92. 破滅の足音
魔王レグルス=ギニラックが動いた。
まるで恐怖する人族を嘲笑うかのように、ゆっくり、じわじわと。
私が千里眼で視た様子はレネも確認し、すぐさまハルトとマナにも伝えられた。
もしかしたら進軍を開始したレグルスを止めるべくゴルムアが現れるかとも思ったけれど、ゴルムアの気配は消えたまま、見つける事は出来なかった。
魔王レグルスは本気を出せば10日とかからないであろうオルテナ帝国との国境までの距離を、敢えて半月ほどかけて進軍。
国境付近まで撤退していたオルテナ帝国側の人族たちはその大半が恐慌状態に陥って統制が乱れ、戦術も何もないままオルテナ帝国・騎士国ランスロイド同盟軍は瓦解した。
恐怖で固まっている間に命を刈り取られた人もいれば、必死に逃げたものの背中から切り裂かれて絶命した人もいる。
中には正面から立ち向かって潰された命も多数あった。
私はその様子をつぶさに視ていた。
視なければならなかった。
その後レグルスが城塞都市アルトンを襲うようなら、すぐにでも出張る覚悟を決めながら。
しかしそんな私の懸念はあっさり払拭された。
レグルスは、レスティが張った古代魔術結界に包まれている城塞都市アルトンを一瞥すると、そのまま東へと素通りしたのだ。
そこからのレグルスたちの動きは速かった。国境までとは打って変わって、全速力でオルテナ帝国首都へと移動を開始する。
途中、配下の中でも側近と思われる魔族が、部下らしき魔族たちを従えて北へ南へと、分裂するように本隊から外れて行くのが視えた。恐らくオルテナ帝国の首都以外の都市や町を襲撃しに向かったのだろう。その先で行われるのは間違いなく、圧倒的暴力による蹂躙。
胸の底が、冷たく重くなっていくのを感じる。けれど、これはオルテナ帝国の自業自得なのだ。
一体どんな勝算があって魔族に喧嘩を売ったのかはわからないけれど、先にちょっかいをかけたのはオルテナ帝国なのだから、下手に助けに出てアールグラントやフォルニード同盟まで戦禍に巻き込まれる訳にはいかない。
私はただ、城塞都市アルトンとアールグラント以南の人族の国、そしてフォルニード村を守る事だけを考えなければ……。
「やほぉー! 元気だったぁ?」
現況に胃痛を覚え始めた頃、唐突に彼女はやってきた。彼女とは、サギリの事だ。
陽気な挨拶に反して、どうやって古代魔術結界や厳重な警備をくぐり抜けて本部に入り込んできたのかと、その理由を考えようとすれば脅威としか思えない存在。
ただ、こうしてサギリがやってくるのは今回が初めてではない。むしろ最近、数日に一度は顔を見せにくる。警戒を緩める気はないけれど、段々と彼女の存在に慣れてきた面も無きにしも非ずだ。
「サギリ……もうちょっと普通に来られないの?」
「えぇ? 私としては、普通に来てるつもりなんだけどなぁ」
サギリがわざとらしくはぐらかすのはいつもの事だ。
そして、あまり追求し過ぎると機嫌を損ねてしまう事も何度か言葉を交わすうちに理解し始めていたので、それ以上突っ込むのはやめておいた。
嘆息する私の肩に静かに手乗りサイズのブライが乗ると、すかさずサギリはブライをつつき始める。
「ブライも元気ぃ? いいなぁ、あたしもブライみたいなペットが欲し〜い!」
「わっ、我は愛玩動物ではないぞ!」
このやり取りも何度目か。
当初ペットの意味を知らなかったブライはうまく反応出来ずにいたけれど、私がその意味を教えると全力で否定するようになった。
そりゃそうだよね。何せブライは誇り高き竜族で、更に言えばその頂点とも言える神竜種だ。愛玩動物扱いは屈辱的だろう。
「……で、今日は何の御用? また世間話をしに来たの?」
ブライをからかって遊ぶサギリに私が問いかけると、サギリはにこりと微笑んだ。
以前沸点が低いと評価していたけれど、実際サギリの沸点は低い。ただ、そのボーダーの置かれている場所が少しずつ見えてきたので、こちらからもある程度気安い言葉をかけられるようになった。
