1章:天真爛漫な声が歌になる瞬間 1
俺がギターを手に入れてから3日後の昼休み。昼食を食べに俺は真行と食堂に来ていた。どこの大学にもあるような普通の学生食堂だ。俺はお気に入りの味噌ラーメンプラスチャーシュー丼をオーダーして席に着く。真行は豚丼に豚汁をととんとテーブルに置く。おいおい真行、豚がカブってるよ…。ツッコミたい所を我慢している俺に、豚肉を頬張りながら真行が聞いてきた。
「ギター調子どうだ?なんか弾いてんの?」
「絶好調だ。前にやってた曲のスコアがあったから、今はそれやってる。でも、あくまで俺はオリジナルが演りたいんだよね。」
「ふ〜ん、で、お前曲作れんの?」
「…。」
「そっか作れないんだな。そんなんでオリジナルなんて出来んの?」
「そこは勉強してなんとかするよ。ちょっと自信ないけど…」
ズズ…とラーメンをすすりながら、誤魔化した。そうなんだよな〜俺作曲苦手なんだよな〜。う〜ん、勉強するって言ってもどうやっていいか分からんしな…。そんなことを考えてると、真行はさらに聞いてきた。
「メンバーの方はどうなった?誰か連絡来たか?」
「いや…まだ来てない。」
「いつ来んの?」
「それは分からない。」
「ホントに大丈夫か?お前。」
「…今に来るさ。」
はあ〜と溜め息を吐いてチャーシュー丼に手を付けようとすると、俺の後方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「そうなんだよね〜、もうアッタマ来ちゃってさ〜。」
振りかえると俺に背を向けて座っていたのは、先週俺とぶつかったあの女、そう、アイツだった。ヤロー、同じ学校だったのか!?奴は友人らしき女と3人で昼食を食べに来ていたのだ。背向かいに座ってる為、俺には気付いていない様子だったが会話がだだ漏れだった。
「しかも向こうはチャリだよ?!痛いのなんの…」
会話の内容からどうやら俺とぶつかったことを話しているらしい。
「ひどいよね〜後ろからなんて。」
「そのまま逃げられたんでしょ?スミマセンとか大丈夫?の一言もなしに。」
!?っ?
な、な、なんだって?!
違げぇ、違げぇーよ!
後ろからなんかじゃねぇっ!俺が狙ってぶつかったみてぇじゃねーか!しかも逃げてねぇ!俺って実は轢き逃げ犯なの?!
ふざけんなっ!あんのクソアマ〜!
「ん?鋭士、どうした?食欲ないのか?」
「いや、なんでもない。」
真行が頭に?を浮かべている。そしてさらに会話が聞こえてくる。
「そーいえば咲姫、さっきから誰にメールしてんの〜?彼氏?」
「はぁっ?!ないない、彼氏なんていないしぃ〜。まあいたとしても、ぶつかってきて逃げるようなヤツじゃないよ〜キャハハハ!」
「…このラーメンクソまじぃ〜、悪いけど真行、コレ全部やるよ。」
「はぁっ?!いきなり何言ってんのお前!全然食ってないじゃんかよ!具合でも悪いのか!?」
「まあそんなところだ。」
俺は席を立ち食堂の出口に向かう。そのとき俺のケータイが鳴った。見ると見たことないアドレスに、件名が“Vo.希望です。”。Vo.希望ですだと!?
