第5話
7年越しの告白は、結果を言うならば失敗だった。
リュシールにしてみれば、エリックとは初対面。
勢いや雰囲気に流されて、結婚を承諾するわけがない、とわかっていたのに、焦ったエリックは7年越しの想いを告げて、見事に不審がられてしまった。
※ ※ ※
リュシールは突然の求婚に一瞬驚いたものの、我に返った後怪訝そうな顔でエリックを見た。
恋だの愛だのということに馴染みはないと知ってはいたが、その顔は酷い。全く信じられていないのか、とエリックは「私は本気です」とさらに言い募った。
すると、リュシールの目がすぅっ細められた。
甘さを一切感じない雰囲気に、エリックは引きつりそうになる顔を、なんとか笑みの形に保つのに必死になった。
「エリック様は軍の参謀でいらっしゃいましたね」
「はい。ご存じでいただけたとは光栄です」
リュシールを手に入れるためだけに、その地位まできたと言ってもいい。エリックはそのことが誇らしく、知っていてくれたことが純粋に嬉しかった。
今度は緩みそうに口元を押さえようとしたが、我慢できず思わずニヤけてしまった。
「―――あなた、ですのね?」
「なにがでしょう?」
リュシールの硬い声に、緩んだ口元のまま聞き返した。
すると、リュシールは乱暴にエリックの手を振り払った。
「アレックス様を唆して、この結婚を破談に導いたのはあなたですね? いいえ、『帝国』がというべきですか」
求めてやまない青い目が、冷たい怒りを湛えてエリックを睨みつけていた。
リュシールの優秀さを舐めていた。まさか、帝国の思惑を見抜かれるとは。けれど、エリックがわかって欲しいのは、帝国ではなくエリック個人の思惑だった。
リュシールの思考は完全に利害関係のみにしか働かないようだ。政治的なことを察することはできても、恋愛方面には欠片も思考が及ばない。
「戦場では恐れ知らずと言われる帝国の方々も、戦を離れるとずいぶんと―――慎重でらっしゃるんですね」
リュシールはまだ恋を知らない。
そんなリュシールに、エリックの気持ちをわかってもらうのは難しいだろう、と苦笑しつつ立ちあがった。
浮かれていた自分を戒め、軍略を立てるときのような冷静な思考へと切り替える。
「輸入している物の値段が最近上がり気味なのは、両国の結婚が近いせいだという声がありまして。もちろん、そんな理由からでないのはわかっています」
「それならば何故」
「それを切っ掛けに両国の結婚を問題視する意見が出始めたんです。両国は自給自足ができ、自国のみで生活が可能です。けれど、帝国は食料を完全に輸入に頼っています。両国が手を組み、帝国に食糧を売らないとなれば、私たちは飢え死にしてします。それは避けたい、と」
もちろん、それもエリックが手を回したことだが。
最近の天候不順により、主食の小麦の値段が上がり気味だった。
そのことを、平和ボケした貴族にちょっと脚色を織り交ぜて吹き込めば、一気にリュシールとアレックスの結婚を問題視する声が上がった。
これで、帝国を味方につけ、ようやく表立ってリュシールを求めることができるようになった。
いつまでもはっきりしないアレックスに、結婚後の不安要素をたっぷりと吹き込んでいた。そして当日、警備の穴をつくって令嬢を神殿へと導いたのだ。
アレックスが逃げても逃げなくても、どちらでもよかった。
騒ぎをを起こした罪で二人を拘束。あとは、花婿に裏切られた、という悪評を着せられたリュシールを迎えに行く、というのがエリックの計画だった。
帝国はこの結婚をつぶせて、食糧庫を確保できる。
ファストロは、帝国と縁続きになるのだから、願ってもないことだろう。
唯一問題となるのは、エジェンスだった。ファストロが帝国と懇意になるのは面白くないだろうが、今回のことが負い目となって、傷物にしてしまったリュシールがどこへ嫁ごうと文句も言えないだろう。
外堀を完璧に埋めた。
合法的に、誰にはばかることなく、リュシールを自分だけのものにする、というエリックの目的は達成された。
そう、誰にも邪魔はできない―――唯一リュシールを除いては。