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第266話 貴人虜囚

 残った騎兵部隊を中心として追討部隊を編成し、追撃に移らせると、俺は被害状況を確認し、部下を労いながら丘の上に登った。

 クルトスの城門を破壊するという最後の仕事をした試製大砲は、ようやく息を止め、今は休んでいる。


 会戦が終わったため障害物が除去された登山道を登ってゆくと、そこには荒々しい戦闘の痕跡と、竜の死骸があった。

 緑色の鱗に覆われた体から、折れた槍が何本も生えている。その根本から生えたロープは、砲列から引き剥がそうとするように背後の木々に縛り付けられていた。


 どうやら有効に働いたようだ。

 落下してくる竜の重量に耐えきれず、柄が折れてしまったようだが、これは仕方がない。

 長大な槍というのは、柄を太く丈夫なものにすると人間では扱えないような重量になってしまう。


「閣下!」

「よう、クリコール。大事(だいじ)なかったか?」


 声をかけてきたその男は、クリコールといって、軍人になったばかりの男だった。

 元々はホウ社の社員として開発に携わっていたが、砲兵をにわか仕込みで作り出すため、教官として軍に入った。

 砲兵隊の最高責任者ということになっている。


「大事ありましたよ。なんですか、ありゃ」

 クリコールは竜を見た。

 相変わらず、騎士章を胸に飾った生粋の軍人とは違う、フランクな話し方だった。

「被害は?」

「砲兵の死者は五名、重軽傷者二十二名であります!」

 クリコールにつけている補佐官が言う。

 軍隊においては基本的な、こういった損害報告も、クリコールは畑違いなのでできない。

 そのため、そこをおぎなう補佐官は有能な者をつけていた。


「そうか」


 死者五名を多いと見るか、少ないと見るか。竜の尖った爪や、人を丸呑みにできそうな口を見るに、少ないほうなのだろう。


「あと、大砲なんですがね、たぶんもう使い物になりませんや」

「駄目になっちまったか。どう壊れたんだ」

「焼蝕ですよ」


 焼蝕というのは、砲腔の内面が火薬の熱で焼かれ、弾との摩擦で削れてしまう現象のことだ。

 焼かれると金属表面が脆くなるらしく、砲腔の中でも燃焼する装薬に近い部分ほど削れが早くなる。


「水をぶっかけながら使っちゃいたが、やっぱり駄目ですね」

「廃棄するほど酷いのか?」

「まあ、使えるっちゃあ使えますが……最後の方は、もう射程が短くなってましたからね」


 この大砲の射程は、平地で2km程度のものだ。丘に上げたことで竜帝国の軍まで届いたが、高さによる補助がなければ届かない計算だった。

 そういえば、最後のあたりは竜帝国に砲撃は当たっていなかった気がする。


 砲撃そのものの威力というより、砲撃されているという事実と、砲声による威圧感で彼らは潰走したということになる。


「弾帯でカバーできないほどガバガバになったら、最後には旋条が効かなくなりますよ」


 これにつかう砲弾は、砲弾尾部に銅を鉢巻きのように巻いてある。その弾帯部分は実際の砲の口径より僅かに大きく、発射の際はここがライフリングに食い込む形となる。

 砲弾は銃の弾のように柔らかい鉛でできているわけではないので、弾帯を使わないと鉄と鉄が擦れ合ってあっという間に砲腔が削れきってしまう。


「とはいえ、これからも都市がたくさんあるからな。大砲は城壁を破るのに便利なんだ。射ったときの内圧で破裂してしまうようなら廃棄するしかないが」

「さすがに、それはないと思いますが……」

「じゃ、もうしばらく使おう。自爆装薬だけは持たせて、いつでも処分できるようにしてくれ」


 自爆装薬というのは、要するに黒色火薬の塊で、弾頭の代わりに発射口を封鎖するような蓋がついている。

 これを装填して発射すると、大砲が爆発の威力に耐えきれず爆砕する。


 元々、黒色火薬というのは、銃でも大砲でもそうだが、発射薬として使うには強すぎる性質を持っている。燃焼速度が音速を超えるので、本来不要な衝撃を砲身に与えてしまうのだ。

 無煙火薬の原料であるニトロセルロースは、煙が少ないのもメリットだが、黒色火薬ほどの燃焼速度がない。

 この大砲が今までのものより軽量で済んでいるのは、黒色火薬をやめたことで肉厚を薄くすることができたことが大きい。


 そのため、無煙火薬の代わりに黒色火薬の塊を燃焼させると、本体がもたない。自爆装薬は、それを利用して大砲を自爆させる道具だった。

 構造上本体と独立している尾栓などは形がそのまま残ってしまうが、これを使えば撤退する時間がない時に、砲を敵にそのまま鹵獲されて全てを知られてしまう事態だけは避けることができる。


