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第180話 本邸への来客 後

 俺はミャロから目を離し、今度はティレトのほうを向いた。


「それで、王剣はなにをやってたんだ? 本来はお前らの担当だろう」


 罪の重さでいったら、ミャロより王剣のほうが格段に罪深い。


 キャロルと結婚しようとしていた俺はともかく、ルークとスズヤは招かれたのだ。

 単純に、招いたのであれば、安全を守る責任がある。


 酒を飲んだルークとスズヤには、ひとかけらの過失もなかったのだ。

 ただ招かれ、参じ、供された食事を食べ、酒を飲んでいたら、毒が盛られていた。


 誰のせいだ。招いた者の責任だろう。


「そもそも、毒味とかの文化は王城にはないってのか。どうなってんだ」

「当然やっていた。城の外から入ってきた毒だったら、それで防げたはずだ。でも、カーリャが毒を入れたのは、毒味をしたあとの酒瓶だった」


 そんなことを言われても、納得できるものではない。


「なら、もう一度やったらよかっただろうが」

「……私たちは、女王を疑わない。女王から警戒しろという命令がなければ、王女のことも疑わない。あの状況で席を離れて、調理場に入って葡萄酒を飲ませろと言ってきたら、普通は自棄(やけ)酒をあおりに来たのだと思うだろう。目を盗んで毒を入れるなんて思わなかった……というのが、調理場にいた毒見役の王剣の言い分だ」

「その疑わないの結果、女王さんが死んじまってるんだから世話はないな」


 言っても詮無いことだと思いつつも、口が止まらなかった。

 やるせない怒りが胸の中で荒れ狂っている。


「お前が怒るのはもっともだ。私を斬って気が済むのなら、斬ってくれて構わない」


 そう言ったティレトの目は、まっすぐに俺を見据えていた。

 実際、斬ろうとしたら抵抗はしないのだろう。


「馬鹿が……お前を殺したところで、誰が元に戻る。誰一人として生き返るわけじゃない。キャロルの症状が良くなるわけでもない」

「本当に、済まなかった」


 ティレトは再び頭を下げた。

 こいつも主君を喪ったのだ。悲しみがなかったわけではない。


「……王剣がなにをやっていたのか聞いていない。魔女は調べてなかったのか」

「私たちは、お前たちを調べていた」


 は?


 俺たちを?


「ここにいるミャロが色々と動いていたせいで、分かりにくかった。手荒なことはするなと厳命されていたしな」

「……はぁ」


 溜め息しか出なかった。


「女王はお前をお疑いになっておられた。あれだけの能力を持っているのに、十字軍の脅威に関してはのんびりしていて、必死さがないと。調べてみれば、ホウ家領のスオミからは人が何人も消えている。だが行き先は分からない。船員を拉致して聞き出すことも禁止されている。どうしても調べは進まなかった」


