8章:応えはあの時と同じよ!私は弾かないわ!
海辺への道路、私は車を走らせていた。目指しているのは造船所跡地。
(やっぱりアイツだったんだわ!)
見間違えでも幻なんかでもなかった。今更一体何故?
(お願い、無事でいて華音!)
私は混迷する中アクセルを床まで踏み付けた。
ここは人気のない寂しい海辺の造船所跡地。聞いた話によると、この場所は使われなくなってもう13年にもなるらしい。巷では心霊スポットとして有名であり、ひび割れた駐車場には伸び放題の雑草に、建物の壁は植物のツルが絡み付いていて、辺りには金属の錆びた臭いが立ち込めていた。
車を停めて建物に入る。立ち入り禁止の鎖は外されていた。
「…華音?どこにいるの?」
建物内は真っ暗だった。それも当然、電気が来ているはずもない。
暗闇の中、波が鉄骨に当たる音が不気味に響いていた。私はその音がする方へ足を向けた。
通路を抜けると開けた空間に出た。奥にはぼんやりとスロープが見え、上には吊り下げ式のクレーンがあった。目はだいぶ暗闇に慣れてきた。ここは建設ドッグだった。
ボウッ!
突然右から炎が上がった。誰かが火を点けたのだ。一斗缶に満たされたガソリンか何かが燃え上がり辺りを照らす。
「誰ッ!?私は一人で来たわ!隠れてないで出てきなさい!」
程なくして……
「久し振りだな。」
一人の男が柱の陰から姿を現した。黒のロングコートに、黒のレザーパンツにブーツといった全身黒ずくめの姿。その姿に映える黒みのかかった紅い髪。
「やっぱりあなただったのね。…コウ。」
彼は口元にニヤリと笑みを浮かべて無言で私を観察していた。
「華音は何処なのっ?」
「まあ、そんなに焦んなって。」
コウは指をパチンと鳴らすと、彼の後ろからもう一人、女が現われる。腕にはぐったりした女の娘…華音だ。
「華音っ!」
私が彼女に駆け寄ろうとしたが、後ろから手首を掴まれた。いつの間にか別の男が背後にいた。
「放して!華音っ!」
「だからそう焦るなって。」
コウが合図すると女は華音の頬を二回ピシャリと叩いた。
「う…ん……はっ!?…ここは?」
「華音っ!」
どうやら眠らされていたようで他に怪我などは無いようだったが、手首にはロープで堅く結ばれていた。
「お姉様っ!?これは一体?」
華音は状況がまるで飲み込めていない様子できょろきょろと辺りを見回していたが、すぐに暴れ出した。
「ちょっと!?なんなのコレ!?放しなさいよッ!!アタシを誰だと思ってんのッ!?」
ドスッ!!
「はうッ!?」
取り押さえていた女が彼女のみぞおちに一撃を入れた。
「やめてッ!彼女は関係ないわ!華音を放して!」
「それはお前次第だな。」
「かはっ!こほっ!お姉…様……。」
華音は結ばれた手で腹を抑えることも出来ずに苦悶の表情で私を見つめた。
「…何が目的なの?」
「本題に入ろうか。オレ達のライブハウスが今回ビッグな金を運べるルートを掴んだんだよ。」
「っ!?」
「驚くのは早いぜ?で、資金集めにライブ活動が必要なんだ。前のベーシストが突然消えちまってさ…この世から。」
コウは淡々と続ける。
「そこでお前の出番ってわけ。なぁに、悪いようにはしないぜ?ラ・モールは復活出来るし、ギャラもたんまり入る。お前にも10%はくれてやるよ。どうだ、悪くないだろ?また昔みたいに楽しく演ろうぜ?」
