2.正クエスト(ダイジェスト版) 前編
長くなってきたので、正さんの冒険パートを分けることにしました。
三倉 正、高校生の17歳。
体型は長身痩せ型、体力筋力はクラスの平均を基準にすると中の下が精々……つまりは平均よりも若干もやし寄りの男子である。
7歳下の弟に見送られて(笑)、そんな彼は異世界へと旅立った。
神の奇跡により、5年後に復活する魔王対策として送り込まれたそうなのだが……
……果たして彼は魔王を倒せるのだろうか。
以下、そんな正さんの愛と苦難の冒険をダイジェストでお楽しみください。
☆ 召喚されてから半年目 ☆
「おらおらおらおらぁっ 腰が引けてんぞ、腰がぁ!!」
「すんませんっした、マッスル伍長っ」
「そんなんで魔王が倒せると思ってんのか、ああん!?」
「すんませんっ、マッスル伍長!」
「ああもういい! もう良いから次行くぞ、次!」
「うっす、マッスル伍長……!」
「だから腰が引けてるっつってんだろうが、腰がぁ!!」
「すんません、マッスル伍長!!」
「そんな曖昧な姿勢で良いと思ってんのか、ミクラオサ!」
「フルネーム呼びは威圧感半端ないんでホントやめてください!」
もやし一歩手前、痩身高校生の正さん17歳。
彼は今のままではあまりに戦力として不十分ということで、一から鍛え直されていた。
王城の、新兵達に混入されて身体づくりの毎日。
しかしながら立場上、どの新兵よりも目を掛けられて。
結果、教育係であるマッスル伍長の特別きついSHI☆GO☆KI☆が彼を待っていた。
週休一日制、三食ついでに筋疲労付きである。
連日遅くまで野獣じみた大男、マッスル伍長に罵られる日々。
だがこんな日々が、彼の心身を強靭に鍛え上げる筈だ。きっと。多分。
正さんがMに目覚めないことを祈る。
~ その頃、昭君は…… ~
「今だ、小夜……!」
「任せて! いくよ、浄化魔法……エンジェルフラワー!!」
「よし、畳み掛けるよ。小夜は格闘家のHPに気を配ってて」
「あ、大技がきちゃうよ、昭君っ」
「魔法使いの防御が間に合わないな……小夜、蘇生魔法の準備お願い」
「う、うん! あ、でも格闘家さんは?」
「格闘家には薬草でも食べさせておく。この敵、誰も欠けることなく倒すよ、小夜……」
「昭君……」
「だって経験値の効率良いから」
「うん、わかってた!」
~ 再び、正さん ~
「くそ……昭が、昭がきっと俺を心配してる(多分)! みんなが俺の帰りを待ってるんだ(恐らく)! こんなところで……こんなところでぇ……終わって堪るか…………っ」
「もう終わりか、ああ゛? まだまだノルマは終わってねえぞ!!」
「うっす! まだまだい、い、いけます……! 最後までお願いしゃす、マッスル伍長!!」
もう地面に這い蹲るのも同然の、ずたぼろの体で。
自分のことを案じているだろう故郷を思い、正さんは今日も気力だけで訓練を続けた。
ちなみに此方の世界は、魔法があると判明している。
だが、あまりに連日地獄のしごきが怒濤の如く押し寄せるため、心身ともに余裕がない……どころか、時間があれば寝落ちする毎日。
魔法の修練をする時間も、余裕も。
今の彼には到底足りていなかったのでお預け状態である。
★ 召喚されてから1年目 ★
数多く度重なる、試練(ほぼマッスル伍長絡み)。
だがそれは、予想の通りに正さんを強く大きく育て上げた(物理)。
召喚から1年が経った、この日。
今日は1年に及ぶ修行(身体づくり編)の成果を確認する日に当てられていた。
今までは毎日が必死過ぎて、夜になると意識は朦朧……朝は鏡を見る暇もなく慌てて訓練に駆け出す日々。
正さんは己自身でも、自分の体をあまりよく確認できずに毎日を過ごしていたのだが。
改めて自分の体を確認するという目的の元、筋肉の付き具合を見てもらう為に服を脱いだのだが……これはどうだろう!
