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3章:孤独な低音が生まれ変わる瞬間 5

「遅いっ!」


「いやぁ〜サッキーは時間に厳しいね。今度からはもうちょっと早く来るよ。」


「いや、郁斗は遅くない。つーか咲姫が早すぎるんだ!お前いつから待ってんの?」


「一時間前。」


「そりゃ早過ぎだ!そんな前から何やってんの?!」


ここは228倉庫地上の駐車場。今日はバンドメンバー4人でセッションする為、集まる事になっていた。俺と郁斗はギターとキーボードを郁斗の車に積み二人で、咲姫と帆乃風は各々で集合することになっていたのだが…


「はぁ?!別に早過ぎでも何でもないっしょ!あんたらがもっと早く来てくれたなら、先にジュースとかお菓子とか奢ってもらえる時間があるじゃない!その為の一時間前なの!こんな可愛い女の子を待たせるなんてサイッテー!!」


なんて言い草…。郁斗、コイツそろそろメンバーから外したくなってきたんだけど、今度会議開かないか?


「本当にゴメンね。でもそんなに怒ると可愛い顔が台無しだよ?サッキー。」


「エッ?!か、可愛い!?エヘヘ〜どうしよう〜アタシ解散しようかな〜?」


ちぇっ!現金な奴。俺は解散してもいいと思うよ、オマエだけ。しかし郁斗は咲姫のあしらい方が上手いよな?


「あの〜郁斗?」


「なんだい?」


「どうやったら咲姫と仲良く話が出来るかな?」


俺はさりげなく聞いてみる。別に本気で仲良くなりたいなんて思ってないけど、最近やたらと俺と衝突するんだよな、咲姫は。あんまりヒドいとバンド活動に支障をきたすような気がするからさ。


「う〜ん、そうだなぁ…例えばあだ名で呼んでみるとか?」


なるほど!


「なあ、サッキー!」


「はぁ!?キモッ!!なにソレ?バカにしてんの!?アンタ全然反省してないっしょ?!」


スマン郁斗、俺には無理だ!そもそもコイツと仲良くしようとした事自体が愚かだったよ。あえて反省するなら俺はそこを反省しようと思う。


「はぁ〜悪かったよ。で、帆乃風はまだ来てないみたいだけど、連絡かなんかあったか?」


「う〜ん、でもそろそろ来ると思うけど…」


その時、駐車場に一台の車が入ってきた。その車は普通じゃない重低音を唸らせながら郁斗の車に横付けしようとしている。鮮やかなブルーのボディに巨大な羽根と重低音の鳴らしている口径の大きなマフラー。パッと見ただならぬ外観のその車はまるで映画WILD SP○○Dに出てきそうな雰囲気だった。一体何なんだこの車は?そして、なんと車から降りてきたのは4人目のメンバー、帆乃風だった!


「こんにちは。お待たせしてごめんなさい。」


「ほ、帆乃風!?なにコレ?」


咲姫が驚いてその車について問う。


「えっ?何の事?」


帆乃風は後部座席からベースのハードケースを取り出して咲姫に疑問の顔を見せている。


「何って、この車の事!アンタ凄いの乗ってるんだね!ビックリしちゃったよ!」


「俺も驚いたよ!しかもカッコイイじゃん?!俺もこんなの乗ってみたいな!」


「そ、そうかな?でも車を褒めてもらえるなんて、私嬉しいな!アリガト!」


そう言ってはにかむ帆乃風の可憐な顔と、攻撃的な彼女の車は明らかにアンバランスだった。この前の歓迎会といい、この娘はよく分からない娘だな。


「んじゃ、行きますか!」


郁斗に続いて俺達は228倉庫に入っていった。


今日演る曲は以前郁斗が持ってきてくれたあの曲だ。今回はそれに帆乃風がベースラインを付けてくれている。ちなみにベースを交えるのは今日が初めてだった。


今日の俺のシステムはギターにディストーションのエフェクターをシンプルにつないだだけ。ま、今はコレしかないんだよね。チューニングした後、アンプから音を出すと強い歪みの掛かった音が出る。やっぱ大型アンプからの音は格別だな。


郁斗のシンセサウンドも今日はキレのイイ電子音を出している。プリセットで次々に音色を変えて入念にチェックしていた。


帆乃風はそんな俺達をまじまじと見ていたが、照れくさそうにチューニングを始めた。手にしていたのは焦げ茶色のベースで、ボディはそんなに大きくはない。ピックアップはプレベとジャズベを合わせたもので、どうやらアクティブタイプのモノらしい。足元にはイコライザが設置されていて、ダイレクトにアンプに繋がっている。指で弾く第4弦は、深く暖かみのある低音を鳴らして振動している。この調子なら今日はいいセッションが出来そうだ!


