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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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9.【ハルト】八歳 身の振り方を考え始める

 天歴2511年。

 八歳になった。


 最近、あることが気になり始めている。


 魂還りのせいで両親と顔が似ていないことで騒ぎになったけど、それは解決したから良しとする。

 黒髪に琥珀色の瞳は父と全く同じなんだから、少し視点を変えればすぐに魂還りだと分かりそうなもんだけどな……。


 まぁそれは置いておくとして。

 気になっていること。それは、容姿の件と時を同じくして囁かれ始めたことだ。



 曰く、俺の剣の腕が師匠を上回る勢いだ、とか。

 曰く、神聖魔術への適性が異常に高い、とか。


 曰く、勇者の神託が降りるのではないか、とか。



 何となく自分でも自分の異常さに気付き始めていた頃のことだった。

 いくら才能ある身体に生まれたのだとしても、前世の記憶があるということを加味したとしても、自らに対して疑問を抱くくらいの異常さを発揮していた。


 たかが八歳の子どもが手加減なしの大人を相手に立ち回れるなんて普通じゃない。

 ましてや、神聖魔術。これへの適性の高さもおかしい。


 神聖魔術はあまり一般的ではないけれど神職者や王族であれば一度はその適性を確認する。

 通常であれば中位程度の適性でも高い適性があると判断されるくらい、適性を持つ者が少ない魔術だ。


 そんな中、俺には完全な──高位の適性があった。


 それらが示すもの。

 それこそが正に、俺が勇者……正しくは、神位種である証のようなもの。


 勇者ともなれば前世のゲームに登場する勇者とその役割は同じ。魔王と敵対した際に矢面に立つのは勇者の努め、というのがこの世界の常識だ。

 幸い勇者はこの大陸にすでに五人いるし、魔王も半数は人族と友好的。しかも現時点で人族と敵対している魔王はいない。


 つまり、仮に突然敵対する魔王がひとりふたり現れたとしても、まだ子供で勇者だと断定されていない俺が前面に立たされる可能性は限りなくゼロだ。


 けれど、考えれば考えるほど恐くなる。

 俺の前世は日本人だ。それも、平和な時代の。

 戦争なんて遠い国の話だった。


 そんな人間が。生まれ変わってからも城の中で温々と育ってきた俺が、魔族……ましてや魔王と戦うことになったら。


 恐ろしさに手が震える。


 以前、遠目とは言え大型の魔物を見たことがある。ゾウどころじゃない。その倍はあるサイズの魔物だった。

 あんな生き物がこの世界には存在していて、当たり前のように人を襲う。


 幸いその時は魔物の方がこちらに興味を示さず去ってくれたけど……もしあれ(・・)と戦うことになっていたらと思うとぞっとする。


 そして魔王と戦うような事態に陥ればきっと、あの時以上の恐怖を覚えることだろう。

 話に聞くだけでも魔王という存在は別格すぎる。


 魔王。

 それは力の権化。

 金目の魔王種は強力な魔術で自らに仇なす者を殲滅し、赤目の魔王種はその強靭な肉体で敵対する者を跡形もなく叩き潰し、紫目の魔王種は不気味な技で相対する者を存在ごと消し去る。


 そう言われている。

 そして人族の間では、こんな物語が語り継がれている。



 天歴が始まるよりも以前、この世界にひとりの魔王とひとりの勇者がいた。

 魔王は全ての魔力を独占しようとし、魔力を糧としている精霊や妖精は勇者に「魔王を倒して欲しい」と願った。

 彼らの願いを聞いた勇者はひとり、魔王と戦った。

 その舞台がこの東大陸だ。

 結果、魔王の放った魔術で東大陸の北半分……今で言う魔族領一帯が焼け野原になり、人族の暮らす南側は勇者がその力で守った。

 しかし激しい戦いの末に強大な魔術を放った魔王と、その力に対抗した勇者は共に力を使い果たし、命を落としたという。



 嘘かまことかはわからない。けれど、ここはそういう世界なのだ。



 だから考える。

 もし自分に勇者の神託が降りたら、どうするかを。


 勇者──神位種も魔王種に負けず劣らず化け物染みた力を持っているけれど、その力を怯まず振るえるかと問われれば、否だ。

 少なくとも今の俺では成す術もなく殺されるだろう。


 最悪、生み育ててくれた親や厳しく指導してくれた師、優しい姉や弟妹、期待を寄せてくれている国民たち……あらゆる者たちを裏切るような、王太子にあるまじき選択をすることも視野に入ってくる。


