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第323話 新しい魔女

 ミャロは、墓地を離れると別の方向に向かった。

 ここらは大橋北の一等地、商人たちが(たな)を並べる商業地域である。人混みの中を歩いてゆくと、ひときわ大量の人が列を為しているブロックがあった。


「盛況だな」

「そのようですね。入場料が儲かりそうです」


 かつては王都商業組合本部と呼ばれていた建物の入口に、今は庶民が並んでいる。ここは魔女たちが建てた取引所で、商人や個人店主たちが集まって寄り合いをしたり会議をしたり、魔女たちに収入の報告をして賄賂の額を決めたり、大儲けしたり破産したり、上納したり脅されたり、あるいは泣いたりしていた。たしか、最後の組合長はシャルルヴィルだった気がする。

 機能的にはオフィスに近い建物なのだが、魔女が王都の商業の中枢として建てただけあって、極めて優美な外観に仕上げられている。

 そのため、現在では国立博物館として利用されていた。


 国立博物館では、ルベ家という一時的な支配者が去ったことを大々的に誇示するため、今は特別展として王家の象徴を展示していた。

 つまり、かつて二つに分かたれ、俺が一片をキルヒナ王国から持ち帰り、今は修復され一つになった、この国の至宝――シャンティラ大皇国の玉璽だ。

 王城を占拠された際には、万が一の散逸や、不慮の事故による破損を恐れた王剣のティレトが、独断で油紙に包んで中庭の土に埋めていた。


「どうするんだ。並ぶのか?」

 あの列に並ぶのは嫌だ。玉璽は本邦初公開というやつだが、俺は飽きるほど見ている。

「いいえ。そこのカフェでお茶にしましょう。あと一時間で閉館ですから」

「そうなのか。早くないか?」

 まだ午後二時だ。

「警備が厳重ですからね。警備員の集中が切れて、妙なことをしようとする人を見逃したりしたら一大事ですから」

「考えてみれば、それもそうか」


 盗まれないまでも、台から払いのけられでもして、もう一度割れたら大変なことになる。九百年前、シャンティラ大皇国が滅んだときに割られた出来事には歴史的ロマンがあるが、現代において警備の怠慢で割られたというのは単なる醜聞だ。醜聞を国家の至宝に刻むのは、歴史のひとときそれを預かっている者として恥以外の何者でもない。


「では、入りましょうか」


 二人でカフェに入ってケーキを食べながら談笑していると、あっという間に列がはけ、人がいなくなった。どうやら、カフェに入った時には既に入場券の販売は止まっていたようだ。

 出てくる客のほうが多くなり、交代にカフェのほうが混んできた。三時という時間帯から、出てきた客がそのままカフェに入ってきているようだ。


「そろそろ良さそうですね。行きましょうか」

 ミャロは席を立った。

「約束してあるのか?」

「いいえ。でも、抜かりありません」


 会計を済ませると、ミャロは国立博物館のエントランスに向かう。営業時間後に来た面倒客のカップルに、警備員は迷惑そうな顔をしている。ミャロは、一枚の紙を差し出した。


「入っていいですか?」

「こ……ここで少しお待ちを」


 詰め所の入り口に行った警備員が、会話をして誰かを呼びに行く。


「なんの紙なんだ?」

「この国の宰相、直筆の指示書です」

「そりゃ、世話がなくていいな」


 数分して、一人の女性が駆けつけてくる。ミャロが伊達メガネを外して目線を向けると、顔見知りだったのだろう。「ああ、そういうことですか」という顔をして、こちらに来た。


「お忍びでご来館ですか?」

「そこに書いてある通り、我々は美術品の修復家です。保存状態に異変がないか視察に来ました」

「分かりました。では、気兼ねなくご鑑賞を」


 そう言うと、どうやら館長らしい女性は、警備員にいくつかの指示をして戻っていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 修復された玉璽は、金継ぎのような見栄えのする技巧で繕われている。二つの塊を接着したのち、歴代の諸王家が大事に取っておいた破片を元の位置に戻し、紛失した部分は(にかわ)を使った樹脂で穴埋めをして、割れ目を含めて金粉で見栄えするように装飾してある。

 割れた継ぎ目を目立ちにくくする形で、元通りの姿に近づけることも可能だったが、むしろ遠い過去に割れたものが現在は一つに戻ったというロマンを感じる修復のほうがよかろう、という配慮から現在の姿になっている。


 しかしながら、Ω状の順路の真ん中にガラス越しに鎮座している玉璽は、遠目にしか見えない。

 玉璽は巨大な翡翠の塊でできているのだが……いくらデカいといっても、大きさは片手で持てる程度だ。考えてみれば、視覚的には小さめの絵画より更に小さいサイズなわけで、それがこんなに遠くにあったら、常人の目では細部の装飾まで鑑賞するのは難しいだろう。


