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第130話 大休止の合間に

 周辺地図

挿絵(By みてみん)


 ズック橋周辺は景勝地として知られた名所であり、大皇国時代の名建築の名残を残すズック橋を下流から望む景観は、特に風光明媚として知られている。

 そこから川を更に遡り、山岳地に入ると、冬は氷に閉ざされる湖沼があり、湖沼のほとりには聖沼(せいしょう)信仰の神殿が建っていた。

 この神殿は1900年までになんらかの理由で無人となっており、2000年頃には遺構として石壁が残るだけとなっていたようだ。


 ズック橋周辺の景勝地を訪れた後、健脚で元気のよい若者は更に道を登り、湖沼の風景も楽しむ、というのが一つの観光ルートとして定着していた。

 その時、全体は定時の大休止を取っており、俺は少し開いたところで椅子に座っていた。

 大休止というのは、一時間ほど取る大きな休憩時間といったところで、主に昼食の時などに使われる。

 今は、昼食が済んで食休み、というような時間だ。


 小さな木立を挟んだ向こうには国境の川が流れていて、ザボザボと音がする。


 川の勢いがよく、荒い岩肌を洗っているような音だった。

 シビャクを流れている大河のささめきとは質が違う音で、どうにも落ち着かない。


 だが、もうこれで、長かった旅も終わりだ。

 思えば、長かった。

 そう思っていた時だった。


 来たのは、鷲を引き連れて、深刻な顔をした部下の男だった。

 その男は、やはり深刻そうな声で、深刻な報告をした。


「なに? もう一度言ってくれ」


 俺は、思わず問い返していた。


「はい。ルベ家の偵察によりますと、教皇領の旗を掲げた、千人規模の兵力が上陸、この道を登ってきている、ということです」


 (ゆる)んでいた心臓が、凍りついた手でギュ、と鷲掴みにされた気がした。

 血圧が上がり、心臓がドッドッと鳴るのを感じる。


「そうか。あとはなにを言っていた」

「橋は打ち壊してもよい。まずは(きみ)の安全を優先されよ、と」


 そりゃなんとも。


 橋というのは、かけ直すのに金も時間もかかる。

 間違いかも知れない情報であれば、軽々と「打ち壊してもよい」とは言わない。

 壊してしまってから「やっぱ間違いだったみたい」ということになれば、損害が大きいからだ。


 ということは、一度きりでなく、複数回確かめられた確定的な情報なのだろう。


 そして、君、というのは、貴人を複合的に表した言葉だ。

 キャロル、テルル、ひいては俺やリャオのことを、その序列も含めて暗に示している。


「キエン殿が言っておられたのか」

「その通りです」


 こいつはミーラといって、連れてきた鷲乗りの中で、唯一ルベ家の系統に属する騎士家の生まれだ。

 その関係で、旅が終わりに差し掛かったあたりで、ルベ家との連絡係にしていた。

 キエンに直接会えたのも不思議ではない。


「ホット橋は、どのような具合だ」


 ホット橋というのは、この川のずっと下流、河口付近に渡してある橋だ。


 この橋は、三日ほど前、俺が優先枠で通ろうと思った矢先に、砲船に砲撃され、一部崩されてしまった。

 どうも狙いが荒く、殆どの砲弾は橋に当たらなかったのだが、たまたま命中した一つが、連続アーチの一つを破壊し、橋は十メートル弱ほどが崩落した。

 そのせいで、修復を待たず見切りをつけることにした連中は、俺たちと同じく、上流の橋に向かうことになった。


 その砲船は、水際から見えない程度の沿岸に停泊して、錨を下ろしていると聞いている。


 単なる嫌がらせかと思っていたのだが、この上陸作戦とセットになっていたのか?

 だが、どうして今頃になってそんなことをする?


 俺を狙っているのか……?


 分からない。


 船で上陸作戦をしてくるというのは、盲点だった。

 だが、最初からコトが露見していて、俺たちを狙っていると仮定したところで、どうも説明がつかない。

 それだったら、もっと手前のところで襲っても良かったはずだ。


 砲船と上陸に時間差がついたのはなんでだ?


