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第207話 王都への帰還 後編


 会議が終わった後、俺はホウ家の別邸に向かった。

 ホウ家の別邸は、第二軍の略奪行為を受けたが、火はかけられなかった。

 玄関や窓が割れ、金目のものが奪われたくらいで、他に損壊はない。


 失われた調度品の幾つかは戻って来ていないが、家屋は既に修復され、今はホウ家軍高官の宿舎として機能していた。


 馬車から降りると、俺を見た騎士たちが敬礼をする。


「ユーリ閣下! おかえりなさいませ!」


 警備隊長が言う。

 間違いではないが、できれば汗臭い兵士より、女性に言ってもらいたいな……。


「お勤めご苦労。シャムとリリーさんは居るか?」


 俺がここに来たのは、シャムとリリー先輩に会うためだった。

 両人とも、最近はミタルやカラクモに行ったりで忙しいが、今は王都に来ていると聞いている。


 王都にいるならば、別邸が最も安全なので、ここに滞在することになっている。

 王城は、暗殺事件の際に王の剣が発動させた罠のせいで、居住部分へのアクセスが非常に悪くなっていて、それを直さないことには使いづらくて仕方がない。


 また、居住部分の構造を熟知し、警備を司っていた王の剣も、今は別の仕事をしていて王城を不在にしている。


「ハッ! おそらくは病院かと」


 病院?

 思ってもみない答えに、思わず眉をひそめてしまった。


「なんだ? どこか悪いのか?」

「いいえ、詳しくは聞いておりませんが……」

 分からないらしい。

「場所はどこだ?」

「ここの近くです。二つ隣にいった区画の、二階が丸々倉庫になっている大店(おおだな)です」


 ああ、あそこか。

 いや、あんなところに何の用があるんだ。


「ありがとう」


 俺は礼を言うと、

「聞いていたな、向かってくれ」

 と御者に言って、馬車に乗り込んだ。


 ゴトゴトと馬車が走り出す。


 一体、なんの用事で行ったのだろう。


 あそこは病院というより、野戦病院のようなところで、傷を負った戦傷者などが集まっている。

 薬などを処方する病院とは少し質が違う。


 腹痛とか頭痛、あるいは盲腸のような痛みを治療するところではなく、ただ傷を縫って包帯を巻き、安静にしておくための施設だ。

 あえていえば、整形外科医院ということになるだろうか。


 怪我でもしたのだろうか?


 心配をしているうちに、あっという間にたどり着いてしまった。

 そもそも王都攻略の際、ホウ家の負傷者を収容するために作った病院なので、別邸の近くにあるのだ。


「ユーリ閣下!」


 馬車から降りると、俺を見たホウ家の兵が、慌てて敬礼をした。


「シャムとリリーさんがここに来ていると聞いたんだが」

「ハッ! こちらにおります」

「案内してくれ」

「了解しました」


 てくてくと歩き始めた兵の背中を追うと、たどり着いたのは、一階のとある部屋だった。

 兵が、コンコン、とノックをする。


「すまんっ、今手術中やーっ、後にしてーっ」


 中からリリー先輩の声が聞こえた。

 しゅ、手術中?


 俺は兵の胸を軽く押し、横にどかすと、レバーを回してゆっくりとドアを開いた。


 隙間から中を覗くと、細い縄で編まれたベッドの上に、どこかの兵が横たわっていて、その向こうにシャムとリリー先輩が立っていた。

 シャムとリリー先輩は、白い布で髪をまとめて、リリー先輩は前からメガネをしているが、シャムのほうもゴーグルのようなものをかけていた。


 口は厚手の布で覆っているようだ。

 体には割烹着のような服を着ていた。


「ちょいちょいちょい――っと」

「めっちゃ器用ですねぇ……」

「シャムが不器用すぎるんやろ」


 兵は上腕を怪我しているようで、手術用の台に腕を縛られ、そこを縫われているようだった。

 この台はサイドテーブルのようなもので、傷を縫うときに患部を動かさないために用いられる。土台に重りがついていて、テーブルの上には腕や足を縛るためのバンドがついている。