「遠いな。金を払った客が、がっかりしてないといいが」

「まあ……ですが、警備員が間に立つスペースを考えると、仕方ないですよね。門外不出の国宝をこの目で見たという事実のほうが重要かもですし」

「確かにな」

「行きましょう」


 同じく玉璽を見慣れているミャロは、軽く部屋を見回すと、すぐに歩き出した。


「ユーリくんは、ここに来たのは初めてですか?」

「二度目だな。最初のときも、あんまりゆっくり観て回る時間はなかった」

「そうですか。それなら、見応えがあるかもですね」


 特別展示されている玉璽の他にも、博物館には様々なものがある。絵画から彫刻から宝飾品から、果ては化石まで、ジャンルを問わず様々なものが飾られていた。

 俺とミャロは、ちょくちょくと雑学を交換しながら鑑賞を進めていく。

 そして、『魔女たちの小博物館』というコーナーに入った。薄暗い部屋に所狭しと陳列棚が並んでいる。


「ユーリくん、覚えていますか?」

「なにをだ」

「この部屋に並んでいるのは、ボクたちが燃やした魔女の家にあったものです」


 ああ、あれか。

 大魔女家の屋敷が立ち並ぶ魔女の森の真ん中には、かつては魔女の家という小さな一軒家があった。

 そこは大魔女たちの会議所であり、別途設けられた小部屋は驚異の部屋(ヴンダーカンマー)のようになっていて、歴史的な遺物や魔女たちが価値を認めた珍品が所狭しと集められていた。


「ここに来ると、ボクは根っからの魔女なんだな、って思うんですよ」

「お前は、魔女じゃない」

「いいえ、魔女です。もちろん、お(ババ)様や、小屋とともに灰になった大魔女たちに憧れているわけではありません。でも、ボクは、間違いなく魔女なんです」


 ミャロはショーケースを愛おしそうに撫でた。


「ボクは、この部屋の遺物たちが愛おしくてたまりません。見てください、三百三十年にムラオ・トウを刺し殺した槍の穂先に、大逆人オーマを繋いだ鉄の首輪。この世界に唯一現存するシャモ・シャルトルの肖像画……現在まで残っているのが不思議なくらいの、歴史的遺物です」


 それらは、全てが薄汚い小物だった。槍の穂先は腐食が進み、黒ずんだ鉄クズにしか見えないし、鉄片をリングでつなぎ合わせて作った首輪はお世辞にも値打ちがあるようには見えない。肖像画に至っては、ほとんど掠れて輪郭しか判別できなかった。

 しかし、それらは確かに歴史のなかでそれぞれ役割を担ってきた遺物だった。ムトナ内乱を引き起こしたムラオ・トウを刺し殺した槍は、間違いなくその後のシャン人国家の枠組みを決定付けたし、首輪はシャン人の歴史上初めて女皇を僭称して国家分断を図った王女の首にかけられた。そして肖像画は二千年以上前、聖沼の岸で泡となって消えたとされる巫女、つまり初代女皇の眼前で画家が描いたものだ。

 ガラスのショーケース一つとってもそれだけのドラマがある物品が、この部屋には山のようにある。これらの遺物が現在に至るまで残ったのは、間違いなく魔女の功績だ。魔女という社会層がなかったら、あるいは彼女たちに文化を愛する心がなかったら、これらの品々は悠久の歴史の中で朽ち果て、消滅してしまっていただろう。


「かつて、ボクは魔女であることを否定しようとしました。でも、今は違います。歴史を愛し、文化を保存して、国家を支えてきた彼女たちのことを、誇らしく思うんです」

「いいんじゃないか、それでも」

「いいんですか?」


 罪の意識でも感じるのか、わずかに心配気な顔で、ミャロは言った。


「魔女は、かつては女皇を輔弼(ほひつ)する役割を担っていた。そのくらいの歴史は俺も知ってるさ。俺がお前を必要としているように、当時は必要だったんだろう」

「でも、のちに腐って、国の害になりました」

「一体、なんの心配をしているんだ?」


 ミャロは、どうやら自分の出自や性格に難があると思っているようだ。今日はそれを吐き出す日なのかもしれない。


「お前は俺にとって、この国にとって、必要な仕事をしている。何十年か後には人格が腐りはじめて、あの頃の魔女どものように職を汚すようになるっていうのか? そんなことは、絶対にありえねえよ」


 俺は、この世に「絶対」と言い切れる物事はそう多くないと思っている。だが、これは絶対と言い切れる数少ないものの一つだ。


「お前は、自分の中に”魔女”っていう邪悪な種みたいなもんがあって、いずれそれが芽吹く日のことを恐れているみたいだ。だけどな、そんなものは存在しないんだよ。俺はお前にとんでもなく大きい裁量権を与えているが、一瞬でも魔が差したことがあるのか? 私利私欲のために宰相の職を汚そうと考えたか?」

