8章:結構前々から溜め込んでいたもんね。わかるよ、その気持ち。
季節は5月の大型連休。アタシ達は今回この連休を利用して“ゆるゆらら湯ゆとろ”に来ていた。そう以前みんなで泊まったあの温泉旅館だ。
残念なことに今回は郁斗だけが仕事の都合で来れないと言ってて、仕方なくSHINEのメンバー4人で泊まることになった。そうだよね、郁斗は美容師でサービス業だからこの連休は稼ぎ時だもんね。ま、郁斗の分はアタシが食べて、飲んで、満喫してあげるから、感謝しなさいって感じ?
それにしても昼間っからこんな温泉に浸かれるなんて、アタシ幸せだよね!
「はぁ〜極楽極楽♥」
浴槽で両手を広げて脚をピンと伸ばす。これが気持ちいいのよね♪御満悦な表情で湯に浸かるアタシ。しかし…
「はうっ!?」
痛い、痛い、痛ったぁ〜い!!脚を伸ばし過ぎてつってしまった。余りの痛さにバシャバシャと湯飛沫をあげてしまう。
「何してるの咲姫?新手のトレーニング?」
そこへ帆乃風が現れる。
「違っ!あ、脚がつっちゃって…」
「もう咲姫ったら…ちょっといい?」
帆乃風はそう言いながらアタシの右ふくらはぎをマッサージする。
「あ、ありがと。」
「いいのよ、気にしないで。」
ちょっと悪戯っぽい顔をしながら帆乃風はアタシに笑みを見せた。情けないなアタシ。それも冒頭からいきなり。
それはそうと帆乃風…なんかまた胸が大きくなってない?いいなあ〜、羨ましいよ。アタシは彼女がアタシの脚をマッサージしている隙をついて彼女のその膨らみを軽く揉んでみる。や、柔らかっ!?
「あっ!?ちょっ!?何処触ってるの!?」
「アタシもマッサージよ?」
「わ、私はいらないからッ!!」
アタシのマッサージから逃れるように帆乃風は後ずさった。別に触ったって良いでしょ?女同士だし、減るもんじゃないし!
「いいなぁ〜帆乃風の胸は…。」
「な!?何言ってるの!?…さ、咲姫だっていいじゃない。」
どこが!?アタシなんて…。
自分の胸と帆乃風のを見比べてみる。…アタシ、言葉が出ないよ…。
「恥ずかしいからあんまりみないでッ!」
帆乃風は手で胸を隠してしまった。隠しきれてないのがなんかムカつく。
「ハイハイ。」
はぁ〜、気を取り直して…アタシは咲姫。前回のお話が大好評だったから、またまた登場しちゃいました!もはやこうなったらアタシが主役でいいよね!えっ?鋭士?……アイツ主役っぽくないし、アタシが思うには作者がキャスティング間違ったとしか考えられないのよね。今からでも遅くないからアタシを主人公にしてねっ♪その方が絶対面白いって!
んで、そっちにいるのが帆乃風。……だよね?やっぱそう思うでしょ?絶対大きくなってるよね、胸。………ちょっと、アタシと比べないでよねッ!今にアタシもおっきくなってやるんだからッ!
「それで、話ってなに?」
アタシはここに来る前に帆乃風から一つ話があるから聞いて欲しいと言われていた。その時は彼女は渋って話さなかったが、とりあえず今は二人っきりだし、身も裸だから心も裸になって話しやすいんじゃないかなってことで、アタシは敢えて切り出した。
「…うん、あのね、その……恋愛相談!」
うっそ!?まじ?
にやり。
「いやぁ〜、うん、うん!いいと思うよ〜!アタシは凄くいいと思うよ!」
アタシは帆乃風の背中を水飛沫を上げながらバシャバシャ叩く。
「私まだ何も言ってないんだけど…?」
そんなアタシを不思議そうに見る帆乃風。
「いいって、いいって♪何も言わなくって!アタシには全部お見通しよ!今日の夜、アタシ部屋を空けといてアゲるからっ!…そのかわりにテキーラで手を打ったげるっ!」
むふふぅ〜、とか言って、覗き見確定ね!テキーラ片手に♪
「ちょっと咲姫!?真面目に聞いてないわね!」
顔を真っ赤にしながら帆乃風は訝しげにアタシを睨む。
「ゴメンゴメン!で、恋愛相談って?ナオのこと?」
「…うん。」
帆乃風は俯きがちに頷く。そして、すぐさま顔を上げる。
「私、私は今日、ナオ君に告白したい!…の。」
あ、まだ言ってなかったもんね。そっか。
「本当はライブが終わってすぐにしようと思ってたんだけど、どうしても一歩が踏み出せなくて…。」
「結構前々から溜め込んでいたもんね。わかるよ、その気持ち。」
帆乃風は恥ずかしそうに顔を顎まで湯につける。
「だけど今日こそ…、今日こそは告白したいわ。だけど、何て言えばいいか、分からなくて。」
「そりゃあ、一言“好きです”でいいと思うよ!大丈夫だって!ナオいいヤツだし、きっと上手くいくよ!」
アタシがそう言うと、帆乃風の顔が明るく、そして綺麗な桜色に染まる。
「ありがとう咲姫。私、頑張るわ!」
「アタシ応援してるよ!帆乃風のこと!」
両手をきゅっと握り、帆乃風はコクリと頷く。
そっかぁ、告白かぁ…。アタシもしようかなぁ…?
