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第173話 二人乗り

 三メートルほど落下したところで、手綱を引いて滑空に移った。


 白暮はルークが選び抜いた鷲を、牧場でやっていた頃と比べれば採算度外視で、完全に趣味で手懐けた鷲だ。

 調教が行き届いている。


 滑空に移り、あっという間に王城を囲む軍勢を飛び越える。


 白暮は何回か羽ばたくが、普通の半分も上昇しなかった。

 やはり重いのだ。

 滑空比も普段と明らかに違い、角度が深い。


 夜のシビャクというのは、普段は味気ないほどに暗い。

 王城だけがポツポツと明かりが灯っているくらいで、電灯のたぐいがないため、街は窓から漏れる明かりがわずかに見えるくらいだ。


 だが、今日だけは様変わりしていて、道沿いが異様に明るかった。

 兵が持っている松明の炎だ。

 王都を混乱させぬよう戒厳令のようなものを敷きたいらしく、街中に兵を散らしているらしい。


 滑空をはじめて、五分も経たず別邸までたどり着いた。


 別邸はなぜか制圧はされず、門の近くで睨み合っているようだ。

 なんだ?


 とはいえ、第二軍に誰が降りたのか見られるのはまずい。

 二人乗りの王鷲が堂々と庭に着陸したところを見られたら、均衡が破られるかもしれない。


 少し向きを調整して、裏庭を目指した。


 着陸体勢に入るが、羽を長めに羽ばたかせても、落下速度は思うように落ちなかった。

 速すぎる。


 キャロルを抱えている状態で飛び降りてしまうわけにもいかず、そのまま結構な勢いで着陸した。

 小鳥が枝に止まるように、ではなく、鷲の胸が地面に触れそうなほど深く沈んだ。


 怪我してないだろうな。

 白暮が心配になった。

 これで壊すには、あまりにも惜しい鷲だ。


「大丈夫か? キャロル」

「だ、大丈夫……」


 寒さが堪えたのか、キャロルは細かく震えていた。

 拘束帯を外すうちに、飛んできた兵たちが俺を囲んだ。


「ユーリ様、ユーリ様ですか!?」


 見覚えのある兵長が叫ぶ。


「ああ。こっちはキャロル殿下だ。降ろすのを手伝ってくれ」

「はっ、はいっ!」

「病気なんだ。自力じゃ立てない」

「すまないな、肩を貸してくれるだけでいいから」


 俺はキャロルを縛っていたロープを外して、ゆっくりと兵長に体を渡した。

 そのあと、自分も降りる。


「すぐに出る。キャロル殿下は馬車に。体温が下がっているから、綿入れ布団も一緒に入れてやってくれ」

「了解しました」

「あっ、表の兵に殿下を見られないようにしろ」


 しかし、別邸が攻められていないのはどうしてだろう。

 ホウ家との正面衝突を避けているのか?


 確かに、俺とルークがいっぺんに死んだと仮定すれば、新しい頭領の任命と指揮系統の再編には時間が取られる。


 その間にホウ家を懐柔する自信があるのか?

 一家全滅致しましたのは、誰も悪くない悲惨な事故のせいでございまして、お悔やみ申し上げます。ってか。


 そういうつもりであったならば、確かに別邸を直接攻撃するのはまずい。

 別邸を攻撃すれば、王城のように閉じられた密室で皆殺しというわけにはいかないのだから、奇襲攻撃によって戦争の引き金が引かれた。ということになる。

 ”全面戦争待ったなし”と”全面戦争突入”は、小さな違いのようだが質的には全く違う。


 それに、王剣にもミャロにも知られなかったくらい秘匿性の高い陰謀劇だ。

 第二軍も、恐らくはごく一部の首脳以外は何も知らず、殆どの人間は一時間ちょっと前に青天の霹靂で全軍出動を命じられたのだろう。


 だとすると、数人の大将クラス以外は作戦の性質がまったく把握できておらず、したがって作戦におけるホウ家別邸の性質も理解できていなくて、味方を攻めるという行為に対して強い抵抗を感じているのかもしれない。

