5章:新たなる舞台へと走り出す瞬間 6
「じゃあ俺は寝るから。騒ぐなら咲姫達の部屋でな。」
俺は敷いてあった布団に入り込もうとした時だった。
「じゃあ、おやすみぶッ!?」
俺の後頭部に何かが直撃した。
「アンタ何勝手に寝ようとしてんの?夜の戦いは始まったばっかなのよ?」
どうやら咲姫が枕を振りかぶったらしい。オマエの方がよっぽど勝手だろ!今度こそ俺はキレて良いはずだ!
「てんめぇ〜!俺の恨みの一撃を喰らえぃッ!!」
俺は咲姫の顔面目掛けて思い切り枕をぶん投げた。よっしゃ、躱せっこねぇ!命中だ!
スパァンッ!!
しかし、咲姫に命中するはずの枕はあっさり手刀で床に叩き付けられた。
「咲姫さんは僕が守ります、命に代えても!!」
那秧が咲姫をかばう様にして立ちはだかった。
「のあッ!?那秧ッ?お前、俺との絆を忘れたのか!?漢の絆を!!」
「ナオッ!あの戯言言ってる変態男をやっつけちゃいなさいッ!!」
「任せて下さいっ!」
「よせっ那秧!お前はその女に騙されてるぞ!?操られているぞ!?マインドコントロールされてんぞ!?」
「鋭士さん、許してくださいッ!!」
しかし那秧は俺に向かって枕を振りかぶった。那秧の体格から投げ出された枕は、唸りながら俺の顔面に迫った。しかし…
バシィンッ!!
「これは二人の愛を共有する大事なものなんだよ、ナオちん?」
「い、郁斗さん!?」
郁斗が俺を寸前の所で救済してくれた。でもやっぱ…チャラいよ。
「…とりあえずサンキューな郁斗。」
「気にしない気にしない。」
「わ、私完全に出遅れちゃった…。というか、ナオ君に守って欲しかった…」
そんな帆乃風を見て郁斗が咲姫達に声を掛けた。
「よっし!この戦いはチーム戦で行こうか!そっちはサッキーとナオちん、こっちがエー坊とオレで。枕は当ったら死亡ね。ノッカは誰か死んだらそこに付く。いいかい?」
「O.K.!帆乃風もいいよね?」
「分かったわ!えーと、鋭士さん、郁斗さん!頑張って!(咲姫を殺して!)」
「アンタなんでそっち応援してんの?」
こうして深夜の枕投げの火蓋が切って落とされた。
「俺の眠りの刻を奪った代償は高くつくわよ?覚悟しなさいッ!!」
やっべ、俺の口調が咲姫っぽくなっちまった!?本来なら眠りについてるはずなのに何でこんなことになってるんだか?
「エー坊、大丈夫?落ち着いて!」
「ナオッいくわよ!あの変態男とチャラ男を殺してしまいなさいッ!!」
「了解です咲姫さん!!」
「(咲姫を)殺してッ!愛を共有するには(咲姫を)殺すしかないのよ!」
頼むから帆乃風は黙っててくれないか?てか言われなくたって咲姫は俺が殺す!
「でやぁッ!!」
うおっ!?あっぶねぇ〜。那秧の一撃が俺の鼻先をかすめていった。咲姫はともかく、那秧は危険だな。しかし俺としてはウザい咲姫から仕留めたい。
「郁斗。まず咲姫だ!なんか作戦ある?」
「そうだなぁ、オレがナオちんをかき回すからその間にやっつけるとか。」
「よし、それでいこう!」
作戦通り郁斗は那秧を引きつける。二人は激しい攻防を繰り出しながら通路の方へ消えていった。そして俺の思惑通り、咲姫だけがその場に取り残された。そしてしばしの沈黙。
「…何か言いたいことはあるか?」
「エッチ!バカ!スケベ!ヘタレ!変態!ウ○コ!死ね!」
「スマン、もういい。」
「アタシはね、アンタみたいな男との勝負なんてどうでもいいのよッ!アタシはアンタよかその先を見てんのよッ!」
「その先に一体何がある?」
「テキーラ♪」
「負ける気マンマンじゃねーか!!」
俺はこのくだらない争いに終止符を打つべく枕を振りかぶる。
「ちょっと、鋭士!?ゴメンッ!さっきは言い過ぎたから許してッ!?」
「うるせぇ!手遅れだッ!!」
「ひゃぶぅッ!!」
「咲姫、打ち取ったりぃ!」
やっとこの往生際の悪い女を仕留めたぜ!見てやれこのだっせぇツラ!鼻水なんか垂らしやがって、ざまあみろ!
「エー坊!気を付けろっ!!ノッカだ!」
シュパァッ!
