1章:天真爛漫な声が歌になる瞬間 2
「で、結局加入したんだその娘。」
「まーな。ちょっと我が強そうだけど、なんとなくヴォーカルに相応しい感じだったんだ。」
翌日の昼休み、学食で真行とだべりながらの昼食。
「…ちなみにカワイイ娘?」
「うーん…どっちかと言えば、…カワイイ。」
「そうかそうか、お幸せにな、鋭士くん!」
「何の話だよ、全くお前は!」
「いずれキミには分かる時が来る、俺の言ってる意味が、フッ。」
ポンポンと俺の肩に手をのせる真行をうざったくふり払って、俺はラーメンをすする。
「それと彼女ココの学生だから、気軽に打ち合わせとかしやすいしな。」
「えっ?!そうなのかっ!?ちょっと紹介しろよ、鋭士!」
「そのうちな。」
「なんだよもったいぶって!絶対だからな!約束だからな!」
「へいへい。」
ひとまずここで彼女のプロフィールを軽くまとめておこう。
名前は咲姫。同じS大学の19歳。ヴォーカルで過去にバンド経験あり。プロ思考ではなく、楽しくやりたいといった感じ。曲は作れないけど、作詞は出来るらしい。…性格は少々勝ち気だが、可愛くて容姿端麗。まさに俺好みでゆくゆくは結…って?!
「なに勝手に人の心を…じゃなくて、変にまとめてんじゃねぇ〜!!大体お前見てもいないだろ咲姫を!!」
「まあまあ、何となくそんなこと考えてそうだったからさ!それにお前見てりゃどんな娘か大体分かるよ、噂の咲姫ちゃんがね!」
くっ、超能力者かお前は。しかもあながち間違ってないからムカつく。笑ってい○とものミニコーナー“どや○クZ”に売り飛ばしたろかコイツ。“人の心を読むゼーッット!!”とか言わせて。
「それで早速今日の活動はどうするんですか?鋭士くん?」
「ん?ああ、今日はそれぞれ練習して、明日スタジオに入って合わせてみるよ。どんな感じで歌うのか知りたいからな。今は暗黙の試用期間なんだ。」
「なるほどな、ま、頑張れよギタリストくん!」
「ああ、サンキューな!」
俺達は食べ終わった食器を片付けて食堂を後にした。
翌日の午後、俺と咲姫は市内のスタジオに来ていた。228倉庫という名の小さなスタジオで施設は地下室にあり、ちょっとボロッちいけど機材はしっかりしたものが揃っていた。受け付けを済ませてマイクを借りた咲姫は早く早くと俺を促す。
「鋭士!こっちこっち!」
「ああ、ちょっと待てよ、今行く!」
はぁ〜ヴォーカルは身軽でいいよな〜。ギターって以外と重いんだぞ。いつかヤツにもギター持たせてやるかな…。
階段を降りて部屋に入る。広さはそこそこの広さで、各種アンプにドラムキット、マイクスタンドが数台、壁には特大の鏡が設置されていた。ギターをアンプにつなぎ、音の調整とチューニングをする俺。念入りに音のチェックをしてると、マイクを繋いだ咲姫が何やら喋り始めた。
「みんなー!!今日は、たのしんでるぅーッ?」
ああ、ライブのMCの真似か。ご機嫌なヤツだ。ご丁寧にエコーまでかけて、武道館気取りかコイツは?
「私達、今日はみんなと一つになってライブが出来ることに感謝してますッ!!」
「でも今日でこのライブもお終い、ホントはもっと、もっと歌いたいんだけど…ぐすっ!」
細かいヤツだな。
「今日を最後に解散しても、私達はみんなのことを絶対忘れませんッッ!!」
解散かよ?!いきなり解散ですか?!咲姫さん!
「いつまでもッ、いつまでもッ、私達は永久ふめっ?!」
俺は一人暴走している咲姫に空手チョップを食らわした。
「何すんの〜ッ!!今感動の瞬間だったのにーッ!」
「イラッとする瞬間だったわ!!いいからバカやってないで始めんぞ!」
「くッ!解散ライブをぶち壊した代償は高くつくわよッ!」
「はいはい。」
何が解散ライブだ。こちとらまだ結成すらしてないっつーの、縁起でもねぇ。てか、やかましいからマイクで会話すんなよ。
「ふんッ、精々アタシの足引っ張んないでよッ!」
「心配すんな、じゃあ行くぞ!」
俺はイントロから弾き始める。俺が選んだ曲はレベッカの“フレンズ”。過去に弾いたこともあるし、そんなに難しくない。咲姫も何度か歌っているって話だったから、今回合わせるにはうってつけの曲だ。さぁて咲姫、見せて…いや、聞かせてもらうぜお前の歌を!
