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1章:天真爛漫な声が歌になる瞬間 3

はぁ〜。やっぱ今日はやめとけばよかったかな?まあ、確かに俺はギターでアイツはヴォーカルってことで、同じバンドの仲間だけどよ。なんつーか、バンド以外のプライベートまで関わろうとは思ってないっていうか、恋人同士じゃあるまいし。せっかくの休日が…なんてことだ。

あ、ああ、スマン突然愚痴ってしまって。ここは今日オープンされたショッピングモール“マリンフロンティア”。新設されたばかりのショップやレストラン、アクアリウムや展望タワーまである大型施設だ。なんでこんな所にいるかと言うと、昨日の学食でな…



           ☆☆☆


「マリンフロンティア?」


「そう!明日オープンなんだって!」


金曜日、ここは学生食堂。俺は咲姫と真行の三人で昼食を取っていた。メニューはそれぞれ味噌ラーメン、豚丼、サンドイッチ。三人で下らない話をしながら過ごす時間。まあ何てことない普通の昼食風景だ。


「ふーん。それで、お前明日行くの?そこに」。


「うん、そうなんだけど、それなんだけど…。」


急に口ごもり始める咲姫に俺の箸が止まった。


「どしたの?咲姫ちゃん?」


真行が心配そうに顔を覗く。咲姫はキッと、いつになく真面目な顔をして俺と真行に話す。


「アシタシタアトっ!?」


か、噛んだ?!しかもめちゃめちゃシリアス顔で!?コイツ何がしたいんだ一体?


「アハハ!まあまあ咲姫ちゃん落ち着いて!でもそんな咲姫ちゃんもカワイイよ!」


ムッとした顔で真行を睨む咲姫。真行は慌てて両手を横に振る。


「ア、アタシとしたことが…不覚。ちょっと心の準備をするから待ってて。」


「なんだ?コントか?悪いけど俺あんまり笑わないぞ?」


「違ぁう!ええと、その…明日アタシと一緒にマリンフロンティアに行って欲しいの!」


咲姫はそこまで言うと顔を赤らめた。


「はぁ!?なんでまた?お前の友達で一緒に行く奴誰かいねーの?」


「いや、誘ったんだけど、みんな忙しくて…。てか、アタシあんまり友達いないし…。」


以外な発言だった。結構友達多そうな感じだけどなコイツ?明るくて元気だし、…ちょっと可愛いし。やっぱ性格が災いしているのか?


「お願い!…ダメ?」


そんな上目遣いで言われてもなあ…。しかも目が潤んでる。


「なあ、真行どうする?もし行くならお前も一緒に行ってやってくれないか?俺達3人でさ。」


俺はほぼ口パクで真行に耳打ちした。


「いや、実は俺明日遠出する事になっててさ!ヤボ用で向こうの知り合いに会う約束なんだよ。咲姫ちゃんと一緒に行きたいのは山々なんだけど。明日二人で行ってこいよ!」


「そんな〜。ヤボ用ならキャンセルしてもいいじゃん?」


「それでもいいけど、今回はお前を立てといてやるよ!」


「立てなくていい!」


真行はどうやら俺と咲姫を二人きりにさせたいらしい。真行なら喜んで来ると思ったんだが。


「なにコソコソ話してんの?」


訝しげに咲姫が問う。


「あ、いや実は鋭士が一緒に二人で行くから、俺に付いてくんなよってさ。」


「違っうぐッ?!」


真行はいきなり俺の口を塞いできた。ちょっとやめろ、離せ!


