6章:青息吐息なる舞台に上がる瞬間 2
「気分転換?」
「そう、鋭士さんも咲姫ももうすぐ春休みが終わるでしょ?だから泊まりがけでドライブに行こうかなと思って…」
「郁斗と那秧は?」
「郁斗さんは休みがあるから大丈夫って。な、ナオ君も是非って…言ってたから。」
大学の春休みも最後の週になって、俺は自宅で電話を受けていた。かけてきたのは珍しく帆乃風。最近何かこの娘積極的なんだよな。…リーダーだからか?
「分かった、咲姫には連絡しておくよ。で、車は…帆乃風のインプで行くのか?」
「そうよ。」
マジっすか。俺あの車トラウマなんだよな。まあ一度乗ってみ?俺の気持ちが分かると思うよ?
「大丈夫よ、今回はビニール袋を多めに用意するから。」
そういう問題じゃねぇ!ビニール袋がいらないECOな運転をお願いしますよ帆乃風さん?
「分かった。じゃあ何かあったらまた連絡するわ。」
「ええ、じゃあまたね。」
切った電話をテーブルに置いて溜息をつく俺。でもここんところチケット売りと練習ばっかだったから気分転換も悪くないな。ただ、インプちゃんがちょっとネックだが(笑)
気を取り直して俺は咲姫に連絡をする。
「はーい、もしもし!シーフードピザ一つとフライドポテトで。あとはペプシをダブルで待ってるよ♪」
なんなんだこの電話の受け方。いつから俺はピザ屋になったんだ?そしてペプシをダブルの意味が全く分からん。とりあえず俺は電話を切った。
ヴーッ、ヴッヴッヴッ、ヴーッ…
「あいにくだがシーフードピザもフライドポテトもペプシのダブルもないぞ?」
「もう、冗談っだってば!鋭士はジョークが通じないんだからッ!」
「まるでジョークに聞こえねーよ、お前の場合。」
「で、何か用?」
「さっき帆乃風から連絡があって、気分転換にドライブに行かないかって、泊まりがけで。」
「行く、行く!行っく!行くッ!!」
うるっせぇ!声デカ過ぎだっつーの!
俺はケータイの通話音量を下げた。
「アタシも最近はチケット売りの少女してて気分転換したかったんだよね!」
何がチケット売りの少女だよ?一番売ってないくせに。まさか燃やして暖をとったんじゃねぇだろうな?
「郁斗と那秧も来るらしいから、宜しくな。」
「分かった!楽しみにしてるね!」
「ああ。じゃあまたな。」
さてと、帆乃風にメールして今日は一曲弾いて寝るか。
2日後、現時刻am8:04、快晴。俺達は南へ向かって車を走らせていた。
「あぁ〜アタシの恋は〜南へ〜向かって飛んで逝く〜よ〜♪」
後部座席の真ん中でご機嫌な咲姫。歌うのは構わんが正直変な振り付けがウザい。
「おっCawaii娘!春はまさに恋の始まりの季節だねぇ。」
相変わらずチャラい郁斗。そして意味不明な振り付けはしないでくれ、キミも。
俺はそんなウザさ全開の後部座席の右側で窓を開けてぼんやり外を眺めていた。このウザさはある意味罰ゲーム級だよ全く。
今日のドライバーは帆乃風。助手席が那秧。後ろが俺と郁斗と咲姫。那秧は身体が大きいから後ろだと狭っ苦しくなる理由で助手席に座った。帆乃風にとってはきっと嬉しいんだろうけど、緊張してるのかさっきから二人とも一言も喋らない。
「な、ナオ君は、春は好き?」
と思ってたら彼女は切り出した。
「え?僕は好きですよ!暑くもないし寒くもないし、いい季節ですよね!」
「わ、わ、私、私も大好きよ!!」
声がデカいよ。そして今、好きの意味を絶対勘違いしてると思うよ、帆乃風さん?
すぐ後ろに座ってる俺から見て彼女の耳が真っ赤になっているのがすぐに分かった。
「それにしても凄い車ですね!僕映画でこういうの見た事ありますよ!空とか飛んじゃったりして。」
「と、飛んでみる!?」
いや、さすがに飛びはしないだろ!…いや、飛ぶのか?マジで。
「で、ノッカ、これは何処に向かっているの?」
「桜が咲いている臨海公園よ。ちょうど桜前線のぶつかるところに向かっているわ。」
「アタシの恋は〜桜のように〜風に吹かれて〜咲き誇る〜♪」
「散るの間違いだろ?」
ドスッ!
