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第174話 離脱

 ソイムとの話が終わり、庭を見ると、もう準備は殆ど終わっていた。

 馬に草を食ませるなどの作業は終わっていたのだろう。このうえ複雑な作業はなく、人を馬車に乗せて兵が結集すればそれで終わりだ。


 俺はカケドリに乗る騎乗隊の隊長のところへ行った。


「ユーリ様、このたびは誠に……」

「いい。それより、俺にカケドリを用意してくれ」

「はっ!? お乗りになるのですか!?」


 乗るに決まってる。

 会社の社長じゃあるまいし、馬車の中から外見てるってわけにいくか。


「もちろんだ。この槍が見えんか。俺が陣頭に立って指揮を執る」

「あまりに危険では。どうか馬車に……」

「馬鹿を言うな。それとな、父上の白暮をここに置いていくのは惜しい。鷲にまともに乗れる兵はいるか? 俺がそいつの鳥を貰いたい」

「心当たりはございます。でも、それならばユーリ様が鷲に乗っていかれれば」


 んなことできるか。


「くどい。早くしろ」

「――ハッ! 了解しました」


 命令をすると、やはり隊長は跳ねるように動いて役目をこなしはじめた。

 すぐに一人の騎兵がやってきて、トリから降りる。


「五期派遣隊ホルオス・ユーマであります!」


 王都に送られるのは当然各隊から兵を抜いてきた臨時編成のものなので、そのたびに派遣隊という名称がつく。

 今年五度目の派遣隊ということだ。


「すまないが、カケドリをくれ。きみには父上の鷲、白暮というんだが、それをホウ家領まで回航してほしい」

「了解しました」

「夜の飛行になる。月は出ているが……白暮には今日無理をさせたから、大丈夫と思っても一度には飛ぶな。王都を出てしばらくしたら、街道沿いでない場所に降りて、一晩明かしてくれ。餌場から少し肉を持っていって、夜に食わせてやれ。ホウ家領に入ったら、一番近くの領館に行って、事情を説明しろ。それで、できたら領境に兵を出させてくれ。分かったか? 復唱しろ」

