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第014話 世界の形

 え、マジ?


「―――で、あれがさる座で、あれがいす座で」

 ふと音が戻ってくると、まだシャムの説明が続いていた。

「……っと、これで全部ですね。覚えましたか?」


 覚えられるわけがない。

 つーか、それどころじゃない。


「ごめん、ちょっと聞いてなかった」

「えっ、もしかして、眠ってたんですか?」


 ちょっとショックっぽい顔をしてる。

 申し訳なくなるな、なんか。


「いや、ちょっとな、それどころじゃなくて……」

「それどころじゃないって、自分で教えてくれって言ってきたのに……」


 ごもっともである。

 なんかしょんぼりしてるし。


「ごめんごめん、それより、今日はちょっと観測を切り上げないか?」


 俺がそういうと、シャムは悲しそうな顔をした。


「……やっぱり天文は退屈でしたか。私はけっこう好きなんですが、残念です……」


 もっとしょんぼりした。

 ああもう。

 なんて言ったらいいのだろうか。


「いやいや、俺も好きだよ。でもちょっと別の大発見があって確かめたいことができたから」

「……わかりました。でも、後で教えて下さいね、その大発見というのを」



 ***



 俺は一目散にハシゴを降りて、侍女にサツキの居場所を聞くと、部屋の扉をノックした。

「どうぞ」

 という返事が返ってきたので、

「失礼します」

 と部屋に入った。


「あら、ユーリくん。どうしたの?」

「少し、地図を見せてもらいたいのですが、ありませんか?」

「地図ねぇ。あるわよー」

「一番大きいのがいいんですけど」


「大きいのは……宝物庫にあったかしら?」

「大きいのといっても、大きさが大きいのじゃなくて、範囲が大きいのなんですが」

「大丈夫よ~。シャンティラ後期の全土地図だから」


 シャンティラ大皇国のころの地図とは恐れ入る。

 なんでそんなもんがあるんだろう。

 国宝級のもんだったりして。


「もちろん、本物じゃないけどね。書き写したものよ?」

 疑惑が顔に出ていたのか、説明してくれた。

 写しか。

 なんにせよ、範囲的には十分だろう。

「それを見せてください。お願いします」



 ***



 鉄板で補強された剣呑な扉を開けると、そこが宝物庫だった。

 サツキが持っているカンテラに、所狭しと積まれた貴重品の数々が薄く照らされている。

 といっても、金銀財宝ではなく、武具の類が多かった。


 だが、よく見ると金塊らしきものなども見え、ホコリをかぶったまま置かれている。

 また、鮮やかな紅色をした、宝飾サンゴのような品もある。


「ホコリっぽいわねぇ」

「そうですね」

 サツキは服の袖を口元に当てている。


「たしか、ここにあったような気がするんだけど」


 サツキは桐のような白っぽい素材で作られたタンスを開けた。

 中には大きな羊皮紙で作られた地図が二つ折りになって入っている。


 羊皮紙は動物の皮を原料としているため、一枚のサイズに限りがあるが、この羊皮紙は一番大きなサイズを二枚繋げて真ん中を細い糸で縫ったもののようだ。

 

 取り出して開いてみると、見開きの新聞紙ほどのサイズになった。


 形が非常にくずれてはいるが、明らかに見覚えのある地形が広がっていた。

 ユーラシア大陸北西部だ。


「私たちの国はこのへんになるわねぇ」

 とサツキが指さしたのは、スカンディナヴィア半島に当たる場所であった。


 殆どが伝聞で描かれたものなのだろう。ユーラシア大陸といっても、形は非常に崩れており、俺の知っている精確な地図とは大分違う。

 だが、明らかに俺の知っている地形が残っている。


 地図を見る限り、シャンティラ大皇国というのは東はウラル山脈、西はスカンディナヴィア半島、南はウクライナあたりからクリミア半島、バクーの手前くらいまで領土があったらしい。