「分かってますって。一生懸命こしらえた企業秘密の塊ですからね」

「徹底させてくれよ。敵に渡すと面倒なことになるからな」


 この大砲は、後装式ライフル銃のために研究していた鋼を転用して、断隔ネジ式の閉鎖機を装備し、ライフリングを切って、バネ式の駐退複座機を装備させたものだ。

 駐退複座機とは、本来は砲座と砲身との間に入って砲撃の反動を吸収するものだ。砲身のみが前後して、大砲が反動で後ろへ下がるのを抑制することができる。

 だが、間に合わせで造ったこれは、ポンコツなので不十分にしか機能を果たせない。


 重量が嵩む上、反動を吸収しきれず後ろに動くばかりか、縮んだバネが伸びた勢いで前にも飛んでゆく。

 どうしようもない代物なので、大砲は砲架で地面に安定させた上、木や切り株に縛り付けたロープや長い杭で固定されている有様だった。


 この大砲は、そういったまったく洗練されていない荒削りの試作品だが、それでも新しいアイデアが山のように盛り込まれている。

 盗まれたところで、イイスス教国には無煙火薬など作れないので同等の運用はできないだろうが、閉鎖機などは真似されてしまう可能性がある。


「まあ、これだけ重ければ盗むのも一苦労だろうが、知られてしまった以上、敵も血眼(ちまなこ)になって狙ってくるだろう。注意しておいてくれ」

「そのへんは俺の管轄外ですよ。軍のみなさんに言ってください」

「ああ……まあ、そうか」

 クリコールは籍の上では軍人だが、無理を言って指導してもらっているだけだ。どちらかというと、会社員や研究者といった性格が濃い。

「そのあたりは、護衛部隊に徹底させておきます。ご安心ください」


 補佐官が言った。彼はかなり優秀な人材なので、問題ないだろう。


 と、そこでバサバサと翼が風を切る音が聞こえてきた。

 砲声と銃声をさんざん打ち付けられたせいで、鼓膜が少しおかしくなっているのか、いつもと違う音に聞こえたが、上を見ると確かに鷲だった。

 伝令の衣装をまとった男が降りてくる。


「閣下! 報告です!」

「どうした?」

「クルルアーン竜帝国の皇子とおぼしき人物を捕虜にいたしました。現在後送中。至急指示をいただきたいとのことです!」



 *****



「☓☓☓☓☓☓。☓☓☓☓☓☓、☓☓☓☓☓……」


 久しぶりに困惑する異国の言語が飛び出してきた。アーン語だ。


「お前、テロル語は喋れないのか?」

「わたし、テロル語、喋れません」


 アーディル皇子と思われる少年は、めっっっちゃイントネーションが独特なカタコトのテロル語で言った。

 日常会話くらいはできる、という感じではない。三時間くらいは勉強しました、という感じだ。

 こりゃまずいぜ。


「一体、どういう状況で捕まえたんだ?」


 この世界には少年兵というのは殆どいないので、この少年が皇子、あるいは影武者という可能性はかなり高そうだ。


 少年兵がいない理由は、べつに人道的見地からのことではない。

 単純に、子どもでも扱えるような小型軽量で強力な兵器がないので、ほとんど意味がないからだ。


 子どもを集め、安い剣や槍を持たせて戦場に送り出す事自体は、やろうとすれば安上がりにできるだろう。

 だが、大人相手の白兵戦では勝負にならないので、すぐに死んでしまう。戦力としては期待できない。補給を与えなければならないことも考えると、どう考えても運用するメリットがない。


 陣営出入りの商人が使っている丁稚とか、荷物運びとか、身の回りの世話をする近習などのケースもあるが、この少年は着ている服がただものではないので、それも違うだろう。

 見たこともない生地だが、一見して滅茶苦茶手間がかかっていることくらいは分かる。


「ええと……捕まえたドッラ殿の近衛騎兵師団は、すぐに追撃に移ってしまったので詳細は………ただ、どうも単騎で集団から飛び出し、脇にそれてしまったようです。それを追っておかしな動きをする一隊ができ、そこを強襲して捕虜にした。という感じだったようです」


 ドッラは、左翼の騎兵集団を指揮していた。現在は追撃をかけている最中なので、確かに真っ先に竜帝国に当たったはずである。

 罠にしては、それに食いついたドッラが被害を被ったという感じではないし、なにを目的にしているのかさっぱりわからない。


 話を聞くに、脱出用に一番いい馬に乗せてみたけど、馬術が下手で暴走させてしまった、みたいな話なのか?

