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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第5章 新たなる魔王の誕生
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89. 厄災の再来

 魔王種の覚醒。

 それは、魔王種であれば最低でも2度は経験するものだ。2度目の覚醒を経れば、魔王を名乗る魔王種に比肩する能力を得る。


 ただ、魔王種には最終覚醒というものが存在する。

 当初の私の認識だと最終覚醒は“完全無欠の魔王になる”というものだったけれど、ゾイを取り込み……自らも一時的に最終覚醒した結果、最終覚醒がどういったものであるのか、正しく理解した。


 私が最終覚醒をしたのは、ゾイとの戦いの最中。

 ハルトがゾイに殺されてしまうと思った瞬間、強く強く、力を欲した。

 “欲した”なんて生温い。力を渇望したのだ。

 それが最終覚醒の引き金になる。


 最終覚醒をして手にした力は、超越者とも呼べるほどの強大な力。

 時間が引き伸ばされたように感じたのも、最終覚醒が齎したもののひとつだったのだ。

 知覚、感覚、身体能力──全てが研ぎ澄まされ、飛躍的に強化され、常人離れした存在へと変化する。


 しかし“最終覚醒”は一度覚醒したからといって、一次覚醒や二次覚醒のようにずっと維持されるものではない。一時的な能力強化のようなものだ。その強化のされ具合が常軌を逸しているだけで。

 故に、フレイラさんが言っていた神位種の“神覚の加護”の話を聞いた時、不意に以前、タツキが言っていた言葉を思い出した。


 タツキはこう言っていた。

 “神位種と魔王種の魂の性質はとても似ている”、と。


 私が思うに、魔王種の“最終覚醒”と神位種の“神覚の加護”は同種のものなのではないだろうか。

 そもそも覚醒なんていうある意味“特殊な能力”を持つ種族同士なのだから、覚醒以外に何らかの共通点があってもおかしくはない。


 そう考えると、同じく“覚醒”を経験する神竜種にも同種の能力が存在する可能性が高いって事になるのか。

 想像しただけで身震いしてしまう。

 もし白神竜と戦う事になったら、現在進行形で黒神竜として覚醒中のブライには是非とも頑張って貰いたいものだ。




 マナが最終覚醒に至ったのは、フォルニード同盟を立ち上げた5日後の事だ。

 最終覚醒に必要な条件は、力への渇望。

 つまりその日、マナが力を渇望するほどの出来事があったという事に他ならない。



 その日は、私がフォルニード村に来てからの日々と何ら変わりのない朝を迎えた。


 いつも通り本部で目覚め、いまだ意識を失ったままのセンの様子を見に行って、ラーウルさんやマナのフォルニード同盟の足場固めに協力。

 昼になると一旦本部に戻り、ハルトへの念話を行う。

 ハルトとはフォルニード村側とアールグラント王国側の状況を報告し合い、最後にセタの様子を聞いて念話を終える。

 セタは数日間はハルトから離れたがらなかったらしいけど、段々とサラと過ごす日々に慣れてきているそうだ。

 ハルトとしてはそれはそれで寂しいらしいけれど、セタを連れてたら仕事に集中出来ないしね…仕方がない。



 ハルトとの念話を終え、太陽が天頂から傾き始めた頃。

 タツキと共に、湖のほとりで覚醒の眠りについているブライの様子を見に行った。


「そういえば、転送施設の運用はタツキがいなくても大丈夫なの?」


 ふと思い立って問いかけると、タツキは「ああ、それなら大丈夫」と笑顔を見せる。


「魔術師団の人たちが僕に代わって魔法陣を管理してくれてるし、一応、シェロさんとロナさんにも監視をお願いしておいたから」


 転送施設にいるシェロさんとロナさんについては、タツキのみならずイサラ経由でもその人柄を聞いている。

 イサラが「あのふたりなら信頼出来ますわよ!」と自信満々に言い切っていたから、信用に値する人たちなのだろう。

 魔術師団の面子も、タツキが自ら保有魔力量の多い人物を選定していた。

 間者がそこに紛れ込まないか心配して聞いてみたら、「イフィラ神ほどじゃないけど、僕も多少はその人の心の声……と言うか魂の発する色が判別出来るから大丈夫」と言っていた。

 魂の発する色。それが何なのかはわからないけれど、タツキが大丈夫だと言うのであれば心配する必要も無さそうだ。



 その後もタツキとあれこれと情報交換や世間話をしていたけれど、ブライはその巨体を丸めて眠ったまま目覚める気配がないので、タツキとは湖のほとりで解散した。

 これから夕方までの時間は、村の外周を哨戒しながら1周するのが日課になりつつある。

 私は感知能力を全開にして、村の北側から反時計回りに歩き始めた。



 異変があったのは、私が村の南側に差し掛かろうとした時だった。



 もの凄い速さで何かがこの村に向かってきてる……!


