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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
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94. 親友

 ゴルムアの亡骸を地面に横たえて、ルウはしばらくの間、抜け殻になった骸をじっと見ていた。

 その様子を誰もがその場から身じろぎもせずに遠巻きに眺めていたけれど、やがてルウがくるりとこちらを振り返る。そして真面目顔を一変させてニカッと笑い、


「よぅ、フレイラ! ピンチに駆けつけた俺様、どうよ!」


 私が背に庇っているフレイラさんに問いかけた。


「ど、どうよって言われても……助かったわ。ありがとう」


 戸惑いながらフレイラさんが礼を言うと、ルウの表情がぱっと輝いた。

 あぁ、ルウは本当にフレイラさんの事が好きなんだなぁ。てっきりあの場の思いつきでフレイラさんに「俺の嫁になれ」って言ったのかと思ってた。何せルウは前回会って以降、フレイラさんの前に姿を現さなかったらしいので。


「それより、ルウ。あなた今までどこにいたのよ。リクさんたちがずっと探してたのよ?」

「何だよ、フレイラが俺様に会いたくて探してたんじゃないのか? フレイラが呼んでくれたら即刻駆けつけたけどなぁ」


 本気なのか何なのか。ルウはその巨体を屈めて私の背後にいるフレイラさんの顔を私越しに覗き込む。

 小柄なフレイラさんからしたら巨体のルウが迫ってくるのはちょっと恐いのだろう。ルウから隠れるようにぴったりと私の背中にくっついてきた。

 そんなフレイラさんの様子を見てルウは小さく息を吐き、身を起こす。ちらりと見遣ったルウの表情には、複雑な心境が滲み出ているような笑みが浮かんでいた。


「んで? リクは俺様に何の用があったんだ?」


 ぽりぽりと頬を掻きつつ、ルウは気を取り直して私に問いかけてくる。

 そんなやり取りをしている間に遠巻きに見ていたタツキやマナ、センも周囲に集まってきていた。


 ルウに聞きたかったのはゴルムアについてだったんだけど……ゴルムア亡き今となっては今更な気もする。

 でも、気になるから聞いちゃおうかな。


「前回ゴルムアがフォルニード村を襲撃してきた時に、一度だけルウの名前を口にしていたの。だからどういう知り合いなのか知りたかったのと、何故ゴルムアがこういう……正気を失っているような状態になったのか、もし知っていたら教えて貰おかうと思って」

「ほぉほぉ」


 ルウはちらりとゴルムアの亡骸に視線を投げる。


「あいつは、あそこまで壊れても俺様の事は覚えててくれたってことか。さすが親友だな!」


 心底嬉しそうな笑顔を浮かべるルウ。しかしゴルムアがルウに応える事は無い。

 その事を少し寂しく思ったのか、ルウの声のトーンが少しだけ落ちた。


「俺様とあいつは、なんつーのか、いわゆる幼馴染みだ。俺様はかつて中央大陸で暮らしていたんだが、あいつは俺様が暮らしていた街に行商に来ていた人族の子供だった。年が近かったのもあるし、互いに好奇心の塊だったからか、すぐに仲良くなってな! あいつが死ぬまで親友だった」

「──え?」


 中央大陸で暮らしてた? 死ぬまで親友だった?

 ちょっと理解が及ばない言い回しに困惑していると、ルウは私たちをさっと見回してニヤリと笑う。


「転生って言葉、お前たちならわかるだろ? まぁこれは誰の身にも起こる事なんだろう。あいつも当然のように、ちょっと変質はしていたが同じ魂のまま生まれ変わった。特殊だったのは、あいつが生まれ変わっても尚、俺様と親友だった前世の記憶を持っていたって事だ」