「ほぶッ?!」
咲姫の肘打ちがまともに俺のみぞおちに決まった。油断したぜ!駄目だ、俺はもう大人しくしてよう。
「エー坊、あんまり暴れると危ないよ?」
「ガハッ!ゴホッ!…へいへい。」
だから、俺じゃねぇからな今のは。
「桜かぁ。僕はここ何年もまともに見た事ないですよ!綺麗に咲いているといいですね!」
「き、綺麗ッ!?そ、そうかなぁ〜。私なんてそうでもないけど…」
「えっ?!何か言いました?」
だから間違ってますよ帆乃風さん?
「桜の華も綺麗だけど、それに負けないくらいサッキーも綺麗だよ?」
「アタシは早くテキーラが飲みたいな♪」
郁斗、合掌…再び。
俺達はしばらく走ってから量販店で食料や雑貨を購入して、桜の咲いている臨海公園に到着した。時計を見ると12時を過ぎようとしていた。天気は相変わらず快晴で気温は20℃前後といったところか。この季節にしては暖かい方だ。公園は多くの人で賑わっていて酒盛りをしているグループも見受けられた。桜もほぼ満開で薄ピンク色の花びらがヒラリヒラリと風に揺れ、なんとも風流な光景が眼下に広がっている。
「この辺にしようか?」
「そうだな、ちょうど良い場所だよな。」
郁斗が示したのは小高い丘の上。桜の木もすぐ隣にあって場所的にも悪くない。俺と那秧で茣蓙を敷き、火を起こす。郁斗と咲姫と帆乃風は食事の準備に取り掛かった。
「何か小学校の炊事遠足を思い出しますね!」
那秧は炭火のコンロを組立て俺は木炭を敷き詰める。
「芯のあるご飯に水っぽいカレーか?」
「僕は焦げたご飯に肉無しのカレーでした。」
「ははっ、色んなパターンがあるんだな!」
今日は出来上がりのご飯と焼肉だから大丈夫だろ。
「火ぃできた?こっちはいつでもイケるよ♪」
「よっしゃ、いいぞ!どんどん焼いてくれ。」
「まずは牛カルビから♥」
「私はイベリコ豚から♪」
「じゃあオレはラムチョップで。」
3人は次々と手際よく肉を焼いていく。辺りには香ばしい香りが漂い始めた。
「那秧、コレを帆乃風に。」
俺はウーロン茶の入った紙コップを那秧に渡した。
「これは?」
「あの娘は今日ドライバーだからな。ウーロン茶で我慢してもらってくれ。」
「そうですね、分かりました。」
那秧はそれを持って帆乃風に渡した。途端に彼女の可憐な顔が周りの桜よりも濃い色に染まる。
「あ、ありがとうナオ君。」
「今回はお酒飲めなくても気にしないでください!僕もウーロン茶ですから!」
「な、ナオ君も気にしないでね!?私今日車だからっ!」
「あはは、知ってますよ!」
ハハハ、帆乃風は相変わらずだよ。その様子を見てニヤニヤしながら俺は郁斗と咲姫の酒を注ぐ。ええと郁斗はビールで、咲姫はまたしてもテキーラか…、よくこんなもん好んで飲めるよな。俺はそれぞれを渡して日本酒を注いで乾杯をするべく、みんなのいるコンロに寄った。
「それじゃあ乾杯しようか!」
郁斗が先陣をとって切り出す。
「何に乾杯すんの?」
咲姫が訝しげな視線で郁斗を刺す。
「俺の瞳に映るキミに。」
「咲姫、ライブ出場記念でいいんじゃない?」
「うん、それがイイ!」
うおッ?!まさかの帆乃風が咲姫とデュアルスルー!?今のはレアなシーンだぜ?…てか郁斗、乾杯の時は大人しくしておこうな?
