5章:新たなる舞台へと走り出す瞬間 3
翌日夕方、繁華街。俺はギターを持って楽器店にいた。最近はバンドの練習とか大学の試験とかチャリ部の活動とか、色々と忙しくて楽器店に来たのも久々なんだよ。ま、前向きにとらえれば毎日充実しているんだよ俺は。ちょっと前の俺からしたら到底考えられないがな。
「うーん、やっぱエフェクターはちょっと高いな。おっ、イコライザーは安いな…奮発してみっかな?」
「7弦ギターか…こんなの弾けるようになってみたいな。」
「ブギーのアンプだ!げっ、17万?!無理!」
久々の楽器店を満喫する俺。え?何しに来たかって?まあ慌てるな、ちゃんと目的はある。ちょっとぶらぶらしてみただけさ。
「すみませ〜ん!ギターの調整をお願いしたいんですけど。」
「はい、じゃあギターをお預かりしますね。調整に注文はありますか?」
「弦高はビビらない程度に低めで、この弦に変えて下さい。あとネックが反ってたら真っ直ぐにお願いします。」
「分かりました、出来たらお呼びしますね。」
ということで今日はギターの調整に来たんだよ。今度デモ曲のレコーディングがあるから、ギターのコンディションをベストにしてやりたくてさ。なかなか律儀だろ、俺も。
しかしこうして楽器店をみていると、色んな物が置いてんな。ギター、ベース、エフェクター、アンプ…。これぐらいなら分かるが、ピックアップ、ブリッジ、ペグetc…。こんなの買っても付けられる気がしない。郁斗か帆乃風あたりなら詳しいかな?今度何気に聞いてみるか。
俺は調整が終わるまでの間引き続き店内をぶらぶらした。そして約20分後、店員から声が掛かる。
「お待たせしました。えーと、弦高はかなり低めにしてありますよ。あとネックは準反りしてたので直しておきました。弦も新品に変えてボディをコーティングしましたので。」
「ありがとうございます!」
俺のギターは新品同様、いやそれ以上になって調整されてきた。これならきっといいレコが出来そうだ。と、そこで用が済んで帰ろうとした俺に声が掛かった。
「あ、どうもです!」
ん?この店員は…確かドラムフロアの?
「えーと、この前のドラム買った時の店員さんですよね?」
「はい、申し遅れてすみません、参家といいます、どうぞこれを。」
彼は俺に名刺をわたす。“サウンド・コア ドラムフロア担当 参家 亮”と書かれていた。何を隠そうこの参家さん、以前那秧のドラムを購入した時に担当した店員だった。あの時は咲姫達に一発ギャグを見せつけられて15000円もドラムをおまけし、さらに椅子まで付けてくれたというある意味離れ技?を披露した。いや、ホント頭が上がらないっすマジで。
「今日はギターの調整をしたんですね。」
「はい、レコーディングがあるんで気合い入れてみました。」
「バンドかな?」
「はい、そうです。この前来たのがメンバーです。俺はギターで鋭士って言います。」
「じゃあ頑張ってね、鋭士くん。」
「はい、ありがとうございます。」
参家さんは地下のドラムフロアへ降りていった。が、しかしまた戻って来た。
「ところで…、」
「はい?」
「今日は一発ギャグやらないのかな?」
「やりません。」
なんか郁斗みたいな感じの人だったな。ふと時計を見ると18:00を過ぎていた。さてと、そろそろ帰るか。
家に着くなり俺はケースからギターを取り出してアンプに繋いだ。かき鳴らすと今までと違う透き通った音が発せられた。しばらくソロフレーズを弾いてからエフェクターをON。激しいディストーションの歪みが部屋の空気を裂く。弦高を低くしたため速弾きのフレーズも絶好調だ。あまり使ってなかったアームロッドをグイグイすると唸りを上げたサウンドが耳に絡み付く。うーん、カッコイイぜ!俺はしばらくギターで自己陶酔していた。その後郁斗に“レコーディング準備O.K.”のメールを送って寝る事にした。
翌日、大学の学生食堂。真行と二人で食事。
「んでもって、残りはデモ曲のレコだけ。」
「へぇ〜、いつやるのソレ?」
「来週あたりかな?俺はいつでもイケるんだけど。」
味噌ラーメンに一味をかけて混ぜる俺に真行がさらに聞く。
「ところで咲姫ちゃんはどうなってんの?ダイエットつって全然顔見せないじゃんか?連絡取ってんの?」
真行は俺から受け取った一味をカツ丼にかけながら心配そうに聞いてくる。その脇にはやはり豚汁が置いてある。
「さあな。そもそもどんだけ太ってんだか知らんが、そんな簡単に痩せられるかってんだ。どうせ結局食っちゃって「失敗しちゃった〜」とか言って泣き付いてくるに決まってんだ。」
「お、オイオイそんな言い方ないだろ?止め…。」
「いいから言わせてくれ。そもそも自業自得ってやつだよ。いい気になって「鋭士奢って♪」とか言って俺に菓子とかジュースとか買わせるからそうやってツケが回って来んだよ。甘やかした俺がバカだったが大体恥ずかしい話だよ、精々100g程度痩せれたら良いんじゃねーの?」
ダン!!