 なんだそりゃ……。

 しょーもない。


 遠くばかり見ていて、足元がお留守ってやつか。

 それでお膝元の王都で自らを殺す謀略を練られているのだから、ほとほと呆れ返る。


「……結局、女王は俺を信頼してなかったんだな」


 思わず頭に手をやった。

 政治とはそういうものだと思いつつも、やるせない。


「隠すからだ。隠されれば不安にもなる」


 隠すもなにも、あれは俺が自分の金で始めた事業だ。

 そもそも報告する義務などない。

 アルビオ共和国での諜報活動の結果報告でさえ、俺は一銭の礼も受けず、サービスで行っていたのだ。


 そりゃ、ホウ家の庇護を受けていたことは否定はしないが、多額の税金を納めていたし、別邸の交代要員の兵站費用を負担したりもしていた。

 無料でサービスを受けていたわけではない。


 俺は、奪われないために隠していたのだ。


「それで、突き止めて報告はしたのか」

「いや、突き止められなかった。私たちがスオミに行くのにすら難色を示されていたしな」


 スオミに行かないで新大陸のことを探れと。

 どんな無茶振りだ。


 俺に気を遣って、万一にも敵対することがないよう配慮してのことだろうが、成果と手段、両立できるわけがないものを要求している。

 王剣の方も、よく唯々諾々と従っていたものだ。

 シモネイ女王も、あれで相当病んでいたのかな。


「はあ……まったく。それで、今後お前は俺に使われるんだよな」

「そうだ。王剣は今のところ、お前の命令に従う」

「ここに来たということは、お前が王剣の長なのか」

「そうだ。キルヒナの際にキャロル殿下をお守りしてのち、先代の長より役目を受け継いだ」


 こいつがトップだったらしい。

 まあ、有望株でなかったらキャロルを任せたりしないか。


「合計で何人いるんだ」

「ここには5人。シビャクに20人。各地に7人潜伏させている。シビャクにいる20人のうち、5人は傷を負って使えない」


 脱出の時に負傷したのだろう。

 合計32人か。


 少ないな。


「第一軍はどうなってる。あいつら、最後まで動かなかったろう」

「……買収されていたようだ」


 やっぱりか。


「メティナ・アークホースは、テレージャ・カースフィットの親友ですよ。同級生ではないにしても、男ばかりの騎士院で、四年間も同じお風呂で背中を流し合って過ごしてきた仲です。そんな人を信頼するなんて、どうかしている」


 ミャロが苦言を呈した。

 話を聞くだけでもヤバそうだ。


 こいつ、城で第一軍は裏切らないとかなんとか言ってなかったか。


「……仕方ないじゃないか。世継ぎはアークホース家が決めるんだ」

「信頼するなという話です。その結果がこれじゃないですか」


 まあ確かに。

 第一軍が即行動していたら、少なくともこれほど面倒なことにはならなかっただろう。


「じゃあ、第一軍は敵対するのか?」

「いえ、下のほうは女王尊崇の念が強いはずです。少なくとも王城を攻めるなんてことはできない気質の軍かと……」

「ドッラの父親がいただろう。あれは父上の親友なんだが」


 俺の考えていたのはそれだった。

 ガッラはどうしているのだろう。


「ガッラ・ゴドウィンさんですね。ドーン騎兵団で総副長をしておられます」

「は? それって結構大きな部隊じゃなかったっけ」


 確か、ガッラはもう男としては天井の役職に就いていたという記憶がある。

 ドーン騎兵団というのは、近衛第一軍で一番でかい騎兵団で、たまに立派な服を着て堂々と王都を巡回している、なんというか近衛の顔のような騎兵団だ。


「はい。定数千騎の騎兵団ですね。以前は団の半分の五百騎隊の副長でしたけれど、女王の肝入りで特別に出世しました」

「なんでだ?」

「詳しくは知りませんけれど、ドッラさんを早く出世させるためじゃないですか? キャロルさんはドッラさんを高く評価していましたし。それに橋の上の戦いで名望高いですからね、ドッラさんは」


 はー。

 ドッラがねぇ……。


 まあ確かに、ドッラは強くなったし、ふさわしいのかも知れない。

 騎兵は特に頭よりフィジカルがものを言う世界だからな。


「基本的に、近衛軍というのは欠陥を抱えています。隊を率いるのは女性ですが、隊員と男の付き合いをするのは男性の副長です。訓練の際に声を張り上げるのも、槍を持って戦いの指導をするのも男性の副長の役目です。一般兵からの信頼は当然副長のほうに集まります。全体的に酷い歪みの構造があるんですよ」

「ふーん……なるほど」

 そりゃ確かに大変そうだ。

「ですから、ともすると隊長はお飾りになってしまうことも多いんです。なので上級幹部には男性を入れず、女性だけで構成しているわけです。軍団長がお飾りになったら男性の軍になってしまいますからね」