正さんの身体は、もやし寄りだった頃からは比べ物にならない変貌を遂げていた。
「ま、マッスル伍長、見て下さい! どうっすか、俺のこの肉体は……!」
「おおし、完璧だ。1年前の生っ白さが嘘のようじゃねえか……よく、ここまで腹筋を割ったな! カブトムシみてぇにバッキバキじゃねえか……!」
「これも全部マッスル伍長のお陰っす! 1年前は薄くて線の一本も入っていなかった俺の腹が、今じゃ六つに割れてるんすから!」
「無駄な贅肉もねぇな……あんまり筋肉過ぎんのもアレだが、てめぇの身体は丁度よく仕上がってんじゃねえか。食堂のおばちゃんが食事から健康面に協力してくれたお陰だろう」
「ま、マッスル伍長、俺の為に食堂のおばちゃんと協力を……!?」
「鏡を見て、誇りな。ひよっこだったてめぇはもういない。今ここにいるのは戦士としての第一歩を踏み出そうとする猛禽の若鳥だ」
「マジで嘘みたいっす……この細マッチョが俺だなんて!」
ちなみにこの会話は、勇者様の経過確認の為に同席していたお姫様をはじめとするお偉い方々の目の前で繰り広げられていた。
特に勇者正の後見である神の代理人として参加したマイアは、上半身裸のまま鏡に見入る正の姿に目のやりどころに困っている。
気付け、正。
確認のためであれば、そんなにまじまじ見る必要もないだろう。
見事な男の裸身(上半身)は、既に目の保養を通り越してセクハラの域に達しつつある。
貞節にうるさい王城や神殿を生活の場とする正真正銘のお姫様にとって、目の前で繰り広げられているのは卑猥な光景レベル。
お淑やかさに定評のあるマイアは、両手で赤くなった顔を覆ってぷるぷると震えていた。
「……よし、ここまで完璧に仕上がってりゃ、今までの訓練は合格だ。卒業といっても良いだろう」
「ほ、本当っすか!」
やった、もうあの地獄の日々に苦しまないで済む……!
正直ものの正さんの顔が、一瞬ぱあっと輝いた。
だが、それは本当に一瞬のこと。
喜びがぬか喜びに終わることを、彼は予想できただろうか。
「ああ、体作りは完了だ。そんじゃ明日っから戦闘技術指導に入んぞ」
「え……っ」
「言っておくが、明日からが訓練の本番だからな。1年前みてぇに簡単に音を上げんじゃねーぞ……おっと、その完成した肉体がありゃ、簡単にギブアップするはずがなかったな。こりゃ手加減せずに済みそうだ」
「え゛っ!?」
正さんの試練はまだまだ続くよ、どこまでも。
☆ 召喚されてから1年と半年 ☆
死に物狂いの1年半(訓練期間)を経て、正さんは僅かな仲間とともに実践訓練とスキルアップを兼ねた旅路についていた。
ついでにあわよくば神の用意した試練に挑み、勇者として劇的な進化も狙っている。
旅の同行者は4人。
魔剣を操る優れた剣士のドルフィン (元訓練仲間)。
神の加護を受けた巫女であり、魔法の使い手マイア(王女様)。
スカウトとしても実力のある、竜使いのエドモンド(別名タクシー)。
そして最強の男、マッスル伍長。
王国上層部の誰もが納得する、いずれも一角の実力者揃いである。
まさにこれ以上はない勇者の仲間として、彼らは良い旅の供を務めた。
そして夜には野営地で地獄の訓練出張版が開催された。
マネージャーのように甲斐甲斐しく仲間達の世話を見るお姫様以外は、連日緊張感を強いられる旅の日々。
否応なく、勇者一行の戦力は旅の中で強化されつつある。
だが、勇者が強くなるのを黙って見てはいない者達がいた。
度重なる妨害、続く襲撃。奇襲に不意打ち、騙し打ち。
それを行う者の多くは、『魔王』に従う魔人どもである。
「喰らえ、勇者め!」
木陰から突如踊り出たのは黒い影。
6本の腕に掲げたのは、武骨なハルバード。
後方から援護する別の魔人が、タイミングを合わせて魔術を放つ。
「ふんっ!!」
それを、正さんを庇ってマッスル伍長が体で受け止めた。
魔人の放った炎が、マッスル伍長を巻き込んで爆発する。
マッスル伍長のしごきを連日受けてきた、過酷な日々。