「だから、明日鋭士が任せとけだってさ!!つーことで頼むわ咲姫ちゃん!」


「分かった!アリガト鋭士!じゃあ明日10時でよろしくねっ!」


「ーッ、っー!」


それだけ言うと咲姫は立ち去ってしまった。そこでようやく真行から解放される。


「はぁっはぁっ…。真行てめっ!」


「悪りぃ悪りぃ!まぁそう怒んなって!来週味噌ラーメン奢ってやるからさ!」


「…。」


よく考えたら真行は好意で俺を立ててくれたし、咲姫にも罪はない。さらに味噌ラーメン付きときた。明日はどうせ暇だし、ここは大人しく咲姫に付き合ってやるか…。


「さらにチャーシューも上乗せしてやるからさ!」


「よし!じゃあ決まりだ♪」


「鋭士は食い物に釣られるのね、ハハ…。」


           ☆☆☆


てなわけ。今日は天気もいいし、本来なら今頃プジョーに乗って風を切って、どっか遠くまで疾走してたんだろうな。

マリンフロンティアはオープン初日ということもあってかなりの混雑だった。今日は休日で家族連れやカップル、お年寄りなども多く見られた。ただ、こういう人ごみの中にシャリシャリ出ていくのはどうも俺の性に合わん。周りの楽しそうな雰囲気とは裏腹に、憂鬱な気分で待ち合わせのエントランスに向かう。


「遅いっ!もうどんだけ待たせるの!?」


どうやら咲姫はすでに来ていて俺を待っていたようだ。口を尖らせて拳を握っている。


「ああ、悪い。でも時間通りだろ?」


「だってアタシ30分、いや、それ以上待ってたんだよ?あんまり女の子を待たせないでよね!」


「そりゃお前が来るの早すぎだ!もうちょっとタイミング考えろよ。」


俺は髪をかき上げて応えた。


「まあ、今日はアンタが来てくれた事に一応感謝してるから、今日一日怒らないで流してあげるけど。」


いや、さっきオマエ早速怒ってただろ?両手グーにして。


「そんなことより、今日のアタシ見て何か思わない?」


「ちょっと太ったとか?」


「なんですってぇ〜!?」


「うおっあぶねぇ?!」


咲姫はいきなり持っていたバッグを叩き付けてきた。あれ?コノ人10秒くらい前に「今日一日怒らない」って言ってなかったっけ!?


「はぁ〜もうっ!今日の服可愛いねとか、髪型似合ってるねとか…女の子を形容するセリフの一つも言えないのアンタは!?デリカシーのかけらもないったら!」


「ほっとけ!どうせ俺にはデリカシーなんざねーよ。」


そうぼやいた俺は咲姫をチラっと見た。ちょっとふんわり感のある白のワンピースに麦ワラ帽子。髪はいつものカールしたツインテールを解いて、自然なストレートを胸辺りまで下ろしていて、明るい赤みのかかった髪と白のワンピースがお互いの色を強調し合っている。


「なんつーか、その…。」


「ナニ?聞こえないよ!」


「…今日のオマエの格好、俺は好きだぞ。」


何言ってんだ俺。感化されすぎだよ。


「なっ!?ちょっと!?もうっ!どう反応すりゃいいのっ!?」


咲姫は耳まで真っ赤にしてバッグで殴り付けてきた。知るか!大体オマエがそう言えみたいな事を言ったからそうしたんじゃんかよ?ったく!女ってのは何でこうなんだか?


「はぁ〜、んで、何処から見て回るんだ?頼むからもう怒らないでくれよ?」


「うん、鋭士こそちゃんとエスコートしなさいよ!こんなカワイイ女の子とせっかくのデートなんだから!」


「はいはい。えーと、じゃあ最初はファッションモールから回りますか、お嬢さん?」


「うん!お兄ちゃん♪」


「その呼び方はよせ…。」


俺達はとりあえず入口から近い店から見て回ることにした。ファッションモール、つまり服とかアクセサリーなどが売られている店が建ち並んでいるエリアだ。俺にしちゃあ服だのアクセだのあんまり興味はないけどな。


「あ、コレカッワイイ〜♪鋭士!似合うと思う?」


「ん?ああ、そうだな、とりあえず試着してみたらいいんじゃね?」


咲姫はヒラヒラとフリルの付いたスカートを手にして目を輝かせていた。


「あっ、じゃあ…こっちのシャツとカーディガンとベルトはこれ!ついでに帽子も♪」


「お、おいっ!」


咲姫はそこらにあるアイテムを物色してサッサと試着室に入っていってしまった。ちぇっ、アイツなんだか楽しそうだな。俺も何か試着してみようかな?暇だしな。俺は適当にその辺にあったジャケットを手に取ってみた。結構カッコイイ皮ジャン、やっぱロックなギタリストといったら皮ジャンが似合うよな。しかし値札を見ると、


「64000円?!」


思わず声に出てしまった。高すぎる!しかも20%offでこの値段。どんだけだよ?こんなの着てたら俺のギターが安物に成り下がってしまって申し訳ないな。

そんな事してたら咲姫から声が掛かった。


「じゃーん!どう?似合ってる?」


試着室から得意気にドヤ顔した咲姫が出てきた。その顔に恥じないくらい似合っていたが、…何故後ろ向き?


