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3章:孤独な低音が生まれ変わる瞬間 4

「遅いっ!」


「もうちょっとで来るから我慢しようね、サッキー。」


苛立たしさをあらわにしながら咲姫はケータイをパタンと閉じた。その様子を苦笑いしながらなだめる郁斗。


「あ゛ーもう、アタシ足痛くなっちゃった。あと寒いから何か暖ったか〜い飲み物が飲みたいな。鋭士ホットココア買ってきて。」


ここは繁華街の一角。俺達はバンドメンバーの親睦会を兼ねて、新しく加入したベーシスト、帆乃風の歓迎会を開くため飲みに来ていた。

咲姫はさっきから文句を言ってる。日に日にコイツ、ワガママになっていってね?ホットココア買ってきてだぁ〜!?それぐらい自分で行けってんだ!つーか、これから飲みに行くのに何考えてんだか全く!


「ごめんなさい、遅れちゃって!」


そこへ本日の主役、帆乃風が現われた。


「よう、待ってたぜ?!」


俺は振り向きざまに驚いた。そこには以前会った帆乃風とはまるで別人のような姿の帆乃風がいたからだ。ワインレッドのドット柄ワンピースにジャケットとストールを羽織って、下はカジュアルなブーツ、上はベレー帽といったファッション。軽めに薄化粧をした顔に長い髪をシュシュで後ろに束ねている。


「あの、鋭士さん?」


「ああ、いや、その…一瞬誰か分からなかったよ。」


俺の中で彼女は、オイルのついたツナギに巨大なモンキーレンチ(?)のインパクトが強すぎたもんだから、今日の帆乃風の私服姿が逆に異様に思える。ツナギの上からじゃ分からなかったが、結構出るとこは出ているし、脚もスラリと細長く、その可憐な顔と唇にキスして…って?!


「だあぁー!?郁斗!俺の心を読むなっ!!そして声真似すんな!!地味に似てるし?!」


「いやぁ〜悪かったよ。何となくそんな顔してたからつい、ね。」


そういや前に咲姫を紹介した時、真行にも同じ事をされたような?どうやら俺は心を読まれるという属性があるらしい。しょうもない嫌な属性だぜ!


「な〜にデレッとした顔してんの!マジキモいからやめてくんない?」


「してねぇよ!!」


「してた!!」


「してねぇ!!」


ガスッ!!


咲姫が俺の脛を蹴った。


「痛ってぇー!?」


「おっと、この綺麗な脚が勝手に。」


「てんめぇ〜!!」


俺と咲姫のやりとりを帆乃風はポカンとした顔でみていた。何が起こっているのか分からない様子みたいだ。


「はいはい、もういいからそろそろ行こうか。エー坊、ブレイク、ブレイク。」


咲姫に食ってかかろうとする俺を、後ろから羽飼締めにして郁斗は言う。そもそも発端は郁斗のせいだろっ!そしてあのアマ、泣き所を蹴りやがって、二人とも覚えてろよ〜!


「鋭士さん、大丈夫?」


「ああ、何とかな。さあ行こうか。」


涙目で帆乃風にそう言い俺は歩き出す。



俺達はさっきの場所から10分くらい歩いた所にあった居酒屋に入り、個室の席についた。週末という事もあってかなり混雑していたが、個室が空いていたのは奇跡的だった。


「よっし!今日はパァーっと楽しく飲もうね!帆乃風も遠慮なくどんどん頼んでいいよ。」


段取りよく郁斗は仕切ってアルコールのメニュー表を開く。


「有り難う、郁斗さん。」


帆乃風は礼儀正しくそう言うとメニューに目を向けた。


「あれっ!?そういや咲姫、オマエ酒飲めるのか?確か19じゃなかったっけ?!」


「ふっふっふっ、甘い鋭士!アタシは先週ピチピチの20歳になったんだよね!つまり堂々とお酒が飲めるって事。なわけでアタシはテキーラ、ストレートで。」


「はいはいそりゃあ良かったね〜。」


つーかピチピチの20歳がテキーラだぁ?生意気な!