うおっ、あぶねぇ!?そうだった、帆乃風の存在を忘れてた。俺は何とか紙一重で飛んで来た枕を躱す。
「く、クフフ。この時を待っていたわ。安心して咲姫、あなたの敵は私が取ってあげる!」
おーい、帆乃風さん?確か5分くらい前までは「咲姫を殺せ」みたいな事言ってたよね?
「ノッカ、隙ありッ!!」
郁斗が座椅子の陰から突如枕を投げ込む。
パシィン!
しかし那秧の投げた枕で相殺されてしまう。
「む、ナオちんめ!」
「帆乃風さん、大丈夫ですか?」
「な、ナオ君…ありがとう。」
帆乃風は顔を赤らめて那秧に寄り添う。
「ちょ?!ちょっと帆乃風さん!?」
そんな帆乃風に躊躇する那秧。何やってんだか…てか隙だらけだ。
「さらば、那秧ッ!!」
俺は丸腰の那秧に痛恨の一撃を喰わせる。
グワシィッ!!
「ナオ君は殺させないわ!」
な!?あの状態からよく戻ってこれたな?!しかも枕が鷲掴みにされて中身が飛び散ってるし!?なんつーパワーだよ?!そして良いコンビだよこの二人。リズム隊恐るべし。
「エー坊、ナオちんはノッカがいる限り倒すのは無理そうだ。まずノッカからだよ!」
「どうやってやる?引きつけるのは無理だぜ?帆乃風は那秧にベッタリだから。」
「こうしよう、これを使ってゴニョゴニョ…」
「なるほど!」
郁斗の秘策で作戦実行に移す俺。
「帆乃風!これを見ろ!」
俺が見せたのは郁斗のデジカメ。そこに写っていたのは…
「えっ!?う…そ…?」
実は温泉の脱衣所で郁斗が着替え中の那秧を盗撮していた。デジカメにその現場が納められていたのだ!まあ半裸だが。帆乃風は手に持っていた枕をポトリと落とした。
「ちょっと?!いつの間に写したんですかソレ!?」
「ノッカ、さようならッ!!」
郁斗の強烈な一撃が帆乃風を捉えた。決まったな!若干卑怯だが。
「えっ?ナニナニ?アタシにも見しぇぶぅッ?!」
ところがまさかの咲姫が沸いて出たところに枕が直撃してしまった。
「げっ、サッキー!?」
「今だッ!」
全員が混乱してる間に帆乃風目掛けてとどめの一撃を出した俺。今度こそお終いだ!
「しまっ…咲姫ッ!!」
「ちょっと帆乃風?!だぶゅッ!!」
帆乃風は咲姫の首根っこを掴んで盾にしてしまった。咲姫は白目向いて鼻血を噴きながらその場に崩れ落ちた。死んだんじゃねぇのか?
「なんて事するんですか帆乃風さん?!これじゃあ全米が泣きますよ!?」
「ご、ごめんね咲姫!つい顔が持ちやすかったから…。」
「ウガァァァァッッ!!アンタら全員許さんッ!!」
うおっ!?ゾ、ゾンビだ…コイツ!!リアルで怖ぇぇっ!とりあえず鼻血拭こうな?
完全にキレてしまった咲姫を止める手段などなく、結局他4人は枕で殴られて死亡した。つーか咲姫もゾンビだから、全員死亡で枕投げは終結した。てか、どこのどいつだよ?こんな不毛な争い始めたのは?
その後血の惨劇と化した部屋を片付けて今度こそ俺は布団に入った。郁斗と那秧も相当疲れたらしく、それぞれ横になっていた。俺もさすがに疲れていて、いつの間にか意識が落ち、眠りについた。
それから2時間後、ふと目が醒める。喉がカラカラだった。ジュースでも飲むか…。確か下に自販機があったよな?
俺はレストフロアで清涼飲料水を買い、そこにあったソファーに腰掛けそれを一口飲む。時計を見ると深夜2時をまわっている。頭がボンヤリしてきて目も虚ろになってきた。だが不思議と眠くはない。ただボーッとしているのがこの上なく気持ち良かった。
「…士?鋭士?!」
あぁ?誰だ俺を呼ぶのは?
ばしぃんっ!
「な!?」
「あ、生きてた。」
いきなり咲姫から平手打ちを受けた。なんでコイツが…?
「オイ、いきなり何すんだよ…。てか何やってんだお前、こんな時間に?」
「温泉に行ってた。アンタこそ何してんの、ここで?」
咲姫は湿った髪を手櫛で弄びながらチョコバナナ牛乳を飲む。
「ジュース飲んでた。」
そう言って俺もクイっと一口飲む。
そしてしばし沈黙が続く。
「なあ?用がないんなら部屋戻れば?」
俺はそう切り出した。
「あ、アンタが戻りなさいよ?」
「あっそ。じゃあな。」
仕方ない、部屋に戻って寝るとするか。俺は立ち上がって咲姫に背を向け、部屋へ戻ろうとした。
「待って!」
が、呼び止められる。
「なんだよ?」
「あ、その…レコ、頑張ろうね!」
そのはにかんだ顔がどことなく寂しげだったのは気のせいだろうか?