 確かに、男性の軍になるのはまずい。


 実務的にまずいというか、歴史的にまずいのだ。

 大昔、これは約二千年前という本当に大昔の話だが、いにしえのシャンティラ大皇国にムトナ内乱というものが起こり、将軍の反乱によって国が滅びかけたことがあった。

 そのころの大皇国は、女皇が治める女権国家だったのだが、普通にクラ人に対して侵略戦争を行っていた。

 この内乱は、戦争に何度も勝った名将とされる将軍が、戦争で得たクラ人の戦争奴隷を使って身内に牙をむいた内乱だった。


 結局それは成功しなかったのだが、首都シャンティニオンが陥ちるか陥ちざるかというところまで行った。

 女皇家はこの時の経験がよっぽどトラウマになったらしく、男の将軍に他の国を攻めさせると国が滅ぶ、と考えるようになった。

 戦争に勝つと、奪った土地はどうしても将軍の勢力圏になってしまうので、必然的に国内に強力な男権勢力が生まれる結果に繋がる。と学んだわけだ。


 もちろん、防衛はする必要があるので、軍は整えさせた。

 誇りすら奪えば将軍が反乱を起こすことも分かっていたので、軍人が武名を誇ることは許し、防衛に成功すれば褒めちぎって、勲章もくれてやった。

 だが、こちらから攻めて領土を拡張させることは一切許さない伝統ができた。


 シャンティラ大皇国が、当時としては強大な軍団を持っていながら侵略戦争を一切せず、奴隷制度も表向き存在しないという奇妙な国になったのは、この出来事をきっかけにしている。


 それは結果として悪いことばかりではなく、奔放な領土拡張を抑制したおかげで、辺境で国が割れて独立国家になったりすることもなく、もはや十分といえる広大な領土の隅々にまで目を光らせ、ぬくぬくと国土を開発し、富み栄えることができた。


 その代わりに、シャン人という人種は長いこと一つの国にまとまってしまい、その種子が世界中にバラ撒かれることがなくなってしまった。

 それが今の現状を生み出しているとも言える。


 ともあれ、そういう経緯があって、女王家には男性の軍隊を身内と考えてはならないという感覚があるのだ。

 女権国家の中枢を守るのは、女性の軍隊。

 女王を最後に守るべき砦である第一軍が男性化するなどということは、あってはならないことだ。


 それを考えると、ガッラは本当に特別扱いだったのだろう。


「それなら、メティナ・アークホースには一般の兵隊から突き上げがあるだろうな」


 働くべき場面でトップから押さえつけられ、働けなかったわけだから、不満は噴出しているだろう。


「そうでしょうね。当代のアークホース家はアレですけど、第一軍を構成している名家は、基本的には女王に忠実です。全員を懐柔しているというのはありえません。それに聞いた話だと、このお屋敷の正門に貼られていた紙を王都に撒いたとか」

「ああ、あれな。千枚撒いたはずだ。今日はまた千枚……」


 俺は執務室に置いてある柱時計を見た。


「あと二時間後だな。撒かれるはずだ」

「流石です。そんなことをされたら、嘘を吹き込むこともできません。おそらく第一軍は動きませんよ。こうして真相を知ったら、兵に戦えと言っても動かすことは難しいでしょう」


 どうだろう。

 だが、魔女からしてみれば第一軍を信頼できなくなる。

 会戦において信頼できない軍を近くに置くことほど怖いものはない。少なくとも、重要な役割を任せようとは思わないだろう。


「ティレト。王都に行って、ガッラと接触してくれ。寝返り工作といったら変なんだが……」


 元はと言えば、こちらに従うのが当たり前の連中だからな。

 どう考えたってキャロルのほうが正統なわけだし。


「分かった。第二軍を挟み撃ちにするんだな」


 違う。

 なに言っとんだ。


「第二軍と戦わないための懐柔だ。あんな雑魚どもでも、教練すれば多少使えるようになるだろう」

「戦わないで?」


 ミャロは疑問符を顔に浮かべた。


「戦わずして勝つってやつですか」

「近衛第二軍を潰すのは惜しい。王都攻略は、たぶん前哨戦だからな」

「前哨戦? 次は……じゃあ、すぐに将家を倒して併合するおつもりなんですか?」


 違う。


「魔女を馬鹿だと思ってるのか? たぶん今年は十字軍が来るぞ」


「えっ……」


 ミャロは絶句した顔をした。

 ティレトもだった。


「魔女が国を支配したくて事を起こしたと思ってるのか? 何年か後にくる十字軍はどうするんだよ」

「それは……まぁ。そうですね、対処のしようがありません」


 そうだろう。

 十字軍がシヤルタに攻めてこないのなら納得できる。

 だが、数年の内には確実に攻めてくるのだから、魔女たちの行動はおかしい。


「魔女は馬鹿じゃない。あいつらはあいつらで、必死に生き残ろうと頭を使ってるんだ。王家やホウ家を倒したとしても、次に来る十字軍にやられる。そのくらいのことは連中だって分かってるさ」


