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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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10.【リク】六歳 “覚醒”と“研究者”の噂と妖鬼の掟

 天歴2512年。私は六歳になった。


 最近嫌な噂を聞いた。魔族領で人族が希少種を攫っているらしい。

 すでに魔王種の子供が一人と成人した妖鬼が二人、翼人が一人誘拐されたとか。

 人族からも神位種が一人誘拐されたという噂もある。


 子供とはいえ魔王種や神位種がそう易々と捕まるもんかねぇ……と一瞬考えてから、あぁ、捕まるね、捕まる捕まる。と考えを改める。

 成人した妖鬼や翼人を誘拐できるような相手みたいだし、まだ力の弱い魔王種や神位種なら恐らく簡単に捕まるだろう。それくらい、力が覚醒していない魔王種は弱いのだ。


 それにしても、覚醒かぁ。

 話に聞いただけだけど、本当にするのかな。まぁ、するんだろうなぁ。でなきゃ私、魔王種を名乗るにはちょっと弱すぎる気がするもの。



 私が魔王種や神位種に“覚醒”というものが存在すると知ったのは、旅の途中。

 現在魔王として国を治めているギルテッド国の王フィオ=ギルテッドとかつて行動を共にしていたという、獣人の老戦士と出会った時のことだった。


 彼は現魔王を長年近くで見てきたからか、魔王種についてやたらと詳しかった。

 私が魔王種だと気付くなりすぐに声をかけてきたくらい、彼にとって魔王種とは特別な存在なのだろう。


 その獣人の老戦士曰く。

 魔王種や神位種のような特異な者たちには、飛躍的に力が伸びる“覚醒”という現象が起こるとのこと。


 そもそも魔王種や神位種は幼少時からその片鱗を見せるものの、成人前にあるという“一次覚醒”と呼ばれる最初の覚醒が来るまでは「同年代よりは強い」という程度の力しか持たないらしい。

 そしてその“一次覚醒”が来ると驚異的な力を発揮できるようになるそうだ。


 さらに成人後に“二次覚醒”が起こると魔王種としてはほぼ完成体になり、魔王として“最終覚醒”すると完全無欠の魔王になるのだとか。

 何そのラスボス進化みたいなやつ。


 ちなみに魔王としての“最終覚醒”には特殊な条件があるらしい。それが何なのかは教えて貰えなかったけど。


 そうして魔王と呼ばれるようになった者たちはほぼ例外なく、魔族領内に自らの国を持つ。

 もしかしたら、民を守る覚悟だとか民から認められる資質だとかが“最終覚醒”には必要なのかも知れない、なんて予想してみたり。


 だとしたら、私が魔王になることはないだろう。

 別に国を持ちたいわけじゃないし、目立とうだなんて微塵も思っていないもの。


 幸い、魔王種に生まれたからって魔王になることが確定してるわけじゃなく、“二次覚醒”止まりのまま一生を終える魔王種もいると獣人の老戦士は言っていた。

 だったら私はそこを目指すべきだな、と自分の中で結論付けた。




 その後どの集落に行っても例の誘拐事件に対する関心は高かった。

 狙われているのが希少種とは言え、悪意ある人族が魔族領の奥地にまで入り込んでいるという事実が潜在的脅威だからだ。


 そもそも魔族領は人族にとって危険な地域だ。


 魔族が魔族と呼ばれるようになった原因は、“始まりの魔王”の所行にあるという。

 “始まりの魔王”は世界に存在する魔力を全て我がものにしようと企み、精霊や妖精の命を脅かし、それでも飽き足らず従属しない者たちを虐殺した。

 彼の配下も(あるじ)に倣い、悪逆非道の限りを尽くしたという。


 そのことから、彼らは魔力に魅入られし一族──魔族と呼ばれるようになった。


 現在魔族と呼ばれている私たちはそんな彼らの子孫だ。

 今でこそ人族に友好的な者たちも増えたけど、それでも未だに他種族や他種族と友好を結ぶ魔族を敵として認識している者たちもいる。


 つまり彼らからしたら人族は善し悪し関係なく憎き敵なわけで、見つけ次第問答無用で命を狙いに行くはずだ。

 なのに誘拐犯たちは悠々と魔族領に侵入し、目的を達しては魔族領外へ消え、また目的ができれば魔族領のどこにでも現れる。こんな不気味な存在を恐れない者などそうそういないだろう。



 また、噂によっては誘拐は神殿の仕業だというものもあった。神官服の人族を見かけたという話もちらほらあって、信憑性が高い。

 時折、“研究者”という単語も耳にした。


 神殿、神官服、研究者。

 何だろう、もの凄く狂信的カルト集団やマッドなサイエンティストを連想させる単語群だ。


 何れにしてもこの単語から私が推測出来るのは、怪しげな研究機関を地下に抱えた表向き清廉潔白の巨大宗教組織だ。

 ありそう。凄くあり得そう。

 この後に展開されるのはもしかして推理小説かサスペンスドラマだろうか。

 それとも世界を巻き込む一大スペクタクル映画だろうか。


 はっ、いかんいかん。

 つい意識が妄想の世界に旅立ってしまう。気をつけないと。



 そんな噂ばかりが耳に入るせいか、父母は不安そうな様子だった。

 希少種が狙われているということは、それはそのまま自分たちが狙われているということでもあるからだ。


「恐いわね……」

「そうだね、今まで以上に気をつけないと」


 母アイラと父イムが話し合っている傍らで、私は妹のサラの手を引いていた。

 一歳になったサラはようやく歩きが安定してきたところで、もし襲撃を受けたら誰かが抱えて逃げなければならない。サラが両親ではなく私の傍にいる場合はタツキがその役を引き受けてくれる。