サギリとしては気軽に話しかけられるのが嬉しいらしく、段々と含みのない純粋な笑顔を見せてくれるようになった気がする。
「今日はねぇ、ちょっと大事なお話。リクは“研究者”、知ってるよねぇ?」
“研究者”。
その言葉に思わず身を固くし……しかしすぐに体の力を抜いた。
確信はないけれど、以前シスイから聞いた話の感じだと“研究者”は実在しない可能性が高い。最近は、リドフェル教が希少種を攫う件を気味悪がった誰かが思いつきで言い始めて浸透した呼称なのではないかと思うようになっていた。
それでも長年警戒し続けてきた存在でもあるので、反射的に身構えてしまうのはどうしようもない。
「まぁ、知ってるよねぇ。その件について、いい情報を掴んだの」
「いい情報……?」
サギリの様子が変わった。明るい笑顔から、真剣な表情に。今まで見た事のない顔だった。
思わず息を詰める。
「そのうちイザヨイがちゃんと話しにくる予定なんだけど、この情報は早めに伝えた方が良さそうだって思ったから、イザヨイから許可を貰ってきたんだぁ」
そう言いながら、サギリは黒い神官服のポケットから一枚の紙を取り出す。それを机の上に広げ、紙の一点に指を押し当てた。
「“研究者”について、あたしたちも不気味というか、あまりいい気はしなかったから調べてたの。そうしたら“研究者”が実在する組織である事がわかって、更に調べたらその本拠地がどこにあるのかが判明したのね。それが、ここ」
サギリの説明を受けながら、私は広げられた紙に視線を落とした。
そして彼女が指差す一点に目を遣り……サッと血の気が引いた。
「嘘、でしょ?」
「そう思いたいなら別にいいけどぉ……でも嘘じゃないんだよねぇ、これが。」
サギリが示しているのは東大陸の地図であり、その中にあるひとつの都市の名がサギリの指の下にある。
交易都市ゼレイク。
アールグラント王国の東側、エルーン聖国との国境近くにある大きな都市であり、少し前にこの都市がオルテナ帝国と繋がりがある事とその資金源になっていた事が判明している。
まさか、そのゼレイクに──アールグラント王国内に、“研究者”の本拠地があるだなんて!
「あぁ、でも本拠地はここだけど、主導者はオルテナ帝国ね。“研究者”……正しくは“研究所”は大分歴史のある組織みたいだけど、その頂点は代々皇帝の右腕と呼ばれる皇帝の筆頭補佐官がやってるみたい。“研究所”ではその名の通り、攫ってきた希少種を素材にして色んな研究をしているみたいよ。例えば、希少種は膨大な魔力を持っている事がほとんどでしょお? その仕組みを調べる為に解剖したり、血を抜き取ってみたり……後は、口にするのもおぞましい事を繰り返してる」
嫌悪感からか、サギリの眉間に皺が寄った。
割と平気で希少種の命を奪うようなリドフェル教の使徒であるサギリが、口にするのもおぞましい事と言うからにはきっと、“研究者”……ではなくて、“研究所”は相当おぞましい行為をしているのだろう。むしろ手探りで解剖なんて事までしている“研究所”に比べたら、リドフェル教は一息に命を奪う分、幾らかましなのかも知れない。
……いずれにせよ、命を奪われる事には変わりないけれど。
「あっ、一応言っておくけどねぇ、最近あたしたち、希少種狩りしてないからね?」
まるでこちらの思考でも読んだかのようなタイミングで、サギリが凄むように目を細めた。
本気で脅そうとしている訳じゃない事は辛うじてわかるから過剰に恐れる事はないけれど、それでもやっぱりちょっと恐い。
「知ってるよ。私のお母さんが攫われて以降、希少種の誘拐がほとんどなくなって足取りが掴めなくなったって、タツキが言ってたもの。それが本当なら、リドフェル教が希少種に手を出したのは、3年前にこの村が襲われた時が最後なんじゃないの?」
