第2話
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第2,3話は過去編になります。
エリックが初めてリュシールに出会ったのは、放浪の旅の途中でエジェンスの国に立ち寄ったときだった。
ちょうどシュフルの花が終わる頃で、白い花弁が風で舞い上がるのが幻想的だった。
当時エリック16歳リュシール8歳。
このとき、お互いに名前も名乗らなかった二人は、出会った瞬間―――。
「何勝手に花摘んでんのよ!」
「収穫が終わったんだから、取ったっていいだろう」
喧嘩になった。
シュフルの花は、その香りを逃がさないよう蕾が膨らみ始めた頃に収穫される。花の時期も終わり、すでに半ば散りかけている畑を見て、エリックは一輪花の手折った。
特に意味があったわけではない、ただなんとなく「綺麗だな」と思って手を伸ばしただけだった。
その摘み取られた、たった一本の花を見て、リュシールは怒りに満ちた目で睨みつけてきた。
農作業用の帽子と簡素なワンピース。農家の娘といった出で立ちの子供が、いくら怒っていようとエリックにとっては、痛くもかゆくもなかった。むしろ、剣を刷いた旅装束の男によくそんな態度が取れるな、と半ば感心していた。
黒髪を茶色に染めていたので、帝国王族とばれることはなかったが、常に剣を持っているせいなのか一般人からは敬遠されることが多かった。
「これだから余所者はっ」
馬鹿にしたように鼻で笑われた。
自分の胸ほどまでしか身長がない女の子に、そんな風に馬鹿にされて、さすがにエリックも大様な態度でいられなくなる。
「なんだよ、価値のない咲き切った花まで金取るって言うのか? いくらだよ、払えばいいんだろ?!」
言った瞬間、エリックの脛に激痛が走った。
思わずうずくまったエリックを、リュシールは軽蔑の視線で見下ろして「何でもお金で買えると思ったら大間違い」と重々しく告げた。
このときのことを振り返ると、エリックは穴を掘って埋まりたいほど恥ずかしくなる。
放浪していたと言っても、ある程度の資金は国から渡されていたので、金に苦労したことはなかった。それゆえ、世間というものを全くわかっていない、甘やかされた馬鹿王子だった。
「明日朝の8時にここに来て」
「は? なんでだよ」
「いいから来る!」
情けないことに、倍も年が違う子供の覇気に負けた。
勢いに押されたエリックは、しぶしぶ翌日の朝8時に同じ場所に来る約束をしてその日は別れた。
そして翌朝。
指定通りの場所に向かうと、昨日と同じ格好をしたリュシールが仁王立ちして待っていた。現れたエリックを見て、わずかにほっとしたように顔を緩めた。
「昨日の威勢のよさはどうした」
「―――名前も知らない、剣を持った旅人相手に喧嘩を売るなと怒られたから」
硬い顔をして仁王立ちしていたのは、どうやら緊張していたらしい。子供らしいところもあるんだな、とエリックは可笑しくなった。
「でも、あなたが悪いことをしたのが原因なんだから。謝る気はないから!」
が、反省は全くしていないらしい。
「それで、なんでここに呼びつけたんだ?」
「そうだった。遅れちゃう」
ついて来て、というリュシールを追っていくと、花の咲き終わったシュフルの畑の中に、ちらほらと人がいるのが見えた。
「おはようございますー!」
大声を上げてリュシールが挨拶をすると、畑の中の人々が口々に挨拶を返してきた。
「おぉ、おはよう」
「おはよう。いつもありがとね」
「よくきたね」
にこにこと笑うリュシールを見て、エリックはこんな顔もできるのかと驚いた。ずっと怒ってばかりだったから、そういう性格なのかと思ったら違うらしい。
「後ろの旅人さんはなんだね?」
「あぁ、花泥棒です」
あっさりそう紹介されて、エリックは慌てた。
「泥棒ってっ」
「昨日、シュフルの花を取ろうとしてたんで、叱りつけて今日の手伝いに連れてきました」
「俺は別に…」
泥棒なんてしたつもりはない。と言おうとしてエリックは言葉に詰まった。
今さらながら、勝手に花を摘んだことに罪悪感を覚えた。確かに、ただ咲いていた一輪とはいえ、畑の中にあったものだった。
「黒い目ってことは、帝国出身の方じゃろう。それなら、わかんねぇだろうね。あの花の重要性が」
すぐそばにいた日焼けた老年の男性が、決まり悪そうにしていたエリックを笑い飛ばした。
「重要、なのか? 花も咲き切ってるのに」
「ここは一応王轄地でな。来年用の花の種を作っている畑なんさ。だから、他の花と交配しないように一面シュフルしか作ってねぇだろ? 種を取るために、蕾のうちには摘まねぇで、完全に花が散っちまったてあとにこうやって収穫してんだよ」
そう言われてみれば、畑の中にいる人々はちまちまと何かを取って袋の中に入れていた。咲き終わった花をじっくり見れば、花弁が散った後に小さな緑色の膨らみがあった。この中に種が入っているらしい。
「だから、花を勝手に摘まれると困るのよ!」
私が正しいでしょう? とばかりに生意気な態度をとられても、エリックは反論しようがない。
「―――悪かった」
「わかればいいのよ。じゃ、手伝いよろしくね」
「そんな大事な種を余所者の俺なんかが取っていいのか?」
それこそ、種を盗まれないのか、と言外に問えば、ニヤリと男が笑った。
「シュフルの種は特殊な状況下でしか芽吹かねぇし、育たねぇし、何より香水の加工技術は極秘だからな。盗んでもいいが、役に立たねぇぞ?」
「苗もらってファストロにも植えてみたけど、根づかなかったしね。はい、納得したらさっさと手伝いする!」
全面的に非があるエリックはそれ以上逆らいようもなく、差し出された麻袋を今度は黙って受け取った。