表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

1.兄か、プリンか

昭君のマイペース物語、長兄編でございます。

ただお話が長くなりそうなので、途中で切ることに。

2~3話で終了する予定です。



 幼稚園の頃のこと。

 昭君の通っていた幼稚園では、毎日ちょっとしたおやつがミルクと一緒に配られていた。

 そんなある日、お休みした子の分のおやつをどうするかでクラスが大揉めに揉めたことがある。

 最終的にちびっこ3人が三つ巴の大立ち回りを繰り広げ、先生にクラスみんなが怒られることとなった。


「良いか? おやつがほしくて喧嘩したくなるのもわかる。わかるが、こういう時はみんなで分け合って食べるもんだ!」


 その方がみんな気分いいだろとのお言葉に、なるほどと納得した4歳の頃。

 ちなみに喧嘩の元になったおやつは、先生のお腹にボッシュートされた。




【 あきら君は今日も通常運転でお送りいたします4 】



 三倉家には4人の兄弟がいる。

 長男の(おさ)くん。

 次男の(なぎ)くん。

 そして三男の(あきら)くんと長女の(あかる)ちゃん。

 仲は多分良い方だ。多分。

 そんな兄弟の、これはある日のこと。

 長男である正さんの、愛と冒険と失意の物語である。


 その時、正さんは17歳の高校2年生だった。

 一方、昭君は小学4年生。

 本来なら学校から帰ってくる時間もずれる、この2人。

 だけどその日、正さんの学校は折よく期末試験の真っ最中。

 3日続く試験日の初日。


 正さんの頭は吹っ飛んだ。


 試験勉強的な意味合いで。



「あ、昭君! その……私と一緒に帰らない?」

 もじもじと自身のスカートを弄りながら、昭君に声をかけてくる少女。

 彼女の名前を、昭君は物心付く前から知っている。

 相手は昭君の幼馴染なのだから当然だ。

「小夜、友達とは一緒に帰らないの」

「あ、うん、大丈夫! だから、ね? 一緒に帰ろう!」

「別に良いけど」

 昭君は見慣れた女の子にこっくりと頷いた。

 どうせ家は隣で帰り道は同じだ。

 一緒に歩くことくらいで恥じらったり照れたりするほど、昭君はマセガキではない。

 弾んだ声で嬉しそうに頬を染め、小夜ちゃんは昭君の左手を手に取った。

「小夜?」

「……て、繋いで帰ろうよ」

「前に恥ずかしいから駄目って言ってなかった?」

「きょ、今日は大丈夫!」

 実は小夜ちゃん、30分前に「女の子同士の内緒話」で自分の好きな相手(←昭君)を打ち明けるという羞恥プレイに吊るし上げられてきたばかりである。

 その時に周囲のお友達に囃し立てられ、何故か「女を見せる」という指令(ミッション)を自らに課せてしまった。

 今日は精一杯アプローチして、昭君との仲を少しでも進展させる、それが不可能でもどんなことをやったのか明日にでもお友達の皆に報告する義務が発生していた。

 出来れば今日中に、何とか今度一緒に遊ぶ……というかデートする約束の一つも取り付けたいところ。

 お友達に報告しないとダメだから!という言葉で、怖じ気づきそうになる自分の背を押して。

 いつもは恥ずかしくて堪らないことも、今日は思い切って挑戦してみるつもりになっていた。

「ふぅん? よくわからないけど、別に厭じゃないから良いよ」

「良かった……! あ、ねえ、今日は昭君のお家に寄っても良い?」

「僕、ゲームするけど」

「じゃあ私、2プレイコントローラーでお手伝いする!」

「おやつも付けるよ、いらっしゃいませ」

 昭君が今プレイしているRPGは、コントローラーを増やすことでマルチプレイ可能なタイプだった。


 10歳の男の子と女の子が、2人仲良く手を繋ぎ、ランドセルを揺らして歩く。

 傍目にはとても心和む光景である。

 2人とも10歳にしては小柄な方だったので、尚更に。


 だが。

 

