第162話 会議室での情事
「お前、なにしてんだこんなとこで」
俺が言うと、キャロルはちょっと睨むような目で見てきた。
「……そっちこそ、なにをしてたんだ」
「なにって、相談を聞いてたんだが……」
なんなんだろう。
なにか咎められてるような気配がする……。
「相談って、どんな?」
「いや、ちょっとした相談だよ……プライベートっていうか」
「具体的に言え」
具体的にって……プライバシーが……。
「ごきげんよう、キャロル殿下」
リーリカは会話を遮るようにして、キャロルに向かって優雅に礼をした。
「ご心配のことはございませんわ。わたくし、魔女の稼業をやめてホウ家に出仕したいと思っておりまして、それでお時間を作っていただいたんですの」
え、それ部外者に言っちゃうのか。
「ぬ……そうなのか」
キャロルは俺を見る。
「まあ、そうかな」
「交際を迫ったりはしておりませんので、ご安心くださいませ」
ああ、なるほど。
俺も最初はソレ関係と思ったもんな。
はいはい。
というか、服が悪いよな。リーリカの。
痩せすぎだから扇情的には見えないけど、もうちょっと胸がでかかったりしたらエロいところだった。
たぶんキャロルにはこの辺の機微はわからないから現在進行系でエロいと思っている可能性もある。
「そうなのか?」
キャロルは再び俺を見た。
「ああ、そうだよ、やましいことはない」
ないない。
「それでは、お邪魔でしょうから、わたくしは失礼いたしますわ」
「そうか。じゃあ、採用の連絡はまたあとで」
俺は小細工めいたことを言った。
「ええ。よろしくおねがいしますわ。それでは失礼」
リーリカはちょこんと礼をすると、そのまま歩き去って行った。
「……すまん」
リーリカが見えなくなると、キャロルは俺に謝罪した。
「いやいや、謝ることはないけどさ」
「でも、こんなところで待っていて……忘れろと言われたのに」
自分で言うのもなんだが、忘れてくれと言われて忘れるやつがいたら見てみたい。
「まー……お前が待っていたのを彼女に見られたのは、まずかったけどな。まだ身内じゃないし」
「居ても立ってもいられなかったんだ……その、逢い引きをするんじゃないかって」
逢い引き……。
思わず笑いそうになるが、こらえる。
逢い引きの場所がどこにあるのか、やましい当人に尋ねる男がいたら見てみたいもんだ。
ドッラですらそんなことはしないだろう。
「浮気はしてないって。さっきしなかった、ってことじゃなくて、ずっとな」
「でも、村でした時から、その、一回もしてないじゃないか……」
なんだそれ……。
なんかエロいな。
表情も、思い切って言ってみました感があってグッとくる。
「他の女で済ましてるんじゃないかと不安で……」
「それは……場所の選定に困ってたんだよ。どこでだっていいわけじゃないし……王都だとちょっと難しくてさ」
実家、学院、寮、宿屋、全部ダメとなると中々厳しいもんがある。
匿名での高級ホテルとか一回だけならと思う場所は多いものの、継続的に通うとなると……って感じだ。
「……そうなのか? 考えていてくれてたのか?」
上目遣いに心細げに言ってくるのが、普段とのギャップがあって可愛いかった。
とはいえ、人気がないとはいえ、声がよく通る廊下でするような話だろうか……。
ハラハラしちゃう……。
「ていうか、誰か来た」
「えっ……」
足音を隠すでもなく、堂々とランプを持って現れたのは、リーリカさんだった。
現れたというか、戻ってきた。
「ごめんあそばせ。少し思うところがありまして」
「どうした?」
「会議室を借りたのはわたくしなのですから、鍵を返すのはユーリさんがなさるべきだと思いますの」
「むっ」
分かってないキャロルが眉を寄せた。
もちろん俺は意味を分かってる。
もしアレなら使ってくれてもいいですわよ、的なあれでしょ。
「そういえば、そうだな。失念していた。鍵は俺が返しておこう」
「そうしてくださいませ」
リーリカは俺の手に鍵を乗せた。
「それでは、ごきげんよう」
と、再び踵を返して去ってゆく。
