90. 魔王マナ=フォルニード誕生
ゴルムアが去った後、最終覚醒状態が解けたマナは呆然と立ち尽くしていた。よく見れば、体のあちらこちらに小さな傷がある。
タツキは重傷のフレイラさんを先に治療すると、マナにも治癒魔術を使った。淡緑色の光がふわりとマナの体を包み込む。それが収まるのと同時に、マナは地面にへたり込んだ。
「マナ! 大丈夫?」
駆け寄ると、マナの肩は小さく震えていた。
恐る恐る振り返るその顔には恐怖が張り付いたままで、けれど私の顔を確認するとじわりと目尻に涙が浮いた。
「リク……よかった、無事だったんだね」
いつもなら縋り付いてくる所なのに、マナは安堵の表情を浮かべるとこれまで詰めていた分を取り戻すかのように大きく息を吸った。そして深く息を吐き出すと同時に表情をきりっと引き締め、きゅっと口を結んで自らの力で立ち上がる。
強い意志を秘めた瞳でゴルムアが去って行った方向を見る姿は、凛とした佇まいも相俟って妙に頼もしく見える。
「あいつは──ゴルムアは、何が言いたかったんだろう?」
ぽつりと、マナが疑問を零す。
それは私も思った。けれど、他にも引っかかりがある。
ゴルムアは人名と思しき単語を発していた。片方は恐らく知った人物の名だろう。“ルウ”とは、魔王ルウ=アロメスの事だと思われる。
そしてもうひとつは知らない名だ。“フレッグラード”──。
「魔王ルウ=アロメスに会う必要がありそうだね」
同じ事を考えたようだ。
マナは毅然とした口調で言い放つと、先程震えていたのが嘘のように、しっかりした足取りでタツキとフレイラさんの方へ歩いて行く。
「タツキ、助けてくれてありがとう。フレイラ、大丈夫? 立てそう?」
「えぇ。凄かったわね、マナ。吃驚しちゃった」
「うん、ボクも何が何だかあまりよくわかってないんだけど……」
差し出されたマナの手を取って立ち上がるフレイラさんの賞賛に、当のマナは首を傾げる。
ちらりとタツキがこちらを見てきた。
うん、そうだね。イフィラ神の眷属であるが故に言えない事が多いタツキよりも、私が説明するのがいいのかな。
私はタツキに一度頷いてみせると、口を開いた。
「さっきのマナは魔王種の最終覚醒状態にあったんだよ。私も一度だけ経験があるけど、時間が引き伸ばされているような感覚になるのと、異常なほど力が湧き上がってくる状態だったんじゃない?」
私が問いかけると、マナは真剣な顔で頷いた。
「あれが最終覚醒だったんだ……でももう元に戻っちゃったみたい」
「うん。最終覚醒は一時的なもので、一次覚醒や二次覚醒みたく持続するものじゃないからね」
首を傾げるマナに補足説明をしながら私はフレイラさんに視線を移した。
目が合うなりフレイラさんもマナ同様、首を傾ぐ。
「……多分、だけど。魔王種の“最終覚醒”は神位種の“神覚の加護”と同じものだと思う。この考えが正しいとするなら神位種の“加護”にも魔王種の“最終覚醒”と同じ効果があるはずから、ゴルムアのあの異常な強さは“加護”由来なんだって結論付ける事が出来る」
私の言葉に、フレイラさんは元々大きな目を更に見開いた。それからぎゅっと眉間に皺を寄せる。
フレイラさんの心中は察しかねるけれど、同じ神位種として思うところがあるのかも知れない。
「まぁ、それでもゴルムアが異常である事に変わりは無さそうだけどね……」
正直なところ、ゴルムアが正気であるようには見えなかった。理性なんてどこにもないようだったし、最後に言葉を発するまでの間は獣のような唸り声を上げるばかりで会話が出来るとも思えなかった。
果たしてゴルムアと知り合いであると思われるルウは、その辺の事情を知っているのだろうか?