う、うまい、正直ビビったわ。ヤツの言動に似合わず、歌は聞き入ってしまう程に俺の脳に響く。ドラムもベースもないギターのリフだけでも、リズムをとりながら歌としてそれは完成されていた。俺のギターサウンドが押されている気さえした。しかし、咲姫の声から何故かモノ悲しいようなそんな気持ちも伝わってきた。この曲のせいなのか?俺はこの時はそういう事にしておいた。
「…どうだった?」
咲姫が聞く。
「気に入ったよ!お前凄いな!感動したよ!これからも宜しくな!」
「なっ何言ってんの?!アンタにそんなん言われても、う、嬉しくなんかないし…まぁアンタもなかなかやるじゃない?ちゃんとギターしてたし。」
何この反応…?素直じゃねぇ〜。歌ってるときはちょっと可愛いなって思ってたんだけど…可愛くねぇ〜。
「でも…よかった!アリガト鋭士!」
そう言って咲姫は素直な笑顔を見せてくれた。
「お、おう?!サンキューな!」
その可愛い咲姫の顔に思わず俺の口元が緩んだ。ひょっとしたらコイツは凄いヴォーカルになるかもな。ちょっとは期待しておくか。
「さぁて、歌ったら喉渇いちゃった〜!!帰りにコンビニでジュース買ってよ!後お菓子も!もちろん鋭士の奢りで♥ヴォーカルはギターより偉いんだからね!!」
前言撤回だ。調子に乗りやがって全く。
「わかった、コンビニには行く。だが奢りは無しだ!それからヴォーカルはギターより偉いなんてのは認めんっ!!」
「えー?!鋭士のいけずぅ〜。」
そんなこんなでヴォーカルは咲姫に決まったわけだ。なんだかんだこれからも上手くやってけそうな気がするな。多分。よっしゃ!頑張るぞ俺!
翌日、キャンパス内の学生食堂。俺は咲姫を呼び出して真行と3人で昼食を取ることにした。ついでに咲姫を真行に紹介することにした。
「こっちは真行。俺の友達だ。」
「真行でぇす!よろしくっ!」
「ども、咲姫です。よろしくです!」
真行が小声で耳打ちしてきた。
「オイ、カワイイじゃんよ、この娘!?なんでお前なんかと…?」
「知るか!つーかカワイイのは外面だけで中身はちょっとな…」
「んなこと言って、お前本当はちょっと意識しちゃってんじゃねーの?」
「してねえよ!」
「な〜にヒソヒソ話してんの?」
「ああ?!いや、咲姫ちゃんってなんていうか、可愛くてオシャレだねぇって。」
「えっ!?そうかなぁ〜エヘヘ〜。もう解散してイイ?」
「アホか。」
俺は呆れた顔でラーメンをすすりながらサラダを食べている咲姫をチラ見した。赤みのかかった明るい髪をサイドテールでまとめ、服装も白黒ボーダーのシャツにジャケットを羽織り、やや短めのティアードスカートでお洒落にキメている。真行の言うとおり確かに可愛いが。
「それで今後のバンド活動はどうすんのギタリスト君?」
真行は他人丼の豚肉をつつきながら俺に振る。
「そうだな…ギターとヴォーカルだけじゃあ始まらないからなぁ。今出している募集のチラシを継続してもらって、なんとかベースとドラムを見つけるしかないな。」
「じゃあアタシそのチラシに“可愛いヴォーカルが加入しました”って付けておくね♪」
それは付けなくてイイ。
「ま、焦らず地道にやっていくさ。」
「頑張れよ、ギタリスト君?あと可愛いヴォーカルちゃん!」
「えへへぇ~…、もう解散でいいかなぁ、アタシ♥」
するなっつの!!てかメンバー捜すんだよ!!大丈夫かコイツ?
俺は期待に勝ってしまう不安に落ち着きがなくなってしまいそうだった。