 おぉ? ちょっとちょっと、何なの、今の意味有りげな笑みと言い回しは。

 問いつめたいところだけど、今はルウの話を聞く方に専念する事にした。

 とりあえず今の話から、ゴルムアが前世の記憶を持ったまま前世と同じ世界──この世界で再び生を受けたという点は理解出来た。


「今世のあいつは、神位種だった。何の因果か、今世でも行商人の子供に生まれてな。フォルニード村に行商に来るアールグラントの行商人夫婦の子供だったんだ。今世のあいつとは、俺様がたまたまフォルニード村に立ち寄った時に再会した。つっても、見た目が前世とは似ても似つかないあいつに俺様が気付く訳もなくてな。ゴルムア……本当はコールって名前だったんだが、コールが俺様に気付いて声をかけてきて、今世でもまた友人になったんだ」


 その頃の事を思い出しているのか、ルウは遠い目をしながら語る。


 しかしルウもフォルニード村に立ち寄るような事があるとは意外だ。

 けれどよく考えてみれば、ルウは衣食を必要とする翼魔人。特定の地に定住していない事から考えても、衣服や食料を手に入れる為にフォルニード村や他の集落に立ち寄っていてもおかしくはない。

 ……どうやって貨幣を手に入れているのかは、謎だけど。


 そんな事を考えている間に、ルウの表情が僅かに翳った。


「だが、神殿が迎えにくる前に、コールは何者かに攫われた。そして次にこいつが姿を現したのは、オルテナ帝国皇太子の弟ゴルムアとして……オルテナ帝国の勇者としてだった」


 ルウの言葉を聞いて息を呑んだのは、私だけではないはずだ。


 希少種の神位種であったコール──ゴルムア。

 神殿が迎えにくる前に誘拐された。

 次に現れた場所は、オルテナ帝国。


 これだけ条件が揃っていればその裏には間違いなく、“研究所”が絡んでいる。


「勇者になったゴルムアは、これまた何の因果か、俺様の前に立ち塞がった。その時には既にコールとして接していた頃とはまるで別人で、魔族を殺す事しか考えてないような奴になってた。だから俺様はこいつから離れたのさ。それ以降、今日まで遭遇しないように避けてたんだが……まぁ、一応友人だからな。いつか正気に戻るかも知れないし、魔族領にゴルムアが侵入してきた時は気が向いた時だけ、こっそり様子を見てた訳だ。けど、正気に戻るどころか状態は悪化する一方だったな……」


 少し寂しそうに地面に視線を落とすルウ。らしくない。

 けれどその様子から、どれだけコールという存在がルウにとって大切な存在だったのかがわかる。


「それでもこいつはフォルニード村に拘ってただろう? あくまで俺様の予想だが、ゴルムアには攫われた時の記憶があって、両親を捜す為にフォルニード村に拘ってたんじゃないかと思ってな……。でもま、結局こいつは、正気に戻る事なく完全に壊れちまってた。最後はちょっとだけ、戻ってたけどな」


 改めてゴルムアの亡骸を見遣るルウ。その目には失望、悲しみ、後悔……様々な感情が混ざり合っているようにも見えた。

 けれどルウはすぐにそんな感情を隠してしまう。再びぱっと表情を快活な笑みに切り替えると、


「こいつが何であの状態になってたのかなんてな、俺様も知りたい所だ! だがもう終わった事でもある。今更知った所で何の意味も無いだろう! どうだ? 何か役に立ったか?」


 ずいっとこちらに顔を寄せてきた。

 今ならさっき私の後ろに隠れたフレイラさんの気持ちが理解出来る。巨体が迫って来るのはちょっと恐い。


「う、うん。役に立った。ありがとう」

「よしよし。……つーか、リクよぉ。お前、俺様と念話出来るのに何でわざわざ探しまわってたんだ? そういう遊びか?」


 ルウは身を起こして首を傾げると、顎をさすりながら興味深そうに私を見てきた。

 対する私は、ルウの言葉にぴたりと動きを止めた。周囲から注がれる視線が疑問に満ちている。私も何の事を言われているのかさっぱり──あっ!


