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第098話 追手のワリス*

 ペニンスラ王国臨時遠征旅団の一員であるところの、ワリスという男が、今はるか北の地の森を歩いていた。


 ワリスは今年で二十八歳になる男で、苗字はない。


 ペニンスラ王国は、175年前に終結した畏仔戦争の爪あと深い地である。

 およそ五十年続いたこの戦争では、一時期は国土の半分を異教国であるエンターク竜王国に占領され、南部地方に至っては、四十年もの間、異教徒の支配を受けた。

 戦争が終わっても、彼ら異教徒の血脈は残り、むろん改宗は強いられたものの、文化的混交の痕跡は未だに濃い。


 ワリスという名も、その一つであり、ココルル教圏で用いられるアーン語の発音を使えば、ワーリス、あるいはワァリスという呼び方になる。

 だが、ワリス自身にはそのような知識はないので、自らの名の由来など知らなかった。

 ワリスは生まれてこの方、学問という学問を授けられたことはなく、字は仕事に関わる最低限の単語しか読めない。


 苗字もない。

 農園の小作農をしていた両親は、三人目として生まれた子に、遠い親戚に当たる出世者の名を借りてワリスと名付け、ある程度育ち食が太くなり、家庭の食費を圧迫するようになると”仲介人”に渡した。


 仲介人というのは、一種の奴隷商人のような存在で、労働の需要があるところに子どもを紹介し、代わりに手数料を受け取る。

 国法によって国内での合法的奴隷狩りが禁じられてから、奴隷商人が名を変えただけの人々であった。

 実際には、子の代金として両親に金を渡し、”紹介先”からより多くの金を受け取るという仕組みに変わりはなく、子どもは強制的な労働を強いられることになる。


 本物の奴隷と違うのは、この労働には期限が設定されていることであった。

 ワリスの場合、山村部の雑役労働者として領主に雇われ、十年間の年季労働をさせられた。

 十一歳で親に売られ、二十一歳で年季労働を終えた時には、手元にはボロボロの普段着一着と、数枚の銅貨しか残らなかった。


 その後、彼はたまたま兵の募集をしていた兵団に志願し、その一員となる。

 当時若者を募集していた兵団は、体が資本の軍だけあり、食だけは不自由をせずに済み、粗末ながらも寝場所は確保されていることもあって、まさにうってつけであった。


 そこでほぼ七年間過ごし、ワリスは剣盾槍の扱い方と、弓と鉄砲を習った。

 だが、鉄砲は訓練に火薬代がかかるため、実際には二~三回しか発射したことはない。

 そのため、訓練はもっぱら旧時代的な武器によるもので終始していた。


 そこに訪れたのが、北方十字軍への参加希望者の募集であった。


 今も昔も、ペニンスラ王国は北方十字軍への参加に熱心ではない。

 イイスス教圏においてもっとも南を占めるペニンスラ王国は、北方で領地経営をすることにさほどの興味を持たず、一時は十字軍の招集に応じないような状態になったが、その不熱心さを教皇領に咎められ、揉めに揉めた末に戦争が起こり、王の首が落ち、王座の主が変わった。


 その後は、一時期は一万人規模の兵団を送った時期もあったが、今回の十字軍においては千とんで三名の参加しかない。

 一応は千人の軍団を送り出した。という名目を作りたいわけであった。


 そのような状態であるから、ペニンスラ王国軍においては、北方に軍を出しても、他の軍団のように活動的な侵攻には参加せず、もっぱら後方の警護や補給線の防備に当たるのが常であった。