「……いいえ」

「なら、お前は清潔だ」


 ……ミャロは、ずっと不安だったのだろうか。魔女の血を継ぐ自分が、いつか変貌してしまうのではないかと。


「お前は魔女という言葉に囚われて、自分の中に汚い何かがあるように感じてきたんだろう。だけどな、お前は他の誰よりも清潔なんだよ。十歳から付き合ってきた俺が保証してやる。それでも心配なら、もし狂ったときは止めてやるさ」


 そんなことは絶対に起こらないことを俺は知っている。


「だから、安心してお前が思う魔女をやりゃあいい」


 俺がそう言うと、ミャロは見開いた目で俺を見ながら、わずかに身震いをした。


「ユーリくんは、本当に人誑しですね。嬉しすぎて、鳥肌が立ってしまいました」

「事実だしな」

「ありがとうございます。ボクは、幸せ者ですね」


 ミャロは涙ぐんだ瞳で、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「今日は、ボクのことを全部知って欲しかったんです。これでもう、なんにも秘密はありません」


 ミャロが今日話した秘密は、俺にとってはどうでもいいような話だった。そんなことでミャロへの評価はなにも変わらなかったし、ミャロへの想いが変化することもない。

 だが、ミャロにとっては、それを俺に伝えることは、外せない重要な事だったのだろう。なんにせよ、それで気が済んだのならよかった。


「ユーリくん、目を瞑ってくれますか?」

「ん? ああ、いいよ」


 目を閉じると、胸板にそっと手を添えられた。

 唇にしっとりとした柔らかい感触が触れる。


 口づけを交わしたあと、下唇をつまむようにしてミャロの唇が離れた。


「愛してます。ユーリくん。私のすべてを貰ってください」

「……俺でいいのか?」

「なにいってるんですか。ユーリくんじゃなきゃ駄目なんです」


 なんて光栄な話だ。


「俺も愛してる。だが、お前だけのものにはなれない」

「いいんです。一緒にいる間、私だけを見てくれるなら、それで」


 ミャロはそう言うと、胴に手を回して抱きついてきた。ぐりぐりと顔を押し付け、満足したのか離れると、今度は横に周って慣れない様子で腕に手を回してきた。


「残りを見終わったら、レストランに行きましょう。そのあとは……分かりますよね?」

「積極的だな」

「積極的な女は嫌いですか?」


 こちらを見ながらそう言ったミャロの顔は、なにかが吹っ切れたように華やかだった。

 ずっとこんな顔をさせてやりたい。俺のような男には、それは不可能なのだろうが、できるだけのことはしてやりたいと思った。


「好きだよ、お前なら」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 シャワーが終わるのをベッドに座って待っていると、しばらく経ってミャロが姿を現した。

 白いバスタオルを小さな体に巻き付け、胸元で折り込んでいる。


 躊躇するような小さな歩幅で俺の前までくると、そこで立ち止まって固まってしまった。


「どうした?」

「………」


 うすい照明の中で、なにも喋らず縮こまっている。

 俺はベッドから立ち、ミャロの肩に手を添えた。


「怖いのか?」

「いえ……自信がなくて」


 自信?


「どういう意味だ?」

「……私、リリーさんやキャロルさんのような体型じゃありませんから。背も小さめで胸もこんなですし、ユーリくんを失望させてしまわないか……」

 ほんとにこいつ何考えてんだ。

「あのな、お前は十分可愛いし、容姿も整ってる。女の魅力は、胸だけじゃないからな」

 俺はミャロの腰に左手を回す。タオル越しに、くびれた腰が感じられた。

「あっ……」

 右手で臀部に触れると、ミャロはピクリと震えながら小さく呻いた。吸い付くようなしっとりとした感触が気持ちいい。掌に力を加えると、柔らかなパン生地のように指が沈んだ。


 ミャロを抱きしめながら体を入れ替え、ベッドサイドに座らせる。

 腰を折って、ゆっくりと押し倒した。

 ミャロの体は、ベッドの上で、白いバスタオルに包まれていた。

 胸元で巻き込んだ端をほどき、右から左、左から右へと、丁寧に開いてゆく。


 広がったバスタオルの上で、小さな手で胸を隠し、太ももをあわせて秘部を隠そうとしているミャロは、恥ずかしげに赤く染めた顔を背けている。

 それは、広げられた包装紙の上で、食べられるのを待っている甘い果実のようだった。興奮するなというほうが無理だ。


 覆い被さり、ミャロの顎に手を添えると、俺は口づけを交わした。

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― 新着の感想 ―
定冠詞が付いた「魔女」なんだろうな
よかった
ミャロよかったなぁ そして前の感想欄でも書いた予想が当たって嬉しい。やっぱりこの章はミャロと男女の仲になるためのお話だったんだな 長年の夢のような展開ですが、リャオという舞台装置がとてもハラハラさせ…
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