 リリー先輩は、大きなピンセットのような器具を持って、ちょこちょこと傷を縫っていた。


「ちょい、ちょい、ちょいっと。よしっ、終わりや」


 傷口が閉じ終わったのか、シャムが横から口の空いた瓶を差し出し、傷口にかけた。


「手も洗ってください、血まみれですよ」


 シャムが、両手に酒をかけ、リリー先輩が揉むようにして両手を洗った。


 俺は、そこで部屋のドアを開けた。


「入ったらあかんでー。まだ終わっとらん――って、ちょっ!」


 俺の姿を見ると、リリー先輩は椅子から転げ落ちそうなくらいビックリしていた。


「……リリーさん、何やってるんですか?」

「ユユユユ、ユーリくん!」


 なんだか凄く動揺している。


「ききき、奇遇や、なぁ」

「シャムまで一緒になって……」


 と、俺は部屋の中を歩いて、先程まで縫っていた兵士の腕を見た。

 結構深いように見える切傷が、ぴったりと閉じられていた。


 ちょい、ちょい、ちょい、と言っていた割には、四針(よんはり)しか縫っていない。

 深いところで更に縫っているのだろう。


 表面をOの形で縫うのでは、深い傷だと縫合面の下に血が溜まってしまうので、腕のいい縫合医は傷の中に∞の形に糸を通し、深部までピッタリと閉じる。

 これは、指先が相当器用でないとできないので、戦場では要求されない技術だ。

 学院の専任医などはこれができる。


「手を見せてください」

「ちょ、ユーリくん――」


 俺はリリー先輩の手を取った。

 血は洗い流され、赤色の汚れは残っていない。


 部屋には、蒸留酒のアルコールの匂いが漂っている。


「素手で手術なんて……感染症になったらどうするんですか?」


 いかなる理由があっても、見ず知らずの他人の血液に接触するのは避けたほうがよい。

 患者が肝炎だの梅毒だのに罹っていたら、病気を移されてしまいかねない。


「手袋してたら上手く縫えんし……それに、手に傷がないかは毎回確かめとるから……」


 念入りにリリー先輩の両手を点検するが、確かに傷という傷はないようだった。

 甘皮のささくれのようなものもなかった。


「あ、あの……ユーリ閣下」


 腕を縫われていた兵が、おっかなびっくりしている。

 この切られ方は防御創のように思われるので、恐らく王都での警備中にトラブルがあって怪我をしたのだろう。


「ああ、君が不味いことをしたわけじゃないんだ。行ってくれ。働きに感謝する」


 俺がそう言うと、兵は頭をペコペコと下げながら、部屋を出ていった。


「酒で洗ったからといって、完全に滅菌できたわけではないんですからね……。手で目でも擦ったら、そこから感染してしまいます」

「分かっとるよぉ……あとでもう一度洗うつもりやし……」


 リリー先輩は手を引っ込めてしまった。


「はぁ……それ以前に、何故こんなことを?」


 必要性がわからない。


 医者にでも転職するつもりなのだろうか。

 困る。


「いや……ちょっと人体に興味があって……」


 人体に興味が……?

 リリー先輩は機械の人であって、人体に興味があるとか、そんな気配は感じたことすらないのだが。


「えぇ……」


 シャムが言うと、リリー先輩が横目で睨んだ。


「興味本位なら、あまりお勧めはできませんよ。感染症の危険がありますし……腕の傷を縫うくらいならまだしも、もっと別の手術になったら、それで人が死んでしまうこともあるんですから。心を病みますよ」

「そっ、そうやな……私もそう思ってたところやから、辞めようと思ってたんや。うん」

「えっ」


 シャムがもう一度リリー先輩を見た。


「ユーリが怪我した時に傷縫えたらなーって言うんじゃなかったんですか?」

「ばかっ」


 リリー先輩のチョップがシャムの頭に直撃した。


「痛った~……」


 シャムが、自分の頭を痛そうにさすった。

 結構な勢いだったし、結構ガチで痛かったんじゃないか。


「……お気持ちは嬉しいですが、リリーさんがこんなことをしていたら、気が気じゃありません。辞めてくれるならいいですが」

「辞める辞める。本当やって」


 リリー先輩は、特に未練もなさそうに手をひらひらと振った。

 俺の傷が云々と言っていたが、本当なのだろうか?