そこでいきなり目の前に野菜サラダが乱暴に置かれた。ミニトマトが弾みで味噌ラーメンにダイブした。
「アンッタねぇ〜!言わせておけばイイ気になってぇ〜!!」
「うおっ!?何だオマエ?!どっから沸いて出た!?」
神出鬼没に現れた咲姫。鬼も怖がるような形相で拳にはフォークが逆手に握られている。俺は真行に耳打ちする。
「いつからいた?」
「俺がカツ丼に一味をかけてた時から。」
「バカ!最初からじゃねーか!」
「だってよ、お前がベラベラトークしだすし、それに途中で止めただろ!」
「本気で止めろよ!」
「だって咲姫ちゃんが続けさせろって合図するから。」
「コイツと俺のどっちが大事なんだよ?!」
「咲姫ちゃん。」
「お前なぁ〜!」
「ちょっと鋭士!どぉいう事!?アタシがダイエット失敗して喜んでるって事!?しかも真行にまで言い触らして!誰にも言うなって言ったじゃない!!」
「まあまあ咲姫ちゃん落ち着いて!鋭士は俺以外には言ってないよ。それに、好きな彼の為に頑張ったんだからもういいじゃない?」
真行は咲姫を両手で制しながら俺を見た。何故俺を見る?
「はぁ!?す、好きな彼って誰の事?」
「コイツの事。」
真行は俺を指差す。
「はっ!?おりゃぁぁぁーッ!!」
ガキィンッ!!
「うおっ!?あぶねぇッ!?」
真行が俺を指差した直後、いきなり咲姫は持っていたフォークを振り下ろしてきた。俺は間一髪、それを箸で受け止めた。
「い、今、アタシの誇りが汚されようとしているッ!!訂正しなさい鋭士!!今すぐッ!!」
「やめろバカ!!何でそれを俺に言う?!お、重い!!」
「重くなぁいッ!!早く訂正しろぉぉーッ!!」
「よせ!みんな見てるし!つーか折れるっ!!真行、コイツ何とかしてくれッ!」
ざわざわと学食にいる生徒達が俺たちのやり取りに注目し始めている。
「早くし・な・さ・いぃぃーッ!!」
ぱきっ!
ついに俺の箸は咲姫の体重のかかったフォークに絶えきれず乾いた断絶魔を上げた。その弾みで俺の体の上に咲姫が折り重なる。
「きゃあ!?」
「げっ!?」
どふっ!!
あ、あぶねぇ。何とかフォークは躱した。こんな物顔に刺さってみろ?二目と見れねぇぞ?
オイ大丈夫か?と声を出そうとしたが出なかった。いや、正確に言えば出せなかった。何故なら俺の唇が咲姫の唇で塞がれていたからだ。
「あの二人…いや、あの娘大胆〜!」
「あれって文学部の咲姫じゃない?ホラッ二年の。」
ざわつく周囲。真行が真面目な顔で俺達を覗き込む。
「いや、冗談だったんだけど、やっぱお前等そういう関係だったんだ?!」
「「ちッがぁぁああーうッ!!」」
咲姫は顔を起こすと両手で俺の肩を押さえ付けた。
「ちょっとぉー!!何て事するのよッ?!」
「何て事してんのはテメーだろうがッ!!早く退けっ、重い!!」
ばっちぃ〜ん!!