「あぁぁぁっ!」


 思い出して私は頭を抱えた。


「そうだった! 私、ルウと念話出来るんだった!」


 何て無駄な時間を過ごしてたんだ! そうだよ私、魔王ゾイ=エンとの戦いの最中、最終覚醒してる時にルウと念話でやり取りしてたじゃんか!


 思い出したら失念していた自分の愚かさと恥ずかしさで爆発しそうになる。顔が一気に熱くなり、どこかに隠れたくて、でも隠れられなくて、しゃがみ込んで膝を抱えると出来るだけ身を小さくした。周囲の視線が痛い。

 そんな中、ルウだけが豪快に「はぁーっはっはぁ! 何だ何だ、遊びじゃなかったのか!」と笑っている。

 うぅ、遊びじゃないよぉ。ちゃんと真剣に探してたんだよぉ……。


「まぁ、こうして無事目的を達成したんだからいいじゃないか! ……ところで、リクよ」


 ふとルウに呼びかけられて、私は涙目のままルウの顔を見上げた。その表情からは先程の笑みが消え、見返してくる眼差しは真剣そのもの。

 ルウはくいっと親指でゴルムアを指し示すと、


「お前の能力で、あいつを生かしてくれないか?」


 そう宣った。

 私はルウの言葉の意味がうまく飲み込めず、首を傾げる。


「隠しても無駄だぞ。お前が吸収能力者だってのは、もう知ってるんだからな」


 吸収能力者。

 そう言われてようやく、ルウが言わんとしている事を理解した。ルウは私に、ゴルムアを吸収しろと言ってるのだ。


「なっ、何で?」


 何で知ってるの? 何で親友をそんな簡単に差し出せるの?


 ふたつの疑問が同時に沸き上がってきて、私はそのどちらも言葉として発する事ができなかった。

 けれどルウは察したようにひとつ頷く。


「紫目の魔王種にはたまにお前のような吸収能力者が現れる。俺様だってただ戦ってるばかりじゃなくて、情報収集だってしてるんだぜ? 前回ゾイを吸収している所を、遠くからだがこの目でしっかり確認させて貰った。吸収能力者は吸収した者の特性と記憶を引き継ぐんだろ? そんなにゴルムアの事が知りたいなら、こいつから直接教えて貰えばいい。それに」


 ちらりとルウが視線を向けた先に、黒い神官服のふたり組が立っていた。睦月とサギリだ。

 いつの間に……。


「リクがあいつらと関わりがあるのも知ってるぞ。あいつらと関わってるなら、フレッグラードとも関わってるってことだ。あいつら伝でもいいから言ってやってくれよ。ゴルムアの、コールの、そしてコールの前世であるソムグリフの悔しさをな」


 また出てきた。フレッグラード。ゴルムアのみならずルウまでもがその名を口にした事で、聞き流す事が出来ない名になってきた。

 私はすくっと立ち上がり、真っ直ぐルウを見上げる。こちらの様子に気付いてルウも視線を私の方へと戻した。


「ねぇ、そのフレッグラードって誰? 何者なの?」

「それは……」


「“フレッグラード”は、“マスター”の名前だ」


 ルウの言葉を遮るようにして、睦月が私とルウの会話に割って入った。全員の視線が睦月に向く。

 睦月はつかつかと歩み寄ってくると、私とルウの間に立ち、ルウを睨み上げた。


「まさかルウ=アロメスが、マスターが言っていたかつての友人のひとりだとは思わなかったよ」

「今はもう友人じゃない。フレッグラードは俺様たちの言葉なんて聞きやしなかったんだからな。俺様はそんな奴を友人だなんて思いたくない」

「……まぁ、いいよ。結局ゴルムア──ソムグリフも正気に戻せなかったし、マスターも壊れちゃったし。全てが手遅れだ」


 睦月はふいっとルウから視線を反らすと、今度は私に視線を移す。


「姉さん。俺からもお願いしたい。ゴルムアを……ソムグリフを取り込んで、その記憶を覗いて欲しい。彼がマスターに伝えたかった事を、かつて彼にマスターが話していた事を、俺たちも知りたいんだ。でも、どうしても姉さんが嫌なら、断ってくれてもいいから」