それが、正さんと剣士の脳裏をよぎった。
「な……っマッスル伍長―!!」
「貴様、よくもマッスル伍長を?!」
2人は、怒りでぎらつく目を向けた。
予想外にも不意打ちに失敗し、憤怒の形相で睨まれて。
6本腕の魔人が顔を引き攣らせた。
「いやいやいやいや!? ちょ、いまそのおっさん、自分から飛び込んできたよね!? 良く見て、勇者たち!」
「うるさい! お前が攻撃してきたから、だからマッスル伍長が……!」
怒りの力に、突き動かされ。
正さんは渾身の力を持って剣を握る。
強く剣を握っていないと、今にも冷静さを欠いて無謀な特攻をしてしまいそうだった。
だが、冷静さを取り戻そうという努力も虚しく。
正さんは激情に任せて剣をふるった。
「マッスル伍長のかたきぃーっ!!」
剣が、光を帯びる。
彼の激しい怒りを表すように。
何の力も持たなかった筈の、ただの剣は燃え盛る炎を噴き上げた。
これが、この時の攻撃が。
正さんが正真正銘勇者としての力を発露させた最初の攻撃。
彼が覚醒した瞬間であった。
見事にずばっと、魔人達を倒した正さん。
異形ではあったが人に似た生物を殺した……そのショックは少なからずある。
だがそれ以上に、彼の胸には迫るものがあった。
「仇は討ちましたよ、マッスル伍長……散々度胸がない、思い切りがないって叱られた俺ですが、今なら褒めてくれますか……?」
「うむ、よくやった」
「そうそうそんな感じに……って、え゛!?」
正さんの背後に、マッスル伍長が立っていた。
ぶっとい腕で正さんの肩をしっかりと掴み、キラキラと信頼の籠った温かい眼差しを注いでくる。
それはまるで、巣立った雛のはばたきを見送る親鳥の様な……
「ミクラオサ、立派な成長を見られて嬉しく思うぜ」
「え、あ……いや! いやいやいやいや!? マッスル伍長、あんたなんで生きてんすか!!」
「ふん……あの程度のぬるい攻撃でくたばっちまうような柔な男だと思われてたとはな。俺も舐められたもんだぜ」
「そんなハードボイルド臭く言ってもおかしいもんはおかしいでしょ!?」
「あの……勇者様。実はわたくしが……」
「え、姫……?」
「マッスル伍長に攻撃が殺到した瞬間、間一髪で結界障壁を張るのに間に合いましたので……」
「姫様すげぇ!」
「それよりも、だ。ミクラオサ」
「マッスル伍長?」
「今の攻撃は見事だった。勇者の力が上手くミックスしていたな」
「え、いや、あの……褒めてほしいとは思ったんすけど、そんな素直に褒められると」
何か悪寒がする、裏があるんじゃないか。
流石にそれを口にすることは憚られ、正さんは脳裏に過った言葉を呑みこんだのだが。
残念、その予想は当たりです。
「見事な攻撃だったからこそ、今の感覚を忘れねぇ内に反復訓練だ!」
「え、ええぇっ!」
正さんの地道な実力底上げの日々は終わらない。
★ 召喚されてから2年目 ★
この頃ようやっと、マッスル伍長的に妥協できる区切りがついたらしい。
日々の訓練メニューが緩やかになった折を見て、正さんは念願の魔法の訓練を始めることができた。
ちなみに指導を担当してくれたのは、魔法に関して類まれた才能を持つという王女様、マイア。
訓練中は地獄の獄卒の如きマッスル伍長とは違い、指先からいたわるような優しさに満ちた指導に正さんは最初泣くかと思った。
マッスル伍長と姫様の対比が、酷過ぎて。
「そうそう、その調子ですわ……指先に意識を集中なさって!」
丁寧に教えてくれる、姫様。
感情論も感覚論も、根性論もそこにはない。
彼女の優しさに応えようと、正さんの魔法修錬にも身が入る。
訓練を初めてからわかったことだが。
正さんには異世界の人間とは思えないほど、この世界の魔法に対する適性と才能があった。
意外なところで、才能は開花する。
「素晴らしいですわ! これでミクラオサ様も全ての魔法系統をマスターしたことになりますわね」
「いやいや……まだ俺が使えるのなんて、初歩の初歩だし。中級の魔法も無理してやっとだよ?」