「ああ、お前もな!」
俺は再び踵を返して部屋へと歩き出す。この時咲姫の顔が紅潮していたことなど知る由もなかった。
翌朝、am7:00。
「鋭士さん、朝ですよ?鋭士さん?」
那秧のモーニングコールで俺は目覚めた。昨日遅くまで騒いでいた割りには良い目覚めだった。
「おはようございます、鋭士さん!」
「おう、おはよう!」
那秧はだいぶ前から起きていたらしく、すでに着替えて荷物もまとめていた。
「後は郁斗さんを起こせばいいんだけど…。」
「なんだ?どうした?」
「なんか起こしにくくて…鋭士さん、お願いできますか?」
起こしにくいの意味があまり分からなかったが、とりあえず俺は郁斗を起こしに取り掛かる。
「郁斗〜、朝だぞ!そろそろ起きてくれよ?」
「…とりあえず聞いてくれ。キミの可愛さからこれ以上眼を逸らすなんて罪な事はオレには出来ないよ。オレの言ってる意味が分かるよね?…」
寝言長っ!ホントに寝てんのかよ?!そしてやはり…チャラい。那秧の言ってる意味が何となく分かったよ。
「さあ、怖がらなくていいよ?オレはキミに逢う為にここに来たんだ。むしろキミに逢う為に生まれてきたと言ってもいい。そしてキミの為に生きていきたい。キミの為ならオレは何だって出来るさ…」
「アンタなんて嫌いッ!チャラ過ぎッ!!」
ずびしッ!
俺はそう言って空手チョップを食らわせた。
「ん…、やあ、エー坊。おはよう。」
「おはようじゃねぇよ!?朝からどんだけチャラいのさ!?」
「おっと、もうこんな時間か。髪セットしなきゃ。やあナオちん、おはよう。」
のあっ?!す、スルーされた!?郁斗にスルーされた!?何か最近スルーが流行り始めてんな俺達のバンドは。どうする?そのうち帆乃風や那秧がスルーし始めたら?多分耐えられなくなって泣いちゃうぜ俺?
それから俺達は適当に支度をして荷物をまとめ、咲姫達を呼んで朝食を取ることにした。朝食はバイキングのセルフサービスで、色々と料理が並べられていた。
「ナオ達はよく寝れた?」
咲姫がシリアルにミルクをかけながら尋ねる。
「バッチリですよ!夕べはいい運動だったからスッキリしてます!」
「オレも何とかね。欲を言えば後5分でアノ娘をオトせたんだけどね…。」
「は?何ソレ、何の事、郁斗?」
「フッ、オレの“心の希望”とでも言っておこうか。」
「やっぱ朝はチョコバナナシリアルに限るね♪」
郁斗…合掌。
「帆乃風はよく眠れたのか?」
「私もグッスリだったわ。コホッ、ん、ん。」
帆乃風は納豆をむせ返しそうになりながら食べている。那秧を見るとやはり納豆を美味そうに食べていた。どうやらこの娘は苦手なのを無理に口にしているようだ。よせば良いのに全く。
「で、このあとチェックアウトしたらどうしようか?」
「ハイ、ハイ!アタシ服買いに行きたい!」
「お前、財布ピンチなのにか?」
「甘いッ鋭士!VIP咲姫ちゃんには奨学金というシステムが完備されてるのよッ!!」
咲姫は自信たっぷりにスプーンを俺に向ける。
「いや、奨学されてねーよ、使い方が。」
「でも、いいですね!奨学金はともかく、僕は何かライブ映えするような服が欲しいです!」
那秧が塩辛をご飯と一緒に頬張りながら笑顔で言う。
「わ、私も、何かこう衣装みたいなのが欲しいわ。コフッ、んぐッ、ん、ん。」
塩辛を苦痛の表情で食べる帆乃風。苦手なら無理して食べなくていいっすよ?
「まあ、那秧の言う事も一理あるな。今後の為ってことで見るだけでも行ってみるか。」
「そうだね。それじゃあ…マリンフロンティアでいいかな?」
「楽しみですね!僕行った事ないんですよ、マリンフロンティア!」
那秧は嬉しそうに青汁を飲む。
「わ、私も楽しみよ!けほッ、ふぐッ、ん、ん。」
お前ら、もはやコントだな。
「よっし!それじゃあコレ食べたらマリンフロンティアに行ってみようッ!あ、途中で銀行寄ってね、郁斗。」
「了解、サッキー。」
俺達は朝食を食べ終わるとチェックアウトを済ませ、マリンフロンティアへと足を向けた。