そこまで言うと彼はタバコに火を点ける。手の甲にチラリと死神のタトゥが見えた。
「断るわ。」
私はそれに憮然として応えた。
「ん…何だって?」
タバコを吹かしながら余裕な口調で彼は吐き出す。
「応えはあの時と同じよ!私は弾かないわ!」
私はコウを睨み付けながらはっきりと言い放った。ギリリと私の歯が軋むのを頭と耳で同時に感じた。
「くくく……。」
コウはそんな私を見て笑い出す。堪えたような笑いが私の勘に触った。
「何がおかしいの?」
「…いや、お前が…自分の立場が分かって無いことがな…。」
「?」
「断るなんて選択肢はねぇんだよ。」
「な!?」
コウがそう言った途端に後ろ首に鈍痛が走った。ガックリと膝を突いて私は前のめりに倒れてしまった。さらに脇腹に鋭い蹴りが入る。
「あ…ぐぅ……。」
「お姉様っ!!」
鈍痛に耐えながらも私はコウを睨み付けた。華音がそんな私を見て叫ぶ。
「お前はもうやるしかないんだぜ?」
倒れた私の前にコウは2つの携帯電話と写真を放った。
携帯は私と華音のもの。そして写真は…その4枚の写真に各々写っていたのは鋭士さん、咲姫、郁斗さん、そしてナオ君だった。
「これは!?」
「お前のお友達だろ?今頃何してるか気になるだろ?」
「まさかっ!?お、おのれぇッ!!…うぐっ!?」
私は怒りに任せてコウに食ってかかろうとしたが、立ち上がる前に後ろの男から足蹴にされてしまった。そして何度も踏み付けられる。
「おいおい、あんまりやり過ぎんなよシンバ。大事なベーシストなんだぜ?」
「私は…弾かない…わ…あうっ!!」
「やめてッ!!お姉様に乱暴しないでッ!!」
「そういえば、オレがお前の携帯でそのギタリスト君とメールをしてたんだよ。何か面白い内容だったぜ?お前んとこのドラム君はヴォーカルの女に夢中なんだとよ。それに鋭士君って言ったっけ?“那秧のことは気にするな。今日はパァッと飲もうぜ?”だってよ?オレ、笑いが止まらなかったんだぜ。お前みたいな女が恋なんかするんだなって。死神の名前も落ちぶれたもんだな。ま、その鋭士君とやらは今頃は血ヘドでも飲んでるだろうよ?」
「貴様ぁぁーッッ!!」
私はシンバを振り切ってコウに殴りかかった。許せなかった、私の大切な仲間を弄んだこの男を。
ぱしぃッ!!
しかし、足元がフラフラだった私の拳は呆気なく受け止められてしまった。
「おーこわっ!そんな気性じゃナオ君に嫌われんのも無理ないぜ?」
「!?……あっ……うっ!!」
コウにそう言われた途端に後ろからシンバの強烈な背負い投げを受けてしまった。さらに倒れた私の喉元を踏み付けられてしまう。
「うああああッッ!!」
「もうやめてッ!!アタシが…アタシが弾くからッ!!」
「うぐっ…華音、ダメよ…くうっ!」
あろうことか華音が私の代わりに名乗り出た。
「はぁ?オマエが弾くって?ベースを?」
「そ、そうよ!アタシがお姉様の代わりに弾くの!ベーシストが欲しいんでしょ!」
「くくくく、そういやオマエベースヴォーカルだったっけ?」
「そうよ!だからお姉様に乱暴しないでッ!」
「ダメ…あぅぅっ…華音っ!」
コウは華音に近付いて彼女の顎を持ち上げた。華音は涙目になっていたものの、鋭い視線でコウを刺した。
「フン、オマエみたいな下手クソベーシストなんかに用はねぇんだよ。ガキみたいな面しやがって、化粧の仕方でも勉強してろ、このブサイクが!」
ドスッ!!