「似合ってるけどよ、何でこっち向かないの?首曲がり過ぎて見てて痛々しいんだけど?」


とたんに咲姫の顔が紅潮していく。何か隠しているようだ。


「ヤダっ!」


「何で!?」


「だってこの服、胸開き過ぎなんだもん!…恥ずかしいし。」


なんだそりゃ?!オマエが好きで選んだ服じゃんか?変なヤツだな。


「大丈夫だ。オマエのペッタンコなら見られても恥ずかしくないぜ?」


「失礼な!!これでもバスト85はあるからっ!!Dカップぐらいあるからっ!!」


「バカ!んなこと大声で言うなっ!わかったからもう着替えろ!」


全く!こっちが恥ずかしい思いしたぜ。見ろ!客や店員がジロジロこっち見てるじゃねーか!


「鋭士。」


「今度は何だよ?」


「もう一着だけいい?」


「はあ〜しょうがない奴だな。いいけど変なの選ぶなよ。」


「やった♪今度は大丈夫だからね!」


そう言って咲姫は再び試着室に入っていった。そして五分後。


「じゃーん!お帰りなさいませ!お兄ちゃん♥」


試着室のカーテンを開けて、メイド服を着た咲姫が決まり文句を言った。おまけにネコ耳と尻尾まで付けている。


「どう?萌えた?お兄ちゃん♥」


「…オマエ日頃何か悩みがあるのか?それとも欲求不満なのか?」


「何そのコメント!?お兄ちゃんこれ見て萌えを感じないの?」


そう言ってネコ耳の左側をピョコラピョコラ倒したり立てたりしている。なんじゃそりゃ?どういう仕組みで動いてんだよ?!


「何なんだよ萌えって?てかネコ耳動かすのやめろ!不気味だぞ。あと、お兄ちゃんって呼ぶのはやめてくれ!」


「…似合ってないかな?」


咲姫は寂しげに呟くとネコ耳を両方倒した。よく見るとそのネコ耳、リモコンが付いていて遠隔で動かしているそうだ。つーか、そんな悲しい顔すんなよ。仕方ないな…。


「ああ、いや、似合ってる!お兄ちゃんは凄く萌えってるよ!特にその絶対領域!もう最高だぜ!」


何言ってんだろ俺。萌えってるなんて言い回しあってんのか?


「ホント!?嬉しいな!やっぱ可愛いよね♪これ買うね!今度これ着て歌おうと思うんだ!」


はぁ〜ちょっと誉めたらすぐ調子に乗るもんな。買うのは構わないけど、それ着て歌うのかよ?微妙だな。

咲姫はササッと着替えてそのメイド服とニーソックスに可動式のネコ耳と尻尾を購入した。


「いやあ〜、いい買い物したっ♪次は、そうだなぁ…あっココに行ってみない?」


咲姫が指差したのはアクアリウム。なかなかの広さがあって、イルカのプールまで付いている。なんか面白そうだな!