いずれにしても、ルウがゴルムアについて何かしら知っている可能性が高い事には違いない。
次なる目的は、フォルニード同盟の地盤固めとして同盟を組んだ集落に転送魔術と古代魔術結界の魔法碑を設置しつつ、ルウを探す事になりそうだ……。
ゴルムアが去り、フォルニード村が落ち着きを取り戻した夜。私はマナに、村の北東にある湖へ呼び出された。
わざわざ人気のない場所まで呼び出して何の用だろう? と思っていら、マナは開口一番、こう言った。
「リク。ボクね、魔王を名乗ろうと思うんだ」
唐突にマナの口から発せられた言葉に私は驚く。
思わずまじまじとマナの顔を見るも、マナの表情は真剣そのものだった。
──魔王。
幼い頃の私は獣人の老戦士バリスから聞いた魔王種の覚醒の話を基に勝手に想像を膨らませ、守るべき民を得る事で最終覚醒が成立し、最終覚醒を経て完全無欠の魔王種に進化したら“魔王”と呼ばれるようになるのだと思い込んでいた。
けれど実際は違う。
魔王とは、周囲より魔王として認められる事でそう呼ばれるようになるひとつの呼称なのだ。中には自称する事で広め、多くの人に認知される事で魔王と呼ばれるようになる魔王種もいる。
故に、最終覚醒を果たしたとしても魔王として認める者たちがいなければ誰からも魔王と呼ばれる事もないし、魔王という存在にはなり得ないのだ。
これに関しては、私がいい例だろう。
しかし魔王という呼称には力があり、それ故に大きな利点と欠点がある。
利点は名声と力の誇示。
これにより、自らの立場と能力の高さを明確にする事が可能になる。
例えばフィオなら、金目魔王種で魔術のエキスパート。
その功績は魔王となる以前からも続いており、冒険者時代に培った物と思われる型に囚われない戦いぶりは、正攻法では勝ち目が見出せない底の知れなさがある。
現在は一国の主として多くの民とその暮らしを守っている。
……というのが、東大陸で一般的に広まっている魔王フィオ=ギルテッドへの認識だ。
実際はほとんど国にいないから、民とその暮らしを守っているのは配下の人たちみたいだけども……それは知る人ぞ知る情報であって、フィオの魔王としての威光にはあまり影響がない部分なのだろう。
もうひとり例えてみると、ルウなら、紫目の戦闘狂。
好戦的で負け無し。その能力は異能の極みと言われているが、全容を知る者はいない。
特定の土地に根差してはいないが、ルウを慕って従う配下が多い。その配下も軒並み戦闘狂だという事実は、暗黙の了解だ。
ただ、人族領ではあまりルウの存在は知られていない。何せルウは国を持っている訳でもないし、魔族領でしか活動していないからだ。
それでも魔族領での知名度は抜群だ。その名を聞くだけで魔族は目を輝かせるか、心底関わりたくなさそうな顔をするかのどちらかだ。
こんな具合に広く認知されるから、魔王としての能力が認められているだけで手出しする者は一気に減る。それはそのまま、その下に付いている者たちの安全を守る事にも繋がる。
所謂あれだ、「俺のバックには魔王様がついてるんだぜ?」的な言葉がとんでもない効果を発揮するという事だ。
一方で、大きな欠点もある。
その最たるものが、ルウのような戦闘狂に絡まれやすくなるという点だ。
基本的に魔王種は好戦的な面を持っているから戦いを吹っかけられて全力で嫌がる事はなくても、面倒である事には変わりない。最悪の場合、魔王種や、魔王種じゃなくとも妙に強い力を持つ魔族が名声を得たいが為に命を狙ってくる場合もある。
ルウのように戦う事だけが目的ならまだしも、命を狙ってくる輩もいるから危険極まりない。
そしてもうひとつ。
人族に不利益を齎したり敵対した場合、高確率で討伐対象認定されて勇者が送り込まれてくる事も大きな欠点と言えるだろう。恐らく魔王にとってこれが最も命の危機に繋がる案件だ。どのような事情があろうとも、討伐対象に認定されたら死を覚悟する必要がある。
理由は単純明快。
魔王種と神位種は力が拮抗する。そのように仕組まれているようにも思う。けれど結果だけを見ると、圧倒的に神位種が勝つ確率が高いからだ。
何故勝てないのか理由はわからないけれど、私が気付いた点をあげるならば、勇者に負けた魔王は戦いの最中に最終覚醒していないという共通点がある。
ハルトから聞いた魔王ゼイン=ゼルの強さ。明らかに最終覚醒している様子がない。直接対峙した魔王ゾイ=エンも、やはり最終覚醒しているようには見えなかった。
彼らは自らの命の危機にあって尚、何故か最終覚醒に至る程の“力を渇望する想い”を抱く事が出来なかったのだ。
そんな利点、欠点のある“魔王”という存在には、ひとつ大きな謎がある。それは、「魔王になると長命になる」と言う点だ。
いつ、何をきっかけに、どのようにして長命な種族へと変貌するのか、さっぱりわからないんだよね。ゾイ=エンの記憶を覗いてみても、それらしい記憶がひっかかってこない。
不思議だなぁ……。
ひとり魔王と名乗る事について悶々としていると、「リク、聞いてる?」とマナが心配げに私の顔を覗き込んできた。目の前にマナの美しい顔がドアップで現れて、私は反射的に一歩引く。
う、美し過ぎて眩しい……!