「みんなッ準備はいいッ?」


早く歌いたいのか、ドラムスティックをクルクル回してこちらに向けた咲姫がマイクごしに言った。


「いーよ!」

「おう!!」

「ええ!」


合わせて三人が頷く。


“チッ、チー”


咲姫の2カウントでセッションを開始する。


この曲を合わせるのは2回目だが、郁斗と俺のオープニングはほぼイイ感じに演奏になっていた。実は俺隠れて練習してたんだよね。そこに帆乃風のベースが入り始めた。おお〜!やっぱベースがあると無いとでは全然違うな!曲がしっかりと固まって他のパートが生きてくる。ほどなくして咲姫が歌い出す。どうやら絶好調のようだ。歌ってる時のオマエはイイ顔してるぜ!

難しいギターリフとベースとのユニゾンもほぼ難なくこなしていく俺と帆乃風。郁斗の睨んだ通り帆乃風は上手い!小さく頭を振ってリズムを取る彼女のプレイスタイルは控え目な印象があるが、ベーシストとしての役割は十分果たしていた。そこに郁斗のシンセサウンドが絡み付き、キャッチーなフレーズを生み出していく。咲姫はテンションが最高潮に達したのか、アドリブで声を掛けていた。俺は練習しまくったギターソロを何とかこなし、そのままの勢いを保って演奏を終えた。


「みんなッどうだったッ?」


咲姫が問う。


「凄くよかったよ!」


「俺もかなりイイ感じだった!」


「上手く合わせられてよかったわ!」


「アタシも楽しかったッ!」


咲姫は笑顔で言い、さらに続けた。


「帆乃風ッ!アンタ上手いじゃない!凄くよかったよッ!」


「ありがとう、咲姫!」


帆乃風は笑顔でそう言うと間髪入れずにアドリブでベースを弾き始めた。


「す、凄げぇ〜!」


「よほど嬉しかったんだね、ノッカは。」


指弾き、ピック弾き、さらにはスラッピングまで織り交ぜながら、帆乃風は歓喜の気持ちをベースで表現した。


「みんな!本当にありがとう!」


そう言って帆乃風は今日一番の笑顔を見せた。


それから俺達は他に2曲合わせてセッションしたのと、帆乃風のテクニックを披露してもらった。彼女は元々ピック弾きが得意だったらしいが、前のバンドが解散してからは指弾きを重視しているようだ。それにスラッピングを加えたテクニカルな演奏が帆乃風のスタイルだという。なんつーか、ロックで、ジャズで、ファンキーな…ま、要はカッコイイってことだ。


「さて、そろそろ終了時間のようだね。このあとどうしようか?」


「ハイ、ハイ!アタシ、帆乃風の車でドライブがいい!」


「ふふふ、じゃあ行っちゃおうか?咲姫。」


「いいね。機材はオレの車に載せといてドライブとしけこみますか。」


どうやらこれから帆乃風の車でドライブすることになるらしい。彼女を含め3人はノリノリだ。


「よっしゃ、それで行こうか!楽しみだな!」


俺はこの後、帆乃風の車で後悔する事になるのをこの時は知る由もなかった。


「スゴッ!カッコイイ車♪こんなの乗るの初めて!」


「ロールバーにバケットシートか、こりゃあ相当やり手だね。」


嬉しそうに助手席に座る咲姫に内装に感心する郁斗。バケットシートは分かるが、ロールバーって天井や側面に沿って張り巡らされているこの棒の事か?


「それで、何処へ行けばいいの?」


咲姫にシートベルトをし終えた帆乃風が問う。因みにそのベルト、普通のと違って両肩と身体をホールドするタイプだった。ジェットコースターじゃあるまいし、何か不安になってきたな。


「大展望台に行きたい!アタシ夜景が見たいな♪」


「となると峠の方だね?」


「じゃあ行ってみようか。くれぐれも安全運転でな。」


「いいわ、じゃあ行くね!」


キシュシュシュ…ヴァゥルン!