「それじゃあ、アタシの…ん、ん、アタシ達のライブ出場記念に♪」
『かんぱぁい!!』
しかし、那秧じゃないが桜を見ながら酒が飲めるなんて思ってもなかったな。今日は天気もいいし、肉をつまみながら日本酒を煽るのも榲なもんだよ。ちょっとオヤジ臭いが。
「ちょっと帆乃風!ウーロン茶なんかやめてこっち飲みなさいよ!!」
「ダメよ、私ドライバーだから!」
咲姫はシラフの帆乃風の前に波々に入ったテキーラを出す。オイオイ、無茶言うなよ。
「僕が帆乃風さんの代わりに飲みます!」
「オイ、那秧よせって!」
「よっしゃ、ナオッ!それでこそ漢だぁ!いっちゃえぇい!アタシが許す♪」
ゴンッ!
「許すなッ!」
俺は那秧を煽る咲姫にグーで叩いた。
「いったぁ〜い!?鋭士が殴ったぁ〜!」
「鋭士さん、そこまでしなくても…」
「あのな、お前は未成年なんだぞ?いつもは我慢してんのに何故飲もうとした!?」
「いや、それは…その…咲姫さん一人だけ酔ってるのも寂しいかなって、そう思って。…郁斗さんも鋭士さんもあまり酔ってないみたいだし。」
「さっすがナオッ!アタシの乙女心がよぉく分かってるッ!!」
「オマエは黙ってろ!」
「それに僕今年20歳だからちょっとフライングで。」
「誕生日いつなんだ?」
「8月です。」
「まだまだじゃねーか!?」
真顔でそう言った那秧に素でツっ込んでしまった。
「あの…私はナオ君とだったら一緒に酔いたいかな。」
帆乃風…当初の話から若干ズレてるぞ?俺達のやりとり見てなかったのか?つーか運転手さん?
「とにかく那秧は誕生日過ぎたら、そん時はテキーラでもウォッカでも好きなもん飲めばいいさ。だけどそれまでは駄目だ!大体咲姫とそういう約束してただろ?」
「あ、そうでしたね。エヘヘ。」
「ちっ、鋭士はうるさい先生みたいだよ!」
咲姫は俺を睨んで口を尖らせた。
なんだよ、その顔は?俺は間違ったことは言ってねぇぞ?
「ようし、そんなに言うんなら俺が飲んでやるよ!ソレよこせ。」
「えっ?!ちょっと!?鋭士?!」
俺は咲姫からテキーラを強引に奪い取って喉へ一気に流し込む。見ていた三人は驚愕の表情で慌てふためいていたが、そんなん知るかッ!!
「ぷぅーッ。どーよ咲姫?こんな酒で俺が酔うと思ったら大間違いだぜ?」
いや、正直キツいけどな。喉が焼け付くようだ。つーか何で俺、こんな事で熱くなってんだ?
「くッ!え、鋭士のくせに生意気な〜!その言い草だとアタシのテキーラをバカにしてんのね!?」
「所詮ついこの間20歳になったばかりのお嬢さんにはテキーラの味なんざ分かる訳ねぇんだよ!甘酒でも飲んでろってんだ!」
焼き鳥を一串つまんで吐き捨てる。
「ア、アタシを侮辱したなぁ〜!許さんッ、勝負よ鋭士ッ!!」
「ふん、いつぞやのインチキミニゲームか?」
「タイマンよ!」
咲姫はそう言うや否や、いきなり俺を殴ってきた。
「ぶひゃッ?!」
咲姫の小柄な身体から出された右ストレートが、綺麗に俺の顔面に吸い込まれた。俺は焼き鳥をくわえたまま大の字で倒れ込んでしまった。
「ナオ直伝の右ストレートよ!エヘヘ、だっい勝利♪」
「ざっけんなテメー!!」
俺は咲姫に反撃しようと食ってかかろうとしたが、那秧と帆乃風に押さえられてしまう。
「鋭士さん駄目ですよ!落ち着いてください!」
「放せッ、那秧ッ!帆乃風ッ!あの女マジで許さんッ!」
「私、今日の夜味噌ラーメン奢るから!チャーシューも付けるわ!」
帆乃風がそう言った途端に俺の振り上げていた拳からヘナヘナと力が抜けて、ゆっくり下へと降ろされる。
「よかろう、許すッ!!」
「アンタ、単純…。」
違げぇよ、咲姫みたいなヤツを殴るより、味噌ラーメンにチャーシューのせて食う事の方が遥かに価値があると思っただけだ!