「ふ、ふふふ…」
「鋭士?」
「刮目せよ真行!!応募が来たぜ!ざまぁみろ!あんな女ほっといて俺はバンドを成功させてやるぜ!!」
「ざまぁみろってお前…。それにあんな女ってなんの事だ?お前やっぱ具合が…。」
「あ、あぁ〜いや、なんでもない、なんともないよ〜俺わ〜。それよりメンバーだ。ヴォーカルだとよ!真行、席移動するぞ!来いっ!」
俺は食べ掛けの味噌ラーメンとチャーシュー丼を持って真行に席の移動を促した。あのクソ女が近くにいたらムナクソ悪いからな。
「何故席移動なんだ?意味分からんじゃんかよ!」
「いいからいいから、日当たりのいい窓側でラーメンを食べたくなったんだよ!旨いんだぜこの味噌ラーメン!」
「お前さっきクソまじぃ〜とか言ってなかったっけ?!」
「それは気のせいだ!!」
早速メールを開くと“はじめまして!メンバー募集の告知を拝見させて頂きましたVo.希望の19歳♀です!経験はそんなにありませんが、やる気はあります!よろしければ一度お会いしませんか?連絡お待ちしてます!”との内容。
「どんなだ?鋭士!?」
「ヴォーカルで女、19歳。経験はあまりないけどやる気はある。どう思う?」
「おおっ!!いいんじゃないの?特にヴォーカルで女ってとこが気に入った!しかも若いし!感じのイイ、カワイイ娘だったらいいな!」
「なんだよその下心バレバレのコメントは。」
「もし、お前が採用しないなら俺が遠慮なく頂くっ!」
なんの話をしてるんだよコイツは…。う〜んヴォーカルが女か…イマイチピンとこないな。でもヤル気があるみたいだから話を聞く価値はありそうだな、少々不安だが…。
「とりあえず会うだけ会ってみるよ。んで歌も聴いてみるさ。せっかく応募してきたんだからな。」
「ま、この流れならそれがいいかもな。なんつーか、鋭士らしいよその方が。」
真行の意見(主旨が違うが)を聞いたところで、ひとまず俺は彼女にメールでアポを取って面接する事にした。彼女からの返信メールによれば、明日夕方6時に近くのファストフード店で待ちあわせ。分かりやすいようにタイ付きのシャツにチュールスカートといった服装らしい。俺も目印としてギターを持って行くと伝えた。
そして翌日、プジョーを待ち合わせのファストフード店に停めた俺は、ギターを背負って店内に入った。時計は5時47分。ええと…まだ来てないみたいだな。
ぐるりと見てもそれらしき人物はいない様子だった。ひとまず俺は飲み物を頼んで着席する事にした。すぅ…、とコーラを一口、ケータイを取り出してメールのやりとりを確認していたその時、声が掛かった。
「すみません…。」
見るとタイ付きのシャツにチュールスカート、連絡通りの服装の女性が立っている。しかし俺はその顔を見て飲んでいたコーラでむせた。
「あ゛ーっっ!?」「あーっっ!?」
二人は同時に声を上げた。彼女も俺に面識があって当然だった。なぜなら今俺の目の前に現われた彼女、いやコイツは先週俺とぶつかって口論し、さらに昨日の段階までは俺を轢き逃げ扱いにしたて上げているといった、とにかく悪い関係で顔見知りなのだ。
「てめ〜よくもノコノコと…」
「ゴメンなさいっっ!!」
俺の文句の一言を遮る様に彼女は予想外の行動に出た。深々と頭を下げ、彼女は続けた。
「あ、あの時、アンタのチャリとぶつかったあの後、よく考えたら急に飛び出したアタシが悪かったんじゃないかって思ったの。それなのにアタシ、怪我してたアンタをひっぱたいてケンカしちゃって…だから、ホントにゴメンなさいっ!!」
そんな風に一生懸命謝られてしまった俺。でもあの時はスピードを出し過ぎていた俺にも非があったんだ。お互い様って事で俺も謝る事にした。
「いや、いいって!あん時は俺も悪かったよ。こっちこそ申し訳ない。頼むから頭上げてくれよ。」
彼女が顔を上げたところで、この際だからこの件をスッキリさせるべく、俺は昨日の食堂での会話について追及する。
「それはともかく轢き逃げってのはどういう事だ?それも後ろからって。」
「な、なんでそのコトを知ってるの?!超能力者?!」
「違げーよ、昨日学食で聞こえたんだよ、お前の会話が。」
「ウソ、同じ学校!?」
「ああ。どうやらそうらしいよ、奇遇にも。」
当然のリアクションだろうな、まさか会話が聞かれてたなんて思わんだろうしな。
「いや…その、轢き逃げってのは、友達が勝手に話を盛っちゃって、アタシも引っ込みつかなくて…ホントにホントにゴメンなさいっっ!!どうしよぅ〜。」
「じゃあ轢き逃げ犯が戻ってきてお前に謝ったって友達に言っといてくれ。これでこの件は終わりだ。」
まあ何となく理不尽だが、これ以上の面倒は御免だからな。だからこれで済むならそれでいいさ。
「…あ、アリガト、アンタいい奴なんだね。じゃあアタシはこれで…」
「おう、じゃあな…ってオイ?!帰ってんじゃねぇ!!」
当初の目的を忘れて帰ろうとする彼女を引き留めた。
「…ん、んん!改めて、ギターの鋭士だ。」
「アタシはヴォーカルの咲姫、ヨロシク瑛士!」
「ああ、とりあえず宜しくな。」
今思えばあのニアミスは偶然なんかじゃなくて、必然的に導かれたんじゃないかって…そんな風に俺は感じていた。しかし、この後俺は苦難の道のりを否応なく歩くハメになることを、この時には知る由もなかった。