「分かりました。王都より出発し、街道沿いでない空き地に降り、餌を食わせて夜を明かし、明朝出発し、領境の街にて兵を出すよう交渉致します」

「よろしい。百点だ。頼んだぞ」


 俺が肩を叩くと、ホルオスと名乗った彼はトリを置いてすぐに動きはじめた。

 重いだけの革鎧を潔く脱ぎ捨ててゆく。

 名を覚えておいて、あとで弁償してやらなくちゃな。


 俺はカケドリに飛び乗ると、鞍にあった槍差しに槍を立てた。

 次はカフの元へ向かう。


「よう」


 気軽に声をかける。


「とんでもないことになりやがったな。これからどうなるか……」

「嬉しいだろ」


 俺がそう言うと、カフは「なにを言ってるんだこいつは」という顔になった。


「お前の大嫌いな魔女家、全部ブッ潰してやる。綺麗さっぱりこの世から消し去ってやるから、お前はその後のことを考えてろ」

「ああ、そういうことか……」

「瓶をくれ。今使う」


 カフは火炎瓶を騎上の俺に渡した。

 三個づつの火炎瓶が二つある。


 今の火炎瓶は普段コルクで封をしてあるのだが、既に抜栓され布が入れてあった。

 中の液体が吸い上げられ、布は濡れたようになっている。


「これも持っていくか? 燧石式(フリントロック)だから便利だぞ」


 カフは鉄砲を差し出してきた。

 馬上で使えるよう切り詰めたタイプだ。


「俺はもう一丁あるからな」


 そう言ったとおり、もう一丁、こちらは火縄式の普通の鉄砲だが、地面に置かれている。

 自分でも戦うつもりだったのだろう。


「ありがたく頂いていくよ」


 俺は鉄砲を受け取り、安全装置を確かめて腰帯に差した。


「さ、早く馬車に乗れ。すぐ出発だ」

「ユーリ様」


 ビュレが声をかけてきた。


「どうかご無事で。武運長久をお祈りします」


 武運長久ってこういうときに使う言葉かな。

 お前も一緒に行くんだけど。

 まあいいか。


「ありがとう」


 俺はそれだけ言って、カケドリを回した。

 カフが馬車に乗ると、庭に残っている非戦闘員はもういないようだ。


 俺は正門のほうに向かった。


 正門の向こうには、第二軍の兵が密集して道を占領している。

 上からみた限りでは、別邸を取り囲んでいる分を除いて、五百人ほどはいただろうか。


 こちらは、歩兵隊が百四十に、騎兵が六十ほどいる。

 まあ、なんとか行けるか。


 敵は、こちらの様子が明らかに変わって、臨戦態勢を取っているというのに、殺気立って槍を向けてはいるが、弓や銃を出してきていない。

 まるで戦争のやり方を知らないようだ。


「ちょっと貸してくれ」


 松明を持っている兵から火を借りて、火炎瓶に火をつける。

 松明を返し、カケドリの腹を足で叩き、軽く勢いをつけて、三本の束をいっぺんに投擲した。


 敵勢の眼前で止まり、もう一つの束は前線に投げつける。


 行方を見ないまま回頭し、前線から少し離れると、槍立てに立ててあった槍を取り、天にかかげた。


「まずは歩兵隊が門前をこじあけろ! 騎兵はその道に血路を開く!! その後歩兵は馬車を守りつつ続け!!!」


 俺はかかげた槍を振り下ろし、敵に突きつけた。

 前線は五、六人に火が燃え移り、絶叫の渦になっている。


「さあ、者共(ものども)! ホウ家が(つわもの)(いくさ)がいかなるものか、そこにある魔女の手勢に見せつけよ!!」


 檄を飛ばすと、兵長たちが槍をかかげ、一斉に吶喊の号令を出した。


「オオオオオオオオッ!!!」


 雄叫びを揚げながら突っ込んでゆく。


 前線の第二軍たちは、火に巻かれる仲間を見て、全体が浮足立っている。


 所詮は戦争などしたことがない弱兵どもだ。

 歴史を遡れば百五十年前、将家の反乱の際に一度働いたきり、ずっとヤクザの下働きのような真似をしてきた連中にすぎない。

 その時だって、主役になったのは第一軍だった。


 兵が突っ込み、燃え盛る前線に槍が突き立つと、敵の軍勢は勢いのまま押されていった。


 歩兵隊が平押しに押し込むと、数に勝る第二軍が横から溢れ出てきた。

 勢いが良すぎて、このままでは包囲されそうだ。


 門を出て右に逃げるので、左のほうに少しカケドリを移動させる。

 騎兵隊長に目配せすると、以心伝心で同じように部隊に指示を出した。


 突撃力と直線というのは関係が深い。


 俺はもう一度槍を掲げた。


「勇猛なるホウ家の騎士たちよ!! 諸君が槍を捧げし父上が天から見ているぞ!! さあ、名を上げよ!! あたらしき女王に槍を捧げよ!!」


 再び檄を発する。


「突撃!!」


 槍を振り下ろし、カケドリの腹を足の腹で叩く。

 リズミカルに叩いていくと、速歩から駈歩(かけあし)、そして襲歩(しゅうほ)へとあっという間に切り替わっていった。


 先頭となり、迫り来るカケドリの威圧感に逃げ腰になっている兵の首を槍で貫きながら、雑兵をまとめて踏み倒す。

 騎上から周囲を見渡した。


 カケドリに乗って檄を飛ばしているやつが左の奥にいた。

 安全装置を外しながら鉄砲を抜いて、狙いをつける。


 フリントを挟んだ金具がバチンと落ち、火蓋の中にある火薬に点火すると、一瞬遅れてズドンと火薬の爆ぜる音がした。

 狙った男が胸を撃たれ、カケドリから転がり落ちる。


 もう使えないので、鉄砲を手近な雑兵に投げつけた。


 そうしているうちに、後続の騎兵が次々と殺到し、第二軍を蹴散らしはじめる。


 一本の槍となった騎兵たちが更に押し込むと、囲いの一端が解け、人の誰も居ない街路が現れた。


「囲いが解けたぞ!! 来い!!!」


 後ろを見て、正門から出ようとしている馬車の御者を手で煽る。

 その馬車は荷台ではなく客室を引いている。

 キャロルの乗った馬車だ。


 見ると、その馬車の横にはソイムが付いている。