 よって、兵にとっては稼ぎどころである掠奪の機会はほとんどなく、掠奪による収穫は望めない。


 だが、その代わり参加者には通常の給料に加えて五割増しの特別俸給が出るという、いわば出張料がついていた。

 ワリスはそれを目的に参加していた。



 ***



 だが、今はとても面倒くさい仕事に狩りだされている。

 つい先日逃げた長耳を捕らえるための山狩りだった。


 ワリスは枯れ枝の混じった腐葉土の地面を踏みながら、黙々と歩を進めてゆく。

 落葉樹の葉が厚く降り積もり、凍ったり溶けたりを繰り返した土は、じっとりと濡れ、踏むと僅かに沈み込み、含んだ水を吐き出した。

 からりと乾いた海風が良く通る故郷では、まるで見ない質の土壌であり、陰気な天候と寒々しい空気も相まって、暗い気分になってくる。


 前を歩いている、狩人出身のアーリーという男もそうらしかった。

 ワリスは、ただ重い装備を担いで歩いているだけだが、前を進んでいる男は軽い装備で、その代わり地面をジロジロと見ながらゆっくりと歩いている。

 ワリスには判らないが、人が歩いた痕跡があるらしい。


 しばらくすると、アーリーは立ち止まってこちらを振り向いた。

 追いつくと、「休憩にしよう」と言い出した。


「まだ早いだろう」

「早いも遅いもない。疲れたんじゃ」


 妙な年寄り言葉を使うが、アーリーはそう歳をとっているわけではない。

 確か齢四十に差し掛かったところだ。

 だが、ワリスからしてみれば目上の年長であることは確かなので、口答えはしなかった。


「ふう、ダメじゃな。土が分からん」

「どういうことだ?」

「故郷の土であれば、シシの足あと一つとっても、何時間前にここを通った足あとだと分かる。だけんどここの土は、慣れとらんからダメじゃ」


 アーリーが言い訳くさいことを言い出した。


「せめて犬がおればな」

「気ぃ張ってくれよ。逃げてる奴を殺したら、特別報酬が貰えるんだから」


 殺したら金貨二枚という報酬をやる、と、出発前に貴族が言っていた。

 金貨二枚という額は、ワリスにとっては握ったこともない大金である。


「金なんぞ貰えんよ。国ちゅうのはそういうもんじゃ」


 ここ数日、いわばチームを組んでいる間、ちょこちょこと話を聞いているうちに分かったことだが、このアーリーという男は過去に冤罪で獄に繋がれた経験があるようで、そのことで世を拗ねているところがあった。

 狩人を辞めて軍に入ったのも、冤罪が原因で村に居られなくなったかららしい。


 実際に冤罪かどうかは知らないし、興味があるわけでもないが、そのせいで無闇に国を信じないのは困る。


 アーリーは、勝手にその場に腰掛けてしまった。


「そもそも、追いかけとるのは恐ろしい顔剥(かおは)ぎ男だと言うじゃろうが。金貨が貰えるのはいいが、殺されては元も子もないわ」


 ワリスも、その話は聞いていた。

 なんのためかは判らないが、逃げるときに見せしめかなにかで、顔の皮を剥いでいったらしい。

 まるで話に聞く東方の蛮族のような真似をする。

 文化を知らぬ蛮人だ。


「それに、獣でもなければ、よほどの大男じゃぞ。足あとが深い」


 足あとが深いなら、見つけやすいはずだろう。

 土が分からん云々というのは、休むための言い訳だったのか。


「勝てそうになかったら、逃げろって教わっただろ」

「それじゃ金はもらえんのだろうが」


 ワリスは、殺さずに逃げた場合の報酬については聞いた覚えがなかった。

 たぶん見て報告しただけでは、一銭の金も貰えないのだろう。

 殺すか捕まえるかしなければ。


「むっ………」

「馬鹿らしいわ」


 そう吐き捨てられると、ワリスの心中に黒いものが渦巻いた。


「だからといって、給料分の仕事はしろよ。集合場所に間に合わなかったら、遭難なんだからな」

「ふんっ……」


 そのまま十分ほど待っただろうか。


「そろそろいいか?」

「あぁ」


 アーリーは立ち上がって、また地面を見ながら歩き出した。

 会話がないまま歩く。

 そのうち、少し木立が密集するようになり、なんとなく幅が開き始め、十歩ほども離れた。


 しばらく歩いていると、木の影から突然棒が伸び、アーリーを打った。



 ***



 薄い金属板のカブトを避け、首をしたたかに打ち据えられたアーリーは、そのまま崩れ落ちるように倒れた。


 何が起きたのか理解が追いつかないうちに、顔を黒く塗った男がヌッと木陰から現れ、アーリーの倒れた体に手を伸ばす。


「ヒッ……」


 その姿は、まるで森に住むと言われる古代の悪魔が姿を表したかのようだった。

 だが、その悪魔はこちらには気づいていないようで、アーリーの倒れた体を漁っている。


 持ち物を奪おうとしているのか。


 ワリスは、戦おう、と思った。

 敵がこちらに気づいていない様子だったからだ。

 静かに背中に手を伸ばし、短弓を取る。


 訓練で藁束に向かってさんざん矢を射た経験は、このような状況下にあっても、震えることなく滑らかに体を動かした。


 弓を取り、矢筒から矢を取り、つがえ、構え、引き絞った。

 ギュウ……と狙いを付ける。


 そこで、不意に何かに気づいたように、悪魔はワリスのほうを見た。

 目が会った瞬間、ワリスの右手は弦を手放していた。


 解き放たれた矢は、胴体を狙ったが、若干それて悪魔の顔面に向かって飛んでいった。

 それでも威力は十分で、ワリスはまず命中する手応えを感じた。


 だが、矢は何者をも貫くことはなかった。

 矢は()()()()