「全ての系統に適合していることは、凄いことですのよ。そのような方、わたくしは初めて目にします」
「ああ、適性がなかったら初歩の魔法すら発動しないんだっけ?」
「ええ。ですから例え初歩の魔法でも、使えるようになったことは素晴らしいことです」
「はは……けど、さ」
「はい」
「…………水魔法だけ、なんでか海水が出るんだけど」
「………………不思議ですわね?」
「俺1人じゃ飲み水の確保すらできないとか。ボッチ展開になったら死ぬな。俺、ぴーんち」
「大丈夫です! ミクラオサ様のお隣には、わたくしが常に寄り添いますから……おひとりになることなど、有り得ませんわ」
「姫、マジでありがとう……! これで渇水の恐れだけはなくなった!」
「まあ、ミクラオサ様ったら……でもどうして、海水になるのでしょうね? そのような例の報告は聞いたこともありませんのに」
「それは俺が聞きたい。割とマジで」
「そうですわね……もしかすると、御身に何か深い海との縁があるのかもしれません。心当たりはございます?」
「えー……何かあったかなぁ」
彼は知らない。
三倉家のパパさんが、元々妖怪のマーマンであることを。
本来の姿が下半身魚で、リアル竜宮城(笑)の出身であることを。
「ああ、そういや親父の出身が海とか聞いたような。俺の実家も沿岸地帯だし」
「まあ。でしたらミクラオサ様のお父様は漁師か何かの家系だったのかもしれませんわね」
「魚や貝は毎日獲ってたっては聞いたことあるけどなぁ」
獲ってたも何も、それがかつての主食です。
☆ 召喚されてから2年と半年目 ☆
今日も今日とて、勇者は魔人に命を狙われている。
「今日こそ命とったるぁぁあああああ!」
「鉄砲玉は帰れ!!」
正さんの撃退成功率も上々に伸びていた。
そんなある日のこと。
魔王復活までの期間もついに折り返し。
それを待っていたかのように、一行の前に立ちふさがる4つの影。
「てめぇが魔王様のお命を狙う勇者ってぇのか!」
目に怒りを燃やし、口火を切ったのは赤い目をした男(ヤンキー風味)。
「ふん……異世界の人間如きが」
冷酷な表情に蔑みの色を浮かべ、見下す蒼い髭の男。
「我らにかかれば、貴様なんぞ塵芥も同じ」
ケタケタと壊れたおもちゃのように嗤う、緑肌の小人。
「今日は生きて帰さないよ!」
そう言って冷笑する、露出狂疑惑濃厚な金髪の熟女。
四天王の襲来である。
一瞬、弟のゲームでこんな展開見たな……と思いながら。
四天王の姿をよくよく見て、正さんはハッと息を呑んだ。
「そんな……まさか…………」
尋常じゃない、その驚愕に満ちた表情。
よろろと姿勢を崩し、一歩足が後退してしまう。
最近の自信に満ちた彼からは想像もつかない、取り乱した様子。
これはどうしたことかと、仲間達の視線が一斉に正さんに集中した。
仲間達の目線にも気付かない様子で、正さんが震える指を持ち上げる。
指し示されたのは、茶色いローブのフードを深く被っていた……緑肌の小人。
小人は指をさされて、きょとんと首を傾げた。
それにも構わず、正さんは戦慄く口元から緊迫感に満ちた声を発した。
「まさか……トン●リ……っ?」
違うと思われます。
何を言っているのか、当然ながら正さん以外にはわからない。
トン●リ呼ばわりされた小人さんは困惑したままだ。
例えその姿が、包丁とランタンさえ持っていれば完璧にアレでも、実際は何の関係もないのだから無理もない。
「吾輩、そのような名ではないぞ……?」
「え、じゃあまさかマスター・ヨー●の方か!?」
それも違うんじゃないでしょうか。
ここまでくれば正さんも頭では違うと理解している。
理解していたが、ヴィジュアル面でのインパクトが強すぎて……つい、同一視してしまいそうになるのだ。
惜しい。
あまりにも惜しいと正さんは思った。
あの何事にも動じなさそうな弟も、この小人を見れば感激くらいはするかもしれないと思えてしまったから。
「おい、この勇者何言ってんのか全然わかんねぇぞ!!」