アタシは揺らぐ気持ちを落ち着かせる為に、もう少しだけ湯に浸かることにした。
本当は…、本当はね、帆乃風のこと応援するって言ったけど、何となく自分自身に言ったような感じなんだ。アタシもなかなか一歩が踏み出せなくって…。でも頑張らなきゃだよね。
夕食は4人揃ってホテル内の料亭でとることにした。今回は鍋物を中心としたコース料理で和洋中と色々と美味しく食べられそうだったけど、さっきの帆乃風の相談を受けてからアタシは未だに揺らいでいた。
「旨い!やっぱ刺身はサーモンだよな!脂ものってるし、最高だぜ!」
「そうですね!こっちの中トロも美味しいですよ!」
目の前の料理にやいのやいのと歓喜する鋭士とナオに対して、思い詰めた表情の帆乃風と浮かない顔のアタシ。ま、マズい、これだと2人が不審がっちゃう!とりあえずお酒、お酒…。
アタシはそばに置いてあった日本酒をおちょこに入れてチビっと煽る。日本酒なんか初めて飲んだけど、それが以外と美味しかった。
「あれ?咲姫、お前日本酒飲めたっけ?」
「の…める。」
アタシは鋭士から目を逸らしてもう一杯、それを煽る。
「お前、まさか……そうか!日本酒の旨さにやっと気付いたんだな!そうだろそうだろ、日本酒ってのは上品な人間が飲む物なんだ。ちなみに下品な人間はテキーラを好むらしいぞ?」
冗談めかして語る鋭士にアタシは、
「そう、ね…。」
と、応えることしか出来なかった。ヤバい、ダメだ。今すぐここから逃げ出したい。今アタシめっちゃ顔赤いんだろうなぁ。
「お前、熱でもあるのか?なんか変だぞさっきから。」
訝しげに鋭士がアタシを見つめる。アタシは慌てて目を逸らした。
「帆乃風さん、大丈夫ですか?具合悪いんですか?」
そのタイミングでナオが帆乃風を見てそう言った。彼女は何処となく緊張した面持ちで下唇をぎゅっと噛み締めていた。
「ご、ごめんなさい、ちょっと具合が悪くて…ふふ、焼酎って以外とキツいわ。私は部屋で休むから気にしないで。」
そう言って帆乃風は席を立った。そこには焼酎のビンが3本、空になって残されていた。
「あ、アタシも一緒に行くね!」
「あっ、オイ!?」
「すぐ戻るからっ!」
アタシは部屋に向かった帆乃風を追った。
料亭を出てすぐの通路で帆乃風の後ろ姿を捉えた。
「待って!」
「咲姫!?」
驚いて振り向く彼女。
「大丈夫?」
「わ、私は大丈夫よ。」
「わかってる。アタシが言ってるのはそっちの大丈夫じゃないの。」
「えっ!?」
さらに驚く彼女。アタシには分かっていた、具合なんか悪くないことが。
「ナオと顔合わせたら緊張しちゃったんでしょ?んで一旦部屋に戻って心の準備をしたいってとこかな?」
「ふぅ…、咲姫には敵わないわ。」
溜息混じりに帆乃風は安堵した。
「でも何故あなたまで食事の席を抜け出したの?」
げッ!?そこは突かれたくないんだけど…。
「そりゃあ…アンタを心配して…アタシすぐ戻るし!」
とりあえず誤魔化す。
「ふふ、ありがとね咲姫。私、あなたに助けられてばっかりね。大丈夫よ、何だか自信が出てきたわ!」
「そっか、頑張ってね!」
「じゃあ私、部屋で気持ちの整理をするわ。」
帆乃風はアタシと別れて部屋へと戻った。
いいなぁ、帆乃風は。恋する乙女モードって感じが羨ましいよ。それに比べてアタシは情けないな。
通路の曲がり角に消えた帆乃風を見送って、アタシは料亭に戻った。
しかし、それからは結局鋭士やナオとまともな話も出来ずに食事を終えた。
アタシは夜風に当たりにぶらりと中庭の散歩道に出た。少し歩いてからベンチに座る。
「はぁ…どうしちゃったんだろ?今日のアタシ絶対変だ。」
額に手を宛てて自己嫌悪に陥る。ズキズキと痛む胸。
鋭士はアタシのことどう思ってるんだろ?やっぱ只のバンド仲間としか見られてないのかな?実は他に好きな人がいて、アタシのことなんて眼中にないのかもしれない…。でも、アタシは…それでもアタシ…鋭士の事が………。苦しい、苦しいよ…。言わなきゃ…、伝えなきゃ、アタシの気持ちを。
ザッ、ザッ…
誰か来る。
あれは……ナオっ!?
アタシはついつい木の陰に隠れてしまった。
だって、こんなところに一人でいるところなんか見られたくなかったから。……こんなところっていうと、ナオは一人で何しに来たんだろ?
アタシはそ〜っと様子を見てみる。
どうやらボクシングの練習みたいなことをしているようだ。右に左に体を動かしてはパンチを出している。ナオは一生懸命だよね。
そんなナオを見ていたら何だか元気がでてきた。今日これから鋭士に告白しちゃおうかな?
このあと、隠れるのをやめて木の陰から出ようとしたが、アタシはとある理由から出るに出られなくなってしまう。
そしてその場で驚愕の出来事が起こったのはそれからすぐのことだった。