話を聞かれたくないのか、キャロルはしばらく黙っていた。
「なんだ? あいつは」
若干怒った様子で、消えた先の廊下を指さしながら言う。
やっぱりわかってない。
「馬鹿。親切にしてくれたんだ。お前が思ったのと同じことを思ったのさ」
「はあ?」
「逢い引きするんじゃないかって思ったんだ」
「は……? え、嘘だろ?」
キャロルは一瞬呆然とした顔をしたあと、いきなりしゃがみこんだ。
「………うぅぅーーーぁーーーーー」
顔を膝にうずめてうめき声をあげる。
「どうした」
「恥ずかしい………他所の人にそんな風に思われるなんてぇ………」
所構わずサカる色ボケ学生みたいな感じか。
いいんじゃないの別に。
「私はなんて馬鹿なことをしてしまったんだ……」
「まぁ、済んでしまったことはしょうがない」
「もう彼女と顔を合わせられない……合わせたら死ぬ……」
「死なんでもいいだろう」
死ぬっていうのは比喩なんだろうけど。
その手の噂は今までも何度か流れた事があるし、そこまで気にしなくても。
そういう問題じゃねえか。
「で、どうする?」
「ん……どうするって?」
キャロルはしゃがみこんだまま上目遣いでこっちを見た。
部屋番のついた木製のキーホールダーを持って、鍵を振ってみせた。
「使うか?」
「えっ……ば、ばかっ!」
キャロルは、やおら立ち上がって赤面した顔をさらした。
かわいい。
「いや、結構真面目だぞ」
「はっ……? 本気なのか?」
無理かな。
どうも誰かに聞かれている気配はないし……。
俺も随分抜いてないし……。
ぶっちゃけ、かなり乗り気だった。
「なにを考えてる、王城の会議室だぞ」
キャロルはちょっと真面目な顔をして言った。
「いや、お前だってあそこで逢い引きすると思ってたんだろ。できないことはないよ」
「……でも、ベッドもないじゃないか。その……お風呂もないし……」
俺と目を合わせられないようで、肩をすくめながらオドオドしてる。
確かにちょっとアブノーマルな感じはする……。
やっぱりキャロルは性格的にアブノーマル系には抵抗感あるよなぁ。
無理かなー……。
「嫌か?」
「え!? いや、その、嫌じゃないけど……」
「嫌じゃないのか? じゃあ行こうぜ」
「えっと……えっ!?」
言うは早いが、俺はキャロルの手を取って歩き出した。
引いている手にはさほどの抵抗もなく、すぐに会議室に到着する。
廊下にあるランプを一つとると、鍵を開けて中に入った。
燭台に再び火を灯す。
「本当にここでするのか……? あの、ドレスだって……汚れてしまうとまずいんだけど……」
「大丈夫大丈夫」
脱がすから。
「会議室だって……汚れるとまずいのに……」
「大丈夫、本番まではやらないって」
「あっ……」
キャロルの腰に手を回し、引き寄せるように抱きしめた。
鍛えていても柔らかい女の体は、抱きしめるだけで気持ちいい。
腰に回した手でさぐり、胸当てがコルセットではないことを確認する。
「どうだ? 嫌か」
「んっ……耳元で……言うな」
「耳、弱いもんな」
「んあっ……」
キャロルは鼻にかかった声で喘いだ。
「ばか……お前ってやつはぁ……はぁ」
キャロルは、ぎこちない動作で俺の背中に手を回した。
俺は背中をさするように手を動かしながら、柔らかいお尻のほうに右手を回して、ゆっくりと揉んだ。
「あッ……」
キャロルに拒絶する様子はなく、むしろ腕に力を入れて身体を押し付けてきた。
これはイケそうだ。
俺は開いている左手で、ドレスの背中のボタンを外しはじめた。
*****
「……嘘つき」
すべてが終わったあと、テーブルの上で寝そべっているキャロルが言った。
燭台は倒れて燃えたら困るので、床に置いてある。
燭台にある四つのろうそくの光が、天井に楕円形をしたテーブルの陰をつくり、クリーム色の壁紙に反射した光が、暗くキャロルの裸体を照らしていた。
「え、なにが?」
「本番まではしないって……」
「あれは嘘」
キャロルを緊張させないための優しい嘘というやつだな。