トン●リ改め某マスター(←違)の愉快な仲間達は思っていたのとは違う反応に頭を抱えている。
「なに、違うのか?! じゃあ……あ、わかった! ●ンデ! ●ンデだな!?」
正さんが現在どのような心理的状況にあるのか、当然ながら敵にわかるはずもなく。
「チッ……狂人に付き合っている暇など、私にはありません。時間の無駄です」
「そうね……あたしもちょっと遠慮したいわぁ。こんなの、必要がなければ関わりたくないしぃ?」
「ふん。俺だって御免だ……おい、ミディアム」
「な、なんだっ!?」
次々とやる気を失っていく四天王たち。
リーダー格である赤い目の男は、心底つまらなさそうな顔で緑の小人に呼びかける。
名前はミディアム。
他の面子の名前も気になるところだ。
赤い目の男はくいっと顎で正さんを示し、ミディアムに命を下す。
「あいつはどうやら、お前にご執心のようだ」
「うぇぇ……」
「俺らは相手してられねぇ。帰る。お前はあいつの相手をしてやれ」
「ええーっ!!」
「……倒すまで帰ってくんなよ」
心底、心底嫌そうな顔をするミディアム。
だが赤い目の男も嫌そうな顔をしている。
彼らだって暇ではないし、変態に興味もない。
普段とは違って興奮状態にある、正さん。
狂人にしか見えない者の相手など、やっていられないのである。
頭を抱えながらも、リーダーの命令は絶対☆
ミディアムは渋々、正さんの相手をすることに決めた。
他の四天王達は消えてしまったが、緑色の肌をした小人は空に浮かんだまま正さんを睥睨している。
「くそ……っ悪堕ちした●ンデなんて子供達が泣きそうなモノ、俺がこの手で倒してやる!」
「お、おい、ミクラオサ……? どうした?」
かつてないやる気を漲らせる、正さん。
彼の仲間達も正直を言って、困惑していた。
混乱しているのは、自分だけじゃない。
その事実に何故かミディアムの方が勇気をもらい、気を取り直して勇者抹殺の為にとっておきのアイテムを懐から引っ張り出した。
五寸釘と藁人形である。
「け、くけけけけ……馬鹿で不用心な阿呆勇者め! 貴様が巷で本名名乗っちゃってること、吾輩は知っているのである!」
口調に若干の乱れが見受けられるのは、まだ動揺している証拠……かもしれない。
「貴様、ミクラオサというのであろう!?」
「違います」
「しらばっくれるでない! 吾輩、下調べはきっちりやる方である!」
「じゃあ聞くなよ!」
なんだかんだで威勢のいい掛け合いをしながら、人には手出しの出来ない遥か高みにて。
苦々しく藁人形が出た時点で何が起こるのか察しちゃった正さんは手を出しあぐね、歯噛みする。
そう、既に予想はついていた。
自分がどんな目に遭わされるのか。
緑色の小人さんは意気も高らかに言い放った。
「さあ、本名さえ判明していれば簡単に実行できる吾輩お得意のお手軽呪術を喰らえ……!」
「その煽り文句、喰らいたくねーっ!!」
本気で嫌そうな正さんが見る中で。
トン●リ(←違)の短い手は、藁人形に五寸釘を遠慮なくぶすっと突き刺した!
「ぎゃあぁああああああああああっ!!」
瞬間、正さんは目を剥いて悲鳴を上げる。
旅の仲間達は、正さんの悲鳴にびくっと肩を跳ねさせた。
いったい何事か、と。
「お、おい……?」
恐る恐ると、剣士が正さんの肩に手をかける。
正さんは藁人形が刺されたのと同じ個所……即ち、心臓の場所を押さえて身を屈めていたのだが。
「あれ、痛くない?」
ひょこっと割合大丈夫そうな様子で顔を上げた。
わきわきと体中を動かしてみても、不自然な個所はない。
「???」
?マークをいっぱいに浮かべて、首を傾げながらミディアムを見上げた。
……が、当のミディアム本人も目を丸くして絶句していた。
「き、貴様……もしや」
「おう?」
「警戒するでなくあけっぴろげと見せかけておいて、実は貴様、用心深く本名を隠しておったな!? 『みくらおさ』とは偽名かっ!!」
「え……えーっ!!? ぎ、ぎめい!?」
え、俺……『みくらおさ』だよな? 本名だよね、それ!?