 たいしたものである。

 首都シャンティニオンはクリミア半島にあったらしく、黒海海岸線の地図は特によく出来ていた。

 世界地図の記憶とほぼ合致する。



 黒海と地中海を結ぶ、マルマラ海のような地形もあり、そこからイタリア半島くらいまで地図が伸びている。

 反面、グレートブリテン島はなんだか落花生みたいな形の島になっていて、アイルランドがない。

 本当に存在しないのか、本当は存在するのか、どっちなんだろう。


「この地図だと、わたしたちの国はあまり良く描けてはいないわねぇ。なにぶん、国の中心がずっと東のほうにあった頃のものだから」

「……なるほど」


 やっぱり、半島の地形はかなり不正確なようだ。

 だいたい納得はいった。


 はあ、マジでそのまんま地球じゃん、ここ。

 俺もなんで七年も気づかねえんだよ。


「ご期待に添えたかしら?」

「ええ、十分に。あとで半島の地図も見せてもらえませんか」

「国の地図は夫の部屋にあるわよ~」


「よろしければ、見せてください」

「それじゃあ、行きましょうか」


 俺とサツキは宝物庫を出た。

 帰りがけに扉を閉じ、大きな南京錠でガッチリと締める。


「こっちよ~」


 廊下をしばらく歩き、サツキに案内された部屋は、武人の家とは思えないほどに、書棚が並んでいた。

 書棚にはぎっしりと古い本がしまってある。

 私室というより書斎だ。


「本がいっぱいですね」

「いくらでも読んでいいわよ~」


「まだ父上が当主になると決まったわけでもないのに、いいんですか?」

「もう決まったようなものよ?」


 サツキはにっこりと微笑んだ。

 怖い。


「あら、机に出してあるわねぇ……」


 机の上には、既に地図が広げられていた。

 ゴウクが出て行く前に広げたのだろうか。


 この部屋のものをいじるのはゴウクとサツキくらいで、女中はいじらないだろうから、ゴウクがやったのかもしれない。


 サツキの顔から微笑みが消え、哀しそうな顔になった。


「拝見させていただきますね」

「……うん、どうぞ」


 サツキは俺の脇の下に手を入れると、体を持ち上げた。

「あの」

「椅子に座ったほうが見やすいわよ~」


 ひょいとゴウクが座っていたであろう椅子に座らされた。

 案外力持ちだな。


 サツキは俺を座らせたあと、少し遠くに離れて、俺の姿を見て再びニコニコと微笑んでいた。

 ぬう。

 まあいいか。


 地図を見ると、それはシヤルタ王国とキルヒナ王国、両国の地図だった。

 俺も知っていたが、半島には二つの国がある。

 キルヒナ王国との国境は、半島が折れ曲がる部分にあるようだ。


 そして、その更に東方には、『ダフィデ王国』『ティムナ王国』という国名があり、領土は見きれていた。

 既に滅びた王国なのかもしれない。


 違いがあるとしたら、半島の一番さきっぽのところが、えぐれているところだろうか。

 デンマークがあったところ、コペンハーゲンなどがあった島は、存在自体が見受けられない。


「夫が戦ったのはここ」

 と、サツキは地図上を指さした。


 サンクトペテルブルクか。

 サンクトペテルブルクはバルト海に面した都市で、半島の付け根にあたる部分にある。

 つまりは、キルヒナ王国の東の国境で戦ったというわけだ。


 ただ、サツキが指差したのはサンクトペテルブルクではなく、その内陸だった。

 ここでは港湾都市にならない。


「ここは都市があるんですか?」

「要塞よ?」


 要塞になっているらしい。

 シャン人はクラ人の国家とは殆ど断交状態にあるようなので、国境に大都市ができることはないだろう。


「最初から要塞で戦ったんですか?」

「最初は野戦で、大敗して要塞戦になったみたい」


 なぜ要塞に篭ったのだろうか。

 特攻したということは、包囲されて解囲の望みがなくなったからやったのだろう。

 野戦で大敗したとして、逃げ篭った先で包囲されていたら世話はない。


 自分から鍋に入って蓋を閉めたようなもので、あとは煮られるだけなのではないか。

 俺は詳しい事情なんかは知らないから、実際はちゃんとした理由があったのかもしれないな。


「ありがとうございました。よく分かりました」

「そう? 何がわかったのかしら?」

「いやぁ、地理の勉強になりました」

 ほんとにな。

「あら、そう? それならよかったわ」


「それでは、今日はつかれたので、休みます。夜分遅くに申し訳ありませんでした」

「いいのよ。それじゃあ、お部屋まで送っていくわね」

「いえ、わかりますので、大丈夫です」

「夜はけっこう迷うのよ? 外が見えないから、大人でもたまに迷子になるのよ? 大丈夫かしら?」


 ぐ……。

 そう言われると不安になってくるじゃないか。


「では、お願いしても構いませんか」

「もちろん。それじゃあ、いきましょうか?」


 結局、サツキと一緒に部屋まで帰ることになった。

 途中の廊下で、俺と別れたあと迷子になったらしく、三角座りして泣きべそをかいているシャムを見つけたのは内緒である。

 サツキを見てホッとした顔をしたあと、俺の顔を見て顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたのは、やっぱり可愛かった。


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