 シモネイ女王は、少なくとも十字軍に対しては熱心に対処しようとしていた。

 シモネイ女王の体制であれば、国内の将家をまとめて一枚岩になって十字軍に当たることは確実にできた。


 だが、カーリャを擁しての魔女政権ではそれすらも難しい。

 将家はバラバラになり、国内は混乱し、一致団結した対応などできなくなる。


 そんなことは、馬鹿にだって簡単に想像できることだ。

 王家を打倒したとして、その治世以上の防衛体制を整えられるとは魔女も考えていないだろう。


 であるならば、王家を倒してカーリャを傀儡に立て、ホウ家を皆殺しにして弱体化するというプランは、それが完璧に上手く行ったという仮定があってさえ、自らの寿命を縮める結果にしかならない。


 実際には、失敗するリスクも十分すぎるほどある。

 現実にこうして失敗したわけだし、そもそも暗殺計画の中心にいたのは、カーリャという何をしでかすか分からぬ糞馬鹿女なのだ。

 ほかの全員が一切の情報を漏らさず完璧に役割を全うしたとしても、かなり高いリスクが残る。

 あれほど計算高く行動する魔女どもが、そのリスクを無視できるほど小さいと見積もっていたはずはない。

 だとすれば、自分たちが破滅するリスクを負ってまで、自らの命を縮めるだけの計画を実行するという行為は、どう考えたって非合理的で理屈に合わない。


「イイスス教圏の連中と内通しているんだろう。国を献上する代わりに、どんな条件を引き出したのかは知らんがな」


 九百年、王都を根城に引きこもっていた連中ならば、考えそうなことだ。

 ある意味で、あいつらは王家の庇護の下ぬくぬくと育てられた、世間知らずなのだ。

 その中で、彼女らは自分に分かりやすい理屈で、助かる道を模索している。


 計画が完璧に成功していれば、カーリャは順当に女王として即位し、各将家はどうにも手出しをできない状況になる。

 国内は分裂状態になるだろうが、文句をつける将家をあーだこーだとやりすごし、そのまま半年くらい膠着状態を作るのは、さほど難易度の高い仕事ではない。


 その間に十字軍は非常招集される。

 計略によって抵抗は微弱。戦争という苦労がなく略奪ができるとなれば、参加したがる国は多いだろう。


 十字軍が来たら、北のルベ家は抵抗するかもしれないが、所詮一家でできることは少ない。

 王家天領を手中に収めているのだから、王都の港に直接兵を招き入れても構わない。

 抵抗はごくごく微弱だ。


 十字軍が約束を律儀に守ってくれるか、という一点を除けば、ほとんど完璧なシナリオと言える。

 俺の感覚からすれば律儀に守るわけがないと思うのだが、魔女どもは藁にもすがる思いで一縷の望みを託したのだろう。


 国を一つ労なく手に入れる見返りに、百人かそこらの人生を保証する。

 そんな取引条件だとすれば、国一つの代償としては小さすぎる対価だ。

 魔女たちが、律儀に守ると期待してもおかしくはない。


「でも、リーリカさんの報告では、十字軍はないということでは」

「実際に来るかは分からない。魔女どもは失敗したんだから、それを見て来るのを止めるかもしれない。だが、魔女どもが正直に失敗しましたなどと報告しているとも思えん」


 俺を逃した以上、魔女たちは最早後戻りできないのだ。

 魔女からしたら、嘘の報告をしてでも来てもらわなければ困る。今や魔女にとっては十字軍は援軍であり、将家に囲まれた状況からの解放者なのだ。


「なるほど……考えてみれば、確かに」

「現状では想像に過ぎないがな。ただ、そう考えないと辻褄が合わないんだ。他に説明をつけられない」


 とりあえずは、来るという前提で対策を練っておく必要がある。

 約一万名の兵力を誇る第二軍を、たとえば包囲殲滅して再起不能の状態にするのは、いいことなど一つもない愚行だ。


「王の剣には存分に働いてもらう。十人こっちによこせ。今のうちに、色んな下準備をしておかないとな」

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