つーか那秧、コイツにボクシングなんか教えんなよ!
「ところで郁斗は何処に行ったんだ?さっきからいないけど?」
「…郁斗さんならあっちにいますよ。」
那秧の指差した方を見ると、3、4人の女子会のグループ内でナンパらしき事をしている郁斗の姿があった。キャッキャ言われて調子に乗っているような彼の表情が確認出来る。相変わらずチャラいよ郁斗。
その後、俺達は食事を終えて後片付けを完了させ、今夜の宿を探しに出発した。
「この娘が美咲緒ちゃんで、隣が由紀ちゃん。オレを挟んで反対側が藍璃ちゃんで、隣が志穂ちゃん。みんなカワイイよね!」
「…あっそ。」
郁斗はデジカメで撮った女子会の写真を咲姫に見せている。何も咲姫に見せなくても…。
「ねぇねぇエー坊。エー坊はどの娘がタイプ?彼女にするならどの娘?」
後部座席の咲姫を挟んで郁斗が俺にデジカメを見せてくる。はぁ〜、正直ウザい。とりあえず見るとその画像は左右二人ずつの女の子に挟まれた郁斗が「チョリーッス」みたいなポーズをしているものだった。要はチャラい画像だ。ま、郁斗はともかく確かにこの娘らは可愛い。
「この娘で。」
俺はどことなく清楚でお嬢様タイプの娘を指差した。ま、テキトーだが。
「なるほど志穂ちゃんね。」
名前なんかどーでもいいし。咲姫がウザそうにしつつも俺の指差した娘をガン見していたのを、俺は見逃さなかった。気にしてんのか?
「エー坊、良い趣味してるけど、この娘はダメだよ?」
「何でだ?」
「確かに見た目はロリっぽくて可愛いけど、男癖が悪いんだよねこの娘。あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、男に貢がせといてポイするようなイケないタイプさ。」
要はチャラいってことかよ。てか、チャラい郁斗が言うなよ!
「オレがオススメするのはこの娘、由紀ちゃん。明るくて元気だし、素直で可愛いし!」
「へぇ〜!確かにそれはいい娘だな!郁斗はこういう娘がタイプ?」
「いや、オレにとって可愛い娘はみんな天使だよ?」
「だぁーッ!!アンタらマジでウザすぎッ!そんなに良いんなら告白でも結婚でも何でもすればぁ!?」
俺達のウザさに絶えきれなかったのか、咲姫がお茶のペットボトルを振り回す。しかも何故か俺の方だけに。
「痛てっ!オイよせっ!暴れんな!郁斗助けろ!」
「ゴメンねサッキー。でも大丈夫だよ。この娘達から比べたらサッキーの方が可愛くて魅力的だよ?」
「え?!…エヘヘ、アタシの方がカワイイ!?そうかなぁ〜?ムフフフ〜♥」
はぁ〜コイツも単純だよな。ま、確かに俺等もウザかったのは認めよう。
「何か後ろは楽しそうですね。」
「わ、私達も何か、た、楽しい事…しようか?」
後部座席で騒いでいる俺達を見て那秧が帆乃風に振る。いや、俺は楽しい訳じゃなかったが?
「じゃあゲームでもしましょう。ええと、あかさたなストーリーゲームでいきましょう。」
「どうやるの?」
五十音順のあかさたなで始まる文章でストーリーを作るゲームです。最初は“あ…”で次が“か…”。交互に作って最後に“わ…”で終わらせればO.K.です!」
「分かったわ。やってみる。」
那秧と帆乃風はそう言ってゲームを始める。
那秧:「ある晴れた日の昼下がり」
帆乃風:「風が気持ちいい海辺で」
那秧:「咲姫さんが可愛いメイド服を着て」
帆乃風:「楽しそうに歌っていたら」
那秧:「波うち際に宇宙人がやってきて」
帆乃風:「浜辺に上陸して咲姫の」
那秧:「眉毛を太く描き足して」
帆乃風:「やたら濃ゆくして」
那秧:「“ライブはこれでよろしくッ”って言った」
帆乃風:「わっはっは!」
咲姫:「アンタら何ソレ!?」
はぁ、何やってんだかコイツ等も。
「あれ?咲姫さん、また“あ”からですか?」
「じゃあナオ。“か”から続けて。」
続けるのかよ?