「よし、じゃあ行こうぜ!」


俺は咲姫とアクアリウムに向かう事にした。

そこはファッションモールから海側にあり、二階と地下からなる三層構造の巨大な水族館だった。海水槽と淡水槽があり地下には深海魚もいるようだ。よく作るよなこんなの。


「わぁ、キレイ!鋭士、マンタがいるよ!」


「うおっ!デカっ!凄いな。」


水槽には巨大なマンタレイが魚を従えて悠々と泳いでいた。見方によっては飛んでいるようにも見える。凄い迫力だ。


「こんなの飼って見たいな〜。」


「いや、無理だろ。デカ過ぎるし。でもこっちのクマノミならいけそうかも。」


「バンド結成したら水槽買って、飼育しようかな?こういうの好きなんだ〜アタシ!」


「いいけど、オマエん家水槽置けんの?」


「鋭士の家に置くつもり♪」


「なんでやねん!?」


まあ俺もこういう綺麗な魚は嫌いじゃないが、飼育するのって結構大変だと思うよ?温度管理とか、餌とか色々と。


「ん、まあ、考えておくよ。」


そう言って水槽を眺める。


「ねえねえ、鋭士!これからイルカのショーが始まるって!見に行こーよ!」


咲姫は子供見たいにはしゃいで俺の服を引っ張る。


「はいはい、わかったから引っ張るなって!子供かオマエは!」


「早く早く!」


てててっと駆け出す咲姫。やれやれと俺はそれに続いた。


イルカのプールはショー目的の人だかりで混雑していた。そんな中でもちゃっかり咲姫は前の方の席を確保していた。俺は係の人から雨合羽を二着受け取って一着を咲姫に渡す。どうやら前の席は水で濡れてしまうようだ。何も自分から濡れに行くことないのに全く。


「アリガト。」


咲姫はそう言って合羽を着込む。


「おっ、そろそろ始まるぞ。」


奥の小屋からトレーナーのお姉さんとマリンスーツに身を纏ったトレーナーのお兄さん、それに続いて二頭のイルカがプールサイドに出てきた。会場は拍手と歓声に包まれる。


「皆さん、こんにちは!今日はマリンフロンティアにようこそお越し頂きまして誠に有り難うございまーす!」


トレーナーのお姉さんが挨拶をすると二頭のイルカも一緒にお辞儀をした。


「キャ〜!超カワイイ!」


咲姫はもう大はしゃぎ。


「まず始めに今日これからショーを見せてくれるイルカを紹介しまーす!こちらの大きい方がオスのトラン君。こっちの小さい方がメスのオルフィーちゃん。今日は精一杯頑張りますので宜しくお願いしまーす!」


二頭のイルカ、トラン君とオルフィーちゃんはもう一度お辞儀をした。確かにカワイイかも。


「では、早速このボールを使ってキャッチボールをしたいと思いまーす!」

二頭はプールサイドで15mくらいの間隔を開けてバレーボール大くらいのボールを交互に投げては鼻先でキャッチする。へぇー上手いもんだな。飛ばし過ぎたかと思ったボールもテールキックで見事に返される。


「見た見た今の?!スッゴーい!!」


拍手で盛り上がる会場に俺もつられて拍手してしまう。


「さあ、おまちかねの水中ショーにいってみたいと思いまーす!」


トラン君とオルフィーちゃんはプールに入るとそれぞれトレーナーを背に乗せて泳ぎ始めた。潜ってスピードをつけてジャンプをする。トレーナーは鼻の上で宙を舞い着水した。

沸き上がる大歓声とともに跳ね上がる水飛沫。


「ひゃあ!?」


「ぶわっ!?」


いきなり俺の顔を盾代わりに使う咲姫。そのせいで俺の顔面はビショビショに濡れてしまった。


「何すんだよ?!冷ってーな!」


「アハハ〜!ゴメン!つい…。」


咲姫は顔を濡らして笑って謝る。結局自分も濡れてしまったようだ。

でも楽しそうな咲姫を見てたらなんだか俺も楽しくなって二人で笑いあった。

イルカショーはその後も続き、ハイジャンプ・ハードルジャンプ・バックスピンジャンプ・テールキック・ランディングなどを披露した。最後の挨拶に胸びれや尾ひれを水面から出して振ってみせる小技でショーの幕を閉じた。


「楽しかったな!濡れちゃったけど。」


「そうだね!次のメンバーはイルカでいいかな?」


「なんだそりゃ?オマエイルカに何させるんだ?ベースか?ドラムか?」


「歌♪」


おーい、ヴォーカルの咲姫さん?職務放棄っすか?