郁斗はビール、帆乃風はカクテル、俺は日本酒をオーダーして乾杯することにした。


「それじゃ、ベーシスト帆乃風に乾杯!」


「かんぱーい!!」


郁斗が音頭をとって乾杯する。


「帆乃風って歳いくつなの?」


「趣味とかあるのかな?」


「彼氏いるの?」


「帆乃風だから…ノッカでいいかな?」


咲姫と郁斗が帆乃風に質問攻めを始めた。おいおいお前等ちょっと落ち着けって!

帆乃風は少し困惑していたが、カシスオレンジを一口飲んで応える。


「私は、22歳、趣味はドライブかな。か、彼氏なんていないわ。ノ、ノッカってなんかいいかも。」


帆乃風は可愛い仕草でそう応えた。ホントにノッカでいいのかよ?


「ベースの調子はどうなんだ?前のバンドからブランクがあるようだけど、弾いてはいるんだろ?」


日本酒を煽りつつ今度は俺が聞く。


「ええ、でもここ最近はソロフレーズみたいなのしか弾いてなくて…。」


「ノッカは作曲の方はどうかな?」


「私は作曲はできないわ。でも曲にベースラインを入れるくらいなら出来ると思う。多分。」


「その辺は気楽にやろうよ!アタシも手伝うからさ!そのうち作曲して作詞までしてるかもよ?」


「そうね。有り難う、咲姫ちゃん。私頑張るわ!」


「アタシは、咲姫でイイよ。改めて宜しくね、帆乃風!」


「ええ、宜しく、咲姫!」


帆乃風はそう言ってはにかみカシスオレンジを飲み干した。


「でも本当に良かったよ、俺達の仲間になってくれて!一時はどうなるかと思ったけど。」


「まあ、アタシの懸命な説得のおかげよね!」


「いや、郁斗のおかげだろ!」


「うーんそれもそうだけど…つーかアンタ、結局何もしてないじゃん!」


「うっ!それは…。」


俺は咲姫に痛い所を付かれた。


「それは、オマエが俺の言いたい事を全部代弁しちゃったから…とにかくアリガトな咲姫、マジで感謝してるよ。」


「なっ!?ナニ急に改まっちゃってんの!?キモッ!」


「キモッってオマエ…そりゃないぜ。」


はぁ〜俺は素直な気持ちを言ったのにコイツは〜。やっぱ素直じゃないね。咲姫はテキーラを飲み干し乱暴にグラスを置く。

そこで俺と咲姫のやり取りを聞いていた帆乃風が申し訳なさそうに呟く。


「…あの時は私、取り乱しちゃってごめんなさい。」


「あ、いや、いいんだ、もう済んだ事だし。」


「うん、それよりアタシ何も知らないでヒドい事言っちゃって…ゴメンね帆乃風。」


「ううん、私ももう少しで大切な仲間を傷つけてしまう所だったわ。だからみんなに凄く感謝してるの。」


帆乃風は酔ってるのか、恥ずかしいのか、顔を赤らめて言った。


「郁斗も有り難うな。」


「気にしない気にしない、エー坊も頑張ったよ!」


「郁斗のおかげさ。」


そう言って俺は残り少ない日本酒をちびっと飲んだ。


「んで〜帆乃風、前はどんなバンドやってたの?」


咲姫のその質問に帆乃風はビクリと肩を震わせた。


「…。」


黙り込む帆乃風。ああそうか、きっと話したくない過去が前のバンドにあるんじゃないかって俺は瞬間的にそう思った。


「おい、咲姫。」


俺は咲姫の右肩を小突く。がしかし、帆乃風が口を開く。


「名前はLa Mort(ラ・モール)、特に目立つバンドでもなかったわ。」


そう言った瞬間、郁斗のフォークが止まったのを俺は見逃さなかった。知ってるのか?帆乃風はそれだけ言うと、2杯目のチューハイを煽る。