 悪魔は、首を激しく横に動かしたと同時に、目にも留まらぬ速さで腕を振ったかと思うと、矢は真ん中あたりで悪魔の手に掴まれていた。


 肉を突き刺し骨を貫くはずの鏃は、どこにも触れず浮いたままとなっている。


 矢を掴んだ悪魔は、自分でも少し驚いたように手の中の矢を見ると、回避で乱れた体勢をあらためて、矢を無造作に放り捨てた。

 鞘から剣を抜いてきらめかせ、猛獣のような疾さでワリスのほうに駆け出した。


「―――ッッ!」


 二の矢をつがえて放つ余裕がないことは明らかだったので、ワリスはとっさに短弓を捨てた。

 その手で腰に下げた剣の柄を掴んで引き抜く。


 が、その動きは洗練されたものではなかった。

 とっさに弓を捨てて剣を抜く、などという非常時の動作を反復的に練習したことはなく、恐怖と焦りは、動きを更にぎこちないものにした。

 剣を抜いた時、悪魔は十歩の距離を一歩にまで詰めていた。


 構えをとる暇もなく、ワリスは剣を繰り出す。

 だが、その剣は、肉を捕らえることはなく、代わりに重い衝撃が腕にひびいた。

 剣を掴んでいた腕に、拳が打ち付けられたのだ。


 前腕に加えられた重い衝撃によって、剣を握った手がしびれる。

 辛うじて握っていた剣も、続いて腕を取られ、手首をギュウと捻じ曲げられると、拳が開き地面に落ちてしまった。


 そのまま胸を蹴り倒され地面に転がされると、ワリスは心のなかで観念した。

 こいつには敵わない。そもそもの戦闘力が絶望的なまでに違う。


 そもそも、飛んできた矢をとっさに掴んで止めるような存在と、戦って勝てるわけもない。

 バケモノだ。


 ここで俺の人生は終わりだ。


 が、悪魔は更にワリスを蹴転がし、うつ伏せにすると、ロープか何かで、背中に回した両腕をギュッと縛った。

 縛った腕を力任せに引っ張り、起き上がらせると、そのまま座らせた。


 そして、ワリスの目の前に出てきて顔を突き合わせた。

 ワリスが森の悪魔かと思っていた何かは、明らかにヒトで、顔には黒い泥を塗っていた。


「さて……貴殿……じゃなかった、お前」


 その男は、唐突に口からワリスの母語を話し始めた。


「ハハッ……」


 ワリスは状況のわけのわからなさに、思わず笑ってしまった。

 夢でもみているのか? なんで俺たちの言葉を喋るんだ?


 こいつが俺たちの追っていた奴だとしたら、あのわけのわからない長耳語を喋るはずだろ?


「この状況で笑えるってのは、肝が座ったことだな。良い知らせを一つ教えてやろう。俺はお前を今すぐ殺すつもりはない。悪い知らせは、俺が今からする質問に答えなかったり、嘘をついたりした場合、死んだほうがマシなほど痛い目にあうってことだ。実際、最後まで喋らなかったら、近いうちに苦しみ抜いて死ぬ怪我を負わせる」


 悪魔は、矢継ぎ早に話し始めた。

 要約すると、つまりこれから拷問するということらしい。


「俺はもうお前みたいな奴を三人、拷問している。そこで得た情報と照らし合わせるから、嘘をつけば分かるからな。それと、素直に喋ればお前が怪我を負うことはない。例えば、腕が不自由になったり目が片方なくなったり、鼻がなくなって一生を人から隠れて過ごさなきゃならない生活を送ったりすることはない。この先も人並みに生きていきたいなら、ペラペラと喋ることだ。俺は半日もかけてじっくり拷問するつもりはないから、サクサク目とか抉っていくぞ」