気を取り直して応じると、サギリの表情がぱっと明るくなった。
「そう! そうなの! なぁんだ、ちゃんと知っててくれてたのかぁ。よかったぁ。もうあたしたちはリクたちと敵対する気は全くないし、あとはレグルスさえ手に入れば今後一切希少種に手出ししないから安心してくれていいよー。まぁこれまで散々希少種を狩ってて今更敵対する気がないとか言われても困るだろうし、かと言ってこちらも謝るつもりはないし、恨まれてても仕方ないんだけどさぁ」
複雑な心境そのままに困ったように微笑むサギリを眺めながら、私は私で今後リドフェル教が希少種を狩らないと聞いてほっとしていた。
──でも。
不意に、私はある事に気付いてしまう。
それってつまり、レグルスがリドフェル教の手に渡ると同時に、リドフェル教が求めていた膨大な魔力の獲得が完了するってことなんじゃ……。
私はさっと青ざめた。
リドフェル教が希少種狩りをしてまで膨大な魔力を集めているのは、当然その集めた魔力を使う宛があるからだ。
何のために必要なのか。一体何に使うのか。
これに関しては、シスイから聞いた事がある。
シスイは、リドフェル教の使徒たちが“マスター”と呼んでいる男性の望みを叶える為に、気が遠くなるほどの膨大な魔力が必要だと言っていた。
けれど万が一、その膨大な魔力が暴走したら。
また私たちのように、この世界とは違う世界で多くの生物が命を落とす事になりかねないのだ。
頭の中で様々な思考がぐるぐると渦巻き始めた。
色々と確認した方がいいと思うのに考えがまとまらず、最悪の場合を想定した「もしも」という予想ばかりが脳内を埋め尽くして行く。
けれど私がいくら考えたって、正解には辿り着けるはずもなく。
だからうまく言葉にならなくてもいい。とにかく問いかけてみる事にした。
「ねぇ、サギリ。リドフェル教は“マスター”さんの家族の敵討ちの為に膨大な魔力を集めてるんだよね?その魔力って、一体どんな形で使おうとしているの?」
私が問いかけると、サギリはぴくりと反応して黙り込む。
その表情もみるみるうちに気まずそうなものに変わり、私から視線を反らした。
「それは……あたしからは説明できないの。今度イザヨイがちゃんと話しにくるから、それまで待って貰えないかなぁ」
「イザヨイが話しに来てくれるのは、いつ?」
更に畳み掛けるように問いかけると、サギリはぎゅっと目を瞑って「うぅ〜」と唸った。
けれど意を決したように瞳を開け、今度は真っ直ぐ私の目を見てこう言った。
「リクが心配するのもわかるよ? あたしたちだって、あの膨大な魔力を扱う時に一歩間違えれば魔力が暴走して、あたしたちみたいな人がまた沢山出てくるかも知れないって考えてないわけじゃない。けれど……けれどね。もう止められないの。“マスター”は、“マスター”はもう、止まらないの……」
日頃から強気なサギリらしくなくちょっと目を潤ませながら、小さく「“マスター”はもう、壊れちゃったの……」と呟く。
壊れた。
その一言が、脳裏でかつてシスイが発したある言葉と一致した。
シスイは以前、「出来るだけ穏便に、マスターが完全に壊れてしまう前に、マスターの願いを叶えたい」「マスターはもう壊れ始めている」と言っていた。
けれど私には具体的に、彼らが言う「壊れる」という言葉の意味が想像出来なかった。
これについてもシスイが「あの人は2000年もの間、悲願を達成できず、ずっと耐えて来たせいで精神と肉体の限界がきている」と言ってたっけ。
つまり、“マスター”さんの精神と肉体の状態が限界へと向かって進行した結果、サギリが悲観してしまうほどの状態に陥ってしまったという事だろうか。
だとしたらサギリの様子を見るに、睦月やシスイ、サギリが思った以上の速度で“マスター”さんは壊れていっているのかも知れない。
本当は色々と聞きたかったけれど、ついにサギリの目から透明な雫が零れ落ちたのを見て、私は口を噤んだ。