「ねぇ鋭士、お腹空かない?」


濡れた顔をタオルで拭いた咲姫がそう口にした。時計を見ると昼の1時を過ぎていた。


「そうだな、何か食うか。」


俺達はフードコートに向かい、昼食を取る事にした。


「お待たせ!飲み物はコーラでよかったか?」


「うん、アリガト!喉渇いてたんだアタシ。」


俺はハンバーガーとサラダとコーラをテラスのテーブルに並べて座る。


「ところで鋭士は何でギターをやろうと思ったの?」


サラダを混ぜながら咲姫は俺に問う。


「俺は昔から洋楽とか好きでよく聞いててさ、その中でもギターの音に惹かれたんだ。高校のときは一時的にバンドやってたけど、大学通い始めてから急に弾かなくなっちゃって。」


「ふーん。」


「で、学祭で軽音部のライブ見る事になって、またやりたくなってさ、そん時もやっぱギターだよなって!それがついこないだの事。ギターって凄いんだぜ!弾き方次第で色んな表現が出来るんだ!俺はそこが好きなんだって事を再確認したよ。」


「そっかぁ。それはいい楽器だよね!」


はにかんだ咲姫の顔が可愛くてしょうがなかった。やべっ、俺顔赤くなってないかな?誤魔化すつもりで咲姫にも話を振る。


「何言ってんだよ、咲姫の歌だっていいと思うよ!前に合わせた時感動したんだぜ俺。」


「なっ!?アタシは別に…ただ歌っただけだし、全然上手いなんて思ってないし!」


慌てた咲姫はサラダを詰まらせそうになる。


「お前もなんでヴォーカルをやろうと思ったんだ?」


「アタシは、その…あれ?、鋭士、あの子どうしたんだろ?」


俺の質問に応える前に咲姫は少し離れた所にいた少女に気を取られた。辺りをきょろきょろ見回している。何か様子がおかしい。


「ちょっと待ってて鋭士。」


「あっ、おい!」


咲姫は食べ掛けのサラダを残したまま少女に近付いていった。俺もハンバーガーを平らげると咲姫に続いた。


「キミ、どうしたの?迷子?お父さんとお母さんは?」


咲姫はしゃがんで優しく話しかける。小学校1、2年生くらいだろうか?まだ幼い少女だ。


「はぐれちゃったの。お姉ちゃんは誰?」


少女は涙目で応えた。


「アタシは咲姫。キミの名前はなんていうの?」


「ナナカ。」


「じゃあサキお姉ちゃんがお父さんとお母さんを探してあげる!こっちのお兄ちゃんも手伝ってくれるって!」


おおっと、どうやら俺も捜索員に含まれているみたいだ。ま、いいけどよ。


「俺は鋭士だ!よろしくな、ナナカちゃん!」


「ありがとう!でもね、あのね、ナナカね、カバンを無くしちゃったの。赤いカバンなの。だからね、探していたの。えっ、えっ、ヒック!」


ナナカちゃんはそこまで言うと嗚咽をこぼし始めてしまった。


「あ、泣かないで!赤いカバンを無くしたのね?じゃあそれも探してあげるから!」


「オイオイ大丈夫か?そんなに自信たっぷり言って?」


「大丈夫だって!この子は迷子センターに預けてカバンを探すだけだし!きっとこの辺にあると思うよ!そんなことより、ソフトクリームぐらい買ってきなさいよ!」


「分かった分かった!でも見つからなかったら警備員に任せるんだぞ。」


「分かってるって!」


俺はソフトクリームを買ってきてナナカちゃんにあげると、咲姫に迷子センターに彼女を預けてもらうよう頼んだ。


「じゃ、頼むわ。ナナカちゃん、俺がカバン見つけといてやるから心配するなよ!」


「ありがとう、エージお兄ちゃん!」


そう言って彼女は咲姫に手を引かれて迷子センターに向かって行った。

とは言ったものの、どこをどう探せばいいのやら。パッと見て回りには鞄らしき物は見当たらない。誰かが拾って持っていったのか?となると落とし物センターにあるとかか?俺は咲姫が迷子センターから戻って来るのを待った。


