の名はキアシエと申します」と挨拶する声も明瞭だ。


「去年……東大陸に向かうルウに会うちょっと前に、奴隷商に売られそうになっていた所を両親が保護したんだ。今は帳簿付けの勉強をしてるんだけど、覚えも早いし正確だし、すごく優秀なんだ」

「へぇ。僕と同じ年くらいなのに、偉いな」


 ぐしゃぐしゃとフレッグラードはキアシエの短い髪を撫でる。

 どうもフレッグラードはルウの影響を強く受け過ぎている気がしてならない。見た目の大人しさに反して、妙に豪快な所があるんだよな…。


 髪を撫でられるなんて俺たち家族からしかやられた事がないキアシエは、これまで見た事がないくらい、目を大きく見開いていた。体が若干ぷるぷると震えている。

 あれはどういう意味の震えなのか……。


 結局耐えかねたのか、キアシエは素早い動きで俺の後ろに隠れてしまった。

 その様子を見てフレッグラードは不思議そうにしていたけれど、


「王子、同年代の女性の髪を撫でるのは感心しませんよ」


 いつも離れて護衛をしている男が音も無くフレッグラードの後ろに立ち、そう忠告した。正に俺が言おうかと思っていたタイミングで、言おうとしていた言葉を先に言われてしまって口を噤む。

 護衛の人の言う通り。フレッグラードは婚約者を溺愛してるんだから、あらぬ誤解を受けないためにももっとそういう所は気を遣った方がいいだろう。


「そういうものか?」


 当のフレッグラードは何故忠告を受けたのか分からない様子で、俺の方に問いかけてきた。俺はちらりと背後に隠れたキアシエを見遣り、それから改めてフレッグラードに向き直る。


「そういうもんだ。フレッグラードも、そろそろ自分の行動がどのような結果に繋がるのか考えないといけない年頃になってきたってことだな」


 そう答えてやると、フレッグラードはうむむ、と唸りながら考え込んでしまった。

 フレッグラードはちょっと鈍そうだからなぁ……。



 この後しばらくは久々の再会を喜びながら他愛のない話や、道中で見聞きしてきた各地の状況について話をした。一通り話し終えると、フレッグラードは情報を提供した俺に礼を言い、いつも通り婚約者に会ってから城に戻ると告げて去っていった。


 去り際に護衛の男から「いつも王子がお世話になっております」と言われてしまった。まるで保護者だ。

 俺が苦笑しながら「不敬かも知れませんが、フレッグラードはいい友人です」と応じると、男は心底嬉しそうに微笑んで「今後とも宜しくお願い致します」と言い残し、フレッグラードを追っていった。

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