「あふッ!?」
コウのレザーブーツの先端で蹴り飛ばされた華音の小さな身体は、もんどり打ってコロコロと転がった。
「華音……くッ……」
「どうだ?やる気になったか?わかってくれよ、手荒な事はしたくないんだぜ?」
「………する……」
「何だって?聞こえねぇな?」
「……を、する……」
「ああ?」
「華音を、侮辱するなぁぁぁッッッ!!!!」
「う!?」
私はシンバの足を掴み下から股間を蹴り上げた。奴はたまらず倒れ込む。
「華音っ!」
ようやく開放された私は、横たわっていた華音の元へ駆け寄った。
「お姉様!」
「華音、逃げるわよ。走れる?」
小声で耳打ちする。
「はい、お姉様。」
「チッ、油断しやがって!ツキナっ!」
ツキナと呼ばれたその女が懐から拳銃を取り出すより早く、私は燃え盛る一斗缶を蹴飛ばした。中身のガソリンがブチ撒けて目前に炎の壁が出来る。
「今よ、華音!走りなさいっ!」
「はいっ!お姉様!」
私は華音の手を引きながら走って出口に向かった。今は逃げるしかない。それに鋭士さん達の身が危ない。もしかしたら……。
…いや大丈夫よ、きっと。私は信じるしかない。
私はそのまま華音を車に乗せて造船所跡地を後にした。
「チッ!…逃がしたか。」
タバコに火を点けたコウは、転げた一斗缶を苛立たしく蹴飛ばす。
「…あの女、よくもわたしの髪を……。許さない…。」
ツキナは焦げた髪を引き千切って、懐に入れていた帆乃風の写真を燻った炎の中に放り込んだ。
「くくく、逃げられると思うなよ、帆乃風。」
そしてコウは焼け焦げた写真を踏み付けた。
☆☆☆
車を停めて私は華音の両手のロープを解いてあげた。
「華音、怪我は?大丈夫?」
「アタシは大丈夫ですよ、お姉様こそ大丈夫ですか?」
身体に受けた鈍痛が響くのか、痛々しい笑顔を見せる華音。
「私は…私は大丈夫よ。こうみえても鍛えているから。」
「さっすがお姉様です!それよりも何なのアイツら?いきなり人さらっといてベースを弾けって、一体何様のつもり!?お姉様を傷みつけた代償は高くつく事を思い知らせてやらなきゃアタシの気が済まないよっ!」
「ありがとう、華音。けれど、ここから先は私に関わらないで。」
「え?」
「華音…もういいの。二度と私に構わないで。」
「どうして…、どうしてですか!?お姉様!」
「もうあなたと一緒にいることは出来ないの。」
「そんな!お姉様は一緒にいていいって言ったじゃないですか!」
「さっきの件でよく分かったでしょ?あなたをこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないわ。お願いだから言うことを聞いて。」
「アタシは大丈夫ですから!アタシお姉様と離れたくないです!一緒にいたいんです!どんなことがあっても、そばにいたいんです!そして、アタシも憧れのお姉様みたいになりたいんです!」
「華音、あなたそれ…本気で言ってるの?」
「えっ?」
私はエンジンを止めた。そして続ける。
「過去の過ちに決着もつけられずに、愛する人にも振り向いてもらえずに、ただその日その日を孤独に生きている……」
「お姉様?」
「そんな様に、そんな私の様に……、あなたはなりたいのッッ!?」
「っ!?」
私の怒声が華音の全身を震わせた。つい自分が何を言ったのか分からなかった。直後に急静寂がこの場の空気を凍り付かせた。
「はっ!?」
「ご、ゴメンなさい…アタシ、勝手なことばかりで……」
私は我に戻ったが、華音はその場から逃げるように車を出ていった。
☆☆☆
何故なんだろう?彼女は自分から出て行ったから私の望みどおりになったはず。なのに何故私は彼女を探しているんだろう?