「重くないッ!!鋭士のバカぁッ!!もう嫌いッ!!」
ばささっ!!
咲姫は俺に平手打ちをかまして最後にサラダをブチ撒けて逃げるように食堂から出ていった。それが味噌ラーメンじゃなくて助かったよ。ってそうじゃねぇ!くそっアイツ、俺が何したってんだ?
「いいのか鋭士?追いかけなくて?」
「誰が追うか!!」
あーあ、何でこうなるんだ?最初俺達何話してたんだっけ?さっぱり分からねぇや、何もかも。それから俺は午後の講義を欠席した。
現在13:25、大学屋上。俺はフェンスに寄り掛かってぼんやりと景色を見ていた。物理の講義サボっちまったな、単位大丈夫だったっけ?はぁ〜。
俺はついつい溜息を吐くばかりで、何も考えられずにいた。その時屋上の扉がガチャリと開いた。誰だ?まさかっ教授か!?思わず貯水タンクに隠れてしまった。見つからなければ諦めて戻るだろうと扉が再び音を上げるまで息を殺す。しかし、5分経っても10分経っても立ち去る様子がない。教授じゃないのか?誰だ?と思ってそーっとタンクから覗こうとした時、俺の電話が鳴り出した。バイブにしててよかったぜ。なんと電話の相手は咲姫だった。俺は出しかけた首をタンクの陰に戻し、小声で電話に出た。
「もしもし?」
「…、鋭士。」
「さっきは悪かったよ。俺、お前の事ないがしろにしてベラベラおしゃべりしちまってさ…。そりゃ怒るよな。」
「ううん、いいの。アンタの言った事大体合ってたから…。アタシこそゴメン、一人で勝手に暴走しちゃって…バカだよね。」
「いいんだよ、もう済んだ事だし。…お前真行の言った事気にしてんのか?」
「…。」
「無言はYesと捉えるぞ?」
「違ッ!!気にしてないからッ!!…でも、その…ファーストキスだったんだ。」
「そっか、そいつは悪い事をしたな。本当にごめんな。」
「ううん、いいんだ。アタシが悪かったから。鋭士はあの、その、…ファ、ファーストキスだったの?」
「いや。」
「えっ?!じゃ、じゃあ最初は…誰?」
「俺のファーストキスはニワトリだ。」
「はぁ?」
「ガキの頃実家で飼ってたニワトリと戯れてたらな、唇をつつかれてよ?色んな意味で痛ぇキスだったぜ。」
「キャハハハッ!何ソレ!?アンタにゃお似合いね!まあ、そんなのだったらアタシにもあるけど。」
「笑うなよ!で、オマエは何とキスしたんだ?」
「えっ!?アタシは、その、いや…。」
「何だよ、聞こえねーぞ?」
「…カエルと。」
「ぶっ!?ぶふふふっ!ぶわぁーっはははっ!オマエそれは女としてどーよ?」
「う、うるさいッ!!手にのせていたらピョコンって唇に…、もうどうでもいいでしょそんなこと!」
「そっちが先に聞いてきたんだろうが。まあいいや、でオマエ今どこにいんの?」
「学校よ。」
「講堂か?」
「いや、屋上よ。」
「なぁにぃぃーッ!?」
俺は慌ててタンクの陰から躍り出た。そこには受話器を片手に驚いた表情の咲姫が座り込んでいた。
「なっ!?アンタ何でココに?」
「そりゃあ俺のセリフだ!」
「いるならいるで出てきなさいよ!?この距離で電話とか信じらんないっ!!」
「知るか!?教授かと思って咄嗟に隠れちまったんだよ!てか元々ここにいたのは俺だ!オマエどっか行けよ?」
「アンタがどっか行きなさいよっ!!ファーストキスがニワトリのくせに!」
「うるせぇ!そんなニワトリキス野郎にキスしてきたのはドコのドイツだったけな?あーあ口ん中がカエルの味するわ!ペッ!」
「なんですってぇ〜!?アンタは…アンタはニワトリとカエルをキスさせた変態ギタリストなのよ?!カエルからニワトリが生まれたらどうしてくれんのっ!?カエルが玉子産んでオムライス作れちゃったらアンタ責任取れんのっ!?」
「なんじゃそりゃあ?!何でそんな理論に発展するんだ!?オマエこそ思考回路ド変態ヴォーカリストじゃねーかよ!!」
「うるさいッうるさぁいッ!!アタシがド変態ならアンタは超ド変態じゃない!」
「ならテメーは真・超ド変態だろ!」
ばっちぃ〜ん!!