 嫌だな。できたらそんな選択はしたくない。

 でも、死にたくない。その想いの方が強い。

 前世は意味もわからず命を落としたのだから、今度こそ最期まで生き抜きたいんだ。


 だから俺は、その時を迎えるまでに覚悟を決めなければいけない。

 信じてくれている人々を裏切ってでも、生きる覚悟を。




 ◆ ◇ ◆


 そんな後ろ暗いことを俺が考えているなんて思いもしない家族は、呑気に俺を褒めそやした。


「今日もクレイとシタンがハルトは筋がいいと褒めていたぞ。さすがだな、ハルト」


 朝食の時間、久々に親子水入らずで食事をしていると父王がそんな言葉を口にした。


 クレイとは、元騎士で現在は後進を育てている男のことだ。

 かつて頭脳派天才騎士と呼ばれていたのが頷けるくらい頭が切れて武術も堪能、無駄のない戦い方というものを学校の先生みたいに丁寧な言葉と実践を交えて教えてくれる。


 一方シタンは現役の騎士で、近々王都に次ぐ規模の街、イリエフォードの副騎士団長になると目されている男だ。

 粗野で頑固な面もあるけれど義理堅く、搦手よりも全力の一撃を得意とするパワーファイター。クレイとは逆に言葉が少なく、観察と実践で覚えさせるタイプだ。


 そんな俺の師匠たちの褒め言葉を、父王は真に受けているようだ。

 しかし俺としてはまだまだあの二人には遠く及ばないから、いくら褒められてもつけ上がる気にはなれない。


「父上。私はまだまだ未熟者です。あまり甘やかさないでください」


 そうきっぱり否定すると、ふふふ、と母が笑った。


「ハルトは自分に厳しいのね」


 そんなことはない。いざとなったら全てを捨てて逃げる算段を立てるくらい、自分に甘い。

 なんてことは口には出せないけど、その後ろ暗さ故につい目を泳がせる。


 すると、母が抱いている二歳児で同腹の弟・第四王子のマリクと目が合った。

 マリクは表情に乏しい子だけど、じっとこちらを見るその瞳に何故か心の内を覗かれているような感覚になる。


 何となく居た堪れない気持ちになって、あからさまにならないようにそっとマリクから視線を外した。


「そんなことより、お父様! またわたくしにお見合いのお話を持っていらしたようですけど、わたくし、前にも申し上げた通りお相手は自分で見つけますわ! ですからお断りしておいて下さいませ」


 俺が発する空気を読んだのだろうか。同腹で今年十歳になる姉・イサラが割り込むように捲し立てた。


 イサラは周りを良く見ている。

 困りごとがあるとすかさず助け舟を出してくれる頼もしい姉だ。


 難を言うなら、恋に夢を見すぎてやや浮世離れした感性をしているところだろうか。そこを除けば優しくて賢くて気の利く自慢の姉なんだけどな。

 まぁそんな残念なところがあるからこそ、親しみが持てるという面もある。


 そんなことをしみじみと思っている俺をよそに、イサラの勢いに押されて父王が仰け反っていた。


「イサラ、そうは言うがそなたももうそろそろ婚約者を持つ年頃だ。王族の娘としての自覚を持ちなさい」

「嫌です! わたくし、恋愛結婚ができないくらいなら除籍して頂きたいですわ!」



 心臓が、止まるかと思った。



 除籍。

 王族としての身分を捨てること。


 思わずイサラの顔を見ると、微塵も冗談を言っているような表情ではなかった。彼女は本気だ。

 本気だからこそ、はっきりと口にしたのだ。


 本当、この姉は白黒はっきりしている。

 賞賛の拍手を送りたい。


 俺もイサラくらいはっきりと物事を判断できたら、こんな後ろ暗い気分で過ごさなくてよかったんだろうなと思う。

 とは言え、優柔不断な俺には土台無理なことだけども。



 イサラに強気で拒否された父王は、困り果てた顔で母を見た。けれど姉の性格をよく理解している母は黙って首を左右に振る。

 その反応に父は、額に手を当て深いため息をついた。


「……わかった。今回の見合いは断っておこう」

「ありがとうございます、お父様。今後とも同様の事案がありましたら、またお願いしますわね」


 にっこり。

 イサラは子供ながらに美しい微笑を浮かべ、しゃあしゃあと今後も見合いは拒否します! と暗に仄めかした。


 本当に羨ましい性格をしているな。

 いつ何時であろうともブレない姉の言動に、俺はつい小さく笑いをもらしてしまった。

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