 その気配を感知するなり私は即座にサラの腕輪を外し、限界を見極めて最大限の身体強化魔術を自らに施すと気配の方へと走った。方向は村の南東。

 さっきまで何の気配もなかったのに、突如染み出すようにして現れたその気配の強大さに鳥肌が立った。

 しかし私が気配の主に接触するより早く、気配の主はフォルニード村に張られているタツキの結界に到達。体当たりを始めたようで、フォルニード村全体にその振動が伝わってきた。

 尋常ならざる事だ。結界に体当たりしてここまで強烈な振動が起こるなんて、想像を絶する。

 村の人々から恐怖と混乱の感情が膨れ上がり、悲鳴が上がり始めた。


「リク!」


 もう少しで異常な気配の主と対面、という所まで来て、タツキが合流する。


「この気配、かなり危険な相手だね。ゴルムアかな?」


 身震いしながら問いかけると、タツキも眉をしかめながら「多分ね」と呟いた。その答えに、私は気を引き締め直す。

 そんなやり取りをしている内に、私とタツキは気配の主の姿を発見し、走る足を止めた。


 灰色の髪、薄青の暗く沈んだ瞳、均整の取れた体つきの、長身の男。


 そこには、私がフォルニード村で過去視をした際に確認したゴルムアと寸分違わぬ姿形をした男がいた。

 ゴルムアはまるで気が狂い、理性を失った獣のように一心不乱に結界への体当たりを繰り返している。


「タツキ、結界は保ちそう?」

「いや、これは厳しいかも……。リク、行けそう?」

「えっ……うまいこと最終覚醒できたら行けると思うけど」


 最終覚醒には力の渇望という強烈な感情の渦が必要になる。

 幾ら多くの命が危険に晒されているこの状況であっても、自らや身内の生命が危険な状況にでもならない限り、そこまでの感情を引き出せる気がしない。


 私とタツキは互いに状況を確認し合うと、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 ゴルムアは正気なのか、正気を失っているのか……本物の獣のような唸り声を撒き散らしながら、ただただ結界を破ろうと体当たりを続けていた。

 そのゴルムアが発している殺気と威圧、そして異常行動への恐怖で足が竦みそうになる。


 ふたりして身構えながらもどう対処すべきか決めかねてその場に留まっていると、


「リク! タツキ!」


 村の方からマナとフレイラさんが駆けつけた。ふたりも結界への体当たりを繰り返しているゴルムアを目の当たりにすると表情を強張らせ、立ち竦んだ。

 しかしどちらもすぐさまその表情を切り替える。ゴルムアに対する恐怖を捨て去り、戦う覚悟を決めた顔つきになった。


「村の人たちはとりあえず北西側に避難させておいたわ! リクさん、私にも身体強化魔術かけて貰える?」

「う、うん。マナにもかけておくね。ていうかふたりとも行けそう?」

「「大丈夫!」」


 ハモった! ふたりの戦闘意欲の高さが半端ない。

 私はその覚悟を魔族らしく受け入れると、すぐさまふたりにもそれぞれの限界を見極めて身体強化魔術を施した。更に結界魔術で肉体保護を行う。

 マナは翼人で、妖鬼同様あまり体が頑丈ではない種族なので特に念入りに。


 バリッ、と殻が割れるような音が響いた。

 慌ててそちらを振り返ると、タツキの結界に亀裂が入っている。


「ごめん、リク。僕は例の件以外だとあまり干渉出来ないから、村の守護に回るよ」


 “例の件”とは、恐らく魔力暴走事故の事を指しているのだろう。

 そうだろうとは思っていた。


 タツキは眷属になる前、魔王ゾイ=エンとの戦いでも基本的には援護に徹していて、あれだけゾイを威圧で圧倒していたのに直接手を下そうとはしていなかった。

 手を出さなかったのはきっと、神の眷属であるタツキがこの世界への干渉する事を最小限に押さえようとしているからなのだろう。


 ただ、それでもタツキは私の側で色々と手を尽くしてくれている。転送魔法陣や転送施設の件然り、今回のフォルニード村での重傷者の治療の件然り。

 あくまで予測だけど、間接的な助力であれば許容範囲内なのだろう。

 けれど戦争そのものやゴルムアの相手のような直接的な戦いに手を出すのは、許容範囲外になるようだ。


 ……となると、もしシグリルたちがアルトンの守護を請け負ってくれなくてタツキがアルトンに向かっていた場合、許容範囲外の事案になった可能性が高かったのではないだろうか。