 正直、今はこういう新しい挑戦みたいなことしている時期ではないし、それはリリー先輩にも分かっていると思うのだが……。


 大事な入試の三ヶ月前くらいに「最近ギター始めたの、前から気になってたのよね」とか言い出したような感がある。

 ギターならまだしも、血だらけの傷口をいじくり回すことが気晴らしになるとは思えないし……。


「今日は、お頼みしていた仕事の進捗状況を確かめに来たのですが」

「それは大丈夫。ちゃーんと一ヶ月後にはもう五十台仕上がるから」


 自信満々だ。

 大丈夫そうだ。


「それならいいんですが……休める時には、ちゃんと休んでくださいね」

「うん。ありがとうな」

「いやいや、ありがとうなー、じゃないですよ。それじゃ終わっちゃうじゃないですか」


 シャムが何か言い出した。


「ユーリ、褒めてあげてください」


 えっ。

 褒めたほうがいいのか……。


 ……褒める?

 感謝ならいつもしているけど。


「いつもながら、リリーさんの丁寧で迅速な仕事ぶりには感心しています。ありがとうございます」

「いやいや、それが当然やから……」


 リリー先輩は照れるように笑った。


「そうじゃなくて」


 そうじゃないらしい。


「キッスするとか、おっぱい揉むとか、いろいろあるじゃないですか……ご褒美をあげてください」


 なにを言っとるんだこいつは。


 先程の一撃で頭がおかしくなってしまったのだろうか。


 おっぱい揉むって俺へのご褒美かよ。

 いや浮気になるわ。


「ばかっ!」


 リリー先輩が再びシャムの頭をチョップした。


「いったぁ……馬鹿なのはリリー先輩でしょ……私、もう見ていられません」

「みんな頑張っとる時なんやから、なんともないよ。シャムは気にし過ぎや」


 なんなんだ。

 何だかよくわからないが、深刻な労働環境の悪化があるのか。


「じゃあ、肩を揉むとか……」


 妥協点だった。


 労をねぎらうのに肩を揉む。

 なにもおかしくはない。


「肩……まあ、それでいいです。いつも肩揉みさせられてますし……」


 いつもさせられてるのか……。

 まあ、でかいしな。


「いやいやいや、ええって、そんなの……ていうか今のユーリくんが肩揉みとか」

「別に、構いませんよ。リリーさんが嫌でなければ」

「……本当? それじゃあ」


 なんやかんや言いながら、リリー先輩は背中を向けた。

 髪は既にまとめてあるので、邪魔にはならない。


 肩揉みか……。


 肩に手を添える前に、服の上から背中をさするように押して、筋肉の付き方を確かめた。

 鍛えている感じはないが、脂肪は薄くついているだけで、筋肉を触っている感じがする。


 触ってみると、確かに張っている部分があるようだ。

 というか、全体的に強張っているような感じがする。


 四本の指を肩に添えて、当たりを付けた部分に親指を添え、固いバターを塗り込むように、力を込めてギュウっと押し伸ばした。


「アッ――!」


 リリー先輩の背中がビクンと跳ね、大きな声が出た。


「すみません、痛かったですか?」

「いや、いや、痛くはないんよ、続けて」


 続けていいのかこれ。

 俺は再び、服の上からリリー先輩の肩を揉んだ。


「ンッ―――ン゛ン゛~~~ッ!」


 リリー先輩は口を手で抑えながら声を噛み殺している。


「アッ――うっ、っつぁ、うぁッ、ックぅう~~~~~~ッ………」


 何かおかしな声を出し始めたので、手の動きを止めた。


「あッ、ハッ……ひうっ……」


 手を離すと、リリー先輩は背中を亀のように丸めて、小刻みに震えだした。

 反応がやばい。


「ちょっとちょっと、ユーリ、一体なにをやってるんですか?」


 シャムがちょっと笑いを堪えるようにしながら言った。


「ちょっと、っぷ、尋常じゃない様子ですけれど」


 確かに尋常ではない。

 どんな肩こりだ。


「っく――はぁ、はぁ……」


 リリー先輩が頭だけでこちらを向いた。

 メガネがずれて、目に涙が溜まっている。


「本当に大丈夫ですか? もうやめます?」