「どう?見つかった?」


「いや、この辺りには無さそうだな。とりあえず落とし物センターに行こうぜ。それからの方がいいよ。」


「それもそうね。じゃ行こう!」


しかし、残念なことに落とし物センターには赤い鞄は届いていなかった。俺達は仕方なく鞄の特徴と無くした場所と時間、持ち主を係員に伝えてその場を後にした。


「なあ、もう無理なんじゃねえ?これだけ探しても見つからないし、ここは諦めて…」


「諦めないでッ!!」


咲姫は俺に怒鳴る。


「ナナカちゃんが待ってるのよ!約束したじゃない!そんな簡単に諦めないでよっ!!」


咲姫は半分涙目で俺を睨み付けて言った。


「分かった、悪かったよ!もう少し探してみるから…頼むから泣くなよ。」


「泣いてなんかないっ!!」


咲姫はそう言ってワンピースの袖で目を擦った。はぁ〜なんでこんな事になってんだか?やっぱ今日は来るんじゃなかったかな〜?


「ん?」


その時俺は空中に、いや、樹の枝に何かが引っ掛かっているのを確認した。そうだよ、それだよ!俺達が探していたのは!


「赤い鞄だ。」


「はぁ?!何いまさら?」


「赤い鞄だよ!」


「そうだよ?!アンタ今まで何を探していたの?」


「咲姫、見ろ、あそこ。」


その樹の枝に肩掛けが引っ掛かった赤い鞄がぶら下がっていた。その高さ約4m。さらに下は池になっていた。


「あった!赤い鞄!」


そう言うと咲姫はワンピースの裾を太ももの位置までたくしあげて結び始めた。どうやら樹に登ろうとするらしい。


「オイ、何やってんの?」


「何って登るの!ちょっとジロジロ見ないで!」


「あのな、ちょっと落ち着けって!ここはどう見ても俺の出番だろ?お前は女なんだからわざわざ樹に登んなくてもいいの!分かったらそこで見てろ!」


「違うの!そうじゃなくて!あの枝の太さだと折れるって言ってるの!」


確かに鞄の引っ掛かっている枝回りは、直径5、6cmくらいしかなく、樹の幹からは若干遠い。なら無理してでも体重の軽い咲姫に任せた方が無難かもしれない。


「分かったよ。でも無理すんなよ?折れそうになったら迷わず戻るんだぜ?」


「アタシに任せなさいって!」


咲姫はウィンクして樹に登り始めた。


「ちょっと!?上見ないでよ?!」


「誰が見るかアホ!!」


なんだかんだで、何とか鞄の一歩手前まで辿り着いた咲姫。以外とアイツ身軽なんだな。関心してるのも束の間、枝の根元が軋み始めた。


「オイ、咲姫!急げ!折れるぞ!」


「ちょっと待って!もう少しだからっ!!…やった!」


その時咲姫の頭上で強烈な鳴き声がした。カラスだ。この樹にはカラスの巣があったのだ。恐らく鞄を引っ掛かけたのも彼等の仕業だろう。


「アーッ!アーッ!アーッ!」


「キャー!ちょっと何?!やめっ!」


「バカ暴れるなっ!!折れるっ!クソッ!」


とっさに俺は走り出して樹に駆け上がった。頼む、間に合ってくれ!

その直後、


バキリィッ!


「ウソッ!?」


ドバッシャァァン…


無情にも咲姫は折れた枝もろとも池に落下した…筈だったが、間一髪俺が咲姫の足を掴んでいた。鞄も無事のようだ。しかし状況は最悪だった。咲姫は頭を下にして真っ逆様に落ちようとしている。それを腕一本で俺が掴んでいる状態。


「え、鋭士っ?!イヤッ、見ないでっ!離してッ!いや、離さないでッ!!」


「うるせぇーッ!!ジタバタしてっとこの手離すぞ!!」


「ッ!?」


暴れる咲姫を一喝で黙らせる事に成功した俺。しかし最悪な事態は変わらない。


「咲姫!その鞄!岸に…投げろっ!」


「えっ!?」


「落ちたら…濡れる…だろっ!くッ!」


ちくしょう、声が出てこねえ。


「分かった!」


咲姫は逆さまになりながらも鞄を岸に投げた。


「もういいよ!鋭士!!離して!もう無理だよっ!」


「バカ…ヤ…ロウ!諦…めんな!」


「いいから離して!アンタも落ちちゃうよ!!」


「絶対…離さねえっ!!」


「どうして!?なんでそこまでするの?!」


「それはな!」


「!?」


「俺は、俺はッ、…お前の事がッ!す?!」


ズルッ!