 タツキはあの時、主である神様を怒らせる事も覚悟の上でアルトン行きを申し出てくれていたのかも知れない。


 もうっ、タツキはいつもこうだ。

 ひとりで決めないで、もっと私にも色々相談してくれたらいいのに……。


「3人で迎え撃てそう?」

「やるしかないでしょ!」


 私は内心タツキに不満を抱きつつタツキの問いに応じると、細く長く息を吐き出し、ゴルムアの威圧を跳ね返すべくぐっと拳を握り込む。

 こちらの様子を確認したタツキはひとつ頷き、右手をゴルムアの方へと翳した。


「こっち側から道を作るから、構えて!」


 タツキが叫び、私やマナ、フレイラさんが素早く身構えた。

 その瞬間、ゴルムアが体当たりをしている箇所の結界が唐突に消えた。咄嗟に反応出来ずに、ゴルムアが体当たりをした勢いのまま結界内に転がり込んでくる。

 それを見計らって、タツキが村側に結界を張り直した。一瞬周囲が淡緑色の光に包まれ、先程までよりも結界の位置が村側に後退する。


「リク、しっかり!」

「わかってる!」


 このメンバーで最も前衛に適しているのは、火竜を取り込み、竜並みの身体能力を得ている私だ。すぐさま走り出し、状況が飲み込めずに未だ転がったままのゴルムアへと肉薄した。

 素早く魔剣を引き抜いて魔力を込めると、一息に振り抜く。刀身に風属性を付与して短い刃のリーチを伸ばす。

 風の刃は寸分違わずゴルムアの首を刈るべく空を切り裂いた──はずが、刃がその首筋に到達する瞬間、ゴルムアの姿が一瞬にして搔き消えた。


 何が起こったのか理解出来ずに困惑したけれど、すぐに“神覚の加護”の事を思い出して感知能力を最大限に働かせる。

 知覚も感覚も強化済みだ。すぐにゴルムアの気配を探り当てた。

 私の後ろ、元いた位置から剣を手に走り出しているフレイラさんの正面!


 素早く体の向きを変えて、振り向きざまに一閃。しかしこれも空振りに終わる。

 ゴルムアは私の目の前で更に動きの速度を上げ、その身に金色の淡い光を纏ってフレイラさんに体当たりした。


「ぐぅっ……!」


 フレイラさんは辛うじて直撃を避けたものの、かすっただけにも関わらず骨が折れる音が、聴力が増している私の耳にまで届いた。肋骨と腕の骨がやられたようだ。

 それでもフレイラさんは痛みに耐えて何とか踏みとどまった。きつくゴルムアを睨む……が、ゆっくりとこちらを振り返ったゴルムアと目が合うなり恐怖で半ば硬直する。


 そのタイミングで淡緑色の光がフレイラさんを包む。タツキの治癒能力だ。

 ゴルムアの視線がタツキに向いた。不思議そうに首を傾げながら、じっとタツキを注視し始める。

 タツキは険しい表情でゴルムアを睨みながら、私に念話を送ってくる。


《リク》


 短く名前を呼ばれただけだけど、タツキの意図を察して即座に走り出した。

 図体に似合わず素早い動きを見せるゴルムアに魔術を当てのは、私には不可能だ。ならば魔剣による近接攻撃で攻め立てるのみ!


 最初の一振りはゴルムアの肩を掠めた。どろっと赤黒い血液が流れ出てくる。

 息つく暇も与えずに2撃目を放つも、これはゴルムアが無造作に引き抜いた剣に防がれた。力押しでは負けると判断して、私はすぐさま後方へ飛び退く。


 その瞬間を狙って、マナが攻撃魔術を放った。一気に周囲の空気が温度を落とし、無数の錐状の氷がゴルムアに襲いかかる。

 幾つかはゴルムアに傷を残し、しかしその大半はゴルムアが思念発動で構築した火炎の渦に溶かされてしまった。


 何、あの狂人! 物理攻撃も赤目魔王種を凌ぐ強さなのに、魔法も金目魔王種に匹敵するの!?