意外とアブノーマルに耐性があることもわかったし、今日は収穫が多かった。
「へんたい、ばか、あほ、じょうしきしらず、おんなのてき」
「我ながら今日は上手くやったと思う。及第点だ」
「嘘をついて、こんな会議室で最後までするって、人間としてどうなんだ……」
案外ノリノリだったくせによく言うよ。
「巷では若気の至りという」
「自分で言うなっ! バカッ!」
キャロルは上半身をガバッと起こしながら言った。
ようやく元気が出てきたようだ。
「年をとると、こういう思い出がキラキラと輝いて思えるらしいよ」
「思わない」
「若き日の青春の思い出ともいう」
「思い出じゃない」
キャロルは机に椅子のように座ったはいいが、所在なさげにそのままでいた。
なにせ下腹部を中心にけっこう汚れているので、服を整えるにしても、まずは拭き清める必要があるのだろう。
だが、拭き清めるものがない。
ドレスのポケットにはハンカチくらいはあるのかもしれないが、ドレスは半分に折って椅子の背もたれにかけてある。
「ほら、使えよ」
俺は脱いで椅子の背もたれにひっかけていたジャケットから、懐紙を取り出してキャロルに投げた。
「お、お前……」
キャロルは信じられないものを見る目で俺を見ている。
あ、投げたのはまずかったか。
なんか虎の尻尾を踏んだ的な気配がする。
「……あれだな、行為中とはずいぶんと対応が違うんだな」
キャロルは目線を下にしてわなわなと震えている。
なんか怒ってるっぽい。
いやいや、そりゃ怒るわ。
投げられたら怒るわ。
「えっと……すまん、これはなかったよな。ほら、拭くよ」
ていうか汚れてるのは主に俺の出したアレのせいだった。
「いや、いい……本で読んだんだ。男は行為が終わったらそうなるものだって」
賢者タイムのことまで書いてある本があるのか。
確かに俺は賢者タイムに入ってた。
キャロルは懐紙を使って、自分で汚れを拭き始める。
「そうなんだが、いや、そうじゃなくて。俺が悪かったよ。ちょっと調子に乗りすぎてた。ごめん」
ここはちゃんと謝っておいたほうがいいだろう。
「悪いと思ってるのか……?」
「思ってる思ってる。悪かったよ。ほら、さっきのこともそうだけど、二回目でこういう場所ってのも……ナシだったかなぁ~って思うし」
「二回目じゃなかったらいいと?」
えっ……。
でもキャロルさん、最中は結構まんざらでもない様子だった気が……。
「いえ……二回目じゃなくてもいけないと思います」
「まったく、悪ふざけしすぎだ」
「ごめんて……あのさ、場所の目星はついてるから、次はこんなことないと思うから」
俺も毎回こういうところっていうのは嫌だし。
たまにだからいいんだよ。
「……一応聞いておくが、どんな場所なんだ」
「ホウ家領と王家天領の境目の山奥にさ、リリガ温泉ってところがあるんだよ。そこに王鷲を預かってくれて、客室も一つ一つ離れみたいになってる宿があるらしいんだ。そこだったら大丈夫だろ?」
「……むう」
「湯はもちろん内風呂だし、鷲だったら尾行もつかない。まあ、ちょっと値は張るみたいだけどさ、金なら俺が払うから……」
「じゃあ、最初からそこにすれば良かったじゃないか。なんでこんな会議室で……」
いや……抱いてくれないから浮気してるんじゃないかと心配、みたいなこと言ってきたのは誰なんだよ……。
という言葉が喉まででかけたが、言わんといたほうが良さそうなので、グッと口を閉じて飲み込んだ。
「俺も男だからさ、ずっとできなくて溜まってたんだよ……それで、ほら、キャロルのドレスが凄く似合ってたから、興奮してきちゃってさ……本当悪かったと思ってるよ……」
……これでどうだ?
キャロルの顔色を伺う。
「そ、そうなのか……」
身体を拭き終わってドレスを身に着け始めていたキャロルは、照れくさそうな仕草で顔をそむけていた。
声色は固いながらも、混じった喜色は隠せていない。
「背中のボタン、俺がやるよ」
「うん、頼む」
俺はキャロルの背中に立つと、ドレスのボタンを一つ一つはめていった。
なんとか機嫌は直せたようだ。