あれからまだ数分しか経っていない。ひょっとしたらまだ近くにいるのかもしれない。私は辺りをくまなく探す。
幸いなことに近くの公園の噴水のたもとに彼女…華音はちょこんと座っていた。俯いていたので私が正面から近付いても気付いていない様子だった。
「お姉様…。」
華音は泣きそうな声で呟いていた。
「なぁに?」
私はそれに応えた。
「お姉様!?」
彼女は驚いて目を丸く見開いて顔を上げる。
「お姉様、どうして…?」
「コレ、渡すの忘れていたわ。」
ポケットから彼女のシュシュを取り出す。それを、彼女の髪を束ねて留めてあげた。
「あ、ありがと…お姉様。」
驚きながら顔をほんのりと朱色に染める華音。
そんな彼女の隣りに私は腰掛けた。
「さっきは…その……ゴメンね…。」
「いいんです…。アタシ、お姉様の気持ちを考えないで勝手ばっか言って…アタシこそごめんなさい。」
「華音、私は、本当はあなたに一緒にいてほしいの。さっきはあんなこと言ったけど、一緒にいたいって言ってくれて本当は凄く嬉しかったわ。」
「お…姉様。」
「でも、でもね、それ以上に私はあなたを危険な目に合わせたくないの。それだけはわかってほしいの。」
「はい…お姉様。」
「それと、もう一つ…。」
「…?」
「たとえどんなことがあっても、私の心はいつも貴方と一緒にいるわ…。」
「心?」
「そうよ。忘れないで。」
「はい、お姉様!」
華音はがばっと私に抱き付いてしがみついた。そんな彼女の頭を私は優しく撫でてあげた。
☆☆☆
私と華音はひとまず自宅に戻ることにした。しかし、マンションの入口前で発見した破壊されたバイクと血痕が戦慄の予感を生み出す。
「まさか、ここにも!?」
私は華音の手を引き自分の部屋を目指す。とりあえず部屋にはしっかり鍵が掛かっていたので安堵の息を漏らした。
部屋に入ると華音をベッドに寝かせて、皆に連絡を取ってみる。
〔お掛けになった電話は、電波の届かない所か、電源が入っておりません…〕
鋭士さんと咲姫はつながらないようだった。
郁斗さんも同様だった。どうしよう…。ナオ君に連絡するのはちょっと気まずいかな。でも今はそんな事言ってられないよね…頑張れ私!
意を決してナオ君に発信しようと親指に力を入れようとしたその時だった。
♪〜♪♪〜
「わっ!?」
突如鳴り出すケータイ。相手は…ナオ君!?しかも着信キー押しちゃってるし!
「も、もしもし?」
〔あっ!やっと出てくれました!帆乃風さん、今何処にいるんですか?〕
「じ、自宅よ。」
〔今は無事ですか?何か変わったことがありませんでしたか?〕
やはりナオ君もラ・モールの連中に…。
「ご、ごめんね…私のせいで……。」
〔事情はよくわからないですけど、実は僕今、下にいるんです。えと、その…会ってくれませんか?〕
「え!?で、でも…私……」
「お姉様、ナオちんでしょ?アタシはここにいるから大丈夫ですよ!」
華音が応えてくれた。それに私は頷く。
「わかったわ、今下りるからそこで待ってて。」
〔分かりました。〕
電話を切る。
「私、ナオ君に会ってくるね。ここにいれば安全だから、ゆっくり休んでいて。」
「ハイ、お姉様!」
私は華音にそれだけ告げて部屋を出た。
エレベーターを下りて、玄関を出た先にナオ君は一人でいた。
「帆乃風さん…。」
「………。」
いざ、ナオ君の顔を見ると言葉が何も出てこなくなってしまう私。どうしたらいいか分からないわ。
「実は僕、さっきまで鋭士さんと一緒だったんです。」
「え?」
「そしたら、バイクに乗った奴等にいきなり襲われました。」
「え、鋭士さんは?」
「大丈夫です。僕と二人でそいつ等をやっつけて、咲姫さんの所へ向かいました。」
「そう、無事ならいいけど…。」
「さっきからの帆乃風さんの言い方だと、何か事情を知っていますね?僕に話してくれませんか?」
「うん……っ!?」
その時私が目にしたのは約120メートル先の駐車場に停まった一台のワゴン車だった。奴等だ。
「ナオ君、話は後よ!」
「そのようですね!」
しかしどうやって逃げるか?私の車は駐車場だし、もはや歩くしか…。
ドゥルルン!!
「乗って下さい!」
なんとナオ君はそこに転がっていた一台のバイクを立ててエンジンを吹かした。泥除けやライトの一部が破損していたが走る分には問題なさそうだった。が、
「運転出来るの?ナオ君?」
「中免持ってますから!さあ、早く!!」
「うん!」
私は後部座席に飛び乗ってナオ君にしがみついた。
「いきますよ!しっかり掴まって下さい!」
ドゥルルルルルッッ!!
二人を乗せたバイクは急発進で夜の闇に消えた。