那秧:「カエルのような宇宙人とのやりとりをよそに」
咲姫:「さりげなく帆乃風が」
那秧:「たじろいだ表情で」
咲姫:「ナオを呼び出して」
那秧:「浜辺で二人で」
咲姫:「周りに誰もいないのをいいことに」
那秧:「やらしい事を」
咲姫:「ラブラブでやっちゃった♥キャ〜!!」
那秧:「わ、わ!?咲姫さん!?何言わせるんですか!?」
帆乃風:「えッ?!な、ナオ君…そんな…私、恥ずかしい…うふふ。」
コイツ等も十分ウザいかも。てか帆乃風、うっとりし過ぎてインプちゃんがフラついてるぞ!?危ぶねぇな。
ウザさ全開のインプちゃんはその後しばらく走り続け、山と海に挟まれた町に入った。大きくも小さくもない町で海の方は港があり、山の方、というか丘陵地帯には高級住宅街があって、まるでアメリカのビバリーヒルズを彷彿させる。高級住宅ってのは高い所から見下せるってことでよく丘の上に建てられるって聞いたことがあるが、あながち嘘じゃないな。時刻を見ると、17時48分。昼間のテキーラの酔いもいつの間にかすっかり覚めていた。隣がやけに静かだなと思ったら、咲姫は疲れてしまったのかサングラスをかけたまま寝息を立てていた。グラサンかけて口開けたままの格好が何とも情けない。
“間もなく目的地に到着します”
カーナビが機械声を発した。
「ええと、シーサイドヒルズINN…あった!」
帆乃風は車を減速し駐車場に入り込んだ。到着したのはホテル“シーサイドヒルズINN”。名前からして高級そうなイメージのあるホテルだが、外観はどっちかというとビジネスホテルで宿泊料金も格安らしい。
「着いたよサッキー?」
「…ん、…はッ?!ジャンバッティスタ!?………なんだ、夢か…。」
どんな夢見てんだよ?つーか誰だよジャンバッティスタって?イタリア人か?どうでもいいがヨダレ拭いとけよ。
「結構遠くまで着ましたね!」
那秧が伸びをしながら車を降りる。何だか俺も疲れてしまったらしく、腰がちょっと痛い。
「さ、いきましょ!」
みんなは帆乃風について行き受付に向かう。
「部屋はいつものメンズとレディースでいいよね?」
何かトイレみたいだな、郁斗。従業員が苦笑いしてるぜ?
「もちろんそれでO.K.ですよ!」
「てか、それ以外はないだろ。」
「アタシはVIPに一人部屋がイイ!」
「わ、私はナオ君と一緒が…イイ。」
この二人はスルーでイイ。
ホテル部屋はさほど広くはなかった。ビジネスホテルの想定の元だと思われるが、二段ベッドにテレビと冷蔵庫、それとデスクトップのパソコンが置いてあった。
俺達はそれぞれ荷物を適当に置いて、適当にくつろぎ始める。
ふと見ると郁斗がパソコンをいじっている。
「何見てるんですか?郁斗さん。」
「ん、ああ、これはオレのブログだよ。ナオちんも見るかい?」
気になって俺もそれを見に覗いて見ると画面には“スタイリスト郁斗が貴女を逆指名”なる名前の、一言で言えばチャラいブログが表示されていた。郁斗はおもむろに日記の画像に合わせてマウスにクリックする。
「これが今までにオレがプロデュースした子猫ちゃん達だよ。」
「凄いっすね?!さすが郁斗さんです!」
画面には数多くのスタイリングされた女性がズラリと並んでいた。チャラいのはともかく、クリクリでは郁斗はカリスマ的存在なんだな…って、げっ、コレ…舞じゃねぇか!?アイツの髪もクリクリ仕様だったのか!世間は狭いな…。俺は画面の中で髪型をキメてドヤ顔している舞にガンたれてやった。
「これに昼間撮った写真をアップしてと。」
いや、昼間の女子会の娘達はプロデュースでも何でもないだろ。ダメだこの人、前世も現世も来世もチャラ男だよ、きっと。
「俺、その辺ブラブラしてくるわ…。」
郁斗のあまりのチャラさに呆れて俺は部屋を後にした。
ホテル内を探検していると大通路の隅っこで一人タバコを吹かしている帆乃風を発見した。煙と溜息を同時に吐き出している様にも見えた。珍しいな一人でフケってタバコなんて。
「よう、何してんだこんなとこで?」
「タバコ吸ってる。」
見りゃわかるよ。
「何か元気ないな?悩みでもあるのか?なんなら優しい鋭士さんが聞いてやっても良いぞ?」
「今は6時半かぁ。」
…俺の恐れていた事が現実になってしまったよ。今、帆乃風にスルーされたよね確かに。痛てぇ、痛てぇよ、胸が痛てぇよ!冗談でいいからそのタバコ俺に一本下さい!