「ごっ、ごめん。えぇと、マナは魔王を名乗ろうとしてるんだよね?」
「そう。だから、何て名乗ろうかと思って相談したいんだけど」
「何てって?」
マナが言わんとしている事がわからず問いかけると、マナは眉尻を下げて目を伏せた。
「ほら、フィオだったらギルテッドとかあるじゃない? でもボクはただのマナだから」
「そのままじゃ駄目なんだっけ?」
魔族で家名を持っている者はほとんどいない。それこそ、魔王以外で家名を名乗る魔族なんて聞いた事がない。
きっとマナも家名は持っていないのだろう。
「ボクも昔フィオに同じ事を聞いた事があるんだけど、フィオが言うには“魔王として箔をつけるには必要だ”って」
箔、ねぇ。確かに、魔王を名乗るならその力や存在を誇示できた方がいいだろう。
“家名を持つ魔族”というだけで魔王を連想させるくらいだから、家名があるだけで魔王としての箔が増すというフィオの考えにも一理ある。
「うーん。家名、家名……ねぇ。」
今後マナがフォルニード同盟の盟主としてやっていくなら、魔王を名乗る事はプラスに働くだろう。やがてその名乗りが定着すれば、マナも正真正銘、魔王になる。そうなれば、フォルニード同盟に手を出すような軽率な魔族も人族もいなくなるだろう。
何より、表に立つのが苦手そうだったマナが一大決心をして魔王を名乗る事にしたのだ。そしてその決意を恐らく誰よりも先に私に打ち明け、相談してくれている。
私はそんなマナの思いに応えるためにも、真剣に考えた。
そもそも魔王にとっての家名は、自らが庇護するコミュニティの名称でもある。
そう考えると、マナが名乗る上で最も適している家名は……やはりこれしかないだろう。
「マナはフォルニード同盟の代表者なんだし、フォルニードって名乗るのはどうかなぁ」
フィオはギルテッドと名乗ってギルテッド王国を建国しているし、他の国を統治する魔王たちも同様だ。
ならばマナはフォルニードを名乗るのが自然だろうし、格好も付く。
「フォルニード……」
私の提案に、マナは私をじっと見たまま小さく呟いた。
やっぱ駄目かな? 安直過ぎ?
続く沈黙にだんだん不安になってくる。
しかし突然、マナの瞳がキラキラと輝いた……ように見えた。
マナは、がしっと私の両手を取ると、
「フォルニード、凄くいいと思う! ありがとう、リク!」
全力で上下に手を振られた。
喜んで貰えたようで何より。
どうやらマナはフォルニードという家名を甚く気に入ったらしい。
翌朝にはさっそくラーウルさんの許へと向かい、今日より魔王を名乗る事を堂々と宣言。まずは村と同盟に「魔王マナ=フォルニード」の名を浸透させるように手配を始めた。
そうしてマナが忙しく走り回り始めた頃、ついにセンが深い眠りから目を覚ました。
私はタツキから念話で呼ばれて大急ぎでラーウルさん邸に向かう。ノックするのももどかしく思いながらも扉を叩くと、苦笑しながらタツキが部屋の内側から扉を開けてくれた。
「セン!」
「うわっ!」
私は部屋に入るなり、ベッドの前に立っていたセンに飛びつく。しかし目覚めたばかりのセンはさすがに受け止め切れずに、ベッドの上に倒れ込んだ。
これは失敬失敬。
私はセンから離れると、センの腕を引いて立たせた。
「ごめんごめん。ずっと眠ったままだったから、目覚めたって聞いて嬉しくて」
「その件については、ご心配をおかけしました」
センは自分がどれほどの間眠ったままだったのか、タツキから聞いていたようだ。
真摯な顔で頭を下げてくる。
「無事目覚めてくれたならもう全部チャラでしょ。センは私の第三の弟だからね。いやぁ、目覚めてくれてお姉ちゃんは嬉しいよ!」
「何それ。俺、リクさんの弟になったつもりないんだけど」
センはあからさまに嫌そうな顔になる。
「えぇっ!? でも私の弟になると、もれなく可愛い妹と甥っ子がついてくるよ?」
「もれなくついてくるって、通販かよ」
通販とか、懐かしい事言うなぁ。
あれだよね、「今ならお買い得○○円! しかも今回は特別にこんなにオマケが付いて、お値段据え置き!」ってやつだよね。
そんな感想を抱きながら、楽し気に笑うセンを見て改めてほっとする。