「まあ、前のバンドは関係ないよな!俺達は俺達の音楽やってこうぜ!」


あえて俺はその話題をそらす事にした。そうだ、こうして帆乃風がベーシストとして仲間になってくれたんだ。過去のことなんか関係ないよな。


「…。」


帆乃風は無言でコクリと頷いた。


「ちょっとぉ〜鋭士ぃ、郁斗ぉ!あんたら全っ然飲んでないじゃない〜!?ホラッコレ飲みなさい!!」


咲姫が郁斗にテキーラを乱暴に出す。


「いやぁ〜サッキー、オレ実は弱いんだよね〜!代わりにエー坊が飲むって!」


うおーい、郁斗!そりゃないぜ!?てか咲姫!お前何杯飲んでんだよソレ?!テキーラってアルコールムチャクチャ高けーんだぜ!?


「じゃあ鋭士ぃ!責任とって!!」


「何のだよ!?」


「アタシの作った酒が飲めないっての!?」


「飲めねーよっ!そして作ったのはお前じゃない!テーブルに足あげんなっ!!」


「何よっ!黙って見てりゃ日本酒なんか飲んでっ!アンタはオッサンか!?」


「いいだろ別に!日本人なら日本酒だろ!そんなもん飲みやがって、メキシコ人かオマエは?!」


咲姫は完全に悪酔いして俺に無理矢理テキーラを飲ませようとする。ココが個室で助かったよ。だが、その時咲姫の手からテキーラが奪われた。


「私が飲みますっ!!」


「へっ?!」


帆乃風は咲姫からテキーラを奪うとそのまま一気にソレを喉に流し込んだ。嘘だろっオイ!?帆乃風は空のグラスをドンッと置くと突然笑い始めた。


「クスックククップハハハハッ!!」


「帆乃風?!」


「ッハハハハッキャハハハッ!!」


オイオイ?!どうしちゃったの一体!?笑いが止まらない帆乃風。ヤバいと思って俺は帆乃風の背中をさすったが、


「私に触るなッ!!」


うおっ!?キレたっ?!どうしようと思って郁斗を見ると、ニコニコしながらチキンの照り焼きにかじりついている。


「いやぁ〜笑った顔も怒った顔も素敵だね、ノッカは。」


「何呑気な事言ってんだよ郁斗!!」


そうこうしているうちに帆乃風はビール瓶の栓をまさかの歯で開けてラッパ飲みを始めた。なんてことを…。


「いいぞぉ〜!ほっのっか!ほっのっか!イエ〜イ!!」


「お前は煽ってんじゃねぇー!!」


咲姫の“帆乃風コール”でビールを一気飲みした帆乃風の後壁の向こう側から、なんと一般客から帆乃風コールが起こった。咲姫の声がデカすぎなんだよ!

帆乃風は口元からビールを滴らせ、それを拭うと立ち上がり壁の向こう側に喋り始めた。


「フフフ、今宵のステージはよく沸いているわ…声が小さいよッみんなッ!ツッ走って行くわよーッ!!」


「ワァーーッ!!」


「オォーッ!!」


ああ、駄目だこりゃ…。

それから一時間後、俺達は居酒屋を後にして、帰路についていた。郁斗は帆乃風を、俺は咲姫をそれぞれ背負っていた。二人ともへべれけ状態でまともに歩けそうになかったからだ。居酒屋ではあの後、帆乃風は有名になるし、咲姫は暴れて寝込むし、郁斗は食ってばっかで止めないし、店員に注意されるし、何故か俺が謝ったし…。とにかく散々だったわ。まあでも、あんなんだったけど帆乃風も馴染んでくれた様だったし、よしとするか。明日が日曜日でよかったよホント。


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