了解した帆乃風はキーを回した。そして車はゆっくりと進み出す。

しかし帆乃風は顔に似合わず凄いのに乗ってんな?改めて車内を見ると、6速のマニュアルに水温計、油温計、油圧計、ブースト計、スポーツタイプのハンドル。他にも俺が理解出来ないような機器がやたらと付いている。とても女の子が乗るような車とは思えない。


「なあ帆乃風、この車エンジンも相当イジってるのか?」


「そうね、それなりに改造してあるわ。」


「この車なんていうのかな?」


「スバル・インプレッサWRXよ。」


「じゃあ“インプちゃん”だね!」


「ちゃんは余計だろ。なんだよその小悪魔的なネーミングは。」


「え〜?!、カワイイ名前じゃん?」


「フフフ、このコも喜んでるわ。」


そう言って帆乃風はインプのエンジンを一吹かし鳴らした。

しばらくして峠の入り口で突然帆乃風はインプを止めた。


「何だ?どうして止まった?」


「トイレ…とか?」


「故障じゃないよね?」


帆乃風はダッシュボードから手袋を出してそれをはめ、口を開いた。


「タイムアタックよ。」


「はい?」


「ちょっと怖いかもしれないけど、私を信じてて。」


そこまで言うと帆乃風は床までアクセルを踏み込んだ。


ヴヴァヴァァァァン、プシィィー!!


直後にシートに叩き付けられて息が出来ない俺。


「キャー?!ナニコレッ?!加速スゴッ!!」


「ーッ!?」


「ノッカ、コレ何馬力?」


「470よ!」


スピードメーターを見ると有り得ない角度で右側に振れていく。数値は130km/hを軽く超えていた。


「郁斗、シートベルト何処!?」


「ハイ、エー坊。」


俺は慌ててベルトをはめる。その直後強烈な右横Gが俺を襲った。


「スッゴーイ!?楽っのしいー♪」


「ノッカは運転も上手だね!」


咲姫と郁斗は怖くないらしい、いやむしろ楽しんでるよこの二人。てか何この頭○字D的な走りは!?


「このインプの真髄はまだこんなものじゃないわ!咲姫ッ!!足元のバルブを開けてッ!!」


「ばるぶ?この蛇口みたいなのね!よいしょっと!」


“ニトロブースト、スタンバイ”


妙にテンションの低い女性の機械声がショッキングなセリフを発した。


「へぇ〜、素晴らしいね、そう来るとは!さすがノッカ♪」


「ナニ、ナニ?どうなるの?」


「神よ、俺を守りたまえ!」


“ニトロブースト、スタンバイ完了”


「しっかり掴まってなさいッ!」


ヴァフゥゥゥーッ!!


瞬間俺の首がちぎれてしまったかと思ったよ。インプは峠を登っているのを忘れたかのような加速とスピードであっという間に頂上に到着した。


「いやー楽しかったよ帆乃風!アタシ気に入ったよインプちゃん!」


「この車ならノッカはゼロヨン(0-400m)もイケるんじゃない?」


「それはやってるんだけど、相手になる車がいなくて…。」


帆乃風は何処から取り出したのかタバコに火をつけた。あれ?タバコ吸う人だったっけ、帆乃風さん?


「私はこの車と互角に勝負出来る相手を探しているの、ふぅぅー。」


いる訳ねーだろ!!そんな映画WILD SP○○Dから迷走してきたような車と互角にうっ?!…気持ち悪りぃ…。


「だっらしないなー鋭士は!アンタそれでも男なの?」


「うるっせぇー!あの状況で平然としてるオマエらは§Å¶‡♯↓!」


とうとう俺は胃ブツをリバースしてしまった。


「はいエー坊、ビニール袋。」


「もう遅っせェ!」


「大丈夫?鋭士さん?展望台で風に当たったら良くなるかも。」


とりあえず事を処理した俺は展望台に行くことにした。全く、帆乃風も帆乃風だが、この世にあんな恐ろしい車があるとは思ってもなかったぜ?


「わぁ、綺麗な夜景ね!」


「クリクリは何処かな?」


「アタシは228倉庫を探してみる!」


「いや、228倉庫は地下だから物理的に無理だろ。」


「じゃあ大学でいいや!」


「あっ見て見て!滝川モータース発見よ!」


「本当だ。ノッカの工場って意外と広いんだね!」


「あの工場がインプちゃんの産みの親ね!」


「俺は第二のインプちゃんが生みだされない事を祈るよ…。」


俺達はかなりの時間、夜景を楽しんだ。ということで、ベーシスト帆乃風が加わってバンドも残すところドラマーを加えることを目標になる。しかし帆乃風はまだ未知な部分が多数あって、正直ちょっと不安だが。とは言えどんな事でも前向きに受け入れようと思う。俺に出来る事ならばね。

でも、これから帰りの運転は郁斗にお願いしようと思っている。マジで。


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