 そんな状況なのに、サラは好奇心旺盛でじっとしていないから目が離せない。今も手をぐいぐい引っ張ってどこかに行こうとしている。

 私はサラの手を離すまいと彼女の動作に合わせて動きをリードして、妹をこの場に留め置くことに全神経を集中していた。


 すると母が私からサラを引き取り、ひょいと抱き上げた。

 それを目で追っていると、私の両肩に大きな手が置かれた。

 その手の主を見る。私を真剣な表情で見つめる父と目が合った。


「セア……よく聞いて」

「はい」


 常にない真剣さを宿した父の声音に背筋を伸ばして頷く。


「妖鬼には、必ず守らねばならない掟があるんだ。本当はもう少し大きくなってから話そうと思っていたけれど、この状況だ。今のうちにセアにも伝えておくよ」


 やはり真面目な話か。

 私も真剣な表情を浮かべ、再び「はい」と頷いて先を促した。


「まず最優先事項だ。それが、全力で生き延びること。次が、種を繋ぐこと」


 うん、この辺はわかる。

 希少種である妖鬼にとっては大事なことだろう。


「だけどもし逃げ切れなかった時のために、生かす者に順位が付けられている。それを守るために、自分の命をかけて戦わねばならない時がある」


 うん……?


「順位?」


 命に貴賎はない。命の重みは皆同じ。

 ……ではない、ということだろうか。


「そう。順位がある。一番に守るべきは若い世代。うちの家族で言うなら、セアとサラだね」


 あぁ、そういう順位か……。

 年長者が年少者を守る。そういうことか。

 それが命がけになるというのは如何にもこの世界らしい話だ。


「だけど、若い世代以上に優先的に守るべき者がいる」


 まだ続きがあったようだ。

 年少者よりも守るべき者……何だろう。


 私は続く言葉を待った。それを察してか、父はひとつ頷いて言葉を続けた。


「最優先で守るべき者は、強き者。うちの家族で言うなら、セア……君だ」


 衝撃が来た。


 え? 嘘。

 違うよ、うちの家族で一番強いのはお母さんだよ。

 だったら、何よりも一番に守るべきはお母さんでしょ……?


 何も言えずに固まっていると、父は一呼吸置いて続けた。


「もし何かあった時、父さんと母さんはセアとサラを逃がすために戦う。だけどもし父さんと母さんでも二人を守りきれなかったら、セア、君はサラを捨ててでも逃げ延びるんだ。それが妖鬼の掟を守る、ということなんだ」


「え……?」


 何、言ってるんだ、この人は。

 そう思った。


 若い世代を守る。ここまでは理解できた。種を残すためには必要なことだ。その時が来たら、どんなに心が痛もうとも、私は父母を置いてサラと共に逃げる覚悟を決められるだろう。

 六年も逃亡生活をしてきたから、それくらいは思い切れる自信はあった。


 けれど。


 サラを……妹を置いて逃げる。


 それだけは、絶対にできるはずがない。

 考えるだけでも心臓が痛む。


 ぽろぽろと私の目から雫が落ちた。

 両親がぎょっとしている。


 まぁそういう反応になるだろう。

 三歳からこっち、初戦闘の時を除いて私は両親の前で涙を見せてこなかった。前世の記憶があるせいか、体がある程度思い通り動くようになってからはすっかり前世の思考に引っ張られて、子供らしく泣くことがなくなっていた。


 けれど。だからこそ。


 前世でも、私には妹がいた。

 甘えっ子で、わがままで、でも家族が大好きで。

 きっとあの子もあの時に命を落としたのだ。


 もう会えない。

 その悲しさ、辛さ、痛み。


 それをまた、今世でも味わえと言うのか。それも、自ら妹を見捨てると言う形で。

 そんなの……耐えられない。


「あぁー、だうー、うぁー!」


 何かを察したのだろうか、サラが声を上げ始めた。そちらを見遣ればサラが必死に私の方に手を伸ばしている。

 その姿を見て、私は母から奪い取るようにしてサラを引き取り、抱きしめた。


「うー、あぅあー」


 サラも私に体を預けてきゅっと服を掴む。

 それを見てどう思ったのか。

 父母のため息が頭上から聞こえた。


「まぁ、そうならないように気をつけて行こう」

「そうね……。いざとなったら、私とあなたできっちり二人を守れば問題ないわ」


 そんな二人の声を聞きながら。

 私も全力でサラを守るんだと、心の中で誓うのだった。

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