 カケドリの鞍から腰を上げ、立ち乗りのような格好をしながら、馬車を止めようとする雑兵の顔面をサクサクサク、と三人刺し、あっという間に片付けてしまった。


 なんだあの芸当。

 恐ろしいジジイだ。


 そうこうしているうちに、解囲した場所から三つの馬車が無事続いてきた。

 発砲音がし、最後の馬車の荷台から火薬の発光が見える。

 カフだろう。


 最後の馬車が包囲から抜け出すと、歩兵隊も支えていた前線を棄てて下がった。

 馬車から離れたソイムが、歩兵隊の隙間につっこみ敵を撹乱すると、張り付かれることもなく抜けることができたようだ。


「おいっ、騎兵長!」


 俺は近くにいた騎兵長を呼んだ。


「ハッ!」

「騎兵を分けて一分隊を偵察に先行させ、残りの騎兵をまとめろ! 敵の追い足が歩兵の背中に迫るようなら、もう一度突撃するぞ!」

「了解しましたッ!」


 歯切れのいい返事をすると、騎兵長はすぐに隊を分けはじめた。



 *****



 別邸を離れると、結局敵の追い足は鈍り、一団は上手く逃れることが出来た。

 街中で松明を持ちながら巡警の真似事をしている第二軍はまったく手を出して来ず、この調子ならもうすぐ王都を抜けられそうだ。


 先行していた偵察騎が戻り、報告をする。


「王都の南出口にバリケードが敷かれております。遠間から矢を射掛けられました」


 結局、最後には問題発生らしい。


「兵力はどれくらいだ?」

「百人程度。丸太で作られたバリケードの後ろに陣取って、弓を構えています」

「バリケードなんて意味がない。あいつら、なにを考えてるんだか……」


 魔女の連中っていうのは、戦争になると本当にからっきし馬鹿なんだな。

 あれだけの陰謀を秘密にしておけたのに、戦争ごとにはまるで向いていない。


 普段は山賊討伐ですら第一軍がやっているというから、本当に実戦経験が皆無なのだろう。


「騎兵長、このまま全騎で行くぞ。歩兵隊長、このまま歩きながら進んで、俺たちが突っ込んだらお前らも突撃しろ」

「は……?」

「説明する時間が惜しい。俺について来い」


 俺がトリを速歩で進めると、騎兵はきちんと後ろについてきた。


 カケドリに乗っている騎士は全員、騎士院に通っていて、つまりは十年以上も王都に住んでいたはずだが、この辺を歩いたことはないのだろうか?

 この辺は織物屋が多く、俺は紙の原料を探すために足繁く通っていた時期がある。


 王都には、都市を囲む城壁があるわけではないのだ。

 馬車が通れる道はそう多くはないが、人が二人すれ違える程度の道なら幾らでもある。

 都市と外との境目などなく、路地は所々で外まで通じている。


 いくら街道を封鎖しても、辛うじて馬車の通行を妨げる程度の意味しかないのだ。

 バリケードなど用意しようが、素直につきあってやる必要などない。


 案の定というか、記憶にある道を一列縦隊ですり抜けると、簡単に王都の外に出れてしまった。

 五十メートルほど先にはバリケードの背中があり、篝火の炎が良い目印になっている。


「さあ、蹴散らしてやろう」


 声を荒げることなく言い、大声を立てるとまずいので、無言のままカケドリを加速させてゆく。


 バリケードから数歩離れた後方に、指揮官らしき男が立っている。

 街路を一心に見つめながら、腕組みをしていた。


 その男は残り三メートルほどしかない至近距離で、ようやく俺に気づき、闇から突然現れた騎兵の群れに驚き、目を大きく開いた。


「おまえ――グッ!!」


 腰に佩いていた剣に手をかけた時には、既に俺の槍が胸に突き刺さっていた。

 腕に衝撃が走り、横に投げ捨てるように死体を棄てる。


 そのままの勢いで、弓を捨てて大慌てで槍を持とうとしている兵を、二人撫で斬った。


 後続の騎兵が次々と殺到し、バリケードに張り付いた兵を駆逐してゆく。


 辺りはたった数分のうちに、トリに踏みにじられた死体が散乱する血みどろの舞台に成り果てていた。

 こちらの損害はない。

 バリケードの向こうから歩兵が突撃をかけ、走り寄りつつあったが、その必要もなかった。


「全員、トリから降りろ! バリケードを撤去するぞ!」


 俺はカケドリを街道の脇に止めると、トリから降りてバリケードに向かった。

 歩兵に任せれば乗ったままでも勝手に撤去してくれるのだろうが、気が急いていた。


 本当に怖いのはこいつらではなく、全てが露見したあと追手として派遣されるであろう、騎兵部隊だ。

 馬車と歩兵の走りを止めたくはなかった。


 辿り着いた歩兵と一緒に、丸太で作られた急ごしらえのバリケードをどかしていく。


 通ってきた街路を見渡す。別邸を離れてから、ソイムの姿が見えない。

 まさか、歩兵隊が離脱する隙を作るための突撃で死んだわけではないだろうが、どこかで追撃部隊と戦っているのだろうか。


「シビャク邸を囲っていた連中といい、こいつら手応えがなさすぎます。この調子なら王城にも突っ込めたかもしれませんな」


 快勝に気を良くしたのか、横に並んで丸太をどかしている騎兵長が言った。


「馬鹿をいうな。俺は空から見たからわかるが、向こうには五千からいた。王城の中に入った分を足せば、その倍はいたかもしれん。とても無理だ」

「そうですか。過ぎたことを言いました。お許しください」


 騎兵長は丸太を持ちながら、首と上半身だけで頭を下げた。


「連中が父上母上の亡骸を晒さぬよう、祈るばかりだ。どちらにせよ殺すがな」

「次は弔い合戦ですな」

「気を散らすな。騎兵の大軍が追手にかかっていないとも限らん」


 無駄話をしながら大きな丸太をどかすと、ようやく馬車が通れる道ができた。

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