「キャーッ!」


「うおおおッ!?」


ドバドバッシャァァァン!!


「アーッ!アーッ!アーッ!アーッ!」


結局力尽きて落ちてしまった俺。もちろん掴んでいた咲姫と仲良く。


「うわっぷ!ダメ!アタシ、泳げ…ないっぷ!助けてッ!」


何?!コイツ泳げないのか?何てこった、クソッ…てあれ?

池はそんなに深くなかった。いや、むしろ全然深くなかった。水深約50cm弱。何故か咲姫は膝くらいまでしかない水かさの上で溺水者ばりの溺れっぷりだった。


「アタシ!!死ぬっ!!もうダメっ!初体験も済ませてないのにっ!!せめて最期にキスしてほしがっ?!」


俺は水飛沫を上げている咲姫に空手チョップを食らわせてやった。


「痛った〜い!?何すんのいきなりっ!」


「そういうセリフは水深2m以上のところで言えよ!」


「はぁっ!?てか、アンタが登って来たから枝が折れたんでしょ!?」


「違う!折れかかってたから助けに登ったんだろうがっ!」


「でも結局落ちたじゃない!!二人とも!!」


「じゃあ、お前は一人で池ポチャしたかったってのか!?」


「違っがぁう〜!!」


俺と咲姫はびしょ濡れになりながら言い合いをしてる最中に、ざわざわと人が集まって来た。そうだった、ここは他でもないショッピングモールの真っ只中。傍から見たらその光景は痴話喧嘩にも見えなくはない。何故池の中ってところに首が斜めに傾くと思うが。


「オイ、咲姫!マズイ!とりあえず場所を変えよう。これじゃあ俺たち見せ物だ。」


「そっそうねっ!ひとまず迷子センターへ行きましょっ!」


とにかく俺達はその場から逃げるように立ち去った。


「あっ、サキお姉ちゃん!エージお兄ちゃん!」


迷子センターではナナカちゃんが両親と三人で待っていてくれた。よかったな、親が迎えに来てくれて。


「お待たせ!ナナカちゃん!ハイ、コレ!」


「わぁ!ナナカのカバンだ!ありがとう、サキお姉ちゃん!」


赤い鞄を手渡すと、ナナカちゃんは満面の笑みで喜んだ。そんな彼女の頭を咲姫は優しく撫でてあげる。


「すみません、どうも有り難うございました!」


「鞄まで見つけて頂いて、本当に…有り難うございました!」


父親と母親は申し訳なさそうに俺達にお詫びを述べた。


「あ、いえ、俺達はナナカちゃんが困っていたから助けてあげただけなので…、とにかくどちらも無事で良かったですよ!」


「じゃあ俺達はこれで

行きますので。」


「じゃあね、バイバイナナカちゃん!」


「バイバイ!サキお姉ちゃん!エージお兄ちゃんもありがとう、バイバイ!」


「おう、もう鞄無くすなよ!」


ナナカちゃんは両親に手を引かれながら、俺達が見えなくなるまで手を振ってくれた。


「…驚いたよ。」


俺はボソッと呟いた。


「は?何が?」


「なんだ、その…お前があんな優しい顔するなんて、思ってもなかったぜ?」


「ッ!?………なんだかさ。」


咲姫は一瞬驚いたが、何か言いかけて呟いた。


「なんだかあの子が両親といる所見てたらホッとなって…お父さんとお母さんがいるのっていいよね。」


そう言った咲姫の横顔は何故か寂しげだった。


「何言ってんだお前?そんなの当たり前の事じゃん!変な奴だな?」


「ううん、アタシにとっては…、アタシ両親いないから…。」


俯きながら咲姫はそう呟いた。



「よっし、大体乾いたかな?」


俺は今ホテルにいる。咲姫も一緒だ。…違うからな!残念ながらそっちのホテルじゃない!一応もう一度言っておくぞ、念の為。ち・が・う・か・ら・な!