いつものサギリの面影は形を潜め、止めどなく涙を流し始める。
「あたしたちはもう、沢山の希少種を殺してきた……。リクの今世のお母さんを手にかけたのだってあたしたちだし、一時期リクの友達の魔王種の子だって狙ってた」
この言葉にぞっとした。
やはりマナも狙われてたのだと、確信を得て。
3年前、フォルニード村が壊滅した時にセンザまで逃げ果せたマナ。同時期に私たちがセンザ近くの森の中で遭遇した、シスイたち。
あの時のシスイたちは当時の私たちが予想した通り、センザにいた希少種──マナを狙っていたようだ。どうやらあの時の私たちは、運良くマナを救えたらしい。
その事に安堵すると共に、やはりリドフェル教は危険な集団なのだと認識し直す。
そんなこちらの心境になど気付きもせずに、サギリは語り続ける。
「でも、そうまでしてでも、あたしたちは“マスター”を助けたかったの。あの優しい人の心を深く傷つけ、私たちの前世の命を奪ったグードジアに、一矢報いたかった。こんな……こんな、生まれてもすぐに死ぬ事が決まっている世界に生まれてしまったあたしたちを生かしてくれて、生きるために必要なものを沢山くれた“マスター”の望みを、どうしても叶えてあげたかった。もう、手遅れだけどね……。あたしたちは結局、間に合わなかった。“マスター”は壊れて、もう、あたしたちの事もわからなくなっちゃった」
最後は自嘲気味に笑ってぐいっと涙を拭うと、まだ目は赤いものの、いつのもサギリの表情に戻った。
奥底から溢れ出るような、自信に満ちた不敵な笑みがその口許に現れる。
「ちょっと喋りすぎちゃった。イザヨイには内緒ね? 今日は“研究者”改め、“研究所”の話をしにきただけだから、もう帰るねぇ!」
まるで先程の涙をなかった事にしようとしているかのように捲し立てると、サギリは机の上に広げた地図を畳んでポケットにしまい、窓を開けてそのまま窓の外へと飛び出して行った。
私は言葉をかけることすら出来ず、何かが胸につかえたまま、その後ろ姿を見送ることしか出来なかった……。
サギリが帰った後。
私はタツキの許へ向かい、サギリから聞いた話をそのまま伝えた。
「“研究所”についてはアールグラント側でどうにかして貰った方が良さそうだね。でも……そうか。魔力暴走事故に関する鍵を握っているのは前にリクが言ってた通り、リドフェル教なのか……。サギリの話の流れからすると、その“グードジア”っていう人が魔力暴走事故を起こした張本人だって事で間違いなさそうだね」
タツキは眉間に皺を寄せて唸り、一度天を仰ぐと、そのままがくりと頭と肩を思いっきり落とした。
続いて聞こえてきたのは、深い深いため息。
「二十年……。二十年も調べてきて、フィオにも手伝って貰ってたのになぁ。結局僕は、自分では魔力暴走事故の真相にろくに近付く事も出来なかった。迷ってないで最初から、リクに協力を仰いでいれば良かったのかな」
顔を上げてそう語るタツキの表情は、少し悔しそうだった。
けれどすぐに表情を引き締めると、「僕は今聞いた情報をイフィラ神に報告するから、リクも“研究所”の事をハルトに伝えておいて」と言い置いて、足早に立ち去った。
その背中が“ひとりになりたい”と言っているように見えて、私はサギリを見送った時と同様その背中をただ黙って見送る事しか出来ず……。
「主も子供だな」
そこはかとなく悲しい気持ちに囚われそうになっていると、不意にブライが呟いた。
思わず肩に乗せたままのブライに視線を向けると、金色の瞳がこちらを見ていた。
「リクよ、気にする事はない。我が主とて、元を正せば人族なのだろう? 精神が不安定になることも、時にはあろう」
「んんっ!?」
ブライの言葉に、悲しさなど一気に吹き飛んだ。
ブライさん、今、何て言いました!? タツキの事を“元を正せば人族”って言いませんでした!?