 とんでもない超人だ。


 内心で驚愕しながらも、間髪入れずに私とフレイラさんでゴルムアを挟撃した。フレイラさんの剣が淡く発光し、私ですら目で追い切れない速度でゴルムアに突き入れられる。

 急所こそ避けられてしまったものの、フレイラさんの剣はゴルムアの右腕を貫通した。あの技は恐らく、魔王ゾイ=エンを仕留めた技だろう。傷口の様子が一致する。


 傷を負ってわずかにゴルムアがよろめいた。その隙を狙って私も魔剣を真横に振り抜く。

 しかしこちらはさすがに読まれていたようだ。ゴルムアの胸部に浅い傷を与えたのみで、避けられてしまった。


 そんな攻防の最中でも、ゴルムアは自らに回復魔術を施しているようだ。時折純白の光がゴルムアを包む瞬間がある。神聖魔術に属する回復魔術だ。

 “神覚の加護”と思われる淡い光を纏っている様子と言い、その常人離れした身体能力と言い、神聖魔術への適性と言い……これでもう確定だろう。ゴルムアは間違いなく神位種だ。


 しかしこのまま攻防を続けていても埒が明かない。向こうもこちらも回復魔術が使え、どちらかの魔力が枯渇しなければ終わらない状況。

 ただ恐ろしい事に、今の状況は私たち側が二次覚醒済み魔王種2人に神位種1人の3人がかりで戦っているのに対して、ゴルムアはたったひとりで私たちと対等に戦っているという図式だ。こちら側の誰かひとりでも崩されたら、勝ち目がない。


 ゴルムアは私の攻撃を躱すとバックステップで大きく距離を取った。すぐに強烈な殺気が威圧と共に放たれ、私たちの足が竦む。

 この殺気と威圧も厄介だ。どうしてこうも恐怖心を煽られるのか──。


 私はゴルムアへの恐怖心に抗うべくギリッと歯を食いしばると、右手をゴルムアに向けた。

 一か八か、分解を試みる。……失敗。

 魔力操作でゴルムアの魔力を削ぐ。……失敗。


 やはりあちらの方が圧倒的に強い。

 何より、恐怖心や心の隙が一切ない。

 神位種の力を極めた神位種は、こんなにも強いものなのか……!


 そう歯嚙みした瞬間。

 ドッ! と音とも取れぬ強烈な空気振動が襲いかかってきた。

 何が起こったのか、確認する暇もない。


 気付いた時には、鉄球かと思うような重い何かが正面からぶつかってきた。

 あまりにも強烈な衝撃に、息が詰まる。遅れて、認識し切れないほどの痛みが全身を駆け巡った。

 そのまま後方へと吹き飛ばされ、固い何かに何度も背を打ち付け──


 耳元で激しい水音が聞こえたのを最後に、意識が暗転した。




 不意に瞼の向こうが明るくなる。

 ここはどこだろう……?

 ゆっくりと瞼を持ち上げると、視界の中を水泡が手前から向こう側へと上って行く様子が見えた。どうやら水の中にいるようだ。自分がゆっくりと水底へと沈んで行っているのが感覚的にわかる。きっとフォルニード村の北西部にある湖に落ちたのだろう。


 なんで湖に落ちたんだっけ。

 あぁ、体中が痛い。痛い、痛い、痛い……!

 何でこんなに痛いの?


 あぁ、そうだ。私、戦ってたんだっけ。

 あれ? 誰と戦ってたんだっけ?

 そうだ、ゴルムア──ゴルムアだ。

 ゴルムアに、体当たりされて……。



 突如、ぞわりと全身が粟立った。途方もなく強大な気配が、水底にいても感じ取れる。

 その衝撃で私の朦朧としていた意識も一気に目覚め、現実に引き戻された。


 この感じ、知ってる。

 ゴルムアの気配に似て非なるもの。



 魔王種の最終覚醒……!



 そう思い至ると同時に、私は治癒魔術を自らにかける。

 さっきゴルムアから受けた体当たりで結界魔術は見事に砕け散り、体中の骨が折れてしまっていて、痛みのあまり魔術に集中しきれない。

 これを半端な治癒魔術の適性しか持たない私が自力で直すのは厳しいけれど、幸い私には竜族特性の強力な自己再生能力も備わっている。ある程度治せれば、あとは移動中に完治するだろう。


 ていうか、そもそもこの状況が息苦しい。

 妖鬼であるおかげで、飲んでしまった水は魔力素に変換されるから水を飲み過ぎて苦しいという事はないのだけど、前世の記憶のせいか、水中は息が出来なくて苦しいという心理が働いてしまってキツい。

 一刻も早く水中から出ないと……!


