序章:冷めた男が目覚める瞬間 3
キャンパス内は賑わっていた。普段は何の色気も無いはずのエントランスに露店が建ち並び、まさに学園祭に相応しい活気に満ちあふれている。余所から来た一般の人も少なくなく、それぞれ楽しんで学園祭を満喫している様子だった。その様子とは裏腹に俺の気分はあまりよろしくない。それもそのはず、さっきのくだらないイベントのせいで楽しい気分になれるかってんだ!出来の悪い映画じゃあるまいし。あのシーンは全カットだね。ディレクターズカット版すらありえん!あ〜あ、さっさと仕事終わらせてチョコバナナくわえながら帰りたいわ…。
結局俺は冷めていた。
俺は自分のサークルの自転車愛好会通称“チャリ部”のブースに着くと、メカニックに曲がったプジョーのフレームを修整を依頼する事にした。自転車愛好会の活動はさほど目立つものではなく、むしろ地味だ。活動内容は、MTBやクロスバイクで遠征するツーリング班、同じくMTB、あるいはロードレーサーで競技するレース班。各マシンを整備するメカニック班。基本的に表向きな活動ではなく、とにかくそれぞれが自転車で思い思いの活動を楽しむサークルだ。俺はツーリング班に所属していて、遠方へのツーリングを楽しんでいる。なぜレース班じゃないかって?それは俺の性に合わないからだ。まあ、性格上争い事、勝負事は自らあまり好まない。つまりはそういう事。気楽に風を切って走るのが楽しいし、俺らしいんだよな。
「おっいたいた、さっき派手に転んじゃってさ…フレームの修整頼むよ。」
「珍しいね〜えいちゃんが転ぶなんて。何かあったの?怪我しなかった?」
俺はメカニック担当の女性に声を掛けた。ああ、一応紹介しとくよ、彼女の名前は舞。自転車愛好会メカニック班の2年生で、高校生の時からの知り合い、ま、腐れ縁ってところだ。ちょっと天然入っていて整備の腕はそこそこ。まあ、それなりに信頼出来る技術を持っている。だから愛車の整備はよく彼女にやってもらっている。
「何にもないよ、ただ転んだだけ。怪我も大した事ないしな。」
ぶっきらぼうに応える。
「ふぅん、えいちゃんはよくスピード出すから、誰かにぶつかったりしないように気をつけないとね〜。」
いや、もうぶつかったんだが…返す言葉が見つからないっす。
「ああ、そうだな。気をつけるよ。」
そう言うのがやっとだった。喋りながらも舞はすでに前輪を外していて、フォークの歪みの測定にかかる。
「1.5cmもズレてるじゃない!?これはスピードの出し過ぎだね!えいちゃんの自業自得だよ〜。」
「違う!!あの女が飛び出…ゴホンゴホン!」
危うくトゥルーを漏らすとこだった!
「直りそうか?」
「大丈夫!このくらいならワケないよ〜。」
そう言って舞はベンダー(フレーム修整工具)で修整にかかる。
「そっか。さすがだな、助かるぜ。」
「そうだ!えいちゃん、仕事終わったら一緒に学祭見て回らない?私、軽音部のライブが見たいんだ〜。」
舞はグリースを挿しながらそう言って笑顔をみせた。
まぁどうせ暇だし軽音部のライブくらいなら見てもいいか。せっかくの学祭だからな。
「わかった。じゃあ終わったら行って見ようぜ、軽音部のライブ。」
「やったぁ〜!えいちゃんと学祭デート、楽しみだなぁ〜むふふ〜。」
オイ、お前が楽しみなのはライブだろ!学祭デートって…全く!
心の中で俺はそうツッ込んだ。
「はいっ!完成っ!工賃はチョコバナナでお願いしまっす♥」
「はいはい、サンキューな」
そういうところはしっかりしてんのな、コイツ。