 ワリスは、すっと男の背後を見た。

 つまり、アーリーのほうを向いたが、アーリーは倒れ伏したまま起き上がる気配がない。


 アーリーが生きていれば、いままさに起き上がって背中から挟み撃ち、ということもあり得るだろうが、それは期待できそうになかった。


「じゃあ、第一問、お前の名前はなんだ?」


 そう言われると、ワリスの頭のなかに、男に名を明かしたくないという考えが走った。


 同時に、自分の名など知るはずがないという考えと、これからの話を通じやすくするために名を聞いているので、この場合名の真偽は重要ではない。という推論がよぎった。


「カリミスル・ホッパーだ」


 ワリスは偽名を口にした。


 すると、男はすっと立ち上がった。

 そして、おもむろに足を振り上げると、前に投げ出しているワリスの足めがけて、踏み下ろした。


 重いハンマーにでも叩かれたような衝撃と同時に、ボギッという鈍い音が、骨を伝って聞こえた。

 足に激痛が走る。


「ウッ」


 絶叫を上げようとした瞬間、男の拳が勢い良くワリスの頬を撃ちぬいた。

 つまりブン殴られた。


 ワリスの体は転がり倒される。


「大声を出すな」

「グッ……ウウウウウ~~~~ッ」


 未だに折れた足に激痛は走っているが、ワリスは口を無理矢理に閉じた。

 更に頭を踏みつけられ、荒々しく兜を脱がされると、髪の毛を乱暴に掴まれ、思い切り引っ張られた。

 地面に転がった状態から、無理やり上体を起こされ、座らされる。


 そして、目が再び合った。


「嘘をついたら分かるっていったよな。お前は三歳の子ども並みの知能か? それとも俺が、自分の命を狙ってきたゴキブリ以下の糞に対して慈しみを抱く、心優しい人間だとでも思ったのか?」


 そう言った男の目には、一切の優しさは見えなかった。

 飢え、追い詰められ、切羽詰まった肉食獣のような、余裕の見られない凶獣の目であった。


「もう一度聞く。お前の名前はなんだ?」

「わっ、ワリスだ! 指長のワリス!」


 ワリスは姓がないと不自然かと思い、とっさにあだ名を付け加えた。

 指長の、というのは、薬指が中指と同じくらい長いので、という理由で、年季労働時代につけられたあだ名だった。

 特別にあだ名が付けられたのは、同じ現場に同じワリスという名の男がもう一人いた時期があったからだ。

 それは嘘ではない。


「なるほど、お前がワリスか」


 ワリスはそれを聞いて、前に口を割った連中が、俺の名を喋ったのだと思った。

 カリミスル・ホッパーという名は、とっさに思いついただけの名で、遠征軍の一員の名というわけではない。


 例えばアーリーと名乗れば、この悪魔は自分をアーリーと勘違いしたかもしれない。

 だが、カリミスルという名はまずかった。


「じゃあ、次の質問だ。俺を追ってるのはどれくらいの人数だ?」

「せ、千人だ」


 とワリスは正直に答えた。


「……そうか。だが、千人にしちゃお前らは単独だな。千人も()の足取りを追ってるなら、横一列になって、板で小麦粉を浚うようにして迫ってくるはずだろう」


「知らないのか? 六百人はこっちじゃないほうを探している。俺たちは二百人のほうだ」


「数が合わねぇな。それじゃ全部足しても八百だ。残り二百はどこに行った」

「あのでかい道の反対側を探してるはずだ。知ってるはずだろそれくらいは!」


 こちらの人数が何人かなどという話は、先に吐いた仲間がいるのであれば、そいつらから既に得ている話だろう。

 特に込み入った内容でもなく、いうなれば常識、基本的な情報だ。


 ということは、目の前の男は、名の照会に続いて、更に答え合わせをし、話の齟齬を確かめるためにこのようなことを口にしていることになる。

 ワリスからしてみれば、疑心暗鬼にもほどがあった。

 そんな確認作業をするよりも、さっさと解放して安堵させてほしい。


「じゃあ、六百人の組はリフォルムへ一直線に向かう、海沿いの地域を荒らしながら探しているわけだな。お前ら二百人の組は、その脇を一応見張っているわけだ」

「そういうこった。これで満足か」

「ああ。まあ話は合っているな。それで、こちら側に来てる、その大小の二隊は密な連携をとっているのか」

「知らねえよそんなこと」


 これは本当に知らなかった。

 連携を取る取らないなどという話は、ワリスのような末端の兵士が知っていても意味のない事だ。


「そうか。まぁ見るからに一兵卒のお前じゃ知らん事だろうな」

「うるせえよ。大きなお世話だ」

「じゃあ、次の質問だ。お前らの組織編成はどうなってる?」


「組織編成?」

 耳慣れない言葉であった。

「難しい言葉だったか。お前らの千人は、誰が率いていて、お前の属している二百人隊のリーダーは誰で、お前の直属の上司は誰で、何人率いているかとかの話だ」


「はぁ? 前の奴に聞いてないのかよ」

「当然聞いたが、それも嘘かもしれない。だからお前の口からも聞いて、検証したい」


 ワリスからしてみれば、そんな木っ端のような情報を三度も聞いて確かめる神経は理解できなかった。

 そんな重要な事か?