「なッ!?」
俺と咲姫の不毛な言い争いは遂に咲姫の平手打ちに発展した。それも本日2度目。
「てんめぇ〜!」
ばっちぃ〜ん!!
「やめろっコイツ!いい加減にしろッ!!」
咲姫は本日三度目の平手打ちを俺に食らわせたが、何とか俺は彼女の両手をフェンスに貼り付けた。
「何なんだよテメーは?!さっき電話ではお互い素直に謝ってたじゃんかよ?俺にどうしろってんだよ?」
「何よッ!!アタシは、アタシはこんなになるまで頑張ってんのに、鋭士はいつもけなしてばっか!優しい言葉の一つも出てこないの?アタシがバンドでどれだけ頑張ってるかも知ら…ないで、アタシの…気持ちも…知らない…で、鋭士は冷た…いよ…。」
咲姫はぽろぽろ涙をこぼしながらその場にへたり込んでしまった。仕方ないから俺もその場にドッカと座る。
「悪かったよ…言い過ぎたよ。頼むから泣くなよ。で、お前は俺にどうして欲しいんだよ?」
「責任取ってよぉ…。」
はっ!?まさかっコイツ学食でのあのキスのことを言ってんのか!?一度それを交わした相手と生涯付き合わなければならないとか古風な事言うんじゃねえだろうな!?しかも今気が付いたけどコイツの泣き顔が何故かメッチャ可愛い!?ヤバい、この状況はヤバい!
「ニワトリとカエルの事か?」
話を逸らす意味も含めて、いや大して逸れてないが俺はあえてソレを振ってみた。実際さっき当の本人がその責任がどうのこうのって言ってたしな。
「…違う。」
咲姫は涙を散らしながら大きく首を横に振った。
違うのかよ。じゃあやはり?!…仕方ない俺も男だ、もう逃げねえぜ。それにコイツとなら、咲姫となら楽しくやってける気がしてきた。いや何言ってんだ俺、そんなの逢った時から分かってた事じゃん!何故なら俺は咲姫の事が、す…
「まだ、全然痩せてないの…。」
「は!?」
俺の思い描いていた思考と全く関係ない事を口走った咲姫。
「ダイエット失敗しちゃったから…。」
コ、コイツ〜俺の想いを返せー!!力が抜けちまったよ!
「あの〜ニワトリとカエルはオムライスなの?」
どうやら俺の思考回路もパワー不足で言語障害を起こしたらしい。訳分からん事を口走る俺。
「はぁ!?アンタ真面目に聞いてないっ!!」
「いや、違うッ!!そうだ、咲姫っ!!」
「な、何!?」
突然俺の上げた声にたじろぐ咲姫。
「チャリ部に良いチャリがあんだよ!ダイエットも兼ねて乗ってみないか?」
「本当に?」
「ああ、きっと気に入るぜ?チャリ部の俺が言うから間違いない!」
「分かった、じゃあ案内して。」
咲姫は涙を拭いて立ち上がった。ん?でもちょっと待てよ?コイツそもそも太ってなんかないぜ?いや、お世辞じゃなくてマジで。
「ところでお前体重何キロ?」
ばっちぃ〜ん!!
「女の娘に何て事聞くのよッ!?最低ッ!!」
「違げーよ、誤解だ!お前全然太ってないじゃん!?何処が痩せたいんだよ?」
「し、下っ腹…。それと顎周りも。」
俺の予想的中だな。俺も超能力者への第一歩を踏み始めたか。
「分かった、悪かったな変な事聞いて。じゃあ行くぜチャリ部。付いて来いよ。」
「うん、アリガト。」
しかしぶたれた両頬がヒリヒリ痛てーよ。コイツ左右交互に綺麗に殴りやがって!さぞスッキリしたのかもな。おー痛てて。