突然言いがかりをつけられた。
いきなり本名を偽名扱いされて、正さんはおろおろと視線を四方八方に走らせる。
「え、なにそれどういうこと!?」
彼の困惑は本物だ。
名前が本物ではないお陰で、呪いを免れた。
そうと聞いても納得できるはずもなく、内心で両親にどういうことかと問い詰めるくらいに、本物の困惑だ。
――さて、一体全体どういうことなのであろうか――
~ 17年前の地球 ~
「治さん、生まれたって!?」 ←三倉ママの偽名
「殿……っ」
「治さん、殿は止めてほしいってば」
「すまぬ、そうでおじゃったな……大殿」 ←三倉パパの偽名
「ああ。それで、その……治さんが抱いている、その子が?」
「抱いてたもれ、大殿の御子じゃ」
「うわぁ……人間の形してた! 良かった!」
「大殿、御子の名は何と? 妾はこの時代の作法に未だ疎い故……」
「あ、ああ……そのことだけどね、姫」
「何でおじゃります?」
「この時代って、『諱』の風習が廃れてるんだよね」
「な、なんと……!? では呪い師や妖しのモノ共にどう対すると!?」
「そうだよね、怖いよね。この時代の人々は平和ボケしてると思う。名前を隠さないなんて危険すぎると思うんだ……僕みたいな妖怪がいなくなった訳じゃないんだからさ……」
「嘆かわしいこと……」
「だからね? 戸籍にはちゃんと名前を登録するけれど、本当の名前は別に付けてしまおう。神棚に上げて神様に守ってもらおうよ。子供にはそうだね、みだりに口にしないよう……成人した頃合いで教えようか」
「さ、流石は大殿。妾も賛成でおじゃる」
「それじゃあなんて付けようか。今の三倉姓は治さんの神坐守を捩ったモノだから、真名の方はそっちの姓にして……」
「そうでおじゃりますな……父親から、一字」
「ははははは……治さん、僕の正しい名前は地上に存在しない表記になるけど構わないのかな」
「では、大殿の偽名に合わせ、公式名の方に大殿と合わせた名をいただくのはどうでおじゃる」
「ああ、それは良いかも。大に合わせた字、大小……だいしょう、大正……正?」
「ではこの子の偽名は『三倉 正』でおじゃるな!」
両親の功績だった。
~ ところかわって再び正さん ~
そこに両親の子供を案じる愛が込められていることも、知る由はなく。
自分の名前が実は違うかもしれないといわれて混乱している。
……だが。
「しっかりしろ、ミクラオサ!」
「!?」
「お前は異なる世界のモノなのだから、この世界の呪術が効きにくいとか何か別の理由があるかもしれないだろ」
「……っ そっか、そうだよな、ドルぴん」
「おいこらおま、今、俺の名前なんか違くなかったか」
「気のせいだな!」
「……俺の名前はドルフィンだからな、おい」
こうして仲間の励ましで以て、正さんは活力を取り戻した。
やる気さえ出てしまえば、名前を使った呪術が得意なんて微妙な相手、勇者御一行様の敵ではない。
空を飛んでいるという一見利点の様な特徴も、同じく空飛ぶ竜使いが制空権を制して封じてしまう。
最後のトドメを刺す瞬間。
正さんは遙かなる故郷への思いを込めた。
家に帰ることができたら、絶対に両親に名前に関する疑惑を確かめよう。
固く心に誓った願いが叶う日は、一体いつになるのだろうか。
★マッスル伍長☆
本名:エディガルド・スワン・マクスウェル
元々は宮廷画家の血筋だが、10歳の時に若者中心に影響力を増してきている思想【謝肉教・赤身派】に入信。熱烈な筋肉の信者となる。
己の肉体づくりの一環で軍に入り、めきめきと頭角を現す。
やがて家業である絵画の道か、筋肉かを選ぶという瀬戸際……絵画の道では越えられない壁として尊敬する父に「好きなように生きなさい」と背中を押されてマクスウェル家を出る。
その際に別離の決意表明として、親からもらった名を変えるのは心苦しかったが改名する。
第2の名前は『ガルド・マックス』。
やがて軍を中心にマッスル伍長と呼び慕われるようになるが、自分の名前『マックス』と語感が似ているため、本人はあだ名で呼ばれている事実に気付いていない。
ちなみに投稿ぎりぎりまで思想【謝肉教】の名を【筋肉教】と【ボディコントロール(略してボディコン)教】とのどれにするか悩みました。
結局謝肉教に落ち着きましたけどね!
☆魔王に仕える四天王★
赤い目の男『爆炎のロゼ』 登場時、背中で爆発が起きる。
青い髭の男『凍てつくウェルダン』 髭から氷が発射される。
緑肌の小人『呪怨のミディアム』 常に誰かを呪っている陰険根暗。
金髪の熟女『餅肌のレア』 美肌魔術の掛け過ぎで物理攻撃無効。
→17年前の地球
誤表記ではないです。
理由は次回にて!