 砲船の砲撃と同時に上陸すれば、俺たちはまだ国境にたどり着いてもいなかった。

 そうすれば、ルベ領から遠く、安全が確保され、かつ水際から離れず、つまり撤退も容易な状態で襲撃できたはずだ。


 今のタイミングで上陸したほうが得だったのか?

 それとも、ギリギリのギリで追うことに決めたのか?


「あの、ユーリ殿?」

「あ、ああ……続けてくれ」

「ホット橋は、大きな木を何本か持ってきて、渡しを作ったようです。現在は、大型馬車以外は渡れています」


 壊れた橋は、一部分に過ぎない。

 差し渡しが十メートルもある丸太を何本も持ってくれば、そういう修復も可能だろう。


 それほどの丸太となれば、かなり重量があるので運搬が難しいが、小さな木材で作れば、橋桁を作って支える必要がある。

 応急修理としては正解だ。


「……ルベの兵は登ってきていないのか」

「……いないようです。橋が崩れてしまったせいで」


 既にシヤルタ側に渡ってしまったので、こちら側に戻ってこれない、という理屈か。

 難民を押しのけて優先で渡ってしまったせいで、簡単には戻れなくなっている、と。

 ご大層なことだ。


「お前は、戻ってどうにかしろと伝えろ。下流なら、泳いででもこちら側に来れないことはあるまい」


「ですが……」


「敵が俺らに接触するまでに来れないのは分かっている。だが、敵は民衆が残っていたら、おそらく虐殺して行くぞ。そういうことをした連中を、目と鼻の先で手も出さずに取り逃すのか? ルベ家の面目はどうなる」


「うっ……」


 ミーラは渋い顔を作った。


「キエン殿にだけ、そう伝えろ。いいな、キエン殿にだけだ」

「分かりました」


「行け」


 そう言うと、ミーラは鷲のところへ駆けていった。

 

 今日は、6月29日だ。

 明日には、俺たちは上流のズック橋に着く。


 が、ズック橋は、そっちはそっちで、待ちが一万人を大きく越える難民が大渋滞になっている。

 この状態で、そこに敵の兵がなだれ込んだら、どうなる?