「ちょっと、イザヨイ!」


 柔らかい笑みを浮かべる睦月にサギリが何事か反論しようとするも、睦月に睨まれて黙り込んだ。

 睦月は改めて私に微笑みを向けてくる。


「姉さんが決めて。嫌がってるのに強要する奴らがいたら、俺が片付けるから」


 お、おぉ。笑顔で何恐い事言っちゃってるの、弟よ。

 というか、睦月的にはここは断って欲しいのかも知れない。最初こそ頼みたいとは言っていたけれど、後半の言い方だとどちらかと言えば、断って欲しそうだった。


 私は一度深呼吸して、ちらりとタツキに視線を送る。視線に気付いたタツキは小さく頷いた。私に任せるという事だろう。


 ……よし、決めた!


「睦月。サギリ。ルウ」


 私は意を決して、名前を呼びかけながらそれぞれに視線を据えた。それから右手をゴルムアに向ける。


「ゴルムアは、有り難く頂くね」


 にこりと笑って。

 私は分解・吸収能力を行使した。


 命が宿らないゴルムアの身体は以前試した時のような抵抗など一切なく、あっさりと崩れ始める。乾いた砂山がさらさらと風に崩されていくように、ゴルムアの身体も青と紫の光へと分解されていく。

 ゴルムアは神位種なだけあってか、かなり膨大な魔力素を内包していたようだ。分解には火竜やゾイ以上に時間を要した。


 そうして分解された光は私の右手の平から体内へと吸収されていく。

 その光景を、センと睦月、サギリが目を見開いて凝視していた。


 あんなに強かったのに。あんなに苦戦したのに。

 ゴルムアは呆気なく、その姿を消した。

 ゴルムアを構成していた魔力素が私の中に吸収されてくるに連れて、ゴルムアが持っていた特性や記憶が私に定着し始める。



 しかし、ゴルムアの記憶を覗こうとした瞬間。



 キン、と強い耳鳴りと同時に、覚えのある感覚が身体の奥底から湧き上がってきた。

 激しい頭痛と、言葉では表し難い感情や感覚を掻き乱すような不快感。

 並行して爆発的に周囲へと広がって行く、青い光の暴風。


「嘘っ!?」


 痛む頭を抱えながらも、信じられない思いがそのまま口から零れ出る。

 その間にも耐え難い痛みは全身へと広がっていき、立っていられずに地面に崩れるようにして蹲った。


「あぁっ……あぁぁぁあああ!!」


 何度経験しても慣れる事などない痛みと不快感。

 声を上げる事で和らぎなどしないのに、悲鳴染みた叫びを上げずにはいられない。


「姉さん!?」


 すぐ側にいた睦月の声が聞こえる。けれど返事をする余裕もない。


「おいおい、リクはもう二次覚醒してるんだよな?」

「とっくにね。でも神位種の力を極めたゴルムアを取り込んだ事で、通常では考えられない反応が起こってる」


 ルウの問いに答えながら、私の両肩に手を置くタツキ。不思議と痛みや不快感が、僅かながらに和らぐ。

 もっと楽になりたくて反射的にタツキに縋り付くと、タツキは包み込むようにそっと私の背中に手を回した。


「リクとゴルムアの魔力素の相性が良すぎる。もう切り離せない。なのに、魔力素の相性こそいいのに、どうしても相反する神位種と魔王種の力が反発しあっておかしな反応を起こしてる。ごめんね、リク。見抜けなかった……」


 謝罪するタツキの声が遠のいていく。

 同時に、痛みや不快感も遠ざかり──




 意識が途切れる間際。

 私は一体何を得てしまったのかを本能的に理解した。


 私がゴルムアから得たもの。

 それは、ゴルムア──コールという存在が持つ全ての記憶。


 そして、神位種の力だった。

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