「咲姫は何してんだ?部屋か?」
「うん、疲れていたみたいでベッドで寝てるわ。」
確かにあれだけウザく暴れりゃ疲れるわな。
「それより鋭士さん?」
「何だ?」
帆乃風はタバコの火を消しながら悪戯な含み笑いを俺に向ける。
「今からラーメン食べに行かない?」
「行く、行く!行っく!行くッ!!」
…あれ?どっかで聞いたセリフだな?
フロントのホテルマンから味噌ラーメンの美味い店を尋ねて、俺と帆乃風はホテルの外へ繰り出した。郁斗にはラーメン食いに行ってくると連絡しておいた。そして近くにあった一軒のラーメン店に入った。
「俺は味噌ラーメンにチャーシューで。」
「私は塩ラーメンに玉子でいいわ。」
何か今思ったんだが、帆乃風と二人っきりって初めてだよな?ヤバいな何話して良いのかさっぱりわからん。
結局俺達が沈黙しているうちに、オーダーしたラーメンが出来上がって来た。おっ、それはともかく美味そうだな!
「じゃ、御馳になりま〜す。」
ずるるっとそれをすする。コクのある味噌とピリ辛い後味が絶妙だった。うん、ウマい!俺はしばらくその味を堪能していた。
帆乃風もそれまではちゅるんと食べていたが、一口食べてはチラッと俺を見て、また一口みたいな事を繰り返している。何だ?どうしたんだいきなり?…あっ、そうか!
「欲しかったら一枚やるよ。」
俺は帆乃風の丼ぶりにチャーシューを一枚のっけてやった。優しいな俺。
「違っ、違うのよッ!?はむッ!!」
「うおッ?!」
いきなり帆乃風が怒鳴ってチャーシューを一口で食べてしまった。どうやらそれが欲しかった訳じゃなかったようだが、だったら何故食ったんだ!?
「す、スマン、余計な事しちまって。ごめんな、甲斐性なくて。」
「知ってるっ!」
あーそうですか…。俺は苦笑の表情を浮かべる。
「あッ?!そうじゃなくって!ゴメンなさいっ!あの、その…わ、私…」
帆乃風はそこまで言ったかと思うと、残っていた塩ラーメンを一気に平らげて音を立てて器をテーブルに置いた。そして…
「ナオ君の事が大好きなのッ!!」
…知ってる。
帆乃風がそう叫んだ途端に厨房にいたの店主の親父さんが「ヒュ〜」とかやりだす。その店主の奥さんらしきおばちゃんは「おめでとうナオ君」とカウンター越しに小声で囁いて俺の肩をポンポンと叩いた。…俺は“ナオ君”じゃねぇ!
「で、でで、でででも、わわたわたたた、はわわわ…」
「とりあえず落ち着け。」
帆乃風は真っ赤っ赤になってもう汗だく状態だった。そんな様子を見た店主が「アツいねぇ〜ナオ君!」とか言いながらやはりカウンター越しに俺の背中をバンバン叩く。だから俺は“ナオ君”じゃねぇ!