 三倉家の玄関を開けた先には、そんな2人に似つかわしい和やかな光景など広がっていなかった。



「――えっ」

 

 自分の状況を理解できていない、素っ頓狂な声。

 間が抜けて感じられるそれを発したのは、17歳の少年O。

「お、正おにいちゃんっ?」

 目の前に広がっている光景に、小夜は唖然とした。

 昭君が開いた玄関ドアの先。

 三倉家の玄関から伸びる廊下の真ん中で。


 学校から帰ったばかりと思わしき17歳の男子高校生は硬直している。

 身動きが取れないのか、苦しそうな顔で必死に藻掻くのだが。

 実際には、彼の身体は指先がぴくぴくと動くのみ。

 腕も足も、ほとんど動いてはくれない。

 見えない何かに身体を縛られ、自由を奪われて。

 正さんは、床から伸びる黄金の光に照らされていた。

 否、包まれていた。

 正さんを中心として円形に広がる、幾何学模様の不思議な光に……


「あ、あきらっ! 助k――……」


 自身の弟を見つけて、兄の矜持など何のその。

 思わずといった様子で彼は声を上げたのだが……


 その声を、最後に。


 17歳男子高校生の姿は掻き消えた。

 

 空間を幻想的に彩っていた、黄金の光や床の幾何学模様と一緒に。

 

 ただ廊下の片隅に投げ出された鞄だけが、今までこの場に彼がいたのだと名残を残す。

 思わぬ事態に小夜は目を一杯に見開き、ぎゅっと昭君の手に縋る。

「あ、あきらく……っ おにいちゃんが! 正おにいちゃんが!」

「消えたね」

「そう、消え……ってそれはそうだけど! 人が消えたらどうしたら……119番!?」

「小夜、それだと救急車来ちゃうよ」

 幼馴染みのお兄さんが掻き消えるという非常時に居合わせて、動転する小夜ちゃん。

 一方、実弟であるところの昭君は淡々とした様子で。

 まずは玄関のドアをちゃんと閉めて、靴を揃えて家に上がり。

 びくびくとした様子で昭君の後に付いてくる小夜の手を引きながら廊下を直進。

 正さんの鞄を拾うと零れていた中身を詰め込み、廊下の壁に立て掛けた。

「――よし」

「え、なにが良しなの」

「ところで小夜」

「な、なに、昭君……」

「正兄さん、今日中には帰ってこないんじゃないかと思うんだけど。


余った兄さんの分のプリン食べる?」


 昭君の関心は、こんな時だというのにプリンにあるようだった。

 一瞬、小夜ちゃんの心がぐらりと揺れる。

 小夜ちゃんもお子様の例に漏れず、プリンは大好きだ。

「え、でも……それよりおにいちゃんが…………」


「ちなみに僕が昨日作ったプリンなんだけど」

「!」


 いる? との昭君の声に、いる! とこくこく頷く小夜ちゃん。

「それじゃあ食べたら感想教えて」

「うん!!」

「僕はお茶とプリン、準備してくるよ。その間に小夜はゲーム起動させといて。あ、生クリーム付ける?」

「わあ、嬉しい!」

 その瞬間。

 小夜ちゃんの中で事の重大性が「正おにいちゃん < 昭君のプリン」に上書きされた。見事に心の比重が傾いていた。




 ~その頃、正さんは……~


「う…………いたたっ……こ、ここは?」


 一瞬意識が沈んだ後、はっとして正さんは顔を上げた。

 彼は周囲を見回した瞬間、固まった。

 目に映る全てが、自分の思っていたものと違ったからだ。

 真っ白な石畳が敷き詰められた古代ローマ風の建造物。

 遠巻きに周囲を取り囲む、日本の路上にいたら職質必至の不審な衣装を当たり前のように着こなす異様な集団。

 そして自分の真正面に、真っ直ぐと進み出てきたのは……


 ――お、おおう……『お姫様』だっ?