 だが、俺たちがたどり着いたら、そこは最後尾になってしまう。

 民の盾になる、といえば聞こえはいいが、それが安々と許される現状ではない。


 十秒ほど考え、考え事をしている時ではない、と我に返る。


 杖をその場に放り捨てて、カケドリに向かって歩き出した。

 未だに大事を取って使っていたが、それどころではない。



 ***



「リャオ」


 騎上から声をかけると、俺と同じく大休止中のリャオは、こちらを振り向いた。


「おう、ユーリ殿」


 朗らかに答えてくる。

 疲れる遠征が終わりに近づき、気が休まるものがあるのだろう。


 リャオの傍らには、ギョームもいた。

 なにやら残物資の計算をしていたらしい。


「ちょっと来い」


 俺は停まった馬車の突起にカケドリの手綱を引っ掛けると、木立の中を指差しながら、リャオを呼びつけた。

 ついでなので、ギョームにも話すか。


「ギョーム、お前、口は堅いか」

「それは、貴殿が判断することであろう」


 イラっときた。


「問答やってる場合じゃねえんだよ」


 殺気を帯びた俺の言葉に、ギョームが気圧されたような顔をした。


「もういいから、さっさとついて来い。これからする話は他言無用だ」


 喋られたら喋られたで、そん時に考えよう。

 それにしても、俺も余裕がなくなってるな。


 そのまま、森の少し奥まで歩を進めた。

 人に話を聞かれる心配のないところまで来て、三人で顔を突き合わせる。


 ちょうどいい湿っていない樹の幹があったので、背を預けた。


「要点を話すぞ。教皇領の軍勢千名が河口付近に上陸して、ホット橋を無視してこちらに登ってきている」


 それを言うと、リャオの目が見開き、ギョームが息を呑んだ。


「キャロルと姫様を逃がす算段を立てなければならん。が、キャロルの件に関しては、今のところ問題はない。誰にでも鷲を借りて反対側に渡らせればいいだけの話だ」


 川は、既に幅が狭まっており、とてもではないが徒歩で渡れる流れではなくなっている。


 キャロルの足もだいぶ良くなっている。

 鷲に乗れないということはないだろう。

 この距離であれば、不安も殆どない。


「問題は、ドッラが警護している姫様の馬車だ。あれは、今すぐ先行させてくれ」


 テルルのほうは鷲には乗れないので、これはそうする必要がある。


「同時に何小隊か先行させて、避難民どもを管理して徹夜で効率的に渡らせるようにしろ。そうだな、そいつらは一番有能な奴らを使え。頭がおかしな奴が、意固地になって指示に従わず反抗してくるようだったら、その場で殺していい」


 言ったあと、少し違和感があった。

 殺すのも問題があるか。


 血飛沫が飛んで狂乱状態に陥るのも怖い。


「槍で刺し殺したりはしないで、川に放り込むようにしろ。責任は俺が取る」


 そうすれば、血も屍体も残らないだろう。


「そいつらは、俺たちを狙ってきているのか?」


 リャオが疑問を述べた。

 そいつら、というのは、敵の軍勢のことだろう。


「わからん。だが、まあ……姫様二人を狙っている、という可能性が一番高いだろう。奴隷狩りが目的ならホット橋でやりゃあいい話だしな」

「それはそうだな」


 リャオが同意した。

 もしかしたら、もっと複雑で大掛かりな作戦の初動としてホット橋を破壊しておき、北上(ほくじょう)しておくことが必要とか、そういう可能性もあるが、普通に考えればキャロルとテルルが目的だろう。


「それができないとなったら、()()()で民を殺戮していくはずだ。こんな奥地では、奴隷で連れて戻るのは難しいだろうからな」


「同感だ。特に教皇領であれば、そうなるであろう」


 聞いてもいないことをギョームが言った。


 千人もの兵であれば、百万人は無理でも数千人程度であれば、殺していくことは容易だ。

 一人頭三人も殺害すれば、三千人になる。

 実際に、奴隷としてヒトを持って帰れない状況になったとき、向こう側がそういうことをした事例は、枚挙に暇がない。


 この川の上流、橋付近には、数万人の民衆が詰めかけて通行待ちをしている。

 俺たちが連れてきた千人は最後尾になるが、殺す人数に不足はないだろう。


「並行して、斧を持った木こりがいたら、できるだけ徴発しろ。嫌がるようなら金で釣れ。何人でも構わない」


 リフォルムを出るときに、荷を捨てさせる方針として、生業に関わる道具だけは一つに限って認めることになった。

 さすがに大きな織り機などは駄目だが、包丁や裁縫道具、彫刻職人であればノミ、そういった物は、持っている奴が結構いる。

 都市部に木こりは少ないが、中には斧を持った奴もいるだろう。


「やることは、分かるな」

(ケツ)に置いて、木を切らせて道に倒すんだろう」


 そのくらいは察するよな。

 わからなかったら馬鹿だ。


「そうだ。容易に飛び越えられないように、樹冠のあたりが道にかぶるように倒せ」

「分かった。そのようにする」


「それと、避難民に情報を秘匿しろ。徹夜で渡らせる分以外は、夜間は熟睡させて、明日早朝に起床させたい」

「そうだな。そうさせよう」


 リャオが頷いた。


「話はこれで終わりだ。取り掛かってくれ」

「ユーリ殿は、ミャロを探すのか」

「いや、ミャロへの説明は、お前からしておいてくれ」


 俺は他にやることがある。


「俺は、鷲を借りて敵を見てくる。行動を始めろ。時間との勝負だぞ」


 リャオとギョームは、俺にスッと頭を下げると、走り出した。

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