俺達はビジネスホテルでシャワーも兼ねて、濡れた服を渇かすことにしたんだ。さすがに年頃の男女が鼻の上に水草乗っけてるわけにはいかないし、如何せん風邪を引いてしまう。俺達はシャワーを浴び終えて浴衣姿で服を乾かしていた。


「ああ悪りぃ。先にお前乾かせよ。寒いだろ?」


「…うん。」


俺はジーンズだけ乾かすとドライヤーを咲姫に渡した。


「あっち向いてて。」


「あ、ああ。」


俺は咲姫に背を向けた。下着を乾かしていると思われる。恐らく。


「なあ?」


「何?」


「お前は今、他に家族はいるのか?」


「うん、おばあちゃんがいる。でもアタシ大学通ってから一人暮らしだから…。」


「そっか。でも両親は何で?」


「…。」


長い沈黙。いや、多分長くはなかったと思う。ただ、服を乾かすドライヤーの音が異様にそう感じさせていた気がした。


「…もう会えないの。」


「は?」


「11年前の飛行機事故で…。」


「な?!」


「あの日、家族でロサンゼルスからニューヨークへ向かっていたんだ。夏休みのアメリカ旅行。」


「お父さんが単身赴任でロサンゼルスに住んでいたの。そこからお母さんとアタシと三人でニューヨークに行こうって。そこで自由の女神が見れるんだって…。」


「…。」


俺は黙って聞いていたが、咲姫は言葉をつまらせた。


「原因は分からなかったの、操縦不能だったって…。」


咲姫はそこまで言うとテーブルを強く叩いた。


「そしてアタシは生き残ったの!アタシだけ生き残ったの!アタシだけがっ!アタシはあの日が憎いっ!アタシはッ!アタシはッ!!」


「もういいッ!もういいんだ!もう終わったんだ!」


「っ!?」


俺はあっち向いててと言われたのにもかかわらず、振り向いて咲姫を抱き締めていたらしかった。


「終わった事だろ。」


「何も終わってないっ!!」


咲姫は俺を押し飛ばす。


「何も終わってなんかないっ!!」


「アタシにとっては今でも続いているのっ!!」


「あの時の光景が今でも目に焼き付いていて、毎晩夢に見るの!!」


「咲姫…。」


「ゴメン鋭士。鋭士には関係ない事なのに…アタシバカだよね。」


俺は首を振った。聞かなきゃ良かったんだ。聞くべきじゃなかったんだ。バカは俺だよ。


「でもね、そんな中でアタシは歌に出会ったんだ。」


「無気力なアタシに元気と勇気をくれる歌。歌うと不思議と笑顔になれる歌。」


「だからアタシは歌を選んだんだと思う!歌う事を選んだんだんだと思う!だからそれがアタシの歌う理由なんだって、ついさっき気が付いたんだ!今までは空回りだったかもしれないけど、今度は違う。アタシから歌をとったら何も残らないから!それがわかったんだ!」


「そうか、咲姫にとって歌って特別なんだな、きっと。お前はお前の歌、大事にしろよ。」


「アリガト、鋭士。アタシなんだか元気が出てきたよ!」


それを聞いて俺は自分の口元が緩むのを感じた。笑顔な咲姫を見てたら俺も笑顔になる。そうならずにはいられなかった。


「俺もなんだか安心したよ。やっぱお前はそうじゃなくちゃな!」


「エヘヘ。」


その時俺は異変に気が付いた。なんだこの臭い?まさかっ!?


「オイ、咲姫っ!!ドライヤー…」


「ああーっ!?」


話に夢中になっていて、電源が入ったままの無造作に置かれたドライヤーが床を焦がしていた。


「バッカやろ、なんてことを…ああ、もう逃げんぞ!!」


「アンタが話振ってくるからでしょ?!ちょっと待って、アタシパンツ履いてないっ!!ブラも!!」


「うるせぇー、俺だって上着半乾きだっつーの!!」


今日はなんだかいろんな事がありすぎて疲れた一日だった。けど、咲姫のいろんな一面が見られて俺達の絆が強くなったと思えば、凄く幸せな一日だったと思う。そういえば、俺は咲姫に何か大事な事を言いかけていたような気がしたけど…思い出せないからまた今度でいいか。


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