1分後。
「でも、私はただのバンド仲間でベーシストとしか見てくれてないの…かな…。」
その声に、にじみ出るような彼女の恋心を感じる。かすかな切なさ、そして愛おしさ。俺は聞いているだけで胸が詰まりそうになった。
「…私は、そうじゃないのに…。いつでも、どこでも、どんなときも…こんなに想っているのに…遠くて…伝わら…なく…て…」
「大丈夫だ。」
泣きそうな帆乃風の声があまりにも辛くて、俺はまずその言葉を搾り出した。
「…そう、か…な…。」
不安な表情を浮かべる帆乃風に元気を出して欲しくて、無責任だと分かっている言葉を口にする。
「わけないぜ。今だって一番近くにいるじゃねーか。諦めないで頑張れば那秧もきっと応えてくれるって!アイツ素直でイイ奴だけど、そっちの方は奥手で照れてるだけだと思うしよ?」
すると帆乃風の顔がぱぁっと明るくなった。頬が桜色に染まり、潤んでいた瞳はキラキラと輝く。それはそれは愛らしい笑顔だった。
「本当?もし、好きって言ったら…応えて、くれる、かな…?」
「ああ、きっとな。少なくとも俺はそう思うぞ。大丈夫だ!」
「ありがとう、鋭士さん!何だか元気が出てきた!私、頑張るわ!あのね、私、今度のライブが成功したらナオ君に告白…、“好き”っていうつもりなの!そして、絶対、絶対、絶対の絶対の絶対にナオ君を振り向かせるわ!」
「そ、そうか。頑張れよ!帆乃風なら絶対大丈夫だ!俺、応援してるからな!」
何を言ってるんだ、俺は…。
ぎゅ、と両手を握り締めてなにやら決意を新たにしている帆乃風の横で、俺は自己嫌悪しながら胸を痛めた。
「あ、すみませんお父さん、ビールふたつ下さい!」
気分がいい方向に転んだのか、そこで帆乃風はビールをオーダーした。店主の親父さんは上機嫌でサーバーを操作する。
「あいよ!頑張れよ帆乃風ちゃんだっけ?あとナオ君もな!」
…だから、俺は“ナオ君”じゃないって。
俺は複雑な気分の面持ちを帆乃風に悟られないようにビールを飲み干した。
帆乃風の恋愛相談に付き合ってから部屋に戻ると、郁斗と那秧は部屋でテレビを見ながらくつろいでいる最中だった。どうやら夕食はコンビニ弁当で済ませたようだった。
「よっエー坊!どうだった?」
「何が?」
「また、とぼけちゃって!」
「ああ、ラーメンのことか?美味かったぞ、コクがあって、ピリ辛濃厚で。」
「違うよ、ノッカの事だよ。この後は部屋でお楽しみかな?それとも彼女の車でかな?」
さっきから黙って見てる那秧は何故かニコニコしてる。ってオイ!?
「違げぇよ!俺と帆乃風はそういう関係じゃねぇ!約束のラーメンを食いに行っただけだ!」
全く、今この場に帆乃風がいなくて助かったよ。今の話とその那秧の笑顔は確実にアイツを泣かせちゃうぜ?那秧も、帆乃風の気も知らないでどんだけだよ?
「ま、あまり軽い言動は時に女の子を泣かせてしまうから、エー坊も気をつけた方がいいよ?あと、ナオちんもね?」
「僕は泣かせたりはしませんよ!どんな人でもいつも笑顔にさせてあげたいくらいですよ!…って、僕にそういう人がいればの話かもです、ハイ…。」
オイ郁斗…自分のチャラさを棚上げしないでくれ。どの口が言ってんだか!
そして那秧、お前やっぱイイ奴だな。帆乃風も幸せだよ。
「ところで、咲姫はまだ寝てんのか?」
「ちょっと前までは寝ていたけど、今は起きてるかもね?あ、コメントが来てる♪」
郁斗は自分のブログをチェックしながら応えた。…まだ見てたのかよソレ。
「二人とも風呂入ったのか?」
「はい、食事の前に入りましたよ!」
「そっか、じゃあ俺ちょっくら行ってくるわ。」
部屋にいてもすることがなかったから、俺は風呂に行くことにした。
「あれっ?鋭士?」
部屋から出たところで咲姫と鉢合わせした。
「おう、起きたんだな!」
「ちょっと、鋭士!来なさいッ!」
かと思いきや、咲姫は俺の手を引っ張って走り出しす。
「おいっ!?」
通路の角を曲がったところで咲姫の足が止まった。
「なんなんだよいきなり?」
「アンタ、アタシが寝てる間に帆乃風にエッチな事したんじゃないでしょーね?」
「はぁ!?何でそーなるんだよ?郁斗にも似たような事さっき言われたけど、ラーメン食いに行ってただけだ!」
「だ、だって帆乃風…顔真っ赤で嬉しそうに戻ってきたから…」
「それは…ビール飲んでたからだ!断じてそのような事はしてない!…てか、お前も顔真っ赤だぞ?」
「う、うるさぁいッ!!話を逸らすなッ!鋭士のバカッ!」
咲姫は俺に怒鳴って向こうへ走り去ってしまった。…なんだアイツ?