 すぐに護衛が追いかけたが、最も速い馬に最も軽い少年が乗っていたがために、追いつくのも難しくなってしまったと。


 だとしたら、はっきりいって、ものすごく間抜けな話である。


 竜に二人乗りさせて脱出できなかったのは分かる。

 竜は鷲と違い、元々かなり扱いにくい動物らしい。人に慣れたりはするが、以心伝心というのは基本的にない。空中で突然怒り出すこともあり、その場合は熟練の竜騎兵(ドラゴンライダー)でも応急措置で機嫌を取るといったことはできないらしい。

 大抵の場合はどうにかなるが、怒りをエスカレートさせてしまうと、空中でヒステリーを起こして自分の翼を尻尾で叩いて墜落することもあるという。


 実際のところはどうなのか、というのは正直わからないが、エンターク竜王国でもクルルアーン竜帝国でも、タクシーとしての利用は民間でも公用でも殆どないというのは事実らしい。

 皇子など乗せられるものではないのだろう。


 まさか皇子が馬に乗れないとは思わなかったのかもしれないが、それだったら速度を犠牲にしてでも二人乗りをして、お荷物として座らせておくべきだった。


「竜帝国の奴らは、皇子を追ってこなかったのか?」


 クルルアーン竜帝国の内部事情には詳しくないが、皇子というからには重要な存在なんじゃないのか。

 たぶん何人もいるうちの一人なのだろうが、捨て置いていいわけではあるまい。


「追ってきました。奪い返そうと全軍を返してきたので、戦地に取り残される格好になり、今は竜帝国軍が殿(しんがり)を押し付けられている格好になっているそうです」


 うわぁ……。

 じゃあ、こいつマジで本物なのか。


 普通に考えたら有り難い話で、ラッキーなんだが、別に戦いたいわけでもない竜帝国軍が躍起になってしまうというのは問題である。


「ユーリくん、軍使を出してみては? クルルアーン竜帝国の人たちも、この国のために殿(しんがり)を頑張る義理があるわけではないでしょう。踏ん張られても追撃戦がうまく運ばなくなるだけですし」

「つってもなぁ……ミャロだってアーン語なんか喋れないだろ。ていうか、うちの軍にアーン語の話者なんて一人でもいるのか?」


 強いて言えば、戻ってきた元奴隷のシャン人の中には勉強をした者がいるかもしれないので、絶対に紛れ込んでいないとは言い切れないが、まさかこんな形でアーン語が必要になってくるなどとは思いもしなかったので、探してもいないし連れてきてもいない。

 俺の知り合いではイーサ先生くらいしか喋れる人はいない。


「こちらにはいなくても、竜帝国軍の中には、おそらくテロル語が分かる通訳がいると思いますよ。伝令の言葉が分からなかったら問題ですから」


 ああ、そりゃそうか。

 考えてみれば当たり前の話だ。


「じゃあ、普通にテロル語で書くか……皇子の身柄については(のち)に引き渡し交渉に応じるし、待遇についても貴人を遇するためのものを約束する……みたいな感じでいいか?」

「いいと思います」

「俺が書く」


 テロル語については、ミャロより俺のほうが理解が深い。俺が書いたほうがいいだろう。


「はい。お願いします」

「お前も何か書け」


 俺はアーディル皇子を見ながら、テロル語で言った。


「えっ」


 ミャロがおかしな声を上げた。


 皇子は、所在なさげに天幕の端のほうで立っている。

 改めて見ると、堀りの深い顔立ちをした、浅黒いハンサムな少年という感じだった。


 だが、その様子は少しおかしい。

 肝が座っていて、こんな事態でも動じていない。という感じではなく、地に足がついていないというか、捕虜になった現状を理解していないような、浮世離れした様子だった。


「お前、書く」


 と、テロル語の簡単な単語を言いながら、ペンと紙を目の前に置いた。

 カタコトもカタコトとはいえ、少しは喋れるようだし、簡単な意味程度は分かるかもしれない。少なくとも、二人称くらいは分かるだろう。


「……ユーリくん、捕虜本人に書かせるんですか? こちらでは内容を検証できないんですよ」

「撤退中にテロル語の通訳が行方不明になってるって可能性もあるしな。まずいものを見られたわけでもないし、問題ないだろ」


 ミャロの危惧をよそに、皇子様は意外にも素直にペンを持って、なぜか椅子には座らず、立ったまま書き始めた。

 意図は通じているようだ。


 とりあえず、怯えて泣きじゃくってるという感じではないし、殺されそう、早く助けて、などとは書かかないんじゃなかろうか。

 こいつも通訳の一人もいないのでは不便で仕方ないんだから。こいつにとっても書くメリットはある。


「自由に手紙を書かせてもらってる、ってだけで、悪いようにはしてないとは思ってくれるだろうしな」

「……うーん、まあ、それはそうかもしれませんけど」

「じゃ、俺も書くかな」


 なるべく丁寧な言葉を使い、考えながらつらつらとペンを走らせ、最後にサインをした。

 皇子のほうを見てみると、既に手紙を書き終わっているようだった。


「もう一枚、書け」


 さすがに事後には検証したい。


「同じ、書く」


 単純なテロル語の単語を口にしながら、横並びにもう一枚同じ紙を並べると、皇子は意図を理解したのか、内容を写し始めた。

 書かれている意味はまったくわからんが、見たところ字面は同じように見える。ちゃんと複製してくれているようだ。


 俺は複製した手紙を受け取ると、自分がしたためたものと重ねて二枚を丸め、伝令用の筒に入れた。


「彼の持ち物も一緒に入れたほうが」

「ああ、そうだな。それがいい」


 そっちのほうが信用されるかもしれない。


 俺は無抵抗な皇子の指から指輪を抜いて、筒の中に入れた。

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