「よくぞ、よくぞ我らが元へおいで下さいました……勇者様!」

「ゆ、勇者???」

「はい! 貴方様こそ、我らが神レッグフォール様のお導きを受けて現れた勇者様です! どうか、どうかわたくしどもをお助け下さい……!」

「え、えぇぇぇええええええええっ!!?」


 胸の前で両手を組み、懇願してくるのは麗しの姫君。

 波打つ金の髪を膝まで下ろし、淡い薄紅のドレスに身を包む。

 華奢で、可憐な美少女だ。

「わたくしはカール131世王の娘、マイア……勇者様をこの地に遣わした偉大なるレッグフォール神に巫女としてお仕えさせていただいております」

 下の弟が好んでプレイする一昔前のRPGに出演してそう。

 それが、正さんの真っ先に抱いた感想だった。


「勇者って、勇者ってなんなんだ……!?」

 混乱する、正さん17歳。

 相対する王女様は正さんを宥めるような声音で。

「我らの世界を救うべく、レッグフォール神が異界より貴方様を選ばれたのです。予言に伝えられる5年後、魔王の復活に備えて……」

「5年後?! ちょ、準備期間取り過ぎじゃ……っ」

「5年でも短いくらいですわ! 勇者様は今すぐに魔王を倒しにいかれても無事に帰ってこられるおつもりですの?」

「う……っいや、絶対に無理っす!!」

 正さんが高校で所属する部活は、史学研究会……。

 彼は、若干平均よりももやし寄りの男子だった。

 そんな彼が剣を手に取り、何の準備もなく突撃敢行など出来るだろうか?

 答えは否だ。

「で、でもな? 戦うなんて俺には無理だ。チェンジ出来ないのか、チェンジってそうだよ! 俺が目の前で消えるところを、俺の弟が目撃してるんだ! 昭……絶対に心配している!!」

 言いつつも、弟の性格をよく知る正さんは内心で微妙に首を捻った。

 心配、している…………している、よな?

 昭君はお兄ちゃんに対して、そこまで淡泊じゃ…………




 ~その頃の昭君~


「小夜、回復担当の僧侶と攻撃魔法が得意な魔法使い……どっちの操作担当する?」

「ええと……じゃあ、ヒロインの方!」

「残念、ヒロインはこっちの格闘家だよ」

「えーっ」

「ほら、小夜は回復役担当してよ。主人公はHPも防御力も高いから良いんだけど、格闘家と魔法使いが油断するとすぐに死んじゃうんだよね。LV低いから」

「ええと、回復魔法は……この青いアイコンのやつだよね?」

「そう、それ。仲間のHPゲージが黄色くなったら回復魔法かけて」

「補助魔法はどうするの?」

「そうだね……」




 ~再び正さんサイド~



 自分の弟が如何に兄を心配し、取り乱しているか。

 それを想像すれば胸が自然と痛くなる……はずだ。

 だけど正さんは、己の想像力の限界を感じて唸っていた。

「(……何故かおにいちゃんのことを心配する昭の姿が想像できないんだけど…………どうなんだろう)」

 疑問に思う当たり、やはりお兄ちゃんは弟君のことをよく理解していた。

「弟が胸を痛めているかもしれないんだ! それにきっと大騒ぎになってると思うし! 頼む、一時でも良いから俺を元の世界に……っ」

「無理です」

「さらりと否定!?」

「勇者様をこの地に遣わしたのは、神の御業……只人に過ぎぬわたくしどもに、一体何が出来ましょう」

「……つまり?」

「勇者様を元の世界に御戻しするのは、レッグフォール様でなければ出来ぬ相談です。ですが神は魔王を倒し、民に安寧を齎すために勇者様を遣わされました……使命を御果たしになられた暁には、きっと!」

「ねえ、さり気無く元の世界に戻りたかったら5年後に魔王を倒せって脅迫されてない? ねえ???」

「わたくしも、異界の方にこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが……神の御心に叶う他に術はないとしか」

「そんなー!!?」


 こうして、正さんの愛と苦難の冒険が始まった。


 



 


正さんの冒険はこうして始まった……けれど。

次回、正さんの冒険(ダイジェスト版)の予定です!

年単位の物語をぎゅぎゅっと凝縮しちゃいます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