俺は咲姫が何をしたいのかよくわからないまま風呂へと向かった。
このホテルの風呂はさほど広くなく、しかしその割りにはサウナと露天風呂、さらには電気風呂まで付いていて昼間疲れていた俺にとっては十分満足できた。俺はかなりの時間風呂を満喫して部屋へ戻った。
「あっエー坊、なかなか帰ってこないから心配だったよ?やっぱりノッカと…」
「違うッ!!長風呂になっただけだ!」
郁斗の話を遮って俺は全否定した。
「那秧は…もう寝たのか。俺も寝るかな。疲れたし。」
「オレも寝るよ。今日は第二次枕大戦はなさそうだしね。」
あってたまるかよ。
「じゃあおやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
☆☆☆
「エー坊、起きてるかい?」
「…ん、ああ、どうした?」
「エー坊が風呂に行ってる間にオレ、ロビーでサッキーに会ってさ。」
「それで?」
「エー坊にゴメンってさ。何の事だろうね?」
「…さあな。俺もよく分かんね。」
ヴーッ、ヴッ、ヴッ、ヴッ、ヴーッ!
その時俺のケータイがメールを着信した。誰だ?
なんと相手は咲姫。何このタイミング?
メールを見ると…
“24:00に一人でロビーで待たれよ。”
何コレ?てか、アイツが待ってんじゃなくて、俺が待たなきゃいけないの!?
「悪い郁斗、俺ちょっと飲み物買ってくるわ。」
「いーよ。じゃオレはおやすみ。」
俺はそのままロビーへ向かった。
そして時刻は24:00になる。ロビーは不気味なくらい静まり返っていた。今俺は柱の陰に身を潜めている。なんらかの不意打ちだけは頂けないからな。
その時だった。
「鋭士、出てきなさい!隠れても無駄よ!いるのはわかってるんだからねッ!」
深夜の平穏なホテルのロビーにあるまじきセリフが響く。
「さすがだな、咲姫。だが勝つのは俺だ、お前じゃない!ここがお前の墓場となるんだ!」
これはもっと有り得ないセリフ。
「そうはいかないよ!アタシは負ける訳にはいかないんだからッ!アンタこそ覚悟しなさいッ!」
「フフフ、よかろう。受けて立つ、来いっ!」
「アタシの本気を見せてあげるっ!変〜身ッ!」
「変身!?つーか茶番が長げぇよ!オマエ、こんな寸劇やるためにここに来た訳じゃないだろうな?俺を待たせてまで。」
呆れたように言い放つ。
「違うよ!実はアタシさっきの事謝りたくて…だからその、ゴメンッ…なさい。」
ああ、帆乃風とラーメンの事で揉めた事か。
「いや、別に気にしてないからいいよ。それを言う為に俺を呼び出したのか?」
「い、いや、実はまだあるんだけど…。その…話があるのっ!」
「何だ?話って。」
咲姫はまたしても顔を赤らめてどもるように話し始める。
「あ、の、あ、アタシは、鋭士が好きッ!!」
「ッ!?」
「………な食べ物って、ナニかな〜って。」
な、なんだコイツ?俺、一瞬ときめいちまったじゃねぇか!妙なタメ方しやがって!好きな食べ物だぁ?そんなもんオマエも知ってるだろうが。
「味噌ラーメン。」
「あ、アハハハハっ!そうだよね!いつも学食で食べてるもんね!…アタシ何言ってんだろ。」
焦って苦笑いする咲姫。
「じゃ、じゃあアタシ部屋戻るね!」
ぱたぱたと逃げるように足速に去っていく。なんかよくわからんヤツ。俺は頭に?を浮かべながらやれやれと部屋へ戻った。
翌日俺達はホテルをチェックアウトしてぶらっとお土産などの買い物をしながら、俺達の住んでいる街へ帰った。俺にとっては今回のドライブ、かえって疲れてしまったような気がする。ま、でも気分転換できたと思うし俺達らしくてそれも良かったかな。あとはライブまで秒読み状態だから気合いで乗り切るのみだな!