 俺はそんなことを考えながら、表に回った。


「ユーリっ!」

「ユーリくんっ……!」


 すぐに現れたのは、シャムとリリー先輩だった。


「おお、無事だったかっ!」


 シャムが勢いよく抱きついてくる。


「こっちのセリフですっ! どれだけ心配したか……!」

「ハハッ、まあ無事やと思ってたけど、なんて格好しとるん」


 考えてみれば、俺はシャツにトランクスのようなパンツ一丁という格好だった。


「寮から逃げてきたのか」

「ミャロはんが寮の部屋にきて、連れて逃げてくれたんよ」


 ミャロ……。

 この時ほどミャロの働きをありがたく思ったことはない。

 本当によくやってくれた。


「お坊ちゃま。まずはお着替えを」


 ススッと現れたメイド長が言った。

 何をおいても、まずは俺に着替えをさせるのが責務だという顔をしている。


 俺もさすがにこの格好で指揮をするのはサマにならないので、着替えたいところだった。


「シャム、離してくれ」

「うん……」


 俺のお腹に顔を押し付けていたシャムが離れた。

 メイド長に連れられて、別邸の中に入る。


「鎧を頼む。重くない……革鎧でいい」

「ご用意してございます」


 玄関から一番近い部屋には、既に何種類かの衣装が取り揃えられていた。

 緊急の事態に、誰が戻ってもすぐ着替えられるよう、予め用意しておいたのだろう。


 メイド長は、手早く着替えの手伝いをはじめた。


 シャツを脱がせ、少し厚手の服を着させると、鎖帷子をジャラリと首に通した。

 左脇の紐を結びはじめたので、俺は右側を自分で結んでゆく。


「それとな……もう坊ちゃまはやめろ。父上は……もう身罷られる」


 俺がそう言うと、メイド長の手が一瞬止まった。

 時間にして二秒ほどだろうか。すぐに手が動き出した。


「……承りました。ご当主様」



 *****



 革鎧を着こなすと、俺は懐に短剣を差し、槍を持って外に出た。


 正門を確認する。

 距離があるし、怒号の声が大きい。


 庭には非戦闘要員が二十人ほどいる。

 ホウ社で働いていた事務員や、戦々恐々としているメイドたち……。


 カフもいた。

 その嫁となる予定のビュレもいる。

 もし社が襲撃されたときは、別邸に逃げ込むマニュアルになっていたから、それが効いたのだろう。


 来月結婚式の予定だったが、こりゃ予定取り消しだな。

 カフの近くには焚き火があって、少し掘った穴の中で何か燃やしているようだ。

 おそらく社から持ってきた機密書類のたぐいだろう。


 手入れを想定して、王都には秘匿技術に関することや新大陸に関することは一つも残していない。

 その点は安心だった。


「皆、集まれ!」


 俺が号令を発すると、兵たちが集まってきた。

 全部で……二百人くらいはいるか。


 普通は百人程度なので、数が多い。

 ああ、ルークとスズヤが昨日到着したからか。


 派遣されてきた兵がまだ帰っておらず、重複して王都にいたわけだ。

 これは都合がいい。


 兵たちの中にソイムを見つける。

 というか、臨時に指揮をしているようだ。

 正門をカラにするわけにはいかないので、最低限の人数を残す指示をして、それが終わるとこちらに向かってきた。


 正門から姿が見えないよう、玄関の柱の陰になるよう立ち位置を変えて、俺は喋りはじめた。


「まず、きみたちに端的に状況を伝えよう。我々が何故このように包囲されているか。皆も少しは伝え聞いているだろうが、俺と父上、母上は、本日婚姻の両家顔合わせのため、王城に招かれた。