 何とか痛みで集中力を欠かない程度まで回復すると、すぐさま私は古代魔術の風属性魔術を構築する。指先から魔力が光の帯へと変換され、巨大な魔法陣を描いていく。

 制御術式を交えながら魔法陣を完成させると、私はすぐさま魔術を発動させた。途端に水流が生じ、水泡が水面から降るようにして私の足下へと集まり始める。

 私は自らの足下に結界を構築し、風船を膨らませる要領で水泡を結界内に送り込んで浮力を得ると、結界を足場にしてぐんぐん水中を上昇して行き……あっという間に水面に到達した。



 足場にした結界を蹴って湖畔に降り立つ。

 そう言えば、湖のほとりではブライが眠ってるんだっけ。

 ちょっと気になって、私はちらっとブライがいる方面に視線を向け……ブライとバッチリ目が合った。

 えっ、目覚めてる……!?


「リクか……一体、何が起きている?」


 寝起きだからか、普段よりゆっくりとした口調で問いかけてくるブライ。

 私は一刻も早くマナたちの許へ戻りたくて、ブライに反して早口で返答する。


「ゴルムアがまた村を襲ってきたの。それで、この強烈な気配は多分、マナが最終覚醒したんだと思う」

「そうか。それだけの状況であるならば、我もそろそろ動き出すとするか」


 ブライはその巨体を起こして小さく震わせると、みるみる手乗りサイズにまで縮んだ。

 タツキが神竜の覚醒の影響をおさえるべく張った結界を悠々とすり抜けて、私の肩に乗る。同行してくれるという事だろう。

 私は特に言葉をかけないまま、村の南東部に向けて走り出した。途中にある木々の一部がなぎ倒されているのは恐らく、私が湖まで吹き飛ばされた時に背中を打ち付けたものだろう。


 そうして視界が開けた場所に辿り着くと、状況は一変していた。

 マナから凄まじい魔力が溢れ出している。

 フレイラさんは地面に横たわり、タツキの背に庇われながらも辛うじて意識を保っているようだ。マナの方をじっと見つめていた。


 そして、ゴルムアは。

 左肩から先が消失していた。

 それでも戦意を失わず、強烈な殺気と威圧を撒き散らしている。


「何故……」


 ガサガサした低い声が響いた。

 誰の声かと思ったけれど、この場で私が声を知らない相手はたったひとり──ゴルムアだけだ。

 全員の視線がゴルムアに向く。


「何故だ、ルウ。何故、止める。何故、見過ごす。許さん……許さんからな、フレッグラード……。何故、奪う。何故、殺す。何故、何故、何故……!」


 ぶつぶつと幻影にでも語りかけるように「何故」を繰り返すゴルムア。その傍らでマナは、ゴルムアを仕留めるべく古代魔術を構築する。速い。あっという間に空中に魔法陣が浮かび上がり、ゴルムアに向かって展開していく。

 しかし、放たれた古代魔術が一瞬にして解けた。

 あの光景は、見た事がある……!


 私は素早く広域の気配を探り、違和感を覚えた湖のある方角──北側へと視線を向けた。そこには、こちらに向かって走ってくる睦月と、見た事のない少女の姿があった。

 その気配を察知したのだろうか、目を離した隙にゴルムアが目にも留まらぬ速さで村の東側へと走り出す。


「あぁっ、こら! 待ちなさいよぉ!」


 少女がゴルムアの動きに反応して、声を上げながら東方面へと方向転換する。同じく方向転換をしようとした睦月と、一瞬目が合った。

 睦月は酷くつらそうな表情を浮かべたけれど、すぐに顔を反らしてゴルムアを追っていく。


 何て顔してるの……!

 睦月の表情を見てしまった私は、いても立ってもいられなくなった。


「睦月!」


 たまらず、去っていくその背中に大声で呼びかけた。

 すると私の声に睦月は立ち止まり、驚きの表情を浮かべながらこちらを振り返る。


「今度もう一度、ちゃんと話し合おう!!」


 睦月は私の言葉の意味を理解してくれたのだろう。驚いた顔がゆっくりと解けて、柔らかい笑顔になる。

 その笑顔がちょっと、タツキに似ていた。


 睦月はこちらに向かって大きく手を振ると、一言も言葉を発する事なく去っていった。

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