センは数少ない転生者だ。そのせいか勝手に強い親近感を持ってしまっていて、目を覚まさない間ずっと気掛かりだった。これでようやく不安要素がひとつ減った。
「……そうだ、マナは今どこにいるんだ?」
マナが先に目覚めている事もタツキから聞いているようだ。きょろきょろと周囲を見回してマナの姿がない事を確認すると、窓から外を見遣る。
私とタツキもセンの横から窓の外を見ると、ちょうどマナが忙しそうに本部の方へと走って行く所だった。
「センが眠ってる間に、色んな事があったんだよ」
「みたいだな。さっきタツキさんから同盟を組んだってところまで聞いたんだけど」
ほうほう。ではまだマナが魔王を名乗るって事は知らないのかな。
私はちらりとタツキに視線を遣ると、それに気付いたタツキは私の意図を察して頷いた。
「あのね、セン。マナなんだけど……」
と私が話を切り出すと、センはもの凄い勢いで振り返ってきた。
「マナが、何!?」
「いや、あのね。マナ、今日から魔王を名乗る事になったの。昨日またゴルムアが村に現れて、マナが最終覚醒したんだけど……」
私は恐らくタツキがまだ話していないであろう昨日の話を切り出した。
ゴルムアが現れて、私とマナとフレイラさんがタツキのサポートを受けながら戦ったこと。その際にマナが最終覚醒したこと。ゴルムアには結局逃げられてしまったこと。昨夜、マナが魔王を名乗る決断をしたことを順に伝える。
話を聞き終えると、センは額に手を当てて深いため息を吐いた。
「また、唐突にそんな事を……」
「また?」
センの呆れたような様子に問いかけると、センはのろのろとこちらに視線を向ける。
「この3年、近くで過ごしてきてわかったんだけど、マナはちょっと無謀な所がある。思い立ったら即実行。もうちょっと考えてから決めればいいのに、こうだって思ったらもうやらずにはいられないんだよな」
おぉ、そうなの?
私の中のマナは人の影に隠れているか、やると決めたら一直線──あっ。
「た、確かに」
思い当たって同意するとすかさずセンが「わかる!? わかってくれる!?」と必死の形相で聞いてきたので、うんうんと頷く。
その後センによるこの3年間のマナの無謀な行い暴露大会が始まり、私とタツキはただただ頷きながらセンの気が済むまで話をさせた。
けれどやはりセンも最後には、
「でも、やると決めた時のマナってさ、かっこいいんだよな。こう、真っ直ぐで、迷いがなくて。マナがこっちだって言うと、何故かマナについて行こうって気になっちゃうんだよ……」
と、本音を漏らした。
うんうん、わかるよ。マナが何かを決意して意志の強い目をしている時って、つい背筋が伸びちゃうもんね。
私はそれを王者の品格だと思ってるんだけど、これについては黙っておこう。私が言わずとも、いつか必ず皆が気付く事だろうから……。
マナが魔王を名乗るようになってすぐに、私とタツキは魔法碑作りを開始した。
石工さんの力も借りて、魔法碑を刻むのに適した石を選定する。石の選定が終わると、私とタツキはただひたすら魔力操作で慎重に魔法陣を石に刻んで行く。
私が村を覆う程度に制御する術式を組み込んだ古代魔術結界の魔法碑を担当し、タツキが転送魔術の魔法碑を担当している。
魔法碑が一組仕上がるごとに、私たちから魔法碑の使い方を伝授されたマナがセンを護衛に付け、同盟を組んだ集落へと魔法碑を持って向かう。
そして適当な場所を見つけて集落に魔法碑を設置。その後各集落で魔力が強い魔族を何名か選定し、使い方を更に伝授していく方式で各集落に魔法碑を広めて行く。
その傍ら、私やタツキ、ブライは敢えて気配を隠蔽する事なく自らの力と存在を存分にアピールしている。何故かと言われれば、ルウをおびき寄せるためなんだけど……。
しかし残念ながら、今のところルウが姿を現す様子はなかった。一時期タツキは頻繁にルウと遭遇してたみたいだけど、よく考えたら私、ルウとは1回しか会った事がなかった。
案外魔王ルウ=アロメスを探し出すのは、至難の業なのかも知れない。