 その席上で毒を盛られ、幸いなことに俺だけはこうして無事でいる。だが、父上と母上は毒によって身罷られた」


 兵たちの士気向上のためには、嘘でもこう言っておいたほうがいいだろう。

「助けに行かなくてよいのだろうか。本当に逃げてしまって良いのだろうか」などという考えが現れると、これもまた厄介だ。


 兵たちは混乱した様子で顔を見合わせた。


「だが、敵は王家ではない。なぜなら、シモネイ女王陛下、キャロル殿下、ともに毒を()したからだ。

 つまり今日、今このとき起きている策謀は、この王国から女王と王太女、そして王配になるべき俺、ホウ家の天爵夫婦を一夜にして葬り去ろうとする大陰謀ということになる。

 きみたちは、まさにその渦中にいる。


 この恐るべき卑劣な陰謀を実行したのは、カーリャ殿下である。

 だが、きみたちの中にも彼女の評判を聞いている者はいよう。実に馬鹿な女であって、このような陰謀劇を起こせる器ではない。

 計画を立て、彼女を(そそのか)し、そしてこうやって近衛第二軍を差し向けているのは、この王都に蔓延る魔女どもだ」


 俺は改めて敵の正体をはっきりと述べると、兵たちをゆっくりと見回した。

 敵が定かになり、なにが起こっているのか分からないという混乱は収束し、目に力が宿り始めている。


「俺は、(きた)る日に必ずこの者たちを駆逐する。

 今日、策を企て、俺の両親を毒をもって殺し、王陛下を弑した者たちを、俺は決して許さない。

 いつの日か必ず奴らを殺すことを、今この時、亡き父上、母上に誓う。


 だが、残念ながら、ここにいる手勢だけで今日それを為すのは不可能だ。

 それこそ魔女どもの思う壺であろう。


 先程、俺以外の皆が毒を飲んだと言ったが、キャロル殿下だけは幸いにも無事であった。

 俺は王城で、毒を得て血を吐く両親と別れを告げ、今となっては唯一清潔なる王統であるキャロル殿下をここに連れて来た。

 彼女もまた毒を召したが、飲んだ量が少なかったため、まだ生きておられる。


 彼女を安全な場所まで連れていかなければならない。

 カラクモまで。


 そのためには、この重囲を突破しなければならない。

 きみたちの働きが必要だ。


 事は一刻を争う。今すぐ行動しなくてはならない。

 鳥に乗る者は早く乗れ。戦えぬ者を馬車に上げろ。槍を持て。靴紐を縛れ。

 さあ、動け!」


 パン、と手を合わせると、兵たちは水を得た魚のように動き出した。

 小隊を掌握する兵長たちが、各々に指示を飛ばしはじめる。


 そこに、ソイムがやってきた。


 俺のものより更に軽そうな、要所要所を細長い鉄板で補強しただけの鎧というより服のような格好をして、頭にはキャップを前半分にしたような兜と鉢金の間の子のような兜を被っていた。

 足だけはきちんとしたカケドリ用の具足を履いているところを見ると、実戦重視なのだろう。

 カケドリはとかく歩兵から足を狙われやすい。


 手には、なにやら恐ろしげな面頬のようなものを持っていた。

 別邸に飾ってあったものを借りたのだろうか……。


「流石ですな。若君(わかぎみ)、いや、頭領殿」

「よしてくれ」

「ところで、略式でよいので我が槍を受け取って貰えませぬか」


 なぬ?


 槍を受け取るというのは、つまりは主従の誓いのような意味を持つ。

 今? さっき急げって言ったばかりなんだけど。


「まさかとは思わないが……ここで死ぬ気か?」


 俺がそう言うと、ソイムはニヤリと笑みを作った。

 妙な(てら)いのまったくない、心底から嬉しそうな笑顔だった。


「この老骨、朽ちる前に大華(たいか)を咲かせる機会を得て、望外の喜びに打ち震えております」

「そうか……できれば死なないで欲しいんだがな」

戦場(いくさば)にて散ることこそ我が誉れ。どうかお許しを」


 ソイムの決意は堅いようだ。

 決意というより、改まっての決意など必要としない、元よりの生き様のようにも見える。

 だとすれば、悲しんだりそれを阻止しようとしたりするのは、ソイムの生き方に対する侮辱なのかもしれない。


「ソイム、お前からはもう槍を貰っている。この身に宿った、大切な師に教わった槍だ。そのお前の槍を、俺が改めて受けるというのも、奇妙な話だ」

「それこそ、この上なき我が誇り。どうか」


 ソイムは跪き、俺に向かって横にした槍を差し出した。

 俺は自分の槍を壁に立てかけると、それを受け取った。


「ソイム・ハオ。貴殿は我が槍であることを誓うか」

「誓いまする」

「では、貴殿は今この時より我が槍である。一条の槍である。常に鉾を研ぎ、我が命あらば敵を刺せ」


 ソイムに槍を返した。

 略式ならこんなものでいいだろう。


「これで、思う存分の戦働(いくさばたら)きができます」


 儀式が終わり、ソイムはすっきりとした顔で立ち上がった。

 なにやら若返ったようにも見える。


「このソイム、ホウ家四代に仕え、ゴウク様の時は死すべき時に死ねなんだ事を悔いもしましたが………まさかこのような機会が巡ってくるとは。年甲斐もなく、身体中が喜び勇んでおります。必ずや、若君(わかぎみ)第一の家臣の名に恥じぬ働きをしてみせます故」

「主従の契りをしたのは、お前の中ではなにか意味があるのか?」


 死に場所云々は置いておいて、この儀式には意味があったのだろうか。

 俺がそれを言うと、ソイムはかなり心外そうな顔をした。


「なにをおっしゃいます。主従の契約がなければ、ただの戦気狂(きちが)いの狂い死にでございます。主従の契約があるならば、戦場(いくさば)での死は騎士の誉れ。それでこそ、冥土にて仲間に自慢ができるというものです」

「そうなのか」


 ソイムは、ゴウクの時代に跡取り息子を全員戦場で亡くしている。

 普通に人生を楽しんでいる風ではあるし、早く逝って彼らに会いたいというわけではないんだろうが。


「このソイム、必ずや七代語り草になる戦働(いくさばたら)きをしてみせまする。安心して殿(しんがり)をお任せくだされ」

「キャロル殿下……いや女王を守り、主君を守り、殿を務め戦場に散るか。確かに、歌の一つや二つできるかもな」


 ソイムは以前、最後に立ち会った時、自分はこれからは衰えるのみと言っていた。

 錆びついて使えなくなってしまえば、戦場に出ても無様な死に方しかできない。

 語り草になる戦働きなどできないだろう。


 ソイムにとっては、自らの生き様を世に問う、望外に巡ってきた最後の晴れ舞台なのかもしれない。

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