目を見開いて固まってしまった私の意図を察したのだろう、ブライはくっくっと喉を鳴らして笑った。
「転生者については知っている。主が転生者である事は本人から直接聞いた。そうでなくとも竜族であれば転生者の……リクたちのような、全く異なる世界から転生してきた者の魂くらい、感知できる。そなたたちの魂は歪で、この世界に生まれ出る通常の魂とは一線を画す異質さだ。魂の光は弱々しく、その弱い光には魂に適合しない強力な魔力が魔石化してこびりついてしまっているかのようだ。更にその弱い光を包み込むように神々しい何者かの……恐らくイフィラ神の護りがついている。だが、弱い光にも関わらずそなたたちの魂は、何故か一様に眩しい」
穏やかな表情のブライが告げる言葉に、私は開いた口が塞がらなかった。
タツキ、自分から話したんだ。それだけブライの事を信用しているという事だろう。
「そなたたちがかつて暮らしていた世界は、一体どんな場所なのだろうな? 主が生きたくても生きられなかった世界。ここにいるリクやハルトやフレイラとは違う、そなたたち。我の知らない成り立ちの世界。興味深い──が、まぁこの世界はこの世界で、なかなかのものだと我は思うのでな。行きたいとは思わないが」
別の世界。興味深い。でも行きたいとは思わない。
その言葉が何かにひっかかって、何故か耳に残った。
けれど何にひっかかっているのか考えるより先に「さぁ、早いところハルトに報告を」とブライに促されて、私はそのままそのひっかかりを忘れ去ってしまった……。
《“研究者”……“研究所”の本拠地が、ゼレイクにあるのか》
本部の自室に戻ると、私は早速ハルトに念話でサギリから得た情報を伝えた。
希少種を誘拐していた組織である“研究所”はオルテナ帝国皇帝の側近の主導の下、その本拠地はアールグラント王国の交易都市ゼレイクにある、と。
さすがにハルトも衝撃を受けたらしく、念話からすら動揺しているのが感じ取れた。
《ゼレイクの元領主はオルテナ帝国に武器と金を横流ししていたと自白したんだが、その見返りについては頑なに口を閉ざしていたんだ。もしかしたら、その“研究所”の事を隠そうとしているのかも知れない。ちょっと鎌をかけてみようか》
なるほど、確かにそれはあるかも知れない。
鎌をかけるのは有効そうだ。
《多分、人体実験をしてる組織と関わっている事が発覚したら投獄どころの話じゃなくなるから、黙ってるんだろうね。既にこちらが“研究所”の事を把握しているんだって言ったら、観念するかも知れない》
私は賛同の意志を伝える。
するとハルトが唐突に《リク……いつもありがとう》と伝えてきた。急に何事かと思って黙り込むと、ハルトは続けて念話を送ってきた。
《ゼレイクの元領主に全て喋らせて、“研究所”を一掃すれば、国内も大分落ち着くだろう。こちらが落ち着いたら一度フォルニード村に会いに行くから、くれぐれも無茶はしないでくれよ》
《もちろん!》
《ははっ。それだけ威勢がよければ大丈夫か。いや、威勢がいいからこそ自制して貰いたいところか》
笑うハルトの、念話を通した声が心地いい。
思わずその心地よさに浸っていると、
《……早く会いたいな、リク。離れているのも、もう限界だ》
切実な声が届く。それは私だって同じだ。だから素直に《私もだよ》と伝えた。
本当は今すぐアールグラントまで飛んで行って飛びつきたい。私の転移魔術を使えば簡単な事だ。
けれど今はまだここを離れる事が出来ない。再び姿を消したゴルムアが気掛かりだし、レグルスが南下して来ないとも限らない。ほんの僅かな時間離れている間に何が起こるかわからないと思うと、まだフォルニード村から離れるわけにはいかなかった。
私は最後にいつも通りセタの様子を聞いてから、ハルトとの念話を終えた。
椅子から立ち上がり、そのままベッドに倒れ込む。そして先程のやり取りを反芻して、たまらず枕を抱きしめた。
ハルトに会える。そう思うだけで、漠然とした不安を抱えていたのが嘘のように喜びで胸が一杯になった。何でもないように振る舞っていても、心の奥底にはどうしても拭えない不安があった。
しかしそれも、ハルトの一言で吹き飛んでしまった。
あぁ、会いたい。
ハルトとセタに。お父さん、サラ、ミアさんに。国王様やお妃様方、イサラ、ミラーナ……みんなに会いたい。
そう思ったら、自然と涙が溢れた。