ルウは見つかっていないけれど、幸いあれ以来ゴルムアが姿を現す事はなかったので、魔法碑の設置は順調に済んだ。睦月たちが何とかしてくれたのかも知れないし、また鳴りを潜めているだけかも知れない。その辺の判断がつかないので、未だ同盟ではゴルムアへの警戒を強めている。
古代魔術結界で集落を守ってはいるけれど、神様の眷属であるタツキの結界ですらゴルムアは破りかけていたのだから、いくら古代魔術の結界と言っても完全に守り切ってくれる保証はないのだ。
なので万が一ゴルムアが現れたらマナへ念話で連絡して貰い、私やマナ、フレイラさん、セン辺りが対処しに出張るという段取りになっている。
そんな事にならないよう祈りたい。
正直、あんな恐ろしい敵は初めてだ。勝てる気がしない。勝算を見出すとしたら、睦月たちの助力が必要不可欠になるだろう。
けれど、マナたちはゴルムアの一件で混乱していて気付いていなかったようだけど、睦月たちこそが以前、フォルニード村を襲った黒い神官服たちなのだ。
共闘は難しいだろうな……。
《そうか、無事魔法碑の設置が終わったのか》
いつもなら昼間にするハルトとの念話も、今日は魔法碑が最後の仕上げで手が離せなかったので夜に行っている。
マナが魔王を名乗る事は先日ハルトに伝え済みで、それを聞いたハルトは大いに驚いていた。早速アールグラント側では「新たに人族に友好的な魔王が誕生した」という事でマナの事を宣伝してくれているようで、今日ハルト側からはゆっくりと魔王マナ=フォルニードの名が浸透し始めている事が報告されている。
対して私は、同盟を組んだ集落全体に魔法碑が無事行き渡った事を伝えた。後は最後の一組をギルテッド王国に設置するだけだ。フィオにはマナが念話で話を通していて、フィオからも協力を約束して貰い、魔法碑の設置に関しても許可を貰っているらしい。
全てが順調だ。
順調過ぎて、恐いくらいだ。
《ねぇ、ハルト。オルテナ帝国の動きはどう?》
不安になって問いかけると、ハルトはしばしの沈黙を挟んだ。
そして、ようやく返答が送られてくる。
《ここしばらくは魔族領との国境線間際に部隊を展開したまま、動いていないみたいだ。けどレスティからの報告だと、今はオルテナ帝国よりもギニラック帝国側に怪しい動きがあるんだったよな?》
レスティからの念話は全て私経由になっている。ハルト側にレスティからの情報を流すのは専ら私の役目だ。故に、後者の情報は私も知っている。
それでも、オルテナ帝国の方が気に掛かる。
《何だか、嫌な予感がする》
《リクがそう言うなら、警戒するに越した事はないだろう。リクの第六感は当てになるからな。こっちでもオルテナ帝国の動きに注視しておくようにするよ》
《うん、よろしく》
ハルトの言葉に少し不安が和らぐ。
私は小さな安堵の息を吐くと、最後にいつも通りの言葉を投げかけた。
《セタは元気?》
《まぁ、元気と言えば元気だな。でも昨日はお母さんがいないって言って泣いてた。サラがうまく収めてくれたけど》
どうやらサラは私が思っていた以上に頼れるようだ──と思ったら。
《サラにあやすのがうまいなって言ったら、お姉ちゃんの真似なんだって言ってたな》
《えっ?》
全く身に覚えがないんだけど。
何せサラはいい子で滅多に泣かなかったし、聞き分けが良過ぎて宥めたりとかした記憶もほとんどない。
《ぎゅっと抱きしめて頭を撫でて、“大丈夫”って伝えるか、“自分もだよ”って共感してあげるといいんだってさ。サラも親と離れている間、リクがそうしてくれてたから安心していられたって言ってたよ。まぁ、そんな事して貰ったら子供に限らず大人でも安心するよな》
……うん、抱きつき魔の私ならやってそうな事だった。
でもそっか。サラはそういうの、ちゃんと覚えていてくれたんだ。
ちょっと嬉しい。
それからしばらくセタとサラについて話をした後、
《ハルト。セタやみんなの事、お願いね》
《わかってる。リクも気をつけて》
互いにそう締めくくり、念話が切れた。
私は思い切り息を吸い込んでゆっくりと吐き出すと、椅子から立ち上がり、ベッドに向かった。
どうかこのまま当事国間で事が収まって、周辺国に飛び火してきませんように。
それと、ゴルムアが二度と現れませんように。
そう祈りながら、ベッドに潜り込んだ。