「総隊長はザイード王子だ。ザイード・カムリサムリ」

「ソイツは今どこにいる」

「……六百人隊を率いてるよ。でも、実際に現場で率いているかは知らねえ。こういう……森の中に入ったりする御身分でもねぇだろうしな」


「じゃ、次だ。二百人隊を率いているのは誰だ?」

「二百人隊というか……、俺を雇ってるドレイン伯の軍がこっちを担当しているだけだ。頭はピーノック様だよ」

「じゃあ、お前の直属の上官は誰になる」

「強腕のジェンっておっさんだよ。十人組の長だ」


 ワリスはぺらぺらと喋っていった。

 どうせ他の者の口から既に出た話なら、誰の口から出たかなど解らない。

 後で誰に咎められるわけでもない。


「口が滑らかになってきたな。じゃあ、お前らの任務はなんだ?」

「ハァ? お前らを追ってるんだろうが」

「俺を? 敗残兵狩りか?」

「お前らがウチの荷物に火ぃつけたから追ってるんだろうが」


「……なんのことだ。詳しく聞かせろ」

 男は顔色を変えた。

「お前らが一番良く分かってんだろ」


 と、ワリスが言った時、男の手が伸びた。

 バンッと、平手で強かに頬を張られる。

 鼻の中が切れ、鼻血が垂れてくるのを感じた。


「……ッつ」

「調子に乗るな。お前が追っている者のことを喋れ」


「……鷲に乗って落ちた二人組の鷲乗りだよ。空から火を落として、教皇領のメンツを潰した。連中は大層おかんむりって話だ。二人で一緒に行動してるんじゃないのか?」


「なにを言っている。俺は鷲なんぞ乗っていない。飛べない方の鳥には跨っていたが、単に戦場から逃げ遅れただけの将校だぞ」


 ワリスの頭のなかに疑問符が渦巻いた。

 こいつらは、自分たちが追っている連中ではないのか?


 単なる敗残兵ということか。


「……チッ。とんだとばっちりだ」


 と、悪魔はひとりごちた。


 どうやらワリスの推論は当たっていたらしい。

 ワリス自身は後方警備に当たっていて参加はしていないが、あんだけ大きな戦いがあったのなら、そりゃ一人くらい街道でなく森に逃げた敗残兵がいてもおかしくはない。

 一人どころでなく、百人千人いたとしてもおかしくはない。


 ただ、偶然、ワリスが追っていたのが、触れてはいけない手練れだったということだ。

 これについては、運が悪かったとしか言いようがない。


「フフフッ、ハハハハハッ! そりゃあ残念だったな!!」


 ワリスは目の前にいる男の滑稽で悲惨な状況を思うと、笑わずにはいられなかった。


「黙れ!」


 男はワリスの顔面を再度殴ったが、ワリスからしてみれば面白さのほうが勝る。


「ハハハッ……あっ」


 と、再び地面にひれ伏した時、十歩先にある未だ倒れ伏したままのアーリーの体が目に入った。


「おい、そこにいるおっさんは生きてんのかよ」


 ワリスは、素直に喋ったのだから助けてやってくれ。と言おうとした。

 まだ生きているのであれば。


「……ああ、あれか。止めを刺していくぞ」

「はぁ? なんでだよ……」


 やはり、見て分かる通り、性が残忍なのだろうか。


「別にお前が殺すなというなら、止めは刺さんで行ってもいいが、あれは首の骨が折れた。気がついても、苦しんで死ぬだけだろう。今のうちに楽にしてやったほうがいい」

「じゃあ、そうしてやってくれ」


 あっさりと答える。

 なぜか本当のことだという気がしたし、アーリーの生き死になど、そりゃ生きていたほうがいいが、死んでいてもどうでも良いことだった。


「ああ。俺も聞きたいことはこれまでだ。ご苦労だったな」


 そう言うと、男はワリスの口を布で覆い、頭の後ろできつく縛った。

 大声を出させないつもりだろう。


 後ろ手の縄も解けそうになく、叫んで仲間を呼ぶことも出来ない。

 足の骨は折れている。


 ワリスは、このまま放置されては、助かるすべがなくなることに気づいた。


「ンンーーーム゛!!」


 ワリスは力いっぱい声を上げて抗議する。


 だが、もはや男は興味をなくしたように一顧だにせず、ワリスの荷物を漁り、背嚢ごと奪っていった。

 そして、あとは振り返りもしなかった。


 アーリーの所へゆくと、首の後ろに刃を入れて息絶えさせ、死体を仰向けにすると、なにやら十字を切り、まるで聖職のように呪文を唱え、それから荷物を漁った。


 そしてそれも終わると、森の中に消えた。

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