「はぁ、はぁ……ええねん、続けて?」


 続けるのか……。

 なにか艶めかしい感じになっている……。


「でも……」


 俺が言うと、リリー先輩はずれたメガネを直した。


「めちゃくちゃ上手いからちょっとビックリしただけやねん。もっと押してくれへん……?」

「え、ええ。構いませんけど……」


 死ぬとか、怪我をするとかじゃないしな……。


 俺はもう一度手の動きを再開した。



 *****



「ンあッ――! くっ……ハァハァ、ユーリくん、もうええっ、もうええから……」


 終了のお許しが出たのは、五分くらい経ったあとだった。

 リリー先輩の背中は、全体にじっとりと汗がにじみ、なにやら凄いことになっている。


 そんなに気持ちよかったのだろうか。


 肩を揉むだけでこんなになってしまう人間が居るとは思わなかった。

 どんだけ凝ってるんだ。


「んっ――これ、癖になってしまいそうやわ……っくっ」


 揉みすぎたのか、リリー先輩は肩を少し動かすだけで軽い刺激を感じているようだった。


「ユーリ、ユーリっ、私も」


 シャムが何か言っている。

 ていうか、もう背中を向けている。


「シャムは肩凝ってないんじゃないのか?」


 見るからに。


「凝ってますよ。これでも苦労してるんですから」


 本当かよ……。


 だが、リリー先輩にだけやって、シャムにはやらないというのも不公平だろう。

 俺はシャムの肩に手のひらを置き、押していった。


 うーん……。

 どこも凝っていない……。


 やはり、触り比べてみると、リリー先輩の硬く強張った感じの筋肉とはまったく違う。

 まるで柔軟体操をした直後のように、フワフワしていた。


「どうしたんですか? 早く揉んでください」

「いや……まあいいか」


 先程のリリー先輩の乱れっぷりを見ていたから、よっぽど気持ちいいことだと思っているんだろう。

 声が期待に染まっている。


 こうなったら、揉まないことには収まりそうもない。


 俺は、シャムの肩をギュッと揉んだ。


「いたっ!」

「あっ、すまん」


 かなり優しくしたつもりなのだが、先程リリー先輩にやっていた感覚が手に残っていて、強くしすぎてしまったようだ。


「もうっ、気をつけてください」

「すまんすまん」


 続けて、肩を揉んでゆく。


「――――んん?」


 やっぱり、大した感動はないようだ。

 そりゃそうだ。指の感覚がぜんぜん違うもん。


「本気でやってます? ズルしてません?」


 ズルってなんだよ……。


「なにも感じないんですけど……ただ背中を押されているだけっていうか……」

「だから、凝ってないんだろ。もう止めるぞ」

「いえ、もうちょっと続けてください」


 続けるのか。


 続けるついでに、肩のあらゆる部分を指で押して反応を探ってみたが、まったく何の反応もなかった。


「もういいですよ。あー、すっきりした」


 絶対ウソだろ。


「んっ、いや……これ、癖になってしまいそうやわ……」


 リリー先輩を見ると、肩をぐりぐりと回して、凝りがほぐれた感触を確かめているようだった。

 そのたびに胸が揺れていて、目に悪い。


「肩が軽くなりましたか」

「なったなった。やっぱ男の子って凄いねえ」


 そりゃ、シャムと比べたらな……。

 握力でいったら十倍くらい違うかもしれないし。


「頼んだら、またやってくれる……?」

「え、ええ……これくらいのことなら」


 さして時間がかかることでもないし……。


 ただ、なにかおかしな事になってしまいそうな気がして怖い……。

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― 新着の感想 ―
リリー先輩、肩に敏感なのどゆこと、、 性感体ってことなの、、??
[一言] 肩凝り、わかるわ〜 力があって、知識もある人に解してもらうと めっちゃ軽くなるもんなぁ。
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